4-90 天国への階段
観光バスをおりると、そこは、屋台がたちならぶ、にぎやかな場所だった。
ここは、「天国への階段」という塔のふもとだ。
ツェッペの町からここまでは、何もない荒れ地がひたすらずっと続いていたんだけど。「天国への階段」という塔の周辺には、お土産や食べものを売っている屋台がたちならんでいる。
「むっちゃ観光地っすね。ポストカードでも買っていくっすか?」
と、おれは言った。
「ぽすとかーど? それはうまいのか?」
と、リーヌは言った。
「食べ物じゃないっす。でも、たしかに、食うのにも困っているのに、ポストカード買ってるよゆうはないっすね。それに、ちょっと小腹がすいてきたっす」
そう言いながら、周囲をながめていたおれは、気がついた。
「あ、わたあめが売ってるっす」
近くの屋台で、わたあめが売っていた。名前は、「天国のわたぐも」っていう名前だけど。見た感じ、ただのわたあめだ。
「わたあめだと!? やっぱ、祭りには、わたあめがないとな」
リーヌもほしそうだ。
「お祭りのわたあめって、ぼったくり価格っすけど、あのふわふわの作り立ては、スーパーじゃ買えないから、お祭りとかでしか食べられないんすよね。というわけで、シャバー、今日のおやつ代をくれっす」
「わかったよ」
と言って、シャバーは、お金をくれた。
ちなみに、おれ達って、シャバー以外はみんなモンスターだから、周囲の人達から見ると、シャバーが飼い主みたいに見えるらしい。
バスの中にいた、観光客の老夫婦は、シャバーにむかって、「あんたは、テイマーかい? 緑色のモンスターが好きなんだね」と言っていた。
カエルなリーヌが、
「テイマーはアタイだ」
と、言っていたけど、老夫婦は、ほほ笑むだけだった。
おれは、シャバーから今日のおやつ代をもらって、わたあめを買おうとした。だけど、注文直前に、気がついた。
「5000Y!? 500Yじゃなくて?」
料金の、ゼロが、思ってたのより、ひとつ多い。5000Yじゃ、シャバーからもらったおやつ代じゃ、たりないし。
「5000Yだギャー」
と、ねじりはちまきをした屋台店主は言った。ちなみに、この屋台の店主は、首の長い白い鳥だ。
「どうみてもただのわたあめなのに!? お祭りのぼったくり価格でも、500Yだろ~」
と、おれが言っても、はちまきをした白い鳥は、断言した。
「わたあめじゃないギャ。『天国のわたぐも』だギャ。だから、ぼったくりじゃないギャ。適正価格だギャー」
よくみると、周囲の屋台は、どこも超高価格だ。
「極楽浄土の水」1本1000Yとか、「聖魚すくい」1回5000Yとか。どう見てもただの水や、ただの金魚すくいに見えるんだけど、値段が一桁ちがう。
白い鳥な店主は言った。
「『天国のわたぐも』は、ここでしか食べられないギャー。5000Yでもお得だギャー」
おれは、疑いながら、たずねた。
「ほんとにわたぐもなんすか?」
白い鳥は断言した。
「そうだギャ。『天国のわたぐも』だギャ」
断言されると、ほんとうに、天国の綿雲なのかも、って思えてくる……。
「うーん。ちょっと試してみたくなってきたぞ。お金もらってこようかな」
でも。
「このドアホゴブリン。サギの屋台にだまされてないで、早く天国の階段に行くですー」
ホブミが、おれのえりくびをつかんで、引っぱったので、おれは、「天国のわた雲」を買えなかった。
「あ、言われてみれば。あの鳥の種類、サギだ。てことは、やっぱ、『天国のわた雲』って、サギなの?」
ホブミは断言した。
「解析魔法で確認したですー。中身はただの、わたあめなのですー」
その後、リーヌとおれは、「わーたーあーめぇ~ めぇ~」「五千イェーンだから だめぇ~ めぇ~」「めぇ~ めぇ~♪」「めぇ~♪ めぇ~♪」と、ふたりで、羊みたいに、なげいていたんだけど。
