4-93 天空の庭園
「ついたっす。ぶじについたっす」
エレベーターから降りたおれは、おもわずつぶやいた。
意外なことに、エレベーターは、あっさり最上階まで、おれ達を運んできてくれたのだ。
「なにもなかったっすね。おれは、てっきり、エレベーター内で戦闘、とかいう定番イベントが発生しちって、さらにリーヌさんが暴れたせいで、落下! とかいうことになるかと思ってたんすけど。予想が外れて、よかったっす。ケロット団も、もう、おれ達のことは忘れてくれたんすかね」
おれがつぶやいている間、ホブミもつぶやいていた。
「まるで、エレベーターをとめていたのは、時間かせぎのためだったかのような……」
「どゆこと?」
おれがたずねると、ホブミは、頭を左右にふった。
「ホブミはちょっと心配になっただけなのですー。まるで、なにかの準備が終了したから、エレベーターを動かして、招き入れたように感じただけですー」
「えー? そのとおりだとしたら、おれたち、罠にさそいこまれている、ってことになるんだけど?」
このあたりには、敵の気配はないけど。
「まー、いっか。なんやかんやいって、おれたちって、毎回、罠にさそいこまれている気がするし。きっと、今回も、どうにかなるっす」
おれ達は、とりあえず、エレベーターホールを出た。
エレベーターのある建物を出ると、そこには、ヨーロッパの庭園みたいな、広大な庭園が広がっていた。
まっすぐに続く道の両側には、きれいに刈り込まれた生垣がもようをつくり、迷路みたいになっている。
「ここで、かくれ鬼とかドロケイをやったら、誰も捕まらなさそうっすね。特に、おれたち、緑で保護色だから」
ちなみに、おれは、昔、ドロケイで、みつけてもらえずに、そのまま放置されたことがある。翌朝、本物の警察に見つけてもらったけど。母ちゃんは泣いてたなー。
迷路の庭園の向こうに、青いお城が見える。
「あれが、天空の魔女のお城っすか?」
「そのようなのですー」
とても美しいお城だ。
そういえば、入り口ホールの美術展みたいなところにも、あのお城の写真が飾ってあったし、サギのお店でも、あのお城のポストカードが売っていた。
「本当だったら、ここに来るのに、1億Y払わないといけないんすよね。てことは、この光景って、1億Yの景色なんすね」
1億Yの価値があるかはわからないけど、とてもきれいな風景だ。
しばらく歩いていくと、小さな石造りの建物があらわれた。
「庭園ガイド事務所」
と、看板が出ている。
「ここに庭園のガイドがいるんすか。そういえば、1億Yはらうと、天空の庭園ガイドツアーがついている、みたいなことが、書いてあったす。でも、おれ達は、お金を払っていない不法侵入者だから、ガイドを頼むわけにはいかないっすけど。むしろ、こっそり、見つからないようにしないと……」
と、おれが言ってるのに、リーヌは、ドアをあけて、中に入ってしまった。
「ガイドーガイド―」
と、言いながら。
「リーヌさん。何をしてるんすか? おれ達、誰にもみつからないように、こっそり進まないといけないんすよ?」
と、おれが言っているのに、ホブミまで、
「こんにちはなのですー」
と言って、入ってしまった。しかたがないので、おれも中にはいった。
事務所の中には、ケロット団員みたいな服をきたカエル人間がひとりいた。でも、服にはKじゃなくて、Gのマークがついている。
デスクの前に、座ってはいるんだけど。このカエル人、ものすごーくやる気がなさそうで、中に入ってきたおれ達の方を、ちらっと見ただけで、あいさつもしなければ、動きもしない。
まるで、コンビニバイト中のおれのようだ。
「ガイドー、ガイドしてくれ」
と、リーヌは、Gの服をきたカエル人に言った。
「ゲロゲロ。今日はツアーの予約は入ってないゲロ。下から連絡も来てないゲロ」
と、ガイドのカエルは、机の上にねそべったまま、やる気なく言った。
ホブミがたずねた。
「オトメノキッスイというものを探しているのですー。どこにあるか、教えてくれるだけでいいのですー」
