4-83 ひと探し
ツェッペは、赤いレンガの建物がならぶ、きれいな町だ。
おれが歩いていると、ひつじくんの声がした。
『こんにちは。ゴブヒコさん』
こころなしか、ひつじくんの声が暗い気がする。
「あ、ひつじくん。久しぶり」
ひつじくんは、元気のない声で、おれにつげた。
『ゴブヒコさん。あおいひか……あおいようせいから、でんごんだよ』
「え? 青い妖精? 久しぶりだな。もう存在を忘れかけてたよ。で、なんて言ってたの?」
「ろくおんしといたよ」
と言って、ひつじくんは、おれに青い妖精の声をきかせた。
青い妖精は、猛スピードでしゃべりまくっていた。
『あー。もう、やってらんない。ほんと、やってらんない。働いても、働いても、追いつかないわよ。あー、ありえない。こんなに、めちゃくちゃじゃ、もう、どうしようもないわ。今度こそリセットさせてもらうわよ? あ、そうそう、伝言だったわね。じゃ、あの大バカに伝えといて。あんたとは、これで、おさらばよ。自業自得ね。清々するわ。バイバーイ!』
「な、なんなんだ? 青い妖精が、すごいテンパっていそうなことと、あと、おれが、バイバイ言われたことは、わかったけど」
でも、そもそも、青い妖精、もうずっと出てきてなかったからな。
この世界に永住するつもりのおれとしては、青い妖精が出てこなくても、べつにいいんだけど。
ひつじくんは、暗い声で言った。
『いろいろ、たいへんなことになってるんだよ。でも、ぼくは、リーヌちゃんのことが心配なんだ。リーヌちゃんは、早くもどらないと。ずっとこのまま、ってわけには、いかないんだよ』
「リーヌのことなら、だいじょうぶだよ。明日には、<オトメのキッスイ>とかいうのを手にいれて、人間に戻れるって」
ひつじくんは、なにも言わなかった。
おれは、ひつじくんにたずねた。
「そうだ。それより、おれ、リーヌを探してるんだけど。どうやって探せばいいかな?」
『プップさんにおねがいしたら?』
と、ひつじくんは言った。
「プップ? プップ、プリケロさんの居場所を知ってる?」
おれといっしょにいるプップがリーヌの居場所を知っているわけはないけど、おれはきいてみた。
すると、プップは、「プップー、プップー」と鳴きながら、おれの頭から上空に浮上していった。
「あ、そっか。プップだったら、高いところから見渡せるもんな。リーヌを見つけられるかも」
プップはかなり高いところまで浮上して、そこで、ゆっくり360度回転した。
回転しおえた後、プップは、またゆっくりと降下して、おれの頭の上に戻ってきた。
「よし。プップ、プリケロさんはどっちだ?」
と、たずねたとたん、とつぜん、おれの頭の皮が、ぎゅひっと、ひねられた。
「ギャッ! 痛っ! なにすんだよ! プップ!」
「プッププッププー」
と、プップは言った。
『プップさんは、方角をおしえただけだって。ゴブヒコさんは、あたまの上がみえないから、つたえるほうほうを、かんがえてくれたんだって』
と、ひつじくんがプップの言葉を訳してくれた。
ひつじくんは、プップの言葉もわかるらしい。
「えー? プップ、もっと別の教え方があるだろ? ほら、おれの前を飛んで案内してくれればいいじゃん。どうかんがえても、それが、一番だろ?」
プップは、いつもおれの頭にデンとすわってるけど、飛べるんだからな。
「プゥップププゥ~」
と、プップは、不満そうに言った。
『そういう、つかれることはいやだって』
と、ひつじくんが訳してくれた。
「めんどくさがりすぎ! ちょっとは自分の力で飛べよぉ~。おれだって、めんどくさがり屋で有名だけど、ちゃんと、自分の足で歩いているぞ?」
「プップププープ ププップププッププー」
『プップさんは、「そんなことするわけないっしょ。おそらにうかんで風にふかれるくらいしかできないよ」って言ってるよ』
と、ひつじくんが教えてくれて、おれは、納得した。
「そういえば、プップって、ふだんも飛ぶっていうより、プカプカ浮いてるだけかぁー」
おれ、幼稚園の頃から「やる気のなさチャンピオン」の名をほしいままにしてきたんだけど。チャンピオンの座を、プップに奪われるかもなー。
ともかく、おれは、プップに案内され、リーヌを探しにむかった。
おれが、プップに言われた方向にむかって歩いていくと、広場のすぐ近くの、ワゴンのお店がいっぱいならんでいる場所に出た。
カバンや雑貨を売っているお店もあれば、似顔絵をかいている人や、風船アートをつくっている人もいる。
「ププッ」
と言って、プップが、おれの髪の毛をひっぱった。
どうやら、ここが目的地らしい。
おれが立っているのは、ぬいぐるみのワゴンの前だ。「ハンドメイド ぬいぐるみ」と、かわいらしい看板が出ている。
「プリケロさん、ここにいたの?」
このお店には、たくさん、かわいいぬいぐるみが並んでいる。羊のぬいぐるみもある。
たしかに、リーヌが好きそうな店だ。……というか、リーヌが、爆発させそうなお店だ。
でも、リーヌは、ここにはいない。あたりを見渡しても、リーヌはいない。
「いないなぁ。もう、べつの場所に移動したのかな」
「プッ」
と、プップが同意するように鳴いた。
「じゃ、別の場所に行くか」
と、ぬいぐるみのワゴンの前から立ち去ろうとしたおれに、声が聞こえた。
「めぇ、めぇ、―――――いるの?」
