4-106 世界の秘密
おれは、ショックを受けて、つぶやいた。
「そんな……。おれ、青い妖精は裏切っても、ひつじくんは、裏切らないって信じてたのに……。そりゃ、ひつじくんは青い妖精に派遣されてきてたから、青い妖精が敵になるなら、ひつじくんも敵になるのが自然かもしれないけど……。そりゃ、たしかに、ひつじくんは、小学生にして、ラスボスになりそうなほどの、イケメンオーラ漂う美声だったけど。でも、おれ、友達だって信じてたのに……」
おれは、そこで、ふと気になってしまった。
「あれ? ところで、ひつじくんの名前って、ヨウ君だったの?」
「あいかわらず、のんびりしてるね。ゴブヒコさん。ぼくの名前は、羊って漢字で、ヨウってよぶんだ。でも、どっちでもいいよ。『ひつじ』ってあだ名で呼ばれることも多かったから。そんなことより、どうして、こんなことになっちゃったのか、まじめに反省したほうがいいと思うよ?」
と、推定年齢17歳な神々しい美少年な羊くんは、おれをさとすように、言った。
「え? 反省? おれ、なんか、まずいことやっちゃったの? こころあたりがないけど。でも、とりあえず、謝っておこう。ごめんなさい」
おれが誰かを怒らせる時って、いつも自覚がないからな。
おれは、とりあえず、謝る作戦に出た。
でも、羊くんは、きっぱり言った。
「謝ったってだめだよ。大事なのは、結果なんだ。本当に気づいていないの? ゴブヒコさん。この世界の秘密に。みんな、もうとっくに、気づいているはずだけど?」
「なんのことだかわからないけど、すんません!」
なんだかわからないので、おれは、とりあえず謝る作戦を続行した。
超絶イケメンは、あわれみをたたえた目でおれを見た……気がした。
羊くんは、ゆっくりと口をひらいた。
「ゴブヒコさん、あなたはいつも、特別な存在でいたがっていたけど……」
「思いあがってますたっ! すんませんっ! おれは、しょせん、平凡な、どこにでもいるゴブリン……よりはずーっと弱ーい、ちょっとふしぎな変顔ゴブリンでしかないっす!」
おれは、とりあえず、頭をさげた。
でも、羊くんは、意外なことを言った。
「あなたは、たしかに、この世界では特別な存在なんだよ」
「え? そうなの?」
おれは、顔をあげて、羊くんを見た。……それにしても、何度見ても、羊くんは、見たことのないレベルのイケメンだ。シャバーとはまったく違うタイプの、線の細い色白美少年だけど。明らかに、シャバーより、イケメンだ。
羊くんは、たんたんと、話し続けた。
「この世界と別世界を行き来できるのは、今は2人だけ。その内のひとりが、ゴブヒコさん、あなたなんだ」
羊くんは視線を落とした。
「なんで、あなたが選ばれてしまったのか、ぼくには、わからないけど。でも、あなたがこの世界にいるっていうことは、そういうことなんだ。あなたは、選ばれたんだよ。シャバーニさんでさえ、この世界には、来られなかったのにね。でも、誰であろうと、リーヌちゃんが幸せになってくれれば、ぼくは、それでよかった。リーヌちゃんは、たしかに、たのしそうだったしね。だから、ぼくは応援していたのに……」
「リーヌ?」
羊くんがなんの話をしているのかわからなかったけど、リーヌの名前が出てきたので、おれはそう聞き返した。
すると、羊くんはとうとつに衝撃的なことを言った。
「まだ、気づかない? リーヌちゃんが、この世界を創った女神様なんだよ」
「リーヌが、女神様???」
突然そんなことを言われ、おれは、理解できないまま、問い返した。
聞きまちがいだと思ったんだけど。羊くんは、当然だと言うように、うなずいた。
「この世界は、もともと、リーヌちゃんとぼくが創った世界なんだ。といっても、ぼくは、手伝っただけ。リーヌちゃんが、この世界を創って、ぼくがゲームを元にこの世界を設計したんだよ。そのせいで、ゲームをしないリーヌちゃんにとっては、よくわからない世界になっちゃったみたいだけど。小さな頃、ここは、ぼくらの遊び場だったんだ。ぼくが、死んでしまうまで、ぼくらは、いつも一緒に遊んでいた……」
羊くんは、そこで、一呼吸おいた。
「だけど、ぼくは、死んでしまった。そして、死んでしまったぼくの魂は、この世界に取り残されることになったんだ」
おれは、混乱しながら、羊くんにたずねた。
「リーヌが女神? リーヌと羊くんが世界を創った? じゃ、創世神話の神様と女神様って、羊くんとリーヌのことだったの?」
「うん。創世神話は、この世界の人達が勝手に作ったお話で、言い伝えられているうちに、どんどん変わっていっちゃったものだけどね」
