4-85 ゲムボイ教会
「うーん。教会にきちゃったぞ?」
「プッ」
プップの声は自信ありげだ。場所は、ここであっているらしい。
おれは、大きな教会の前に立っている。
教会の敷地の入り口には、ゲムボイ教会という看板がある。
たくさんの人が出入りしていて、観光客っぽい人達も入っていく。なんだか、有名な教会らしい。
教会の前の広場では、司祭っぽい人がベンチにすわって、周囲をかこむ子ども達に、お話をしていた。
おれは、その様子をみながら、ゆっくりと歩いて行った。
司祭の声が聞こえた。
「神々がこの世界を創られた後で、ヨーク神は、神々にかわってこの世界を管理する者をつくられた。さぁ、世界の管理者の名前はなんだったかい?」
「7色の光」
と、子ども達が答えた。
「そう。7色の光が、我々が目にするこの世界を、すみずみまで管理し、調整する役割をになっているのだ」
「トスターせんせー」
と、子どもたちのひとりが、手を挙げて質問した。
「なんだい?」
「おおきなくさいのってなに?」
「大きな臭い物?」
と、司祭は聞き返した。
「おおいなるやくさいだろ」
と、別の子どもが言った。
「そう。おーきなくさいの」
「大いなる厄災……」
司祭は、考えこむようすで、そうつぶやきながら、ふと、顔をあげて、おれの方を見た。
なぜか、司祭は、そのまま、真剣なまなざしで、じーっと、おれの方を見ている。
(あれ? おれ、なんか、あやしまれてる?)
と思ったおれは、両手を振って、
「あやしくないっすよ~。不審者なんかじゃないっすよ~」
と言いながら、歩いて行った。
とたんに。
「あやしー! あのモンスターあやしー!」
「ぜったい不審者だー!」
「ゆうかいされるー!」
「アホンダラーランドにつれてかれてアホ面にされるー!」
と、子ども達が騒ぎ立てた。
(アホンダラーランドってなに? そんなのあったら、プップリンは、たしかに、よゆうでアホンダラーランドの王様になれちゃうぞ)
と、思いながら、おれは、そそくさと、教会の建物の方にむかって歩き去った。
さて、おれは、教会の入り口にやってきた。
「ほんとに、プリケロさん、教会に入ってったの?」
「プッ」
プップは、自信をもって鳴いた。
信仰心とかゼロなリーヌが、教会にいるとは、思えないんだけど。
「ま、いいか。せっかくだし、入ってみよう」
おれはゲムボイ教会の中に入った。
入ってみると、なんだか、教会の奥が、騒がしい。
おれは、巨大な教会の中を、奥へむかって、どんどんと歩いて行った。
教会の奥にはステンドグラスがあって、その下に、大きな石像がある。ステンドグラスには、少年と少女が描かれている。
ステンドグラスは、白黒で、昔のゲームのドット絵みたいにみえる。
だけど、問題なのは、その手前の、石像だ。
たくさんの人が、石像をとりかこんで、騒いでいる。
泣いたり、祈ったりしている人もいる。
人々の声が聞こえた。
「あぁ、なんてことだ……」
「世界を襲う異変が、ここにも……」
「ヨーク様。あぁ、ヨーク様。いったい、ヨーク様は、この踊りで、我々になにを伝えようと……」
石像は、たぶん、ヨークという人の石像なんだろう。威厳のある成人男性の像だ。
ローマ人みたいな服装で、みごとな大胸筋とか腹筋とかをみせつけている。
ところが。
その、威厳のあるダンディーな石像が……踊っていた!
いつも、リーヌが踊っているようなフラダンスを!
それに、よく見ると、石像のふくらはぎには、ラクガキが……。
いつか、おれの額にもラクガキされていた、プリプリなラクガキが……。
(ぜったい、リーヌのやつだぁ……!)