「ゲロー。乙女の泉に行きたいゲロ? 乙女の泉は、乙女の庭園っていわれてる第2庭園にあるゲロ」
ガイドは、うんざりした感じで、ねそべったまま、教えてくれた。
「その第2庭園ってどこにあるんすか?」
と、おれがたずねたところで、机の上のカエル型電話がグワッグワッと鳴った。
ガイドは、めんどくさそうに、手をのばして、受話器を取って、なんか話していた。
「ゲロゲロ。ガイド事務所のゲロットだゲロ。……。その、どっかで見たことあるような金髪ケロントと見たことないゴブリン2匹なら、たしかにここにいるゲロー。……。宮殿入り口? ゲロゲロー。めんどくさいけど、伝えておくゲロ」
ガイドは、電話をおくと、ぐったりとイスにもたれかかって、おれ達に言った。
「おまえたち、宮殿入り口ホールに呼ばれてるゲロー。乙女の庭園にも、そっから行けるゲロ」
「宮殿入り口? それどこっすか?」
おれがたずねると。
「ゲロゲロー。前の通りをまっすぐだゲロ。蒼の宮殿が見えてるゲロ?」
ものすごく、めんどくさそうに言って、ガイドは、顔に新聞をおいて、居眠りをはじめた。
どうやら、宮殿入り口は、庭園中央の道をまっすぐ行った先にある、お城の入り口のことらしい。
天空のお城は、ここでは、蒼の宮殿と呼ばれているみたいだ。
ちなみに、ガイドカエルが顔においている新聞には、カエル魔王たちの手配書が、バッチリのっていた。
ガイド事務所の外に出た後、おれ達は、言われた通り、お城の方にむかって歩いて行った。
「呼び出しって。ますます、トラップっぽいっすけど」
おれが、そう、つぶやくと。リーヌは、言った。
「トランプ? どこにあるんだ?」
すると、そくざに、ホブミが案内をした。
「右手前方なのですー。トランプのマークの形に刈り込まれた木があるのですー」
おれも、そっちを見た。たしかに、ハート、ダイヤ、スペード、クラブ、の形に刈り込まれた木がある。しかも、ハートとダイヤの木は、ちゃんと赤い葉っぱの木だ。
リーヌは、おれに向かって、言った。
「おう。ありゃ、たしかに、トランプっぽいな」
「ほんとっすね。おれは、トランプなんて言ってなかったんすけど。たしかに、トランプっぽいっす」
ところで、おれ達が、この庭園についたあと、いつのまにか、プップは、おれの頭を離れて、ぷかぷか浮かびだしていた。
だから、この庭園についてから、おれは、ただのゴブリンのゴブヒコに、もどっていたんだけど。
今、お空のプップを確認して、おれは、目をこすった。
「あれ? へんだな。プップがふたつに見えるなぁ。ゲームもしてないのに、つかれ目になるとは」
おれがつぶやいていると、リーヌも言った。
「プップが分身の術を、おぼえたみたいだな」
「分身の術? あのプップが、そんな忍者っぽいスキルをおぼえるわけないっすよ。プップなんて、いつでも、スロウの魔法を極限まで重ねがけしたみたいに、のろのろっすよ? おぼえるなら、きっと『はねる』とか絶対つかえないスキルっす。……でも、リーヌさんの目にも、プップが2匹に見えているってことは、おれの目がおかしいわけじゃないんすね。プップがふたつに……分裂?」
結局、おれも、リーヌと同レベルの発想しか、でなかった。
そこで、ホブミが、うっとりとした声で言った。
「プップさんに、運命の出会いがおとずれたのですー。ホブミは、むこう側から、もう一匹が飛んでくるのを見ていたのですー」
たしかに、よく見たら、2匹のプップの内、1匹だけが、リーヌがあげた帽子をかぶっている。2匹のプップはそっくりで、帽子以外には、ちがいがわからないんだけど。
おれは、おどろいて叫んだ。
「えぇ!? じゃ、あの占い婆が言ってた通り、婚活プップに出会いが!?」
どうやら、天空のお庭に、もう1匹のプップがいたらしい。……なんて場所にいるんだろ。
ふつうに生きてたら、ぜったいに、出会えないぞ?
婚活デート中のプップのことは、ほうっておき、おれ達は、庭園の中を進んで行った。