おれは、まだ納得がいかなかった。
「だけど、リーヌって、嫌われ者の、おたずね者の、大魔王だろ? いつも貧乏だし。女神様だったら、なんでもできるんだろ? 大事にされるはずだろ? だったら、貧乏な嫌われ者で、おたずね者の大魔王なんかにならないはずじゃん?」
だけど、羊くんは言った。
「この世界の人達は、リーヌちゃんの正体を知らないよ。特別に洞察力の優れた人は気づくこともあるけど。そもそもリーヌちゃん自身が、自分が女神様だってことを、わかっていないんだから。リーヌちゃんは、自分の力を認識することもコントロールすることもできない、不完全な女神様なんだ。この世界では、リーヌちゃんの信じていることや、感情や思いの強さに呼応して、勝手に色んなことが起こっていくんだ。だから、リーヌちゃんは、本当は何でもできるんだけど、自分の意志では何もできない。不完全な女神様なんだよ。そういう、完ぺきじゃないところが、かわいいんだけどね」
羊くんは、意識のないリーヌの方を見て、ほほ笑んだ。
無自覚で、力のコントロールができない女神……。
誰にも女神だと思われなくて、伝説の大魔王だと思われている女神……。
あげくのはてに、カエルになっちゃって、カエル魔王とか呼ばれだした女神……。
そんな女神、ありえないけど。
でも、もしもリーヌが女神だったら、なんか、そんなことになりそうだ……。
「たしかに、いかにも、リーヌっぽい。その、はんぱないスケールの残念っぷりが。てことは、ほんとに、リーヌが女神様なの!?」
羊くんが、指をならすと、暗闇の中に、様々なモンスターや人々の映像が浮かんだ。
「例えば、この世界のすべての生き物は、リーヌちゃんが生み出した生物と、そこから進化した種族なんだ。多くの種族、例えばエルフやドラゴンは、ぼくが進化をデザインしてつくった種族だけど。リーヌちゃんが創りだしたそのままの形をたもっている生き物もたくさんいる」
なるほど。だから、この世界、ファンタジーの定番種族の他に、信じられないくらい珍妙なモンスターがいたりするのか……。
羊くんは、話しつづけた。
「それに、この世界では、リーヌちゃんが本気で信じれば、それが実現できる。だから、リーヌちゃんが、テイマーをよくわかっていなくても、テイマーになったと信じこめば、職業はテイマーになるし……」
おれは、おもわず、羊くんの言葉をさえぎった。
「え? じゃ、それで、あの方、テイマーのスキルがなにもないダメ・テイマーになっちゃってたの!?」
しかも、何をまちがえたのか、自力じゃほぼ絶対にモンスターを仲間にできないテイマーだもんなぁ。
羊くんは、おれには答えず、話し続けた。
「リーヌちゃんが、プップさんを頭にのせたゴブヒコさんを見て、新しいモンスターになったと信じれば、本当にそうなるんだよ」
「そんなむちゃくちゃな思いこみで、おれ、『新種モンスター・プップリン』になってたの!?」
おかしいと思ってたんだよなぁ。だって、頭にプップをのせただけで新種モンスターとか、ありえないだろ。……てか、リーヌは新種だと、思いこんだのかよ!
さらに、羊くんは衝撃の事実をつげた。
「だから、ゴブヒコさんの今の種族名は、『やさい』なんだよ」
「まさか、あの方、おれを野菜だと信じちゃったの!? 『大いなる厄災』の聞きまちがいで!? 本気で、おれを『大きな野菜』だと信じてるの!? いくらなんでも、それはないだろ~」
だけど、羊くんは、たんたんと言った。
「今のゴブヒコさんの説明は『ゴブヒコ:やさいの一種。動くし、しゃべる。とってもまずそうだけど、食べてみたら意外とおいしいかも?』だよ」
「マジで!? てか、食べる気か!」
そこで、羊くんは、悲し気な表情になった。
「だけど、嫌なことでも、リーヌちゃんが本気で思っていることは、実現されちゃうんだよ。この世界がリーヌちゃんに厳しいのは、リーヌちゃんが、そう信じているからなんだ。リーヌちゃんが望まないのに大魔王扱いされているのは、リーヌちゃんが無意識に、自分はそういう存在だと信じているから。いくらまじめに生きようとしても、どうせ、みんなには、怖がられて、嫌われる。どうせ、みんなからは、ダイマオウだと思われて、追いやられたり、追いまわされたりする。そう信じているからなんだ」
「そんな……」
「この世界は、理不尽で、不公平で、リーヌちゃんにきびしい。それは、リーヌちゃんが、心の奥底で、世界はそういうものだと思いこんでいるからなんだ」
羊くんは、うつむいたまま、話し続けた。
