4-84 噴水広場
ぬいぐるみ屋の前をはなれた後、おれは、その先にあった広場に入った。
大きな広場のまんなかには、噴水があって、噴水の周りには、ベンチが配置されている。
ここが、中央広場らしい。
広場には、ベンチに座ってのんびりしている地元のひともいれば、マップやお土産品を手にわいわい話し合っている観光客もたくさんいる。
人間だけじゃなくて、人型モンスターも、ふつうにいる。
それから、なんだか怪しい、白と黒のフードをまぶかにかぶった人達もいる。
観光客や、町の人がのんびりすごす、なごやかな場所にそぐわない、なんだか危険な雰囲気の集団だ。
(なんだろ、あの、どことなーくアサシンっぽい、あやしい集団……)
フードの服が、アサシンっぽいし、全員むちゃくちゃマッチョで、ただ者には見えない。
しかも、フードの男達の周囲には、露出度の高い踊り子みたいな服装の女達がいる。女たちは、やたらと周囲の人に、話しかけたり、くねくねとした動きで手招きしたりしている。
色っぽいお姉さんたちも、のんびりほのぼの広場の中では異様だ。
だから、みんな、避けるように、距離をとって歩いて行くので、その周囲だけ、不自然に人がいない。
どっからどう見ても、あやしい……。
あやしいんだけど……。
ムフフフフー。
おれは、近くでよく見ようと、近づいて行った。
「ププゥッ」
『そっちじゃないって』
プップと通訳のひつじくんが、そう言っていたけど。
だけど。お姉さんたちの、今にもポロリやチラリがありそうな衣装と、くねくねした動き。
その引力に、おれは、ひきよせられてしまったのだ。
「ププゥッ!」
『「危なそうだ」って』
「えー? だいじょうぶだよ。きっと、アサシンは、ターゲット以外の一般市民は、むやみに殺さないから」
「ププ~プ~」
『「ターゲットだったらどうするんだよ~」だって』
「おれたちがターゲットなわけないじゃん。プップは心配性だなー」
おれが近づくと、あやしい男達の会話が聞こえてきた。
だけど、男達の会話の合間に、お姉さんたちの声が聞こえるから、なんだか、変な感じだ。
「『大いなる厄災』のてがかりは、見つかったか?」
「あはーん。お兄さん、ちょっと遊んでいかない?」
「だめだ。『大いなる厄災』らしき者、強大な力をもつ邪悪な者は、みつからない」
「うふん。きもちよくなりたいんでしょ?」
「たしかに、その通りだ。だが、やつは、この町に立ち寄るにちがいない。ダガロパ様の預言は、ぜったいだ。必ず、この町で『大いなる厄災』を抹殺せねば」
「いっしょに、いいことしましょ~?」
「ああ。やるぞ。『大いなる厄災』がこの世界を滅ぼす前に、ぜったいに暗殺を成功させる!」
ムフッ ムフフッ。
フードの男達は、やっぱり暗殺者っぽい。
『大いなる厄災』とかいうのがターゲットらしいけど。おれには、関係ないな。
にしても、近くで見ると、お姉さんたちのムフフ度は、かなりのものだ。
ムフッ ムフフフ。
そう、おれが考えている間にも、暗殺者っぽい男達は、会話を続けていた。
「しかし……。ダガロパ様によれば、色っぽい女たちを連れて歩けば、『大いなる厄災』をひきよせることができる、とのことだったが……」
「うむ。色っぽい女がひわいなことを言っていれば、『大いなる厄災』はむこうから近づいてくる、とダガロパ様はおっしゃっていたのだが」
「さっきから、寄ってきたのは、そこの、上をむいて、ムフムフ鳴いている珍妙なモンスターだけだぞ?」
おれに、暗殺者たちの視線が、いっせいに注がれた。
ちなみに、上を向いているように見えたのは、たぶん、プップが、全力でおれの髪の毛をうしろにひっぱっていたからだと、思う。
「ププゥッ!」
おれは、そそくさと、立ち去った。
後ろの方からは、こんな会話が聞こえていた。
「まさか、あれが?」
「さすがに、アレはないだろう」
「うむ。解析してみたが、あのモンスターは、そこのハトより弱いぞ」
「やはり、考えすぎか」
ちなみに、この広場のハトは、でかくて強そうで、ハトというよりポッポの貫禄がある。もちろん、おれは、負ける自信がある。
「ふぅー。なぜだか、広場を歩いているだけで、九死に一生~!!! な気がしたけど、きっと気のせいだよな」
と、おれが歩きながらつぶやいていると。
『ゴブヒコさん。スリルを楽しんでないで、はやくリーヌちゃんをさがそうよ』
と、ひつじくんが言った。
「そうだった。いや、べつに、おれはスリルをたのしんでたわけじゃないんだけど。はやくプリケロさんを探さないとな。広場には、いないっぽいな。広場の外に出るかー」
「プッ」
と、プップも同意した。
だけど。歩いていると、広場の中央で、テレビ局っぽい集団が、街頭インタビューをしていた。
そして、テレビ局のスタッフっぽい人が、おれに声をかけてきた。
「ちょっと、そこの、ひまそうに歩いているモンスターさん、お時間ありますよね?」
「え? おれ? 実は急いでるんすけど?」
だけど、テレビ局の人は言った。
「そんなわけないでしょー。のんびりふらふら、誰がどうみても、ひまでひまでしかたがないから、時間つぶしに、とまりそうな速度でお散歩中って感じじゃないですか」
