4-97 ハコブネ2
クレーンは、プップが入ったおりを、チョコボルがいれられたおりの上に置いた。
「プップ!」
おれは、プップのおりの近くにかけよって、もう一度よびかけた。
だけど、プップは、おれの声に反応しないし、こっちを見ようともしない。
2匹のプップは、ピクリとも動かず、空中に静止している。
「な、なんすか? これ? ま、まさか、プップは、すでに、はく製に?」
おれの声は、ふるえた。
「なに? プップは、歯がくせぇのか? くさすぎて、かたまっちまったのか?」
おれが言ったことを理解できなかったリーヌは、のう天気に言った。
「臭くないっす! プップのお口は、さわやかリフレッシュな……って、そういうことじゃないっす! ちなみに、プップに、歯はないっすけど。そういうことでもないっす! はく製は、死んだ動物でつくったものっす。つまり、プップは、死んじゃったんす!」
「なにぃ!? プップが、死んじまっただと!?」
リーヌは、ショックを受けて、プップをみあげた。
おれは、プップを見上げながら、涙を流した。
「あぁ、プップ。こんな、ものっそいアホ面で、ぼーっとしたまんま、はく製にされるなんて……」
そこで、ホブミが冷静な声で言った。
「はく製ではありません。死んではいないでしょう。おりの中は、空間凍結されているようです」
「くーかんとーけつ?」
ホブミは、簡潔に説明した。
「空間凍結魔法とは、時そのものを停めてしまう魔法です」
おれは、おもわず、プップへの想いを忘れて、連想したことを言ってしまった。
「え? そんな変態男の妄想っぽい魔法があるの!? ……あ、いや、おれは、べつに、時間停止系モノとか、見ないし。おれがその魔法を使えたら、とか考えたこともないっすよ? べつに、そんな魔法が使えたとしても、おれは、あんなこともこんなことも、ぜったいにしない、清く正しい男っすから?」
ホブミは、みけんをピクピクさせながら、言った。
「この変態ゴブリン。今すぐ凍結して、永久凍土の中に埋めてしまいたいところですが……」
「そんなことしたら、ゴブリンが滅亡した数万年後に、永久凍土の中から、おれが発見されて、おれのクローンが製造されちゃうかもしれないぞ?」
と、おれが言うと、ホブミは、残念そうに首をふりながら言った。
「永久凍土の中にゴブヒコさんを発見してしまった人のショックがはかりしれないので、やめておきましょう。とにかく。凍結された空間内で、動けるものはいません。術者は、その空間の外にいなければ、魔法をかけることはできないのです」
「なんだー、そういうことかー。それじゃ、どんな変態も悪用できないな。よかった、よかった」
おれのことは無視して、ホブミは、先を続けた。
「空間凍結系の魔法は、専用の魔道具が必要な上、かなり高度な魔法です。私も使えますが、人1人分の空間にかけるのが精一杯です」
いわれてみれば、以前、ホブミが、そんな魔法を、あの元・勇者な極悪学園長に使っていた気がする。
「ここにならんでいるのは、空間凍結のための装置のようですが……。こんな装置があるとは聞いたことがありません。しかも、こんなに大規模に。相当な魔法エネルギーが必要となるはずです。とても、人類の所業とは思えません……」
リーヌが、ホブミにたずねた。
「で、プップを助けるには、どうすりゃいいんだ? あの箱をこわせばいいのか?」
おれは、あわてて、リーヌに言った。
「だめっす! リーヌさんだったら、おりを壊したひょうしに、中のプップまで、殺しちゃうっす!」
ホブミも言った。
「破壊したひょうしに、装置が誤作動を起こす可能性もあります。空間凍結魔法は、失敗すると、空間内の生物が死亡することがありますので。へたに衝撃を与えないほうがよいでしょう。おそらく、どこかに、空間凍結の操作や、おりのロックを解除するための装置があるはずです」
「よし。じゃ、その機械をこわすぜ!」
と、言うリーヌに、おれは、また、あわてて言った。
「こわすんじゃなくて、操作するんすよ! プップやほかのモンスターたちの命が、かかってんすから。でも、リーヌさんは操作しようとして破壊して、事故が起こりそうっす。だから、機械をみつけたら、リーヌさんは手を出さずに、おれにまかせてくれっす」
すると、すぐさま、ホブミが言った。
「ゴブヒコさんにだけは、まかせられません! ぜったいに、事故が起こります。リーヌ様。機械を見つけたら、すぐにゴブヒコさんを、隔離してください」
おれは、反論できなかった。おれ、ドジっ子だからな。
その時、艦内に奇妙な声が響いた。
「ロゲロゲ。侵入者どもめ!」
「ワグワグ。お掃除開始だワグ!」
突然、重力がなくなったように、おれ達の体が浮いた。
「うわっ。なにこれ? 無重力?」
「お、空中で泳げるぞ?」
リーヌは、空中で、その場カエル泳ぎをした。
おれも、空中で、泳いでみた。
「なんか、新しい体験で楽しいっす」
と、おれが言っていると、激しい風が吹き出し、おれ達は、空中にうかんだまま、風圧に流されだした。
ちなみに、リーヌとホブミは、ドレス姿なので、風を後ろから受けると、スカートがめくりあがる。
「ムヒッ。あ、あと、ちょっとで……」
おれが、空中で、そうつぶやくと。
風にとばされながら、ホブミが杖をふりかざした。
おれは、あわてて叫んだ。
「冗談だって!」
ホブミは、冷たい声で言った。
「それは、冗談ではなく、犯罪予告。百歩ゆずって、セクハラです」
「いやいや、実現したとしても、ただのラッキースケベな事故だって。むしろ、お約束だって。それに、こういうシーンで、どうせ、ほとんどの男は、ああ思ってるって。口にださないだけでー。だから、正直に自白してるだけ、おれの罪は軽くなるはずだ」
おれは自信をもって言ったのに、即座に断言された。
「なりません」
「ならねぇな」
空中に浮いたおれ達は、あっという間に、透明なおりが並ぶ巨大倉庫から、入ってきたのとは別の通路へと、飛ばされていった。
空中にうかんだまま、おれたちは、広い通路を通りぬけ、長い階段をどんどんと上昇していった。
そして、四角い出口を抜けたところで、とつぜん、全身に重力を感じ、おれは、床に落っこちた。
おれが起き上がると、そこは、ハコブネの上の甲板らしき、だだっ広い場所だった。
おれ達が、ふきだされたハッチは、背後で、すぐに閉まってしまった。
左手には、壮麗な青の宮殿が見える。右手には、甲板のてすりのむこうに、青空と雲海が広がっている。その手前、甲板のはしには、なぜか、ビーチパラソル、テーブル、ビーチチェアが置かれていて、リゾート風なふんいきをかもしだしている。
そして、おれ達の前方には、軍艦の艦長みたいな立派な服を着たカエル人間が、ふたり、立っていた。黄色と、赤色のカエル人間だ。
カエル人間たちは叫んだ。
「ついに、やつがやってきたワグ!」
「おまえは、ここまでだロゲ!」