リーヌは、ラクガキをして、教会の石像を、フラダンスを躍る石像に変えてしまったらしい。
なんだか、おれ、罪悪感を感じちゃうんだけど。
おれは、なにもしてないんだけど。おれは、確実に無実なんだけど。
犯人を知っているというだけで……というか、犯人が、おれの主だというだけで、なんだか、おれまで責められそうな感じがする。
とにかく、ここには、すでにリーヌはいないし、リーヌがいないなら、ここにいてもしかたがない。
おれは、きびすをかえし、そそくさと、外に向かって、歩き出した。
ところが、おれが歩いていると。
教会の入り口から、こっちに向かって、さっき子供達と話をしていた司祭が歩いてきた。
ロマンスグレーな髪色の、知的でお上品で、渋くてかっこいいオーラが出ている司祭さんだ。
若いころは、かなりのイケメンだったっぽい感じがする司祭さんだ。
そして、なぜか、その司祭さんが、おれを真剣な表情で見ながら歩いていた。
司祭さんは、おれをじっと見たまま、立ちどまった。
おれは、あわてて、言っといた。
「おれは、不審者じゃないっす! 指名手配犯なんかじゃないし、大魔王の手下なんかじゃないし、踊る石像のナゾなんて、なんにも知らないっす!」
『そういうことを言うから、あやしまれるんだよ。ゴブヒコさん』
と、ひつじくんが、教えてくれた。
「あ、なるほどー。だから、おれって、いつも、ちがうって言っているのに、不審者あつかいされるのかー」
『ぼくの声は、ゴブヒコさんにしか、聞こえないから、いまので、ますますフシンシャっぽくなったよ』
と、ひつじくんは、さらに教えてくれた。
さて、司祭さんは言った。
「不審者だとは思っていないよ。君は、不審な行動をとっているけどね。すこし、話をしたいんだが。いいかい?」
「あ、おれ、『宗教の勧誘はぜんぶ断りなさい』って、母ちゃんに言われてるっすから。ヨガとかスポーツとかボランティアとかいわれても、美女がさそってきても、ついていっちゃだめだって。だから、勧誘はぜったいお断りっす」
と言って、おれが立ち去ろうとすると、司祭さんは言った。
「勧誘するわけではないよ。すこし話を聞きたいだけなんだ」
これって、あれか? 「ちょっと、話を聞きたいから、署まできてもらおうか」っていう、あれか?
「え? で、でも、おれ、ほんとに、悪いことは、なんにも、してないっす! べつに、石像のラクガキ犯のこととか、あのプリプリなラクガキのこととか、なにも、知らないっすから!」
おれが、あわててそう言うと、司祭さんは、落ち着いた声で言った。
「石像のことは、気にしないでいい。むしろ、光栄なことだと思っているよ」
「あ、そうなんすか? むしろ、アートみたいな?」
おれは、ちょっと安心した。
「さぁ、そこに、すわって」
なんだか、断れない雰囲気だったので、おれは、司祭にうながされて、教会の礼拝堂の長椅子に座った。(こうやって、雰囲気に流されて、おれ、何度も変な契約させられちゃったんだけど、だいじょうぶかなー)と、思いながら。
「私はかつて、この世界の管理者に会ったことがあるんだ」
と、司祭さんは言った。
「管理者?」
おれは、マンションの管理人さんとかを想像しながら、きき返した。
知的な司祭さんは、語りだした。
「まだ、私が若かった頃のことだ。『7色の光』とよばれる管理者たちのひとりが、会って話をしてくれた。その管理者によれば、この世界は、儚く不安定なものだという。この世界は、強大な神の力によって、どうとでもなってしまう。
だが、女神は無自覚な幼子のようなもの。怒れば山が噴火し、泣けば洪水がもたらされる。それも、たいていは神々の世界で起こる出来事によって引き起こされるのだから、我々にはどうしようもない。
混乱と混沌が起きるたび、管理者がその調停と調整を行う。その繰り返しで、この世界の秩序がかろうじて保たれているという」
司祭さんの言うことは、難しすぎて、おれには、よくわからなかった……。
いや、ほんと、もう、一言も理解できないレベルで、わけわからない。
たまに、おれがリーヌと話をしていると、リーヌが、まったく意味の分かってなさそうな、あいづちを、打つんだけど。
「へー。そーなんすかー」
今、あいづちをうったおれには、その気分が、すごくよくわかる。
頭のよさそうな司祭さんは、まじめそうに話を続けた。
「今、世界は混沌とし、天変地異が各地で起こっている。管理者の調整が、追いつかなくなっているのだ。ディエス教会の大聖女マリゼルによれば、それは、神々の世界から、災いと変異を引き起こす存在が襲来したからだという。そして、人々は、その諸悪の根源、神々の世界からやってきた者を、『大いなる厄災』と呼ぶ。
ピスピ教会の預言者ダガロパは、『大いなる厄災』によってこの世界が滅ぼされると予言し、世界を救うために『大いなる厄災』を取り除かなければいけない、と主張している。
