4-87 騎士団にアドバイス
さて、おれが、牧草地をはなれて、丘に向おうとしていると、その途中で、話しこんでいる騎士っぽい人たちのそばを通過することになった。
騎士たちは、かっこいい銀色の鎧の上に、白い布の服を着て、白いマントをはおっている。そして、白い服とマントには、赤い十字架……じゃなくて、赤いハートマークがついている。
騎士たちは、真剣な表情で、話をしている。
「いったい、『大いなる厄災』は、どこにいるのだろう……」
「この町は、平和そのものだ。恐ろしいものの姿など、だれも見たことがないという」
「あやしいものといえば、さっき見かけた歌う羊くらいだが。『大いなる厄災』とは関係がなさそうだ」
「それどころか、神への愛をうたう、とても信心深い羊だったな」
「ああ。あとで、聖歌隊にさそっておこう」
それから、騎士たちは、また深刻そうなようすで話しこみだした。
「『大いなる厄災』は、この町には、いないのか……?」
「だが、暗殺僧兵団も、この町にやつがいると信じているぞ?」
「ダガロパの預言か……。また、はずれたんじゃないか?」
「だとしても、ピスピの暗殺僧兵団に先を越される前に、我らディエス教会騎士団が、なんとしてでも、『大いなる厄災』を討伐せねば」
騎士たちは、うつむきながら、言った。
「大聖女様は、『大いなる厄災』についてのご神託のため、すべての力をふりしぼり、倒れられたのだ」
「この世界でただ一人、神々の世界を視ることのできる大聖女様が……」
「ながい眠りにつかれてしまった大聖女様のためにも、なんとしてでも」
「ああ。絶対に『大いなる厄災』を倒さなければ」
なんだか、みんなで「大いなる厄災」を討伐しようと、がんばっているみたいだな。
それにしても。「世界を救うためにがんばる」なんて発想、おれには、ぜったい浮かばないんだけど。
もしもおれが騎士だったら。
アサシンがやってくれるっていうなら、「じゃ、おれはここでおやつを食ってるっすから、抹殺はたのんだっす。おれのかわりに世界を救ってくれっす」って言って、さぼってるところだけどな。
みんな、まじめだなー。
でも、世界が滅亡したら、おれも死んじゃうもんな。
この人達には、おれのほのぼのライフのために、がんばってもらおう。
(がんばれ、がんばれ、騎士団!)
おれが心のなかで応援している間も、真剣な表情で、騎士たちは話し合いを続けている。
「だが、これだけ探してもみつからないとは。我々は、なにか、根本的な勘違いをしているのかもしれない」
「たしかに。ひょっとしたら、『大いなる厄災』とは、禍々しく恐ろしい見た目をしているわけではないのかもしれないな」
ひとりの騎士が、そこで、なにかに気がついたように、手を打ち鳴らした。
「そういえば! 大聖女様のご神託を思い出せ!」
「あ! そうか! ご神託の前半部分か!」
騎士団員たちは、なにか、重要なことを思い出したらしい。
騎士のひとりが、ご神託らしき言葉を述べた。
「『大いなる厄災』が運命を狂わせた。『大いなる厄災』は、女神様の御心を奪い、しかして病のような苦悩と混沌をもたらした」
「そして、大聖女様は、意識を失う前に、力をふりしぼり、我らに、おっしゃった」
「『こひわづらひ』……と」
おれは、ちょっとだけ、おどろきながら、心の中で、ききかえした。
(コイは、つらい?)
池で優雅にのんびり泳いでいるコイにも、つらいことがあるのか……。
でも、大聖女様が倒れる前にがんばって伝えた言葉がそれって……どういうこと?
おれは、よく考えた。
おれは、かんちがいをしてるのかもしれないからな。
そして、気がついた。
やっぱり、おれの聞きまちがいにちがいない。
コイじゃない。
コーヒーだ。
大聖女様は、倒れる直前に、「コーヒーはつらい」って言ったんだ。
胃が悪い時とか、コーヒーはつらいよな。おれも、コーヒーを飲んで、胃痛で、苦しんだからな。大聖女様は、その苦しみで倒れちゃったんだな。
ちなみに、だから、おれは、コーヒーはコーヒー牛乳派だ。
ブラック? むりむり。ベージュに近いブラウンじゃないと。
さて、おれがそんなことを考えている間も、騎士たちは、会話を続けていた。
「そういうことか! 『恋患い』。あの時は、なんのことか、わからなかったが」
騎士たちも、コーヒーのつらさに、気がついたらしい。
「ああ。ヨーク神と固く結ばれたリーヌ神の御心が他の男に動くことなどない、と我らは信じていたからな」
「だが、『大いなる厄災』とは、そういうことなのかもしれない」
「なるほど。たしかに、それは世界の危機と言っていい事態かもしれない」
(コーヒーの話が、どうして世界の危機になるんだ?)
