1-2 おれ、ゲットされる
「あんた、なにも理解してなさそうだから、ここまでで明らかになった仕様をまとめてあげるわね」
青い光は、親切にそんなことを言って話し始めた。
この青い光は、ゆらゆら動いていてよく見えないけど、なんだか小さな人みたいな形をしている。
妖精かな?
「あんたはHPの最大値が4の超弱いゴブリン。あと、スタミナも超低いから、ろくに走ることもできないわねー。今持ってる武器はこんぼう。防具はボロの腰布。言わなくてもわかるとおもうけど、どっちも、攻撃力も防御力もほぼないわ。で、現在のHPは1よ」
「へぇ。すんごいマゾゲー仕様だな」
「だーって、基本的に転生前のステータスそのまんま、ってルールだから」
「えー? おれみたいな、かわいそうな引きこもりには、転生したらいいことあるんじゃないの?」
青い妖精はそっけなく言った。
「そんな決まりないわ」
おれは希望を捨てずにたずねた。
「でも、チートスキルはあるんだろ? お約束的に」
「あるわけないでしょ。あんたはニートで、どの仕事の経験値もスキルもないんだから」
「みんなそうじゃん! でも、みんな、異世界に行ったら、すごいスキルもらえるじゃん! もしくは、一見クソスキルだけど、実はすごい使えるスキル! おれにもあるんだろ? 実はすごいポテンシャルをひめたスキルが」
青い妖精は、ふらふら飛びながら、イライラしたような声で言った。
「だーかーらー。転生前のステータスそのまま、って言ったでしょー? スキルがない人に、スキルはないの」
おれはあきらめずにたずねた。
「そんなばかな。ほら、スキル『魔法使い』とかは? 未経験だからこそのスキルが、きっとあるはずだろ?」
「まだ30才過ぎてないでしょ? まだ若いんだから、きっとこれから、いい出会いがあるわよ」
「いやいや、おれに彼女とかできるわけないだろ? おれのコミュ障をなめてもらっちゃこまる」
「まぁ、せいぜいがんばってねー」
「やだよ。おれ、がんばるのきらいだもん。てか、家に帰りたいー」
こんな厳しそうな世界で超弱いゴブリンなんかになったら、おれは生きていけない。
元の世界に戻らないと。
おれはそこで思い出した。
最初に目のまえが真っ暗になった時に聞こえた声も、この青い妖精の声だった気がする。
それに、こいつは、なんか色々知ってそうだ。
「青い妖精。ひょっとして、もとの世界への帰り方を知ってるんじゃ?」
「さぁ~」
青い妖精はひらひらと、天井の方に飛んで行った。
「あ、まて。おれをもとの世界に戻せー」
だけど、青い妖精はひらひらと窓から外へ逃げていって、そのまま見えなくなった。
青い妖精もいなくなってしまったので、おれは、わらの寝床にたおれて、絶望にひたった。
「あー。なんでこんなことにぃー。まさか異世界に引き出す引き出し屋だったとは……。たしかに、異世界って引きこもりニートが飛ばされる場所の定番だけどさ。これじゃ、脱走しても、家に帰れないじゃん。てか、せめてベッドがほしいんだけど。おれの涙を吸い取ってくれるふわふわの布団と枕がほしいー。わらなんて笑えねー。なんてダジャレ言ってるばあいじゃないし。もういやだぁー。ゲームもテレビもマンガもないし。働かされるし。ちょっと外行っただけで死にかけるし。最悪だぁー。だれか、おれを家に戻してくれぇー!」
でも、いくらなげいても、なにもおこらなかった。
おれは仕方がないので、ふて寝しようと、そのまま寝床につっぷしていた。
ところが、とつぜん、家の外から叫び声が聞こえてきた。
それに、なにか盛大に物が壊れる音がひびいている。
あきらかに、異常事態だ。
おれが、そーっとドアを開けて外に出ると、凄惨な光景がひろがっていた。
ゴブリンの木造建築がなぎ倒され、ふきとばされたゴブリンが空をとんでいく。
そして、地面には、ゴブリンがたくさん横たわっている。
「ゴブリンせんぱーい! ゴブリンせんぱいが死んじゃったー!」
おれはどれがゴブリン先輩なのかもわからず叫んだ。
おれはゴブリンの見分けがつかないのだ。
おれは人を見分けるのだって苦手なんだから、ゴブリンなんて見分けがつかない。
ゴブリン大量虐殺の犯人は、ひとりの金髪女だった。
ひとりの金髪女がムチをすごい勢いでふりまわしていて、周囲に竜巻のような暴風を巻き起こしている。
そして、家やゴブリンがふきとばされていく。
ムチがぶつかっていなくても、その風圧か何かで、ゴブリンの粗末な小屋は一瞬でふっとんでいくのだ。
(なんじゃ、ありゃーー?)