そして、預言者ダガロパの命を受けた暗殺僧兵団と、大聖女マリゼルの命を受けたディエス教会騎士団が、『大いなる厄災』抹殺に、動き出している。
君も、気づいているだろうが、彼らは、この町にもやってきて、血眼になって『大いなる厄災』を探している。だが、幸い、彼らはまだ、『大いなる厄災』の正体に、気がついていないようだ。
まさか、こんなに意外なモンスター、しかも、その一部に擬態しているとは。私でも、すぐには見抜けなかったのだから、彼らが気づくことはないだろう」
そこで、司祭さんは、おれを見ながら、一息ついた。
今回の話は、「大いなる厄災」っていう単語だけは、わかった。
でも、わからない話が長すぎて、すっかり、眠くなってしまった。だから、おれは、適当に言っといた。
「へー。『大いなる厄災』の話なら、おれも聞いたことがあるっす。早く抹殺されればいいっすね」
司祭さんは、なぜか、とても怪訝そうな顔、「いったいこいつは、何を言っているんだ?」と言いたそうな顔で、おれを見た。
それから、司祭さんは、話を続けた。
「だが、彼らは、かん違いをしているようだ。君を実際に見て、確信したよ。『大いなる厄災』を排除すれば、世界が救われると彼らは信じているようだが、そうではないのだ。『大いなる厄災』は、邪悪な存在ではない。邪悪なものにヨーク神の加護があるはずはないのだから」
「へー……」
眠気に負けて、おれは、目をつぶった。
おれが目をつぶって眠っていても、プップリンの顔はプップだから、バレないはずだ。
なぜか、さっきから、司祭さんは、おれの頭上のプップじゃなくて、おれの顔あたりを見ている気がするけど。
きっと、司祭さんも、おれと同じで、人と目をあわせられないタイプなんだな。
それにしても、プップが顔として認識されるのも、けっこう、便利だな。もしも、プップリンが学校に通っていたら、おれは毎日居眠りしまくれるぞ。
司祭さんは、難しい話を続けた。
「かつて、二神がこの世界を創った後しばらくは、リーチャ神の暴走を、ヨーク神がおさめ、人々は文明を発展させていった。しかし、今、ヨーク神は、死者の国を治める神となり、すでに、生者の世界には力を行使しない。
我々が生きる世界には、荒ぶるリーチャ神のみが残り、誕生と破壊が繰り返される。この世界に必要なのは、不安定に揺れる世界を支える、支柱なのだ。かつてのヨーク神のように、荒ぶる破壊神を支え、鎮める者……」
そこで。
「プッ!? プッ プッ プッ」
おれは、プップの鳴き声と、なにかボールみたいな物が跳ねる音で、はっと気がついて、目をあけた。
足もとに、プップが落ちている。
いけない。いけない。
つい、うとうとして、頭がかくんとなって、プップが、転げ落ちてしまった。
おれは、両手でプップをかかえて、頭においた。
「あ……」
おれは、そこで、司祭さんの視線に気がついた。
(居眠りしてたのが、バレちゃう!)
と思ったおれは、適当な発言をして、話を聞いていたふりをすることにした。
司祭さんが言ってた「ヨークシン」というのは、どこかで聞いたことがあるからな。
ヨークシンの話をして、聞いていたふりをしよう。……と、思ったんだけど。
ねぼけていたおれは、それがなんだったか、びみょうに思い出せなかった。
「えーっと、ヨークシンって、オークションとかやってる街っすよね? あ。あれは、ヨークシンシティか。ちがった。世界がちがった。やっぱヨークシンといえば、中国では食べられちゃう動物……あ、あれはハクビシンか。えーっと……」
司祭さんは、賢そうな顔で、なぜか感心したように言った。
「それにしても、さすがだな。心眼のトスターと言われて、長らく経つが。私には、君が考えていることが、まったくわからないよ。こんなにまったく見抜くことができない者と出会ったのは、はじめてだ。私も、まだまだだね」
司祭さんは、立ち上がった。
「ヨーク神の加護を受けるものよ。神々の祝福があらんことを」
と言って、司祭さんは、おれを置いて、歩き去って行った。
礼拝堂に残されたおれは、ひつじくんにたずねた。
「ヨークシンのカゴって有名なカゴなの? うーん。さっぱり、わからない話だったな。難しすぎたぞ。ひつじくん、どうだった?」
『ぼくは、わかったけど……』
と、ひつじくんは、あっさり言った。
「えぇ!? 小学生のひつじくんにもわかる話だったの!? ひつじくんって、天才?」
ひつじくんは、おれに言った
『ゴブヒコさんは、だいじなことに気がついていないから、むずかしく感じるだけだよ。ゴブヒコさんは、それより、リーヌちゃんのことをかんがえて』
「あ、そうだ。リーヌを探しているんだった」
おれは、リーヌを探すため、教会を後にした。