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2-1 コンビニバイト

おれと真城さんは、それぞれカウンターの端と端に立っていた。店内はBGMがそっとかかっているほかはシーンとしている。

 コンビニのドアが開いて、お客さんが入ってきた。入店の音が鳴る他は、誰も何も言わない。店内に、ひとの声はない。

 おれと真城さんが働いている時、このコンビニはまるで沈黙魔法がかけられたかのようになるのだ。


 そう。なにをかくそう、おれは今、コンビニでバイトをしているのだ。

 生まれてはじめての、アルバイトだ。

 なにしろ、働ける年齢になってからずっと、おれは、引きこもるのに忙しかったからな。バイトをする余裕なんて、なかったのだ。

 やる気もないし。てか、働いたら負けだし。


 それはそうと、お客さんがきたら、あいさつをしろ、と店長は言う。

 だが、しかし。おれはあいさつが苦手だ。しゃべるの全般苦手だけど、特に、あいさつは苦手だ。

 そして、どうやら、真城さんも、あいさつが嫌いらしい。

 真城さんは、金髪の、とてもおっかない感じの女性だ。ヤンキーとか不良とかオラオラ系とか夜露死苦とか、そういう言葉が似合う感じの。そして、見た目は、異世界の自称・テイマー、リーヌにそっくりだ。


 だから、今この店では誰も何も言わない。沈黙が漂っている。


 あ、お客さんが、レジに来た。

 おれは緊張しながら、さし出された商品のバーコードを読み取り、耳をすませば聞こえるかもしれない声で金額を言い、お金を受け取り、レシートとおつりを渡した。

「ありがとうございました」

 そう心の中で言いながら。


 おれがこんな感じのバイトを始めてから、数週間がすぎていた。

 ことの始まりはこうだ。

 異世界からこっちの世界、つまり、残念な現実世界……いや、異世界も残念な世界だったんだけど……ともかく、元いた世界に帰ってきたおれは、異世界で世話になったテイマー、リーヌにそっくりな少女と曲がり角で正面衝突した。


 曲がり角で女の子とぶつかっちゃうなんて、そんな、ザ・テンプレ・ラブコメが始まりそうな瞬間をむかえながら、おれは、結局その場で何も言えなかったのだ。……そう、なにも、始まらなかった。