おれは、よくわからなかったが、騎士団員たちは、わかったようだ。
騎士たちは、会話を続けている。
「ということは……」
「『大いなる厄災』は、女神様の御心を奪うほどの……」
「……みめうるわしい美少年か、水も滴るいい男なのか!?」
「なんてことだ……! 我々は、すっかり、相手をまちがえていたようだ」
騎士たちの話を聞いていたおれには、「大いなる厄災」はイケメン、ということだけは、わかった。
「大いなる厄災」って、強いだけじゃなくて、イケメンなのかよ。
もう、「大いなる厄災」爆発しろって感じだな。
騎士団員は、ちょうど横を歩いていくおれに、話しかけた。
「そこの、歩いているように見えて、さっきから1センチも進んでいない、ボケーッとしたモンスター」
ちなみに、1センチも進んでいないのは、おれの歩くスピードが遅すぎるからじゃない。
騎士団たちの話を聞きたかったから、おれは、その場ムーンウォークで歩いていたのだ。
「なんすか? 物知り頭脳派モンスターなおれに、なんでも聞いてくれっす」
「その顔で頭脳派なのか?」
と、疑わし気に言いながら、騎士団員は、おれにたずねた。
「『大いなる厄災』、もしくは絶世の美男子について、なにか知らないか?」
おれは、答えた。
「残念ながら、知らないっす。でも、世界が滅んじゃ困るから、おれは『大いなる厄災』討伐を応援してるっす。特に、そんな最強なイケメンとか、とっとと倒してくれっす。全力で応援してるっす。フレー! フレー! 騎士団!」
おれは、応援団のように腕を動かした。
おれの応援を受けて、騎士は言った。
「あ、ああ。なぜか応援されることによって道をまちがえそうな嫌な予感がするが……。とにかく、我らディエス教会騎士団に、まかせてくれ」
おれは、言っといた。
「いやいや、おれを、疫病神みたいに言わないでくれっす。これでも、おれは、むちゃくちゃ弱いのに、この頭脳と幸運だけで、なんども窮地をくぐりぬけてきた、かなりラッキーな頭脳派モンスターっすから。おれに、何でも相談してくれっす」
「お、おう。では、そこまで言うのなら、いちおう、きいてみるか」
あまり乗り気でなさそうに、騎士団員は、言った。
「困ったことに、『大いなる厄災』が見つからないのだ。きっと、おそろしく美しい青年のはずなのだが」
おれは、真剣に考えた。
困っている騎士団員たちの力になるために。
そして、おれは、いいことを思いついた。
「そうだ。おれに名案があるっす。強そうなイケメンを、かたっぱしから、どんどん、死なない程度に、ぶんなぐっていけばいいんす。特に、チートとかハーレムとかでウハウハなイケメンとか。そしたら、きっと、どっかで『大いなる厄災』にぶつかるっす」
「そんな、むちゃくちゃな……」
と、騎士のひとりは言ったけど。
他の騎士が、おれに賛成した。
「だが、他に手がかりがない以上、それしかないかもしれない」
「騎士の名に恥じるような気がするが。世界を救うためには、手段は選んでいられないか……」
「じゃ、がんばってくれっす」
騎士団員たちを応援して、おれは、そのまま、リーヌを探しに歩いて行った。
歩いていると、
「ププ~?」
と、プップが言ったので、おれは説明しといた。
「困っている人に、おれの天才的な頭脳で、てきかくなアドバイスをあげただけだよ」
「プゥプー? ププ~プ?」
ひつじくんがいないので、プップがなにを言っているのか、正確にはわからないけど、プップはなんか不満そうだ。
「だいじょうぶだって。たしかに、暴力反対を唱える平和主義者のおれとしては、不本意なアイデアだけど。世界を救うためなんだから、しかたないだろ? おれたちには関係ないし」
「ププゥ~」
プップはまだ不満そうだったけど、おれは、丘にむかって、歩いて行った。