1-16 セーブポイント
『ゴブヒコは勇者を倒した! ゴブヒコはレベル66になった!』
青い妖精のアナウンスが響き、突然、おれの中に力がみなぎってきた気がした。
おれは、リーヌの方を見た。
リーヌは満面の笑みをうかべて元気よくとび上った。
「やったぜ! ゴブヒコが敵を倒したぜ! 見たか! アタイの名演技!」
「メーンギ? それなんの呪文すか?」
なんかよくわからないけど、うれしそうなリーヌを見て、おれもうれしくなった。
おれの中に、人生ではじめて感じる達成感と熱い感情がひろがっていった。
だけど、その時。
おれの視界いっぱいに青い光がひろがった。
「パンパカパーン。あなたは悪い勇者を倒しました。ここまでの冒険をセーブしますか?」
その声は、もちろん、青い妖精だ。
おれの頭の中に「?」マークが浮かんだ。
セーブ?
なんの話?
まぁ、セーブはするよな。普通。なんかボスっぽい勇者を倒したし。
しばりプレイする時以外は、こまめにセーブが、基本だもんな。
「うん、セーブする!」
おれは勢いよく言った。
「OK! セーブするわよ~」
青い妖精がそう言った瞬間、おれは見てしまった。妖精の顔を。
青い妖精は、小さい青い光にしか見えなくて、いつもふらふら飛んでいるので、いままで一度もあの妖精の顔をしっかりと見る機会はなかった。
だけど、なんてったって小さい妖精なんだから、かわいい女の子なんだと、おれは思い込んでいた。
だけど。
今、一瞬だけだけど、はっきり見えてしまった顔は、もはや加齢によるお肌の疲れをかくしきれない、40代だ。
そして、そんなことより、あの顔は、まさしく、おれのよく知っている――
「母ちゃん!?」
そのとたん、世界は暗くなり、おれは、まるで深い穴に落ちていくような感覚を感じ、そして、意識が遠のいた。
目覚めると、おれは見慣れた部屋の中の、寝なれたベッドの中にいた。
「おれの部屋じゃん……」
おれは、前の世界にもどってきてしまったようだ。
物置とちがってちゃんとした、快適なおれの部屋。
ゲームもパソコンもマンガもなんでもそろっている、おれの部屋。
安全で安心できる、おれのほぼ全世界だった空間。
でも今は、なんだかおれの部屋が色あせて見えた。まるで小さな牢獄のように。
おれは叫んだ。
「まさかの夢オチ!? 一番いいところで! ついにレベルが上がってチート装備も出てきて、これから、おれ最強伝説がはじまったかもしれないところで!? ありえないだろ!」
おれは、ひとり、叫び続けた。近所の人が聞いていたら、かなりやばい奴だけど。
「異世界でがんばって、最弱のゴブリンから最強の……最強のゴブリン? それとも進化とかするのかな? ……とにかく最強の何かになりあがるんじゃないの!? 突然、なんだよぉ!」
おれは叫び続けていたけど、誰もこたえてくれない。
おれの目には涙がにじんできた。
最初は、この世界に帰りたかったけど。戻ってきてしまうと、ものすごくさびしい。
リーヌにこき使われて大変だったけど。おれはむちゃくちゃブサイクでめちゃくちゃ弱いゴブリンだったけど。
それでも、ついさっきまでおれがいたはずの向こうの世界は輝いていた。
おれは自分の部屋を出て居間に入った。
時刻は昼前。母ちゃんは仕事だ。
おれはスマホの日付を調べた。何日たったのか確認するために。
おれはけっこうな日数を異世界ですごしたはず。
だけど……おれはそもそも異世界に行った日をおぼえていなかった。
日にちも曜日も関係ない引きこもり生活だったから……。
だけど、居間のテーブルには、おれが朝、食べたあとらしき食器が放置されていた。
食器を見つけたおれはなんとなく、ゴブリンだった時のくせで食器を洗った。
ほっといても、夜、仕事から帰ってきた母ちゃんが洗ってくれるはずだけど。
以前は、そんな感じでおれは家事は何もやっていなかったから。
