4-86 歌う羊
さて、教会を離れたおれは、ふたたびプップに頭をギャヒッとされて、リーヌの行き先を教えてもらった。
でも、プップに言われた方角に進んでいくと、町の外に出てしまった。
いや、まだ町の中ではあるみたいだけど。
建物がほとんどない場所に出てきてしまったのだ。
広大な緑の草原や丘にたくさんの白い羊が点々と散在し、草を食べている。
羊の放牧地のようだ。
「たしかに、ここはプリケロさんが好きそうな場所だな」
「プッ」
リーヌはモフモフ大好きで、特に、羊みたいに、ふわふわもこもこした動物が大好きだからな。
そう。そして、ここの羊は、もこもこ毛が生えた羊だった!
メタリックにかがやいていたりしない。ふつうの、もこもこした羊なのだ! ……いや、これが、ふつうなんだけど。
おれ、この世界では、メタルヒツジしか見たことなかったから。
おもわず、ふつうの羊を見て感動してしまった。
「プリケロさんはどこだろ? こんなところに来たら、一日中『ふわもこふわもこ』言いながら、その辺をうろついてそうだけど」
おれは、羊が散在する草原をよーく見て、リーヌを探した。
でも、リーヌらしき人影、いや、カエル影はない。
柵の近くに、4人くらいの人影が見えるけど。騎士っぽい格好の人間だ。
どう見ても、金髪カエルじゃない。
「牧場は緑でいっぱいだからなぁ。保護色で見えなくなっちゃってるのかな」
しかたがないので、おれは、リーヌを探して、歩き回った。
牧草地を歩き出してすぐ。
ひつじくんが言った。
『ゴブヒコさん。ぼくは、もう行くけど。リーヌちゃんをみつけたら、こんどこそ、ちゃんと、つたえるんだよ」
「え? 伝えるって? あ、わかったよ」
おれは、すぐに理解した。今までの話から、伝言といえば、あれしかないもんな。
『ゴブヒコさんが、しょうじきにいえば、きっとリーヌちゃんは、さいしょから、まよったりしないんだよ。ひとこと言うだけなのに』
伝言は、青い妖精の録音メッセージのことにちがいない。
「ひとこと?」
一言で言えば、青い妖精のメッセージは、「バイバイ」だったよな。リーヌに「バイバイ」って言えばいいのか? ……なんか変だな。
ひつじくんは、ためいきをついて、言った。
『なんで、こんなに、たいへんなんだろうね。ぼくなら、ずっと、ずっと、まえに、つたえてるよ』
(あれ? でも、そういえば、リーヌって、青い妖精のことを、知らなかったような。じゃ、伝言は、青い妖精のメッセージじゃないってことか?)
おれが、そんなことを考えている間に。
『じゃあね。こんどこそ、がんばって。あおいひかりが、あのけいかくをはじめるまえに……』
ひつじくんの声が、遠ざかっていった。
「あ、ちょっと、まって、ひつじくん!」
でも、ひつじくんの返事は、もう、なかった。
ひつじくんは、いなくなってしまった。
「まいったな。なにを伝えればいいのか、わからないぞ?」
なにはともあれ、おれはリーヌを探して歩き回った。
「やっぱり、ふつうの羊はかわいいし、落ち着くな。メタル羊もかわいかったけど、やっぱ、全身金属質で、2本足で歩いてたり、しゃべっていたり、ヘヴィメタルのライブをしてたりすると、ちょっとだけ羊じゃない感じがして、なんか落ち着かないんだよな」
つぶやきながら、おれは、ふつうの羊の間を歩いて行った。
「うん、やっぱり羊は、四本足がいちばんだ」
と、おれがつぶやいていると。
「プッ? プププープ?」
と、プップが鳴き、おれは気がついた。
「あれ?」
なんか、一匹、変なのがいた気がした。
柵のそばの倒木のところに。
「気のせい? なんか、四本足じゃないのが、いたような……」
「プッ」
プップは「そうだ」というように鳴いたけど。
「そんなわけないよな。見まちがいに、ちがいないよな」
と、つぶやきながら、おれは、もう一度、よく見た。
倒木にすわって、足を組んで、アンニュイな雰囲気で、前足にギターっぽい弦楽器をもっている羊がいる……。
しかも。
「メェ~♪ メェ~ガミサマ~♪」
歌っている。ギターを弾きながら。
アンニュイな表情で歌っているナゾの羊が、一匹だけいる。
おれは、うなずきながら、つぶやいた。
「幻覚と幻聴か。よくある、よくある」
この世界では、幻覚魔法とかあるし。
でも。
「ププッ プ」
プップが、「幻覚じゃない。見ろ」と言っている気がする。
おれは、もういちど、見た。
「メェ~ガミサマ~♪ メェ~♪ 愛にさまようメェ~ガミサマ~♪」
やっぱり、前足で、ギターを弾きならし、吟遊詩人さながらに、羊が歌っている。
つまり、あの羊は、吟遊羊、いや、吟遊ひつじん?
