4-88 乙女のひとりごと
丘の上からは、羊が点在する草地や丘の、のどかな光景を見下ろすことができた。
そして、リーヌは丘の上の、木かげの草むらの中にいた。
われながら、よく見つけたもんだ。
リーヌがいるのは、ふつうは人が立ち入らない場所だし、かんぺきな保護色で、周囲と一体化している。
もしもリーヌがひとりごとをしゃべっていなかったら、おれはそこにリーヌがいることに気づかなかったかもしれない。
おれが、のんびり後ろから近づいていっても、リーヌは、おれに気がついていなかった。
リーヌはひつじくんのめざまし時計を片手にもって、めざまし時計にむかって、話しかけている。
「どうすりゃいいんだろーな。どうすっかなぁ。あのバカは、あいかわらず、なに考えてんだか、わかんねぇし。宇宙人かよ。あのバカ……」
リーヌは、ちょっと怒っているような調子で、宇宙人について話をしていた。
リーヌは、ひとりで、めざまし時計にむかって、語り続けている。
「やっぱ、あの宇宙人ヤロウは、どうも思ってねーのかな。あたしが、かってに好きなだけなのか? だけど、どっちにしろ……。あすこで、コクられてふるなんて、ありえねぇよな。すげぇ傷つくだろ。んなことできねーよ」
おれは、リーヌの言ったことを、半分くらいしか、聞き取れなかったから、なにを言っているのか、推測した。
リーヌは、「コーラいれてふる。ありえねぇよな」と言っていた気がする。
あと、好きだとか、傷つくとか、言っていた。
てことは。
わかったぞ。
リーヌはコーラが好きだから。きっと、宇宙人もコーラが好きだろうって、かってに思ってたんだ。
それで、コーラをあげたら。
きっと、宇宙人は、ありえないことに、コーラを振りまくって、泡が噴射して、びっくりしたひょうしに、ケガをしたんだろう。
おれも、前に、やったことがあるからな。
コーラは、危ない。
リーヌは、めざまし時計に話しかけつづけている。
「さんざん迷惑かけて、守ってもらって。あたしのせいで、ぶちこまれて……。ひでぇ話だよな。だから、あいつが望むことなら、あたしは、なんだってしてやりたいんだ」
おれは、ショックを受けた。
(ぶちこまれた!?)
ま、まさか。
(宇宙人、死んじゃったの!?)
おれ、「その宇宙人に会ったことがないなー」と思っていたら。
どうやら、宇宙人は、リーヌのせいで、レーザー銃かなにかの攻撃をぶちこまれて、死んでしまったようだ。
うぅ……。おれも、宇宙人に会ってみたかったのに。
そして、リーヌは、宇宙人の遺志をかなえてあげようとしているんだな。……いい話だ。
さて、おれが宇宙人の物語に感動している間も、リーヌは、話し続けている。
「やっぱ、いやだなんて言えねぇよ。……つーか、いやじゃねぇんだよ。ひさしぶりに会ったら、かっこよかったな。やっぱ、あこがれだ」
リーヌは、そこで頭をかかえた。
「……なのに、なんで、あいつなんだよ。あたしはどうしちまったんだ? どう考えても、ありえねーだろ」
(うーん。もうさっぱり話がわからないぞ)
おれは、わからなくなった。
「久しぶりに会った」って言ってるってことは、宇宙人は、やっぱりまだ生きてるのか?