シャバーが、「町に帰ったら、好きなおかしを買ってやるから。しずかにしてくれ」と約束してくれたので、なげくのをやめた。
さて、おれ達は天国への階段という塔の入り口にやってきた。
天まで続く巨大な塔の入り口には、観光客が列をつくっている。
入り口の上には、「天国への階段 入り口」と書かれた大きな看板がかかげられていた。
入り口のわきには、大きな料金表が掲示されていた。
おれは、読み上げてみた。
「天国への階段入り口ホール見学料(入り口ホールで天国展覧会開催中!)1万Y
階段通行料(庭園見学ツアー料金ふくむ)1億Y
天国入場料1000兆Y
……高すぎっす!」
さっきまでの屋台のぼったくり価格が、超お買い得価格に見えてくる。……どうりで、あんなぼったくり価格なのに、それなりに売れているわけだ。
「やっぱ、天国の入場料は、たけーんだな。せんちょーイェーンか。……船長がいればいいのか?」
と、よくわかっていないリーヌは言った。
「1000兆は……って、おれも、実は、よくわからないっす。1兆って、どんだけ大きいんだっけ? にしても、ここじゃ、1000兆Y払ったら、天国へ行けるの? 天国も金しだい? それとも、これもサギ? 天国サギ?」
おれの疑問は無視して、ホブミが言った。
「ホブミは、入り口見学料くらいなら払えますですがー。階段通行料は払えないのですー」
そりゃ、そうだ。階段通行料は1億Yだもん。1億は、なんとなくイメージがつくな。宝くじの1等賞が何億円かだからな。
でも、おれやリーヌなんて、入り口の見学料1万Yだって、払えない。
「どうするっすか? たしか、天空の魔女の城って、この塔の上なんすよね? てことは、1億Yないと、たどりつけないってことっすよね?」
つまり、リーヌを人間にもどすためには、最低でも1億Y、4人分だと4億Yも必要ってことになるんだけど。
そんな大金、一生かかっても稼げそうにない。
おれの言ったことをわかったんだか、わからなかったんだか。リーヌは言った。
「みんな並んでっから、おもしれーのかもな。中に入ってみようぜ」
「じゃ、とりあえず、入ってみるっすか」
「では、入場券を買ってきますですー」
というわけで、ホブミが4人分の入場券を買ってくれた。
おれたちは天国への階段の入場待ちの列に並んだ。
列に並んでいる間に、ひつじくんがおれに話しかけてきた。
『ゴブヒコさん』
「あ、ひつじくん」
『これが、最後になるかもしれないから、よく聞いて』
「え? 最後って? どしたの、ひつじくん」
『ゴブヒコさん。ぼくは、ゴブヒコさんが悪い人じゃないってことはわかっているよ。リーヌちゃんのことを大切に思っていることも。だけど、それだけじゃ、足りないんだ。思ってるだけじゃ、伝わらないんだよ』
それから、ひつじくんは、どこか鋭い声で言った。
『ぼくは、リーヌちゃんが幸せであれば、他のことはどうでもいいんだ。だけど、リーヌちゃんを傷つける人は誰であっても許さない』
「え? ひつじくん?」
『おぼえておいて。じゃあね』
と、言い残し、ひつじくんは消えてしまった。
しばらくして。おれ達は、天国への階段の、入り口ホールに入った。
ホールの中は、博物館のようになっていて、「天空の庭園」というところの写真とか、天国の絵とかが、たくさん飾られている。
入り口近くの壁には、青いきれいなお城の写真と庭園の写真、それから、何枚目かには、お花畑の写真もあった。
「あ、おれ、このお花畑見たことあるっす。……プリケロさんに殺されかけた時に」
さらに奥に進むと、天国展覧会という部屋に、楽園ムードたっぷりの、天国のイラストがたくさん飾られていた。……なんか、天国は写真じゃなくて、絵なのが、ちょっとあやしいんだけど。
それぞれの絵の近くには、制服をきた白い鳥が、解説員として、立っている。
あの白い鳥は、屋台の店主と同じ鳥、……サギだ。……サギっぽい。
ここの天国の絵、むちゃくちゃ、サギっぽい!