家の中は、がらんとしている。過去6年間、平日の日中、おれは、この家で、もっぱら一人で暮らしていた。
特になにも感じていなかったのに、今日は、しずかな家の中にひとりでいることに慣れない。
リーヌが家の中にいないことが、なんか、おかしなことのように感じる。
この家には、いつ見てもベッドの上でゴロゴロしているリーヌがいない。
ふと気がついたら、洗っている皿におれの涙が落ちていった。
食器を洗い終えたおれは、(ここにいても、さびしいし。スライムまんじゅう食いたいな……)と思って、着がえて外にでた。
家の前のいつものほそう道路。
こんなまともな道、異世界にはなかった。
おれは、また、さびしい気持ちになりながら、近くのコンビニまで、期間限定発売中のスライムまんじゅうを買いにぶらぶらと歩きだした。
歩きながら、ふと、おれは、デジャブを感じた。
前にも、こうやってここを歩いたことがあるような気がした。
そりゃ、もちろん、家の前の道だから、前にも歩いたことはあるんだけど。だけど、たしか、こうやってスライムまんじゅうのことを考えながら、この道を歩いた記憶が……。
おれはだんだんと怖くなってきた。
おれは、思い出した。
異世界に転生してしまう直前。
あの時、おれは、(スライムまんじゅう、今日が発売日だけど、売り切れで販売中止になったりするからなー。早めにたくさん食べておこう)と思いながら、歩いていたのだ。
おれはもう一度、スマホを確認した。
今日は、スライムまんじゅうの発売日だ。……おれのカレンダーには、スライムまんじゅう発売日が書きこまれていた。
まちがいない。
今日は、おれが転生した、あの日だ。
今日おれはスライムまんじゅうを買いにでかけて、ちょうど今から曲がろうとしている、あの角でなにかにぶつかった。
そして、目の前が真っ暗になって異世界にとばされてしまった……。
おれは何にぶつかったのかおぼえていない。
ひょっとして、トラックかなんかにぶつかって死んでしまったのかもしれない。
そう考えた時、ちょうど、おれの横を配達のワゴン車が猛スピードで通過していった。
おれはぞっとしながら考えた。
もし、さっきまで見ていたのが予知夢だったら?
おれはあの角で死んでしまうかもしれない。
でも、そこでおれはもうひとつの可能性に思いついた。
ひょっとして、これループもの?
わずかだけど、この世界で時間が巻き戻っている。
それに、あの角で死んでもう一度、あの異世界にいけるなら、それはそれで、いい気がする。こんどは、ずっと、のんびり楽しく、リーヌと暮らそう。
じゃ、おれはあの角でもう一度死ぬべきなのか……?
いや、でも、怖いな。
おれは歩くスピードをゆるめて、びくびくしながら角を曲がろうとした。
なのに。角を曲がったとたん、おれはなにかにぶつかった。
一瞬、目の前が真っ暗になり、おれは道路にしりもちをついた。
だけど、意識は遠のかなかった。青い光も見えない。
それでも、異世界に行くんじゃないかと期待して、おれは目をつぶっていたんだけど……。
「あんだよ!? おまえは。何度もぶつかってきやがって!」
ぶっきらぼうな、理不尽にいちゃもんをつけてくる怖い声におどろいて、おれは、しりもちをついたまま、目をそーっと開けた。
目の前に人が立っていて、おれを見下ろしていた。
そこにいたのは、一目で不良とわかる少女だった。
おれより背の高い金髪の少女。
ギャルとかじゃなくて、武闘派系のガチの不良。
ヤンキーとかいう言葉じゃ物足りない、ガチで怖い不良。
いつものおれなら、すぐに一目散に全力疾走で逃げ出すタイプの相手だ。
だけど、おれはその少女から目を離せなかった。
だって、リーヌにそっくりだったのだ。
リーヌにそっくりな金髪の不良少女は、おれをにらみながら言った。
「なに、見てんだよ」