4-105 ひつじくん
天空の魔女が消えると、大広間のあかりが消えた。青いランプも、窓からそそぎこんでいた青い光も、すべて消えてしまった。
そして、天空の魔女がいたはずの場所には、宝箱が出現した。
宝箱は、闇の中で、まぶしい光を放って、かがやいている。
「今まで、敵を倒しても宝箱なんて、出てこなかったのに。……なんかあやしいっす。あの天空の魔女のことだから。ミミックかもしれないっす。これは、うかつにあけないほうが……」
と、おれがつぶやいていると。
「ほうほう。みみーく。じゃ、あけてみよう」
と言って、リーヌは青い宝箱を、ぱかっとあけた。
「ちょっと、リーヌさん! あけちゃだめって言おうとしてたのに! ミミックって、宝箱のふりするモンスターのことっすよ! ……まぁ、リーヌさんなら、別にミミックでもミミークでも、なんならミホークでも、勝てそうだから、いいんすけど」
宝箱の内側は、白く光り輝いている。まぶしすぎて、中になにが入っているのかは、見えない。
そして、突然、光り輝く宝箱から、おれの首もとにむかって、一直線に光がとんできた。
「ギャッ! レーザービームにうたれたぁ! ……けど、痛くないっす。なんだこれ?」
おれが、光のあたっているところをよく見ると。そこには、ひつじくんネックレスが輝いていた。
でも、次の瞬間には、ひつじくんネックレスが、おれの首元から消えてしまった。
そして、宝箱が、目がくらむほどの、強烈な、まばゆい光をあたり一面に放出した。
光がおさまった時。
宝箱があったはずの場所に、少年が立っていた。
色白で、やわらかいくせ毛の、やさしそうで、とてもかわいい小学生くらいの男の子だ。
この少年のかわいさは、近所で評判になるくらいの、かわいさだ。
お姉ちゃんか親戚のおばさんかなんかが、勝手にアイドル事務所に履歴書を送っちゃって、その何年か後には日本のトップアイドルになっていそうな、ものすごーくイケメンな、小学生だ。
イケメン小学生は、おれの方を見て、口をひらいた。
「ざんねん。じかんぎれだよ。ゴブヒコさん」
その声を聞き、イケメン小学生の正体に気がついたおれは、びっくりして叫んだ。
「ま、まさか、ひつじくん!?」
その時。リーヌが、ぼうぜんと、つぶやく声が聞こえた。
「ヨウ……」
リーヌは、ひつじくんの姿を見つめたまま、ぼーっと立ち尽くしている。
ひつじくんは、リーヌの方にふりむき、世界中のみんなが笑顔になりそうな、かわいい笑顔をうかべた。
すると、リーヌの姿が、一瞬で、もう見慣れてしまったカエルの姿から、元の人間の姿に戻った。黒いロングドレスを着た、とてもスタイルのいい美女の姿に。
久々に人間の姿に戻ると、服装のせいもあって、リーヌは、一目見るだけでなんだか心臓がバクバクするほどの美女だ。
もう元の姿を忘れかけていたけど、リーヌは、しゃべらないで身動きしなければ、本当に美女だからな。一歩でも動いたり、一言でもしゃべったりすると、すっかり、リーヌになっちゃって、美女のイメージが消えるんだけど。
でも今は、リーヌは、なぜか、身動きもせず、ぼうぜんと立ち尽くしている。その姿は、テレビで見たことのあるどんな女優よりも、きれいだった。
それはそうと。おれは、疑問に思った。
「リーヌさん、なんで、とつぜんカエルの呪いが解けたんすか? オトメノキッスイでもとけなかったのに?」
リーヌは、ぼーっとしたままで、何も答えなかった。
イケメン小学生なひつじくんが、たんたんと言った。
「リーヌちゃんに、呪いなんて、効かないよ。どんな状態異常だって、リーヌちゃんは、その気になれば、いつでもとけるんだから」
「え? そんなチートな能力……ありそうだなー。この方、ほんと最強だもんなぁ。じゃ、なんで、ずっとカエルのままだったの?」
と、おれがたずねると、ひつじくんは、きっぱりと言った。
「にんげんにもどる気にならなかったからだよ」
「いやいや、そんなバカな話ないよ。だって、人間に戻るために、おれ達は、ずっと旅してたんだから……」
でも、そういえば、リーヌは、途中から、カエルのお姫様の設定をやたらと気にいってたような……。たしかに、人間に戻る気ゼロっぽかったような……。
そこで、ひつじくんは、意外なことを言った。
「にんげんにもどる気がなくなったのは、途中からは、たぶん、けっこう、ゴブヒコさんのせいだとおもうよ?」