 実はおれ、とんでもないコミュ障なのだ。ゴブリンの時は、すっかり別人、いや、別ゴブリン? のようになって、しゃべっていたんだけど。

 特に、6年前に引きこもりだしてから、おれのコミュ障っぷりは悪化していて、今、おれは、もう母ちゃん以外の人とは、ほとんどまともにしゃべれないレベルのひどさなのだ。

 だから、おれが何も言えないうちに、その金髪少女は、「おまえは……」とつぶやいたかと思うと、足早に立ち去ってしまった。

 おれは、がっかりして、またいつもの引きこもり生活にもどった。


 だけど、その数日後。夕飯の時に、母ちゃんが言った。


「近頃、そこのコンビニにね、とてもきれいなんだけど、目つきが険しくて、ものすごく不愛想な女の子がいるのよ」


「とてもきれい?」


「あんなにきれいな子は、あんまりいないわねー。とても不愛想なんだけど。あの子が働けるなら、あんたにもバイトできるんじゃないかしら」


 それを聞いたおれは、コンビニに確認しに行ったのだ。リーヌそっくりさんと正面衝突したのも、コンビニの近くだったし。

 もしもコンビニにいるのがリーヌそっくりさんじゃなくても、そんだけきれいな女の子なら、見に行く価値はあるからな。


 だけど。コンビニに、そんな女の子はいなかった。

 かわりにレジにいたのは、やたらとおれに話しかけてくる近所のおばちゃん、加藤さんだった。

 それでもめげずに、おれは、コンビニに通い続けた。何度も加藤さんに会いながら。

 そして、ついにおれは、きれいなんだけど全身から不良オーラを放っていて、とっても怖い、そしてリーヌにそっくりな、金髪少女の姿を、そのコンビニで目撃したのだ。

 その後、おれは一日何回かずつ、そのコンビニに通い、リーヌそっくり美女のシフトを把握した。


 言っておくけど、おれは、ストーカーではない。

 おれは、あまりに暇で、しかも遠出する体力がないからコンビニ以外に行くところのない、引きこもりがちなニートなだけだ。

 という言い訳を、おれは加藤さんに「義彦君、近頃よく来るわね」と言われた時に言っといた。

 ところが。なにかとおせっかいおばちゃんな加藤さんは、そんなおれの言い訳を聞くと。


「そんなに暇なら、義彦君、ここで働けばいいじゃない? 今、アルバイト募集中なのよ。一日からでも、数時間だけでもOKだから。店長に頼んでおいてあげるわね」


 おれにアルバイトをすすめてくれた。

 ……だけでなく、加藤さんは、店内から履歴書をもってきて、無理矢理、おれに買わせた。

 んでもって、翌朝には家のテーブルの上に、母ちゃんが記入したらしきおれの履歴書が置いてあった。

 わざわざご丁寧に、おれの筆跡に似せてあったし。


 こうして、おれはなんとなく家の近くのコンビニでアルバイト募集に申し込むことになり、なぜだか無事採用された。

 そして、おれはリーヌそっくりな真城さんと一緒に働けるようにシフトのお願いをだしたのだった。


 こうして、おれはリーヌそっくり美少女とお近づきになるべく、おれにしてはめずらしく努力をした。……のだけど。バイト仲間になって数週間、おれは真城さんと会話をしたことが、ほとんどない。

 真城さんは信じられないくらい無口なのだ。

 または、おれとは話をしたくないか。そういえば、他の人とは会話しているような……。

 加藤さんとは、普通にしゃべっているような……。 


 そして、さっきも言ったけど、おれは人に話しかけるのが、とてつもなく苦手だ。特に同年代や異性はもう絶対無理だ。

 子どものころから知ってる近所のおばちゃん相手だったら、まぁ、ちょっとはしゃべれるけど、ほとんど知らない女の子にこっちから話しかけるなんてこと、できるはずがない。

 過去に女子に話しかけて、ものすっごい嫌そうな顔された記憶とか、キモイと言われた記憶とか、触れたところを除菌シートで拭かれた記憶とか、いろいろよみがえってくるし……。

 異世界でゴブリンだった時は、相手が誰だろうとペラペラしゃべりまくってたんだけどなぁ。


 さて、今日の勤務時間も終わりに近づいてきた。店内に客はいない。次の時間が担当の加藤さんがやってきて、さぁ、そろそろ交代と思った時。店長がやってきた。


「ちょっと、君たち。山田と真城、こっちに来なさい」


 呼ばれたおれたちは店長の前に立った。

 店長は、なぜか、苦り切った顔だ。


「近頃ね、うちの店員が失礼だって苦情が入ってくるんだよ。あいさつもしない、なにも言わない、それどころか、怖い顔でにらみつけてくるって」


 うーん、最初の2つは心当たりがないでもないけど、3つ目は、おれではないな。おれは、目力ゼロ、いつでも死んだ魚のような目で、全然怖くないからな。それに、おれ、人の目を見ないやつだし。


「あとは、目を合わせない、値段すら言わない、言ったと思えば、値段をまちがえる。おまけに、おつりを間違えたり、おつりを落としたり」


 うん、このへんは、ぜんぶ心当たりがあるな。おれ、ドジっ子だから。えっへん。


「どういうことか、わかるか? 山田」


 げっ、おれにきた。

 なに言えばいいんだ? 

