4-92 階段をのぼる
おれは、すぐにバテて、ふらふらしながら階段をのぼっていった。
「この階段、どこまで続くんすかね?」
「そりゃ、天国までだろ」
と、リーヌは、けろっと言った。
「それって、のぼるのムリっすよ?」
とは言っても、他に方法はみつからない。
おれたちは延々と階段をのぼっていった。
塔の中、警報音はひびいていたけど、実際におれ達を追いかけてくる者はいなかったので、ただひたすら、階段をのぼり続けた。
5分くらいたった後、おれは、もう一度主張した。
「これ、ムリっすよ。おれのスタミナがもたないっす」
「先輩のスタミナは、プップさんが常時回復してくれてるんだから、文句いわないのですー」
と、ホブミが言うけど。
「たしかに、プップが常に『ププププププ』っていってるから、ちょっとずつ回復してくれてるっぽいけど。常に限りなくゼロに近いギリギリの状態な感じだから、むっちゃ苦しいんす。むしろ、『いっそスタミナゼロでぶっ倒れたい。生殺しはやめて~!』って感じの、一番苦しい感じなんす」
そしたら、リーヌが言った。
「しかたねぇな。せおってやるよ」
「え? いいんすか?」
リーヌは、おれの防具の後ろをひょいっとつかんで、じぶんの背中にのっけた。
といっても、おれは、リーヌの背中には、触れていない。
リーヌの背中の後方3センチくらいのところに、おれは浮いているのだ。
おれが腕でリーヌの体をつかまなくても、両腕ばんざーいでも、両足をのばしてみても、まったく落っこちない。
「これ、おんぶ……? じゃないっすね」
リーヌは、魔法で、おれの身体を浮かび上がらせているようだ。
でも、見た感じは、たぶん、カエルの上にゴブリン、その上にプップの、モンスター三段重状態。
「なんか、おれ達、また新しいモンスターになってるかもしれないっす。プップリンケロみたいな」
「プップリケロでいいだろ」
と、リーヌが言った。
「たしかに、プップリケロの方が、響きがいいっすね。でも、プップ+プリケロって感じで、ゴブリン要素が消えたから、おれの存在が消えたみたいになってるっすけど」
と、おれが言うと、ホブミが言った。
「先輩は、ただのつなぎめなのですー」
ただのプップの乗り物であり、プップリンの胴体部分だったおれは、ついに、ただのつなぎめに……。
さて、階段をのぼっている間、退屈だ。いつのまにか、警報音も聞こえなくなっているし、敵が出てくるわけでもないし。
特に、自力でのぼらなくてよくなったおれは、何もすることがないので、とっても、ひまだ。
ひまだけど、おしゃべりくらいしか、することがない。
だから、おれは、リーヌに話しかけた。でも、あんまり話題がないんだよな。
「リーヌさんって、何色が好きっすか?」
みたいな、どうでもいい話しか思いつかない。
ちなみに、もう、リーヌの正体を隠す必要もないので、おれは、リーヌのことをプリケロじゃなくてリーヌと呼ぶことにした。
「赤かな。マシンなら、赤を選ぶな」
と、リーヌは言った。
「へぇ。赤いすい星のシャアと同じっすね」
「そういや、あたしの単車をそう呼ぶやつもいたな。シャーってのは、有名な奴なのか?」
と、リーヌは、おれにたずねた。
異世界でガンダムが知られているかは不明だけど、おれは気にせず言った。
「そりゃ、シャアは超有名っすよ。アムロより有名かもしれないくらいっすから」
「なに? ナミエより有名なのか? そりゃ、すげぇな」
と、リーヌは驚いたように言った。
おれは、きき返した。
「ナミヘイ?」
波平といえば、サザエさんのお父さんだな。
「そりゃ、ナミヘイさんよりは、有名っすよ。サザエさんとだと、いい勝負かもしれないっすけど。ってか、リーヌさん、さっきタンシャって言ってたっすか? タンシャ、ってなんすか?」
リーヌは、元気よく答えた。
「おう。バイクだ。カスタムバイクだ」
「リーヌさん、バイクなんてもってたんすか? おれ、見たことないっすけど」
サイゴノ町のボロ家に、そんなものは、なかったけど。「赤いすい星」って呼ばれるくらいだから、かっこいいバイクだったんだろうな。
リーヌは、頭をかきながら、言った。
「もうねぇよ。ヤーさんとこに、つっこんで、爆発させちまったんだ」
「え? 衝突事故? 八百屋さんに? だめっすよ。せっかく、赤いすい星って呼ばれるほどのバイクなんすから。安全運転しなきゃっす」
と、おれは、リーヌをたしなめた。
「まぁな。ちょっと、残念だったな」
と言うリーヌに、おれは、さらに言っといた。
「バイクは戦闘機じゃないんすから」
だけど、リーヌは、そこで、首をかしげた。
「そうか? 単車乗る時は、いつでも戦闘モードだろ」
どうやら、この世界では、バイクは戦闘のための乗り物らしい。さすが、異世界だな。
それから、リーヌは、のんびり言った。
「まぁ、でも、今度乗るときは、のんびりツーリングにでも行きてぇな」
「じゃ、おれをサイドカーにでも乗せてくれっす」