「羊なのか、羊人なのか、むずかしいな……」
と、おれがなやんでいる間も、ナゾの羊は歌っていた。
「メェ~ガミサマ~♪ あなたに出会う前のぼくは~ただの~ひつじ~♪ メェ~ガミサマ~♪ メェ~♪」
この歌詞によると、この羊、昔は、ふつうの羊だったらしい。
「メェ~ガミサマ~♪ 陽だまりの中で草をはみ~、みんなとおなじ羊でいることに満足していたぼくは~♪ あなたにあったその時に~♪ ズドーン! ズキューン! と、メェ~ざめたたのです~♪ メェ~ざめたのです~♪」
めざめちゃった羊は歌い続けている。
ちなみに、羊は、ビブラートがかかりまくった歌い方で歌っているんだけど。おれの感覚としては、きれいな歌声には聞こえない。でも、羊的には、うまいのかもしれない。よくわからない。
とにかく、どうやら、ふつうの羊は、なにかの衝撃で、めざめちゃって、二足歩行の歌う羊になっちゃったらしい。
おれは、つぶやいた。
「なんか、『羊は無口な四本足派』のおれとしては、めざめてほしくなかったけど。でも、おれが、どうこう言うことじゃないもんな。一度しかない人生、じゃなくて羊生だもんな。後悔しないように、自分の気持ちに正直に、夢にむかってチャレンジしないとだもんな」
「プッ」
めずらしく、プップもおれに同意した。
さて、牧場には、歌う羊の歌声が静かに響き、ふつうの羊たちは、歌う羊を、かんぜん無視で、のんびり草を食べ続けている。
「メェ~ガミサマ~♪ いまのぼくは愛にさまよえる子羊~♪ メェ~ガミサマ~♪ あなたの愛でメェ~ざめたのです~♪」
そして、リーヌは見つからない。
おれは、歌っている羊に、リーヌの目撃情報をたずねることにした。ふつうの羊は、答えてくれるはずないから。
「あのー。金髪ロングヘアのカエルみたいな人を、みなかったっすか?」
歌う羊は、ちらっと、おれの方を見たけど、そのまま歌い続けた。
「メェ~ガミサマ~♪ メェ~ガミサマ~♪ 愛にまよえるメェ~ガミサマ~♪ 丘の上へと去って行ったよ~♪」
おれは、もういちど、たずねた。
「金髪ロングヘアのカエルみたいな人を、みなかったっすか?」
歌う羊は、心をこめて、首をのばしながら、もういちど歌った。
「メェ~ガミサマ~♪ メェ~ガミサマ~♪ 丘の上へと去って行ったよ~♪」
よく聞くと。「丘の上へと去って行ったよ~」の部分が、とても高音でビブラートがかかりまくっている。
歌う羊は、ここを、強調したいっぽい。
周囲をみわたすと。たしかに、丘がある。
それに、さっき、歌う羊が超高音ビブラートで歌っているとき、たしかに、鼻先をそっちにむけて首をのばしていた気がする。
丘は、上の方だけ、木が茂っている。もし、リーヌがあの丘の上にいても、ここからは、見えない。
「金髪のカエルさん、あの丘の方に行っちゃったんすか?」
「メェ~ガミサマ~♪ メェ~ガミサマ~♪ 愛にまよえるメェ~ガミサマ~♪ 丘の上へと~去って行ったよ~♪」
羊は、もういちど、最後の部分に超高音ビブラートをかけて歌った。
どうやら、たぶん、リーヌらしきカエルは、あの丘の上に行っちゃったらしい。
おれは、めざめちゃった羊に礼を言った。
「ありがとっす。羊さん。お礼に、そのギターケースに小銭でも投げ入れたいとこっすけど。おれ、一文なしっすから。気持ちだけ、メジャーデビューを応援してるっす」
「プッ」
こうして、おれは、めざめちゃった羊のメジャーデビューを願いながら、丘に向かって歩いていった。