**町長室にて
リーヌとゴブヒコが魔王城に向かった数日前。
サイゴノ町の町長の部屋。
秘書官が町長に言った。
「結界師のオーヤさんがいらっしゃっています」
町長は気の進まぬ様子で言った。
「通してくれ」
部屋の中に、そこそこ若くてそこそこきれいな女性が入ってきた。
女性は開口一番述べた。
「町長さん。報酬をアップの件でお話が。わたしのとてつもない努力によって、リーヌ封じ込め計画は順調に進んでおります。そこで、報酬をアップしてほしいんです」
町長は首を横に振った。
「順調? ついこのあいだも、リーヌはこの町で店をひとつ吹きとばしたばかりじゃないか」
「その程度の被害でおさまっていることが、わたしのお仕事が成功していることの証です。現に、リーヌ封じ込め計画が発動してから、これまで死人がでていないではありませんか? 100万の兵を一瞬で消し去るといわれるあの伝説の大魔王が、今はわたしの家でおとなしく暮らしているんですよ?」
町長は口ごもった。
「だが、この町の財政も厳しいものがあって……」
「わたしなんて自分の家を提供して、あの伝説の大魔王と半共同生活しているんですよ? 他に誰もいないからお願いしますって泣きついてきたのは、どなたでしたっけー? 家中にはった結界の維持にどれだけの魔力が必要だと思ってます? その気になればいつでも町全体を壊滅することのできる危険物と一緒に暮らす、わたしの苦労がおわかりですか? 一歩間違えれば、家ごと自分が木っ端みじんになるんですよ?」
「いや、だが、君も危険は承諾して、この仕事を引き受けてくれたんじゃないか。多額の報酬と引き換えに」
「多額? 足りません。おまけに、あの腐臭がしそうに醜くって下品なゴブリンまで家に加わったんです。モンスターだからとか主張して、家賃も払わず勝手に物置を占拠してるんですよ? いつも半裸でにたにた笑っている気色のわるいゴブリンですよ? わたしの食べ物を勝手に食べる、なにかとこぼす、落とす、汚す、皿を割る、ギャーギャーうるさいゴブリンが加わったんですよ?」
町長は苦り切った顔で言った。
「そんなことを言われても、ゴブリンは我々の責任ではないだろう」
「いいんですかー? みんなリーヌはただの乱暴な魔女だと思っているけど、正体を知ったら、町の人たち大パニックになるんじゃないですかー?」
「だから、君には多額の報酬を支払っているじゃないか。口止め料こみで」
「足りませんよー。日々、結界の維持と壊された家の修理代だけでも、多額の出費なんですから」
「修理代は我々に請求しているだろ? それに、リーヌからもちゃんと家賃と修理代をとっているんだろ? 二重請求、それでもう十分じゃないか」
そこそこ若い女性は頭を左右に振った。
「足りません。わたしの心の修繕費が足りません。このままでは、わたしは我慢の限界。もうリーヌ封じ込め計画に協力することなんて、できなくなるかも……」
「わかった。わかったから。報酬3%増しで勘弁してくれ」
そこそこきれいな女性は、わざとらしく聞き返した。
「え? 3倍?」
町長は叫んだ。
「そんなわけあるか! どういう聞き間違いだ」
そこそこきれいな女性は、大げさに頭を振った。
「足りませんね。ぜんぜん、足りません。わたしの心は、そんな金額じゃ満たされません」
町長は大きなためいきをついた。
「ならば、教育と福祉の予算を削ることにして……10パーセント。これ以上は無理だ。この町の幼稚園や介護サービスがなくなる」
「だいじょうぶです。わたし、まだ結婚も妊娠もしてませんから。家に年寄りもいませんし」
「あんたはよくても町民の皆さんが困るんだ! どれだけ自分勝手なんだ。これだから、結婚ごにょごにょ……」
「なにか言いましたか? セクハラで訴えますよ? 町長さん。とにかく、1割アップじゃ足りません。せめて、5割はアップしてもらわないと」
町長は絞り出すような声で言った。
「20パーセント。これ以上は無理だ。財政破綻する」
「仕方ありません。じゃ、30%アップで。来月からおねがいします」
そこそこきれいな女性は、にっこりと笑って会議室を後にした。
一人残された町長は、大きなため息をつき、そしてしばらくして、電話をかけた。
「例の件だが。あの勇者に依頼を出してもらえるか? ああ。ターゲットを殺すことができれば、報酬はその値で……毎月あの額を払うことを考えたら、その方が安い。……いや、こっちの話だ。気にしないでくれ。では、よろしく」