4-95 乙女の泉
扉の先の庭園も、美しい場所だった。最初に見た迷路の庭園より、こっちの方が美しいかもしれない。
この庭園には、白い小石がしきつめられた道が続いていて、両側には色んな花が、咲きほこっている。
「さまざまな季節の花が、同時にさいているのですー。ふしぎなのですー」
と、ホブミが言った。
道の先には、白、ピンク、赤、オレンジ、黄色、紫、そして青の、バラのアーチが続いている。
花々のあいだを、青い小鳥がとびかっていた。青い空を見上げれば、紺色の尖塔の横を、二匹のプップが、ぷかぷか飛んでいる。
あたり一帯、のんびりほのぼのした光景がひろがっている。
おれは、白いハトがとまっている八角形の屋根の、中にベンチが置かれた白い建物を見ながら、つぶやいた。
「なんか、のんびりぼーっと、お花でも見ていたい感じの場所っすね。あすこで休憩するのもいいかもしれないっす」
「おう。ピクニックするか? ゴブヒコ、サンドイッチとおやつを出せ」
と、リーヌはおれに命令した。
「いや、出せったって、サンドイッチなんて、最初から、もってないっす。おやつは、リーヌさん、バスの中で、ぜんぶ食べちゃってるっす」
「なにぃ!?」
「おやつなら、ホブミが予備おやつを用意してますですー。でも、まずは、オトメノキッスイを手にいれるのですー」
と、ホブミが言った。
乙女の泉がどこにあるかは、わからないけど、この庭園は、一本道だ。
おれたちは、道なりに、バラのアーチをくぐりながら、進んだ。
しばらくすると、庭園の真ん中に、白い岩で囲まれた泉が見えてきた。
可憐な乙女の白い像が、泉の真ん中に立っていて、泉の淵の白岩には「乙女の泉」と彫り込まれている。
おれたちは、泉のそばへ行った。泉の水面には、近くのバラのしげみから落ちた小さなバラの花が、たくさんうかんでいる。
「この泉の水が、オトメノキッスイっすか? ちょっといい匂いがする以外は、ただの水っぽいっすけど」
でも、泉のそばの木には、貼り紙がはってあって、「オトメノキッスイとりすぎ注意!」と書いてある。
「てことは、やっぱこれが、オトメノキッスイなんすね」
「で、どうすりゃいいんだ?」
リーヌは、泉の水に手をつっこんだ。
でも、なにも起こらない。
「この泉の水は、見たことのない物質なのですー」
メガネに解析魔法の魔法陣をうかびあがらせながら、ホブミも、泉に手をいれた。
そのとたん。
ホブミの姿が変わった!
ホブミは、人間のすがたに戻った……だけじゃない。
ホブミは、なぜか、プリンセスみたいな、ウェストがしぼられて、スカートがふくらんだ、純白のドレス姿になっている。
つまり。さっきまで、ブサカワ系メイドゴブリンがいた場所に、細いウェストにあふれんばかりのバストの、純白ドレスの美少女が出現したのだ。
「ムフッ」
おもわず、おれがドレスの胸もとを見ていると。
両側から、おれに、レーザービーム攻撃みたいな視線が、つきささってきた。
ホブミが、杖の先端をおれにむけて、冷たい声で言った。
「いやらしい視線をむけないでください。その目をつぶしますよ?」
「体を動かすのが嫌いなホブミが、まさかの物理攻撃!?」
そして、リーヌの、静かなんだけど、底知れぬ怖さのある声が響いた。
「おい、ムフヒコ。いいかげんにしねぇと、アタイにも、がまんの限界ってもんがあるんだぜ?」
リーヌの声が怖すぎて、おれは、反射的に、とびあがって、ホブミから視線をはずした。
「おれは、ドレスのししゅうを見ていただけっす! ほら、胸もとのレースのかざりと、ししゅうが、すっごい、きれいだなーって」
もちろん、その下のふくらみによって、美しさが倍増するわけだけど。
おれが、そういう余計なことを言う前に、リーヌが言った。
「まー。たしかに、きれいだけどよ。ドレスもホブミも」
ホブミは、はにかんだようにお礼を言った。
「ありがとうございます。リーヌ様」
おれは、そこで、気がついた。
ホブミのあしもとに、なにかが輝いている。
シャハルンの盾だ。受けるはずのダメージを全反射するというチートな盾だ。
おれが持ったら一気に最強になれるのに、リーヌは、おれじゃなくてホブミにあげちゃった、あの盾だ。
「あ、ホブミがドレス姿になったから、盾をおなかに隠せなくて、地面に落ちたのか。……じゃ、この盾は、おれがもっていくっす」
おれが手をのばすと、ホブミは、冷たい声で言った。
「どうぞ。即死トラップを解除できるなら」
言われて、おれは思い出した。
ホブミは、この盾に、即死トラップをかけていた。おれがふれたら、即死してしまう。
たしか、パスワードを言えば、解除できるとか、前にホブミが言っていた気がするけど。
「えーっと、パスワードはなんだっけ?」
おれが、知らんぷりして、たずねると。
「教えていません。パスワードは、誰にも教えません」
と、言いながら、ホブミは、シャハルンの盾を拾い、腕に装着した。
ホブミは、乙女の泉を見ながら、言った。