「おれ? そんなことないよ。おれは、早く人間に戻ってほしいって、願ってたんだから」
ひつじくんは、おれに、たずねた。
「ちゃんと、そう言った? なんだか、カエルさんの姿が好き、みたいなことを言ってた気がするよ?」
どうだったっけなぁ。
おれと羊くんが、そんな会話をしている間。黒いドレス姿のリーヌは、まるで、そんな会話なんて耳に入っていない様子で、ひつじくんを見ていた。
「ヨウ……」
リーヌは、声をふりしぼるように、ようやく、しゃべりはじめた。
黒いドレス姿のリーヌは、息をのむほど美しいけど、リーヌの瞳は、ひつじくんに、くぎづけになっている。
「ヨウ。なんでいなくなっちゃったんだよ……。ずっといっしょだって約束したのに。あたしをひとりにしないって、約束したのに」
リーヌの声は、いつもの、えらそうで自信満々な声じゃない。まるで、小さな女の子のような声だった。
そして、声だけではなく、おれの目には、おとなびた黒いドレス姿のリーヌに重なって、小学生くらいの、茶色い髪の毛の、天使のようにかわいい女の子の姿が見えていた。
一瞬の間、おとなのリーヌが見えているかと思えば、次の瞬間には、小学生くらいの女の子の姿が見える。そんな感じで、同じ場所に、ふたりの姿が見えるのだ。
リーヌと、小さな女の子、ふたりの目から、同時に大粒の涙が流れおちていった。
リーヌは、ひつじくんから、一瞬たりとも目を離さなかった。
まるで、目を離したら、ひつじくんが、いなくなってしまうかもしれない、とでもいうように。
「なんで、ずっと、でてきてくれなかったんだよ……。ずっと、探してたんだ。この世界の、どこかにいるって、わかってたから。なのに……」
ひつじくんは、やさしい声で言った。
「ごめんね、リーヌちゃん。ほんとうは、ずっとそばにいたんだけど。ぼくがいると、リーヌちゃんが、むこうに帰らなくなっちゃうから。ぼくは、かくれていたんだ」
「なんで、ずっと、かくれてたんだよ……。ずっと、会いたかったのに……」
リーヌは、小さなこどものように、そして実際に小さな女の子とともに、しゃくりあげながら、そう言った。
リーヌは、ひつじくんにむかって一歩、一歩、近づいていった。
そして、リーヌが一歩近づくごとに、ひつじくんの姿が、急速に成長していった。
とてもかわいい小学生から、中学生くらいの神聖な美少年になり、そして、リーヌがそばに立った時には、ひつじくんは、リーヌと同じくらいの身長の、推定年齢17歳前後の、神々しい美少年になっていた。
ひつじくんの、まばゆいほどのイケメンっぷりは、もう、思わず、おれが地面にひれ伏しそうになるほどだった。
そして、ひつじくんの姿が成長すると同時に、リーヌと重なって見えていた女の子の姿は、見えなくなった。
だけど、むしろ、まるで、おとなのリーヌが、あの小さな女の子のように見える。
リーヌは、そんな表情をしていた。
「ヨウ。もう、いなくならないでよ。ずっと、いっしょにいてよ」
ひつじくんは、リーヌのほおに手をやり、そっと、涙をぬぐった。
「リーヌちゃんが、それを望むなら。ぼくは、もうどこにもいかないよ」
ひつじくんが、すっとリーヌにキスをした。
そして、その瞬間、リーヌの身体が崩れ落ちた。
ひつじくんは、意識を失ったリーヌを抱きかかえたまま、片手をあげた。
ひつじくんの手がしめす方向、暗闇の中の高い場所に、玉座のような赤い椅子がうかんでいた。
あたりには、急速に闇がたちこめていた。ひつじくんとリーヌの周辺だけは、はっきり見えるけど。大広間のアーチ柱やパイプオルガンは、闇の中に消えていた。
そして、ただひたすらどこまでも闇が広がる空間に、赤い玉座ひとつだけが、浮かんでいた。
リーヌの身体が、宙にうかんだ。
リーヌは、ぐったりと、意識を失ったまま、その玉座へと、見えない力で運ばれていった。
「リーヌさん!」
おれが呼びかけても、リーヌは反応しない。
黒いドレスのリーヌは、赤い玉座にもたれかかるように座った。目をつぶり、ぐったりと、眠ったような状態で。
「リーヌちゃん。ちょっと待っててね。ぼくは、あの人と話をしないといけないから」
神々しいほどの美少年は、そう言うと、おれの方へふりかえった。
「さぁ、ゴブヒコさん。ぼくらの決着を、つけよう」