「いやいや、おれ的には早歩きだったっす。たしかに、さっき、広場に来る前にも、おれが急いで歩いていると、抜きつ抜かれつデッドヒートな感じで横を歩いていた、半身まひしたおじいさんから、『あんたもリハビリで散歩かい? がんばってな』と言われたっすけど」
おじいさんは、リハビリお散歩中だったらしい。
「じゃ、モンスターさん。インタビュー、いいですよね?」
テレビのスタッフっぽい人は、けっこう強引だ。
「えー? でも、おれは、ちょっと……」
テレビに出てみたい気もするけど。でも、テレビなんてでちゃ、まずいだろうなぁ。
プップリンは、新種のレアモンスターで、しかも、大魔王軍幹部のプープクリンにそっくりなんだもんな。
テレビ局の人は熱心に言った。
「顔はうつさないですから。ちょっと、ふるえあがってる無力でかわいそうなモンスターの絵をとりたいだけなんです。モンスターさんみたいに、スライムにも殺されそうな、食物連鎖の最下層っぽいモンスター、そうそういないんで、お願いしますよ」
「まぁ、たしかに、おれほど弱いモンスターって、そんなにいないっすけど。顔をうつさないなら、だいじょうぶかー。じゃ、OKっす。顔出しNG、忘れないでくれっすよ?」
「まかせてください。じゃ、こっちにきてください。ここで、さびしげに、立っていてください」
というわけで、おれは、街頭インタビューを受けることになった。
おれが、噴水の前の、言われた場所に立っていると。
「あ、あそこに、みるからに弱そうなモンスターの方がいますね。ちょっと、お話を聞いてみましょう」
と、リポーターのお姉さんは、まるで、アポなしで今、見つけたかのように言って、おれのところにやってきた。
「すみません。モンスターさん。お時間よろしいでしょうか?」
「いいっすよ」
おれは、当然、そう言った。
「お姉さんにたのまれれば、アポなしだったとしても、OKOKっす。ムフッ」
リポーターのお姉さんは、むっちり系で、けっこう、ムフフだったのだ。
ブラウスのボタンを2つあけていて、そこからのぞいている、もっちりお肌もムフフなんだけど。さらに、第3ボタンと第4ボタンが、内側からの圧力で、はち切れんばかりなのだ。
いまにも、ボタンがふっとんでいきそう。ムフッ。
ついつい、そっちに目がいってしまう。
でも、女の人の胸をじーっと見るのは、失礼だからな。そんなことしてたら、気色悪がられるか、怒られるからな。やっちゃいけない。
だけど。プップリンの顔は、プップなのだ。おれの顔は、顔として認識されない。
つまり、おれが、はち切れんばかりの第3ボタンと第4ボタンのあたりを、いくらじーっと見ててもOKなのだ。
だって、おれは、胴体なんだから。
胴体は、堂々と見放題なのだ。ムヒッ。
リポーターのお姉さんは、おれにたずねた。
「モンスターさんは、『大いなる厄災』の話を、聞いたことがありますか?」
「『大いなる厄災』っすか? 聞いたことはあるっす。あ、でも、大いなる野菜や大いなる白菜じゃないっすよね? おれ、どれも聞いたことあるんすけど」
「野菜や白菜ではありません。どうやら、モンスターの間では、色々なデマがとびかっているようです」
と、カメラにむかって言ってから、リポーターのお姉さんは、おれにたずねた。
「『大いなる厄災』は、この世界を滅ぼそうとしている恐ろしい存在といわれますが、どう思われますか?」
「それは、怖いっすね。激弱のおれなんて、なんかあったら、まっさきに死にそうだし。だれか、とっとと倒してくれないっすかね」
「ありがとうございました。はい、このように、か弱いモンスター達は、『大いなる厄災』の噂にふるえあがっています。一刻も早く、『大いなる厄災』が討伐されることを願います」
と、リポーターのお姉さんはまとめた。
撮影後、おれは、テレビ局のスタッフに念を押した。
「顔は、放送しちゃだめっすからね?」
「まかせてください。ちゃんと首から下しか、うつしませんよ」
テレビ局のスタッフは、ちゃんと、そう断言した。おれは安心してたずねた。
「放送はいつっすか?」
「明日の朝、9時からの情報番組の中で放送される予定です。5チャンネルです」
「わかったっす。明日の朝、5チャンを見ておくっす」
さて、広場から出たところで、おれは、プップに、もういちど、リーヌ探しを頼んだ。
「よし。プップ、プリケロさんを探してくれ」
「プッ」
プップは「プップー、プップー」と鳴きながら、上空に浮上して、ふたたび、「プップー、プップー」と鳴きながら、おれの頭の上にもどってきた。
そして、プップはおれの頭皮を、ひねった。
「ギャヒッ! プップ、おれの頭の皮をひっぱるな! ひつじくんに通訳してもらうから、言葉でおしえてくれって」
でも、ひつじくんは言った。
『しかたがないよ、ゴブヒコさん。プップさんには、ぼくの声は聞こえないんだから』
広場で道草を食いまくったせいか、ひつじくんの声は、ちょっと冷たい。
「そういえば。ひつじくんの声は、なぜか、おれにしか聞こえないんだった。でも、これじゃ、リーヌを見つけるまえに、おれの頭皮が、はがれとれそう……うぅ……。」
なにはともあれ、おれは、ふたたびプップが教えてくれた方角へむかって歩いて行った。