とても小さな、こどもの声だ。
たぶん、ひつじくんの声だろう、と思って、おれは、ひつじくんにたずねた。
「ひつじくん? 今、なんて言った? よく聞き取れなかったんだけど?」
『ぼくは、なにもいってないよ?』
と、ひつじくんはこたえた。
「え? ひつじくんじゃ、なかったの?」
「めぇ、めぇ、さがしているの?」
また、声が聞こえた。
ひつじくんの声より、もっと高くてもっと幼い感じの声だ。
おれは、声の主を探して、あたりを見た。
でも、おれの周囲に、こどもはいない。周囲の人の声ではなさそうだ。
「まさか……」
おれは、ぬいぐるみの山を見た。
「めぇ、めぇ」
よーく、見ると、なんだか、ぬいぐるみの山の手前に並べてある、小さな羊のぬいぐるみがついたキーホルダーの中の、一匹の羊の口が、動いている気がする。
「めぇ、めぇ、なにをさがしているの? どうして、みんな、さがしているの?」
「やっぱり、しゃべってる……」
「めぇ、めぇ、だれをさがしているの?」
小さな羊のぬいぐるみが、まん丸のかがやく瞳でおれをみつめ、しゃべりかけている。
おれは、ぬいぐるみがしゃべっている、という事実は受け入れ、羊のぬいぐるみに答えた。……だって、羊のめざまし時計だって、羊のネックレスだってしゃべるんだから、キーホルダーだって、しゃべるよな。
「おれは、金髪のカエルみたいな人を探してるんだよ。知らない?」
おれがたずねると、羊のぬいぐるみは答えた。
「しってるよ。さがしているよ。だれをさがしているの?」
「え? だから、おれは、金髪のカエルみたいな人をさがしてるんだよ。どこに行ったか知らない?」
「しってるよ。さがしているよ。どこかにいっちゃうよ。なにをさがしているの?」
と、羊のぬいぐるみは、もう一度言った。
このぬいぐるみは、ひつじくんと違って、ちょっと、会話がうまくできないみたいだ。
おれは、ちょっと考えた。
「ん? ……ひょっとして、リーヌが、何かを、探していたってこと? 金髪のカエルさんが、なにかをさがしていたってこと?」
と、おれがたずねると、ぬいぐるみは言った。
「さがしているよ。めぇ、めぇ、どうして、みんな、さがしているの?」
どうやら、おれの推測どおり、この小さな羊のぬいぐるみは、リーヌがなにかを探していた、と言いたいらしい。
「いやー、おれに聞かれても。あの方、なにを探してるんだろ?」
さて、ふと気がつくと。
このお店の店主が、おれの方をじーっと見ていた。
なんと、かわいいぬいぐるみを売っているくせに、この店主は、超怖い顔の緑肌の、たぶんオークの、大男だった。
そして、怖い顔のオークの店主は、ものすごく怪しい不審人物を見るような目で、おれを見ている。
「おらのぬいぐるちゃんに、なにをぶつぶつ言ってんだ。おらが真心こめてつくった、ぬいぐるちゃんに、もんくあんのか」
と、オークのぬいぐるみ愛好家は、ドスのきいた声で言った。
「え? いや、べつに、ちょっと、質問してただけっす。えーっと、この、しゃべる羊のキーホルダーいくらっすか?」
この小さな羊のぬいぐるみは、リーヌを目撃したみたいだから、おれが購入して、道案内をしてもらおうと思ったのだ。
といっても、おれの財布には、1イェーンも入ってないんだけど。
おれのおやつ代は、ホブミに巻き上げられ続けているからなぁ。おれは見事に一文無しだ。
「おらのぬいぐるちゃんがしゃべる???」
オークのぬいぐるみ作家は、変な顔をしていたけど、おれは気にせず、続きを言った。
「タダだったら、買えるんすけど」
「おらの大事なぬいぐるちゃんを、バカにするな!」
オークにどなられたので、おれは、そそくさと、お店の前から立ち去ることにした。
歩きながら、ちょっとお店の方を、ふりかえると。小さな羊のキーホルダーを手のひらにのせ、巨大なオークが、目をうるうるさせていた。
「おらの、ぬいぐるちゃんに、命が……」
と、オークは、感動したような声で言っていた。
おれは、歩きながら、つぶやいた。
「あれ? しゃべるぬいぐるみを作るオークじゃなかったのかな?」
「プッ?」
『ほかのぬいぐるみは、ふつうのぬいぐるみだったよ。たぶん、リーヌちゃんがきたときに、たまたま、あの子だけ、えいきょうをうけちゃったんだ」
と、ひつじくんは言った。
「リーヌの珍魔法ってこと? まー、リーヌなら、ありえるかー」
きっと、オークのぬいぐるみ愛とリーヌのぬいぐるみ愛の奇跡なんだな。
でも、ひつじくんは、むしろ、暗い声で言った。
「うん。リーヌちゃんは、もとから、ちからをコントロールできないけど。ちかごろは、とくにひどいんだ。リーヌちゃんは、とても、なやんでいるんだよ。きっと』
「リーヌがなやむ? ありえないよー」
と、おれが言うと、プップが何か言った。
「ププゥ~ プププープ ププ~ププ~」
ひつじくんが、通訳してくれた。
『「これだから、ドアホゴブリンは。ありえないのは、おまえだ~」だって』
「えー? おれ、プップにも、ドアホゴブリン扱いされてたの? 頭よさげなホブミに言われるのは、しかたがないけどさー。プップに、アホだとおもわれたら、知的生命体として終わりじゃん?」
プップなんて、世界一のアホ面モンスターって感じだからな。プップよりアホそうな生き物なんて、いそうにないぞ。でも。
「プッ」
もちろんだ、というように、プップは鳴いた。