1-15 最弱ゴブリンの逆襲
魔王の間に勇者の笑い声が響いていた。
「ふふふふふ。ふはーっはっはっはっは! 大魔王リーヌよ。これでおまえも終わりだ。このおれ様。かつて最弱の勇者と呼ばれたこのおれ様に、お前はたおされるのだ! あんなことも、こーんなことも、されながら!」
雰囲気イケメンな顔をゆがませながらそう言う勇者は、ただの犯罪者にしか見えない。
おれは、リーヌがこんな風に言われるのを聞くと、むしょうに腹が立った。
だけど、おれには、柱のかげから見ていることしかできない。
勇者は宣言した。
「そして、おれ様は伝説になるのだ! 伝説の大魔王を倒した勇者として。そして、昔おれを弱い弱いってバカにして追放したあいつらを、みーんな見返してやるのさ。復讐モードのはじまりはじまりー。おれをバカにしたあいつは、これから一生パンイチの刑に処してやろう。おれを鼻で笑ったあいつは一生鼻輪の刑だ。ざまぁ、ざまぁ、ざまぁ!」
「この勇者、性格最悪!」
そうこうしている間に、リーヌはまた少し回復したようで、ふらふらと立ち上がった。
おれは必死に呼びかけた。
「リーヌさん、一回撤退っす! その勇者には、ぜったいに勝てないっす!」
リーヌの耳に、おれの声は聞こえていなかった。リーヌは、唸り声をあげ、勇者に向かっていった。
「ああん♡」
勇者は、ふざけた声をあげて身をよじり、盾でリーヌの攻撃をはじいた。
リーヌは再び勇者の盾にはじきとばされ、ばったりと倒れた。
「ふふふふふーん」
勇者は鼻歌をうたいながら、リーヌをつま先でつついた。
リーヌはもう、立ち上がることはおろか、抵抗することすらできないようだった。
調子にのった勇者はしゃがんで指でリーヌの胸をつついた。
「ふふふふー。おっぱい、ぽよんぽよん」
あたりがパッとあかるくなった。魔王の間の四方で火柱が燃えている。
だけどリーヌは、身動きもしない。
リーヌは動けないほどに弱っている。
おれは柱のかげで怒りにふるえながら叫んだ。
「やめろ! このチカン勇者! チカンは犯罪だぞ! おまえ、それでも勇者か!」
勇者はニタリニタリと笑って言った。
「どうとでもいうがいいさ、柱のかげのゴブリン。魔王さえ倒せば、勇者はなにをしても許される。それがこの世界の掟なのさ~」
「なんて理不尽! ひどすぎる! 勇者ばっかり優遇しすぎだろ!」
「うらやましいだろ~。勇者は死んだって生き返れるしー。あなたのものは、おれのものー。仲間の装備はもちろん、知らない人の家のものでも、見つけたものは、おれ様のものだ。泥棒なんてよばせない! ひとんちの棚をあさるのは勇者さまの権利だからな」
「この空き巣!」
勇者は、きりっとした顔で断言した。
「空き巣ではない。住人がそこで見ていたって取っていく」
「強盗かよ! ほんと勇者って最悪だな」
おれたちがこの会話をくりひろげている間も、リーヌは苦し気にうめくだけで、チカン勇者に怒鳴ることもできないでいる。
「ふふふふふ。大魔王リーヌよ。さすがの貴様も、もう体力が残っていないだろう。あとはおれ様が、この手で自らとどめをさしてやる」
勇者は剣を抜いた。ごつごつした装飾のついた、強そうな剣だ。
この勇者、攻撃力はちゃんと強化しているようだ。
チャラいみためで変態だけど、意外と頭脳派なのだろう。
(まずい。このままじゃ、ほんとうにリーヌがあんな勇者に殺されちゃうぞ)
おれはあせった。
だけど、おれに何ができる?
ゴブリンの中でも規格外れに弱い、おれに。スライムにすら負けるおれに。
勇者は剣をかかげ、リーヌに切りかかった。
『勇者あああああの攻撃。大魔王リーヌに5のダメージ』
一撃のダメージは小さい。だけど、勇者は容赦なく、床に倒れたままのリーヌを切りつけていく。
そのたびに青い妖精の声が聞こえた。
『勇者あああああの攻撃。大魔王リーヌに5のダメージ』
『勇者あああああの攻撃。大魔王リーヌに5のダメージ』
『勇者あああああの攻撃。大魔王リーヌに5のダメージ』
リーヌは無抵抗に斬りつけられている。
見ていられない。
おれは、木のこんぼうをにぎりしめた。
にぎりしめたところで、おれは止まった。
(だけど、おれに、なにができる?)