さて、展覧会会場の奥には、お土産屋さんがあって、その横をさらに進むと、入場ゲートがあった。
でも、入場ゲートの方に行く観光客は、いない。
入場ゲートのその先に、らせん階段の入り口と、エレベーターホールっぽいところが見える。
「あの先に行くのに、1億Y必要なんすね」
観光客たちは、みんな、入り口ホールの展覧会で写真や絵を見て、お土産を買って、帰っていく。さすがに、1億Yも払える人は、そうそう、いないからな。
階段前の入場ゲートには、カエル人間が立っていた。
入場ゲートのカエル係員は、大きなKの文字がついたケロット団員の服を着ている。
「うわ、あの入場係、見るからに、ケロット団員っす。展覧会の係員がサギなとこも、ちょっとあやしげだったけど。ケロット団員が係員とか。これ、もう、完全に悪の組織の秘密アジトっぽいっす」
と、おれが言ってる横で、リーヌは言っていた。
「Kの服いいなー。どこで売ってんだ? そこの売店にあるか?」
リーヌは、お土産屋の中をのぞいた。
「ケロット団の服がほしいんすか? プリケロさんがあれを着たら、完全にケロット団員になっちゃうっすよ?」
「団員に変装するとは、よいアイデアなのですー。さすが姫様なのですー」
と、ホブミは言った。
「なるほどー。そういう作戦っすか」
だけど。残念ながら、お土産屋さんにケロット団員の服は売ってなかった。
展覧会係員のサギがかぶっていた帽子はあったけど。
「えーと。変装作戦はムリってことっすね」
と、お土産屋さんで、おれが言うと。
「返送作戦? なにを送り返すんだ?」
と、リーヌは、ホブミに買ってもらったサギの帽子をかぶりながら、まじめな顔で、ききかえしてきた。
「ケロット団の服を手に入れて、ケロット団員に返送する計画じゃなかったんすか? てか、プリケロさん。変装作戦じゃないなら、なんで、あの服をほしがってたんすか?」
リーヌは、けろっと言った。
「ゴブヒコが、『いっしょにKの服を着て、決めゼリフを言いたいなー』って言ってた気がするからな。アタイのカンによると。なんだカンかと言われたら」
「答えてあげるが……って、おれはそんなこと言ってないっす! なんすか、その勝手なカン! ……このネタのためだけに、ほしがってたんすか?」
おれの言うことには返事をしないで、リーヌは、おれの頭の上のプップの頭に、サギの帽子をのっけた。
「プップの方がにあうな。よし、この帽子はプップにやろう」
「プッ」
「いや、プリケロさん。あの入場ゲートを突破するんじゃないんすか? まぁ、あきらめるっていうのも、ひとつの手っすけど。べつに、もう、プリケロさんのカエル姿に見慣れすぎて、おれ、最近は、プリケロさんは、もとからこんな姿だったような気がするし。『こうして、カエルとゴブリンは、ずっと仲よく幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし』で、終わりにしても、いいかもしれないっす」
おれが前向きに言うと、リーヌは、あっさりうなずいた。
「おう。いい感じのハッピーエンドだな」
「え? それでいいんすか? じゃ、帰るっすか? カエルは帰る?」
「そだな。そろそろ、家に帰ってゴロゴロしたくなってきたぜ。こんな塔とか、どうでもいいだろ。みんなで、家に帰ろーぜ」
「ほんとに?」
こうして、おれたち、カエル、ゴブリン、プップ、ホブゴブリン(偽)、人間、の5匹は、サイゴノ町に帰って、のんびり、仲よく、幸せに暮らしましたとさ。
……で、いいかな、と思ったんだけど。
「だめなのですー。ホブミは、姫様に、ほんとうの姿にもどってほしいのですー。ホブミひとりでも、オトメノキッスイを取りにいくのですー」
と、ホブミが、強く主張した。
ホブミひとりでも行く、なんてことを言われたら。リーヌは、もちろん、こう言う。
「ホブミひとりで行かすわけにはいけねぇ。しかたねぇ。行くぞ」
というわけで、おれ達は、どうにか入場ゲートを突破することにした。