あの女、見た目は人間みたいにみえるけど。
人間なのか?
とんでもないバケモノだ。
おれは、その地獄絵図の中にそびえたつ魔王のような女を見たまま、恐怖で動けなくなった。
「フンフンフフーン♪ カセイフーン♪」
妙な鼻歌を歌いながら、ハリケーンのような女は、しだいにおれの方に近づいてきた。
(に、にげなきゃ……)
逃げなきゃ、おれもふっとばされて、地面に転がるゴブリンの一匹になってしまう。
いや、おれなんて、そのへんのゴブリンよりずっと弱いらしいから、砕け散って消失するかも。
まだ異世界にきて1日も経ってないのに!
だけど、おれは動けなかった。恐怖で体が動かない。
「フンフンカセイフーン♪」
へんな鼻歌を歌っていた金髪女が立ち止った。
魔王みたいな女は、こっちを見ている。
(まずい、殺される!)
でも、恐怖で体が動かなかった。
「なに、見てんだよ」
恐ろしい女がおれに向かって、怖い声でそう言った。
おれは恐怖のあまり腰が抜けた。
とりあえず謝っとこうと、おれは思った。
だけど、声は出なかった。
おれは元から人と話すのが苦手な上に、怖い人達が超苦手なのだ。
こんな異世界レベルの超怖い奴と話すとか、絶対無理だ。
ああ、怖すぎて、気絶しそう……。
ていうか、もう、気絶したい。
さようなら、異世界。
おれの転生ゴブ世は、あっという間に終わりを迎えたけど、やさしい仲間に会えて、ちょっとだけ楽しかったよ。
おれが、脳内でそんなことを言っていたら。
魔王のようにおそろしい女は、凍りついたままのおれをにらみつけながら、つぶやいた。
「これは……。昔聞いたことがあっぞ。 『ゴブリンが仲間になりたそうにこっちを見てる』って。あれか!? これは、あれなのか!? ついに、仲間になりたいモンスターが出てきたのか!?」
(違う! そんなわけあるか!)
おれ、ぜったいに仲間になりたそうに見てないから!
『怖い! 殺される! もう絶望!』ていう顔で見てるだろ!
だけど、そういえばゲームでモンスターを仲間にする時って、たいていぶっ倒すか瀕死にして捕まえるもんなぁ。
実はこんな感じで仲間にされてるのかも。
と、おれが妙に冷静に考えている間にも、恐ろしい女はさらにこっちに近づいてきた。
近くで見ると、この恐ろしい女はびっくりするほどの美女だった。
でも、どんなに美女であっても、絶対にちかづきたくないくらい。
恐ろしい女は、おれを見下ろしドスのきいた声で言った。
「おい。おまえ、仲間になりたいんだな? 家政夫ゴブリン志望なんだな?」
「はひ、ひ、ひぇ~~~!」
おれの口から、そんな音がもれた。
(あ、やばい。これ、誤解される……)
気がついたおれは、全力で、首を横に、左右にふりまくった。
なのに。恐ろしい女の叫び声がとどろいた。
「よし、それだけいうなら、仲間にしてやろう。『仲間にする』っと。ゴブリン、ゲットだぜ!」