でも、リーヌは頭を抱えて、「あたしはどうしちまったんだ?」とか「ありえねー」とか言ってるってことは、ひょっとしたら、死んだはずの宇宙人の幻覚を見たのかもしれない。
おれは、もう、話がよくわからなくなってきたので、リーヌの話から興味を失いはじめた。ちなみに、おれは、興味を失うと、話が耳から入ってこなくなる特技をもっている。
(にしても、リーヌ、おれに気がつかないなー)
おれは、その場で、こっそり、ゴブリン流ラジオ体操を始めた。
リーヌは、ためいきをついた。
「どうすりゃいいのか、ぜんっぜん、わかんねーな。逃げててもしかたがねーのに。ずっと、ここで、なんにも気がつかねぇあのバカと、バカみてぇに楽しい旅をつづけていたいって、思っちまうんだよ」
リーヌはそこで、羊のめざまし時計を空に掲げ、めざまし時計を見ながら、つぶやいた。
「……なぁ、ヨウ。おまえが、ここにいてくれたら、なにも迷うことなんてないのにな。どこにいるんだよ。ヨウ。ずっと、ずっと、探してんのに。こんなに探してんのに。みつからないなんてさ。ヨウ。おまえ、今も、この世界のどこかに、いるんだろ?」
おれは、ほとんどリーヌの話を聞いていなかったけど、ひとつだけ、疑問に思った。
(リーヌ、「YO! YO!」言ってたみたいだけど、ラップの練習? ま、いいや)
いつまでも待っていても、リーヌはこっちに気がつきそうにないので、おれは声をかけた。
「プリケロさーん」
「げっ!!!」
リーヌが、カエルのように、跳びあがった。いや、カエルなんだけど。
「ゴブヒコ!!!? おまえ、いつからいたんだ!!!?」
気のせいか、リーヌの目に涙が光っているように見える。でも、カエルのおめめはウルウルだから、こんなもんかも。
「おれは、今きたばっかっすよ?」
「ほ、ほんとか? おまえ、ぬ、ぬすみ聞き、してたんじゃねぇだろうな?」
リーヌはなぜか、かなり、あせっているように見える。
「べつに、リーヌさんの独り言なんて、ほとんど聞いてないっすよ? おれがきたのは、なんか、リーヌさんが、宇宙人の話をしてたらへん……」
すると、リーヌの緑な顔が、みるみる、赤くなっていった。
真っ赤なカエルは、ものすごい勢いで、どなった。
「むっちゃ聞いてるじゃねーか!!! 乙女のひとり言を、聞くんじゃねぇーー!!!」
リーヌのどなり声で、おれとプップは空高く、ふっとんだ。
直撃はさけたんだけどな……。今回のどなり声は、はんぱない、竜巻のようだったから。
丘の上じゃなかったら、周囲にすごい被害がでていそうな、どなり声だった。
おれは空中で、おれの頭からふきとばされて上空で、くるくる回っているプップにむかって、叫んだ。
「プップ! だいじょうぶかぁー?」
青い空で、風船のようなまんまるプップが、くるくる高速回転している。
「ププゥ~~~~ッ! プププププゥーーー!」
ひつじくんがいないから、プップがなんて叫んでいるのかは、わからない。
まるで、プップは、「だいじょうぶなもんかぁ~~~~っ! ドアホゴブリンおまえのせいだぁーーー!」って、叫んでいるみたいに聞こえたけど。気のせいだろう。今回のは、おれのせいじゃないし。
「おれは、だめかもしれないぃ~~……」
落下したおれは、そのまま、気絶した。
おれが気がついた時には、あたりはすっかり、日が暮れていた。
うす暗がりの中、おれの体の上を、プップがひまそうに、「プププププ」と言いながら転がっていた。たぶん、プップはおれの回復をしてくれていたんだろう。
起き上った時、おれは、なんとか歩ける程度に回復していたから。
おれは、それから、待ち合わせ場所の広場にむかったんだけど。
もうとっくに待ち合わせの時間を過ぎていたので、広場には、ホブミもリーヌもいなかった。
この世界、当然、スマホはないし、あったとしても、リーヌはスマホ代なんて払えない。だから、いちどはぐれると、連絡手段がない。
しかたがないので、おれは、一軒一軒、ツェッペの町のホテルをたずねて金髪カエルの宿泊者がいないか、たずねていった。
ツェッペの町は、観光客が多いから、ホテルも多くて、ほんとうに、大変だ。
「これ、もうみつからないかもなー。今夜は野宿かもー」
おれが、そうつぶやくと。
「ププゥ~」
と、プップが不満そうに鳴いた。
「いや、プップは、もともと野生モンスターなんだから。野宿とか、ふつうだろ?」