 そうだ、「仕事では、がんばってるアピールが大事」って、母ちゃんが言っていた。アピールしよう。


「おれは全力でがんばってます!」

 おれは、思ったより大声で、そう答えていた。

 店長は、一瞬、あぜんとした表情をした。


「あれで? ほんとに? 君たちの勤務態度見せてもらったけどね。最悪だよ。ほんと。がっかりなんてもんじゃないよ。苦情来るはずだよ」


(なんだと? おれの全力が最悪だと?)


 へこむぅ。


 そして店長は、さらにがっかりなことを言った。


「もう、きみたち、二人とも、こなくていいから」


(え? これって、クビの宣告? ……ま、いっか)


 おれ、別に働きたくないし。と、思ったところで、店長は続きを言った。


「……と言おうと思ったんだが。山田。おまえのお母さんから、『せっかく引きこもりから社会復帰にむけてがんばりだしたところだから、温かく見守ってください』と丁寧に頼まれているんで、おまえは許してやる」


 なにそれ!? 母ちゃん! なに恥ずかしいことしてくれてんだ! バイト先にはこないでって言ったのに!

 これ、クビになるより嫌なんだけど。


 しかもこの流れ、やばくね? 

 真城さんに、おれが引きこもりだったことがばれた上、成人してもなお多大なる母ちゃんの影響力=マザコン認定されそうじゃね?

 真城さんにとってのおれの印象、最悪じゃないか。

 おれは真城さんと仲良くなりたいと思って、そのためだけにバイトしていたのに。


 真城さんが口を開いた。


「あたしは……」


 店長は即座に言った。


「おまえはクビだ」


 しかも真城さんだけクビに!

 おれ、真城さんがいるから、バイトしてるのに。真城さんいないなら、バイトする意味とか、皆無なのに。


「なんでだよ!」


 真城さんは不満そうに叫んだ。真城さんは怒りでふるえている。


「なんでもなにもないよ。だいたい君ね、ひどい不良だったらしいじゃないか。噂を聞いたよ。そんなやつを店に置いておくこと自体が、うちの評判にかかわるんだよ。人手不足で猫の手も借りたいけどね。もう、君は、いいよ。いない方が、ましだ」


 店長の言葉が、おれの心に刺さる。

 きっと、真城さんは傷ついているだろう。

 真城さん、見た目はああだけど、見た目ほど不良ではない。と、おれは勝手に信じている。というか、信じたい。見た目のまんまだったら、近づいちゃいけない人だし。


 店長は、ちくちくと悪口を続けている。


「おまけに、あの勤務態度だからね。君みたいなのをやとう店なんてないよ」


「ちくしょう!」


 真城さんは怒って店をとびだした。

 このままでは、まずい。

 このまま真城さんがバイトをやめて立ち去ってしまえば、おれはもう二度と真城さんに会うことができなくなる。

 まだ、異世界について聞いていないのはもちろん、何の会話もしてないのに。

 と思ったおれは、あわてて真城さんの後を追った。


 コンビニの前で、おれは、怒りで震えながら立っている真城さんに声をかけた。


「ま、真城さん……」


 真城さんは、怒りに震えた声で、ぶつぶつとつぶやいていた。


「なんで、あたしがクビになって、おまえは、クビになんねぇんだよ」

 

 真城さんは、おれの方に振り返った。

 その怒り狂う表情の一端が見えた時、おれは過ちを悟った。


(しまった。よりによって一番話しかけてはいけないタイミングで話しかけてしまったみたいだぞ?)


 そして、怒り狂う真城さんの顔が見えたと思った瞬間、怒鳴り声とともに、憤怒のエネルギーをのせた右ストレートが、おれにむかって、さく裂した。


「こんちくしょぉおーーーー!」


 おれの体は宙を飛び、おれの視界が、そして首が、ありえない速度と角度でまわった。

 おれの身体は地面に落ちたが、指一本動かせない。


(あれ、これ、やばくね? おれ死ぬんじゃない? 生き延びても、脊髄損傷で寝たきりとか……)


 おれの意識はそこでとび、おれはそのまま真っ暗闇の世界に落ちていった。


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