きっと、なにもできない。
おれは、いつも、なにをやってもだめな男だ。
いつも、途中で怖気づいて逃げ出して、あきらめて、なにもできない、ただのおくびょうな引きこもり……。
勇者に襲いかかったところで、おれは、一撃で殺されてしまうに決まっている。
死ねば、もう終わり。
おれは、死にたくない。
今だって、考えるだけで、足がふるえている。
(だめだ、おれには、なにもできない……)
「そらそらぁ。どうした魔王リーヌ」
勇者の足下でリーヌが苦痛の声をあげている。
思えば、こき使われてはいたけど、リーヌと暮らした日々は、けっこう楽しかった。
「あきらめねぇ。ぜったいに、あきらめねぇ……」
リーヌの声が聞こえた。
今まで何度も聞いてきたセリフだ。
リーヌは、ぜったいに、あきらめない。
勇者はあざ笑った。
「あきらめない? この状況で? ふははは。大魔王リーヌよ。今のおまえに何ができる。貴様はここで無残におれに倒されるのだ。そして、おれは、伝説の勇者となるのだ!」
勇者は剣で、倒れたリーヌの左手を突き刺した。
剣はリーヌの手を貫通し、床にはりつけにした。
リーヌは苦痛でうめいた。
『勇者あああああの串刺し。大魔王リーヌは5のダメージを受けた。大魔王リーヌは動きを封じられた? 大魔王リーヌに毎ターン1のダメージ』
「あぁ、いい気持ちだなぁ。苦痛を与えるのは、いい気持ちだぁ」
リーヌに剣を突き刺したまま勇者は恍惚とした表情を浮かべている。
気がついたときには、おれは柱のかげから駆け出していた。
「リーヌをはなせ、この変態勇者!」
おれは勇者の後頭部めがけて、木のこんぼうをふりおろした。
『ゴブヒコの攻撃。勇者に1のダメージ』
青い妖精のアナウンスが響き、おれは自分が勇者にダメージを与えたことを知った。
「やった! ダメージを与えたぞ!」
防御力がゼロ状態の勇者になら、おれでもダメージを与えられるようだ。
リーヌがにやりと笑った。
「行け、ゴブヒコ! そのまま殴り続けろ!」
リーヌの声に押されて、おれはぽかぽかと、力の限り勇者の頭をこんぼうで殴り続けた。
『ゴブヒコの攻撃。勇者に0のダメージ』
『ゴブヒコの攻撃。勇者に1のダメージ』
青い妖精の声が聞こえ続けた。
「いい気になるなよ」
勇者はおれの方に盾をむけた。
めくらめっぽうに振ったおれのこんぼうが、盾ではじかれた。
(まずい!)
リーヌですら吹き飛ばされる、あの攻撃を受けたら、おれなんて瞬殺……と思ったんだけど。
『ゴブヒコの攻撃。勇者あああああは、ゴブヒコの攻撃をはじいた。ゴブヒコに1のダメージ』
よく考えれば、あの盾は勇者が受けるダメージを反射するだけだから、おれが受けるダメージは大きくても1だ。
つまり、反射されようがなんだろうが、おれの攻撃力なら、なにも恐れずに、この勇者を叩ける。まさか、おれの最弱攻撃力が役に立つ日がくるとは思わなかった。
おれは盾のないところをめがけて、こんぼうをふり続けた。息切れし、ふらふらになりながら、こんぼうを振り続けた。
勇者は、いらついて叫んだ。
「このゴブリンめ! 調子にのって、ちまちま、ぽかぽか、なぐってきやがって。どうせダメージ1だからと思っていたが、うざい! とにかく、うざい! こうなったら、おまえから始末してやる!」
勇者は、リーヌの手に刺さっていた剣を引きぬき、おれに向かっておそいかかってきた。
勇者の殺気と巨大な恐ろしい剣を見て、おれは思わず恐怖ですくんでしまった。
(動けよ、おれの体!)
でも、おれの体は動かなかった。それに、動いたとしても、たぶん、勇者からは逃げ切れなかった。
(……だめだ、殺される!)
その時、リーヌが倒れたままこぶしをふりあげた。
「がんばれ! ゴブヒコ!」
『大魔王リーヌが、こぶしをふりあげた。大魔王リーヌの「大魔王の風圧(微)」。勇者あああああは、ダメージ999を受けた』
どうやら、リーヌがこぶしをふりあげたら、それだけで攻撃になったようだ。
「ぐふぅっ」
勇者は血を吐き、のけぞった。
「だ、大魔王リーヌめ。ただの風圧で、このダメージ。いかん、残りHPが! やはり大魔王の攻撃を防がねば」
勇者はリーヌの方にふりかえった。
その瞬間、おれはこん身の力で、勇者の後頭部にこんぼうをふりおろした。
『ゴブヒコのこん身の一撃! 勇者あああああは、ダメージ2を受けた!』
勇者がゆっくりと倒れた。