「ププゥ~」
「なんで、不満なんだよ。そんなに人間の生活に慣れちゃうと、すっかり家畜化されちゃって、イノシシがブタになったみたいに、変な進化をしちゃうぞ。プップじゃなくてプとかになっちゃうぞ」
「ププッ プップ プププープ」
「まぁ、たしかに。プップって、もともと牙も爪もないし。戦闘力ほぼゼロだから、変わんないかー」
「プッ」
おれたちが、そんな会話をしながら歩いていたら。
「プップリン」
と、おれ達に声をかけてきた人がいた。
シャバーだ。
運よく、おれは、シャバーと遭遇できた。
だけど、おれは、そこで気がついた。
なぜか、シャバーの周囲には、地面にたおれて唸っている人達がいる。なんか、みじめで無惨な負け犬っぽい感じで、地面に転がっている。
しかも、なんだか、みおぼえのある格好の人達だ。
暗がりだから、ちょっとよく見えないけど、白いマントに赤いハートのマークがついている気がする。
「あれ? この人達は……」
羊の牧場の近くで会った騎士団員たちのような気がする。
「からんできたから、軽く相手をしてやったんだ」
と、シャバーは言った。
なんで、騎士団がシャバーに……と思ったところで。おれの耳には、周囲のひそひそ話が聞こえた。
「ディエス教会騎士団のやつら、イケメン狩りをして、イケメンに返り討ちにあってるぜ」
「ディエス教会騎士団は、なにをやってるのかしら」
と、ひそひそ話が聞こえる……。
「あ、そういえば……」
「ププップゥ~」
プップが、「だから言ったじゃん」と言うように鳴いた。
そこで、おれは、騎士団員に強そうなイケメン狩りを提案したことと、シャバーが、かなり強くて、とてもイケメンだったことを思い出した。
(まずい……!)
おれは、騎士団員たちにバレる前に、そそくさと、その場を立ち去ることにした。
おれは、シャバーの服をつかんで、小声で言った。
「さぁさ、そこの人達が、顔を上げる前に、早く帰るっす」
「おれは、酒を買いに出てきたんだが?」
というシャバーを、おれは、ひっぱっていった。
「おれが案内するっす。早くこっちに。さっき、ホテル巡りをしてる時に、あっちで飲み物屋さんを見かけたっす。おいしそうなフレッシュジュースとジェラートを売ってたから、おれにも買ってくれっす」
「フレッシュジュースとジェラート? 酒は売ってなさそうな店に聞こえるんだが」
と、シャバーは言っていたけど、早くその場から離れないとまずいので、おれは、シャバーを強引につれて行った。
結局、おれがシャバーを連れて行ったのは、ジューススタンドで、アルコールは、売っていなかった。
でも、やさしいシャバーは、おれにジュースとチュロスを買ってくれた。
そうそう。もう夜で、ちょっとひんやりするから、おれは、ジェラートじゃなくて、チュロスにしといたのだ。
チュロスなんて10年くらいぶりだ。
その後、シャバーは、おれを今日の宿泊先のホテルにつれて行ってくれた。
ちなみに、方向音痴のリーヌがどうやって待ち合わせ場所の広場にたどり着いていたのかというと。
実は、ホブミは、リーヌに、発信器みたいな魔道具をもたせていたらしい。
だから、リーヌがどこにいても、ホブミはリーヌを連れ戻しに行けた、というわけだ。
そういうことは、最初に言っといてほしいよなぁ。
おれが宿屋に着いてからも、リーヌは、なぜか、おれに、一言も口をきこうとしなかった。
「プリケロさーん。シャバーにチュロスを買ってもらったっすよー」
と、おれが、チュロスの入った袋をふりながら、呼びかけても。
リーヌは、人間不信の野犬みたいに、おれをじろじろ見ながら近づいてきて、おれからチュロスを、ささっと1本うばったかと思うと、すぐに走り去ってしまった。
かと思うと。おれが、ジュースを飲みながら、ホテルの食堂にあるテレビを見ていると、なんか、ドアの後ろからチュロスをくわえたまま、おれの方を探るように、じーっと見ていたり。
うーん。不審だ。不審なカエルだ。
なんなんだろ。
ふだんは、リーヌは、怒っても、すぐ忘れるから、そろそろ忘れていていい頃なんだけど。
てか、そもそも、なんで、リーヌは怒ってるんだろうな。
そりゃ、ひとりごとを立ち聞きしたのは、ちょっとは悪かったけど。
あの宇宙人の話、聞かれてこまるような話じゃなかったからなぁ。
うーん。なぞだ。