「そう信じこむほどに、リーヌちゃんは、あの世界、ぼくが、もう戻ることができないあの世界で、たくさん、つらい目にあってきたんだ。ぼくが、そばにいれば、助けてあげられたんだけど。だけど、死んでしまったぼくには、もう、なにもできない。……だから、ゴブヒコさん。ぼくは、あなたに期待していたのに。ぼくの代わりに、リーヌちゃんをそばで助けてあげてほしいと、願っていたのに」
そこで、羊くんは顔をあげ、冷たい目でおれを見た。
「……期待外れだったね」
羊くんは、敵意をたたえた目で、おれを見ている。
「ぼくは、もうこれ以上、あなたをこの世界に置いておくことはできない。ゴブヒコさん、あなたは、危険なんだ」
「え? いや、おれは、プップの乗り物にもなれる世界一安全な激弱モンスターだよ? なぜか『大いなる厄災』だとか、誤解されちゃってるけど。リーヌに傷一つつけられないどころか、ぶつかったら、おれ、即死するんだけど?」
だけど、羊くんは、おれの主張を聞き入れず、なんだか、難しい話をはじめた。
「この世界に存在する人は、だれも、本当にリーヌちゃんを傷つけることなんて、できないんだよ。あなたをのぞいてね。リーヌちゃんは、全能の女神様なんだ。この世界のことはあまり知らないし、意識的に力をコントロールすることはできないけど」
おれは、おもわず、つぶやいた。
「さっきからちょっと思ってたんだけど、無知全能でノーコンの女神様って、怖すぎるよね……」
羊くんは、おれの言うことは無視して話を続けた。
「でも、無意識のレベルで、リーヌちゃんは、この世界のすべてを支配している。ゴブヒコさんも気づいているだろうけど、この世界の人間やモンスターの中には、リーヌちゃんが出会った人や動物をもとにつくられた魂のコピーみたいな存在がいるんだ。
例えば、ホブミさんやシャバーは、そういう存在だ。彼らは、向こうの世界の人達と、見た目や声、考え方や感じ方、すべてがそっくりでも、記憶や意識は共有していない。
そして、この世界は、常に、リーヌちゃんによって、つくりかえられている。向こうで起こったことに影響されて、リーヌちゃんが感じたことや信じたことに影響されて、この世界は常に、つくりかえられているんだ。彼らの記憶や過去もふくめて。この世界で、彼らは、たしかに、彼らの意志で自らの人生を生きているのだけど。でも、彼らは、けっして、リーヌちゃんの支配を逃れることはできない」
なんだか、今、羊くんは、ひっかかることを言っていたような気がするけど。難しい話がありすぎて、おれの頭はついていけない……。
羊くんは、話し続けた。
「そして、リーヌちゃんと、リーヌちゃんに全知全能の力を与えられたぼくは、この世界では、何でもできる。時間の流れも、人々の記憶も、過去も、あらゆるものを変えることができるんだ。だから、この世界では、誰も、本当にリーヌちゃんを傷つけることなんて、できないんだよ。そんなショックなことが起こる前に、ぼくかリーヌちゃん自身が、どんな事実も変えてしまうから。だから、ここは、リーヌちゃんにとって、安全な遊び場なんだ。唯一の、安全な場所なんだ。どんなに向こうの世界が危険でも、ショックな事が起きても、ここに逃げて来れば安全。ここは、そういう場所だったんだよ」
羊くんは、敵意のこもった声で言った。
「あなたがここに来るまでは、ね。ゴブヒコさん、あなたは、ぼくと同じように、魂ごとここに移ってきた、女神様の支配を受けない存在だ」
羊くんは、暗い声で言った。
「だから、あなたは、リーヌちゃんを傷つけることができる。あなたは、この世界で、リーヌちゃんを殺すことができる唯一の存在なんだ」
「おれは、そんなことしないって!」
おれは叫んだ。でも、羊くんは、たんたんと言った。
「愛は人を傷つけることもあるんだよ。そして、あなたの無自覚で無意識な干渉によって、この世界が形を変え、ぼくに管理できないところになってしまえば、ここは、もう、リーヌちゃんにとって、安全な場所ではなくなってしまう。だから、ぼくは、あなたをこの世界から排除しないといけない。ゴブヒコさん、恨まないでよ。ぼくは、なんどもチャンスをあげたんだから」
羊くんが、宙に浮かんだ。
羊くんが手をあげると、羊くんの頭上にまぶしい光の玉が出現した。空中にうかぶ羊くんの下の地面には、らせん形の角を2つもつ、羊のような頭の人影があらわれた。
空中からおれを見下ろし、羊くんが、ぶきみな笑みをうかべた。
「さぁ。最後の戦いを、始めよう。……起きろ。我が僕、イレイザ」
地面の人型羊の影が、むくりと、起き上がった。そして、どんどんと縦へ横へと巨大化していった。
おれの前に、真っ黒な羊頭の巨人がそびえたった。
巨大な影は、咆哮をあげた。