「泉の水にふれたとたん、私の変身魔法が解除され、さらに、服装までかわってしまいましたが。これがオトメノキッスイの効果なのでしょうか? ふしぎな効果です」
「でも、リーヌさんが泉の水にさわっても、なにも起こらなかったっすよね?」
と、おれは、ちっとも変わらず金髪カエルなリーヌを見ながら言った。
「さっきのじゃ、たりなかったんだろ。よし。もっと水をかぶって、アタイもドレスになるぜ」
と、言いながら、リーヌは泉の水で、バシャバシャ顔を洗った。
リーヌは、こっちにふりかえって、たずねた。
「どうだ?」
おれは、その顔を見て、感動してしまった。
「すごいっす! 輝いてるっす! これぞ、美しい、つるつるぬるぬるの、……見事なカエルお肌っす!」
リーヌの肌は、ほんとうに輝いている。
「たしかに、ツルツルだな」
と、リーヌも自分の顔をさわって言った。
「この泉の水って、高級な化粧水みたいな感じなんすかね」
だけど、もちろん、リーヌは、カエルのままだ。
「顔を洗ったくらいじゃ、たりないんじゃないっすか? 泉に入らないといけないとか?」
と、おれは、希望を捨てずに、言ってみた。
「よし。入ってみるぜ。今度こそ、アタイも、ドレス姿になってやる!」
と、リーヌは力強く言った。
「さっきも思ったんすけど、ドレスなんすか? 人間にもどるんじゃなくて?」
リーヌは、断言した。
「だんぜん、ドレスだろ。乙女だからな」
「カエルの姿かドレス姿かの二択で、ドレスを選ぶのが、乙女なんすか? まぁ、いいっすけど。でも、そのまま入ったら、服がぬれるっすよ?」
と、おれが言っている間にも、
「よし! 入るぜ!」
と言って、リーヌは、服をきたまま、泉にジャボンと、とびこんだ。
(あ、でも、リーヌが人間にもどったら、ぬれたドレスがはりつく姿とか、超いいかもー。ムフフフー)
おれは、期待しながら、泉の方を見ていた。
「どうだ!?」
リーヌは、泉の中で泳ぎながらたずねた。
おれは、リーヌが泳ぐ姿を見て、感動した。
「バッチリ似合ってるっす! もうバッチリ、……泉で泳いでいるカエルっす!」
「ぬぅわんでだー!」
リーヌは立ち上がった。
「なんで、アタイには、効果がねぇんだぁー!」
リーヌは、叫んだ後、ぬれた手で、そこにあった乙女の石像にふれた。
そのとたん、あたりに、まばゆい光が放たれた。
「ま、まさか……」
そして、光が消えた時。
そこには、ハリウッドセレブみたいな、黒いシックなドレス姿の金髪の……カエル様がいた。
「変わったの、服だけっすか……」
ちなみに、ぬれたドレスは、肌にはりついていたけど。凹凸のないカエル体形だから、色っぽさはゼロだ。
ホブミは、泉からあがったリーヌに、ドライヤー魔法とかいう呪文を唱えた。
ホブミの杖からリーヌにむかって温風が吹いていく。
ぬれた金髪も、服も、あっというまに乾いていく。
「うわー。これ、便利だけど、むちゃくちゃ意味不明な魔法っすね。攻撃力はゼロだし。こんな便利グッズ的な魔法、よくおぼえてるなー」
と、おれが言うと、ホブミは、あっさり言った。
「私はサポート魔法のスペシャリストですから」
サポートはサポートでも、日常生活のサポートなんだけど。
温風にあたりながら、リーヌは、ニコニコしている。
「よっしゃ。目標達成だな」
と、言っている。
まだ、カエルのままなんだけど、ドレスになれたので、満足したらしい。
服が乾いたリーヌは、上機嫌で、おれにたずねた。
「おい、このドレスはどうだ?」
「ドレスは、かっこいいし、きれいっす。カエルのままなのに、スタイルを、きれいにみせるドレスって、かなりのもんっすね」
と、おれは論評しておいた。
(このドレスで、リーヌが人間バージョンだったら、かんぺきな美しさになるのに。なんで、カエルのままなんだよ……)
と、思いながら。
「そうか、そうか。さすがは、オトメノキッスイだな」
リーヌは、感心している。
「オトメノキッスイは人間に戻るためのアイテム、のはずだったんすけど。これでも、だめなら、やっぱり、もう、カエルのまま生きていくしかないんすかね……」
おれは、そう言いながら、なにげなく、お空を飛んでいく2匹のプップを眺めていた。
その時。
突然、上空をミサイルのようなものが飛んでいった。
そして、プップの近くで、ミサイルみたいなものが破裂して、網が二匹のプップの上にふりかかった。
「ププーーッ!」
聞きなれたプップの悲鳴が、空から降ってきた。
「プップ!」
プップ達は、網に閉じ込められたまま、どんどんと、引っ張られていく。
網にはロープがつながれていて、そのロープの先、プップたちが引っ張られていく先には、ミサイルの発射装置をもったケロット団員がいた。
「ケロット団員っす! まだプップをねらってたのか!」
あまりに平和なふんいきの庭園で、敵とか全くでてこないから、すっかり油断していたけど。
おれ達って、ケロット団員の巣窟っぽいところに、侵入中だったんだよな。
実は、敵陣まっただ中にいたんだった!