おれは、当然、車だろうとバイクだろうと、運転免許なんてもってないからな。
リーヌは言った。
「おう。ちゃんと100キロくれーで、のろのろ走って、車道だけを走るぜ」
おれは、耳を疑いながら、ききかえした。
「え? 100キロって、けっこう出てるし、はじめから、車道以外に走るところなんて、ないっすよ?」
リーヌは不思議そうに言った。
「そうか? ふつうにしてたら、300くらい出るだろ」
「300キロ!? 通常の3倍!? だからか……。赤いすい星……。やっぱ、おれ、乗らなくていいっす。その運転じゃ、なんか、おれが、すい星になって消えそうっすから」
リーヌは、だだっこのように言った。
「あんだよ~。いっしょに行こうぜ。30キロで、とまりそうな安全運転してやっからよ」
「じゃ、自転車なみの、のんびり運転でおねがいするっすよ?」
「おう。あたしのチャリは、そのへんの車より、速ぇーけどな。ママチャリでも、気合だせば、けっこうでるんだぜ?」
「なんでも3倍速!? ……じゃ、お年寄りがのっているシニアカーをめざす感じで、おねがいするっす」
「おい、それ、歩くスピードだろ。何日かかるんだよ。……ま、それもいいか。のんびり行くか」
おれは、リーヌと、歩く速度のツーリングに行く約束をした。
おれは、別の質問をした。
「リーヌさんの好きな食べ物ってなんすか? けっこう、なんでも好きそうっすけど」
「ケーキだ」
リーヌって、骨付き肉とかワイルドな食べ物の方が似合いそうだけど。好きな物は乙女なんだよなー。
「いつも、ホブミとスイーツめぐりしてるっすもんね。リーヌさんは、なにが一番好きなんすか?」
「やっぱ、ふわふわのスポンジに、ふわふわの生クリームに、イチゴがのってるやつだぜ」
「へー。王道のショートケーキっすね」
と、おれが言うと、リーヌは言った。
「おう。でも、アタイは、ショートっつっても、でかいのがいいな。今度、でかいの買ってきてくれよ」
「いいっすけど。でかいのって、ホールケーキってことっすか?」
おれがたずねると、リーヌは、けろっと答えた。
「おう。まるいのが3段くらいのやつな」
「ホールが3段!? ウェディングケーキなみ!? ……ちょっと、おれの腕力じゃ、もってこれないかもしれないっす」
「あんだよ。気合みせろよ。入刀しようぜ。刀研いで待ってるからよ」
「刀!? こわすぎっす! 何を斬るつもりっすか!」
そこで、おれはふと思いだした。
「そういえば、ホブミが静かっすね? ホブミは、なにやってんだろ?」
後ろから、ホブミの不機嫌そうな声が響いた。
「ホブミのことは、気にしなくていいのですー。ホブミは空気を読める女なのですー」
「空気?」
と聞き返したら、
「これ以上、ホブミに話しかけたら、即死魔法の練習台にするのですー」
と、ホブミに脅された。
というわけで、おれは、また、リーヌに、どうでもいい質問をした。
「じゃ、リーヌさんの好きな動物は?」
リーヌは即答した。
「ヒツジ」
「だと思ったっす。そういえば、目覚まし時計も羊っすね」
と、おれは、ひつじくん目ざまし時計を思い出しながら言った。
すると、リーヌは言った。
「ああ。あれは、昔、ダチがくれたんだよ。誕生日プレゼントに。でも、あいつ、その後すぐ、家族旅行で事故にあって、死んじまったんだ。だから、あれは形見みたいなもんなんだ」
「そんな大事なものだったんすか? おれがリーヌさん家で見つけた時には、すっかりボロボロになってたような……」
「早起きする時に、いろいろ起こったからな」
と、リーヌは、ぼそっと言った。
「リーヌさんが、朝早くに起きることなんて、ないじゃないっすか?」
おれが知る限り、リーヌが早起きしたことなんてない。いつも、あのぼろ家で、一日中ゴロゴロしている感じだ。
でも、リーヌは言った。
「んなことねーよ。バイトのために、早起きしてたんだよ」
「え? リーヌさんが、バイト? ……信じられないっす」
おれが知る限り、リーヌはバイトなんてしてないんだけど。きっと、すぐにクビになったんだな。
「でも、そういえば、あの目覚まし時計、ふしぎなことに、いつの間にか新品状態に戻ってるっすよね?」
「ああ。あんがとよ」
と、リーヌは、なぜか、おれに、お礼を言った。
しばらくして、階段の途中に、エレベーターホールみたいな場所があらわれた。
おれ達は、エレベーターホールに入り、エレベーターの前に立った。
「エレベーター動かないっすかね? この調子で階段のぼってたら、何日も、かかっちゃうっす」
おれは、リーヌからおろしてもらって、エレベーターのボタンを押した。
すると、意外なことに、あっさり、エレベーターが到着し、ドアが開いた。
「なんか、こんなにあっさり来ると、これはこれで、罠かもって、気がしてきたんすけど……」
と、おれがブツブツ言っている間に、リーヌはすでに乗り込んでいたし、ホブミも乗った。
おれも、おそるおそる、エレベーターに乗り込んだ。