4-82 ツェッペの町
おれは、遠くに見える塔を眺めながら、背伸びをした。
「あの塔の先に、天空の魔女の城があるんだな。てっぺんとか、雲の上で見えないんだけど。いやー、それにしても、長旅だった」
おれたちは、<世界の中心>に一番近い町、ツェッペに到着したところだ。
今いる場所は、町の入り口近くにある、バス停のならんだ停留所前の広場みたいな場所だ。
ここからは、「天国への階段」という塔が、空に向かって延々とのびているのが見える。
ちなみに、この町の入り口には「天国に一番近い町ツェッペへようこそ」という看板があった。
ツェッペは、なんだか、観光地っぽい町だ。
ホブミによると。
「ここは、観光名所<世界の中心>の『天国への階段』に1番近い町なのですー。<世界の中心>は、周囲になにもない荒れ地なので、観光客は、この町に滞在して、観光バスで『天国への階段』に行くのですー。しかも、この町には、三賢人のひとり、心眼のトスター様がいて、とても古いステンドグラスが有名なゲムボイ教会もあるのですー。見どころ満載の観光都市なのですー」
ということらしい。
「へー。三賢人? そんなのいるのかー」
「ピスピ教会の預言者ダガロパ様、ディエス教会の大聖女マリゼル様、ゲムボイ教会の心眼のトスター様が、二神教の三賢人と呼ばれているのですー。ダガロパ様は未来のことが、マリゼル様は遠くのことが、トスター様は目の前にあるものの本質が、見通せると言われているのですー。未来は常に変化するので、ダガロパ様の預言は、わりとはずれる、と言われていますが、トスター様の洞察力はかなり正確らしいのですー」
「へー。いろいろいるんだなー。二神教って。なんか、うさんくさいけど」
と、おれが言うと、ホブミは言った。
「この町がモンスターも歓迎するのは、二神教の教えでは、人もモンスターも、すべての生き物は、リーチャ神とヨーク神がお創りになられた尊い存在だといわれているからなのですー。ちゃんと教えが生きているから、先輩みたいなゴブリンも尊重されるのですー。感謝して、祈りをささげろなのですー」
「いやいや、おれ、いつも母ちゃんに、『あんた、だまされやすいんだから、へんな宗教にひっかかっちゃだめよ』って言われてるから。母ちゃんのために無宗教をつらぬかないとだから」
おれは、のんびりツェッペの街並みをながめながら、言った。
「さてと。ここまでくれば、あとは楽勝だな。今日は、のんびり観光でもするかー」
「プッ」
ここまで来るのは、けっこう大変だったけど。ここから「天国への階段」へは、簡単にいけそうだ。そこのバス停から出ているツアーバスに乗るだけだからな。
でも、ホブミは言った。
「先輩はあいかわらずアホンダラーですー。塔に行って終わりじゃないのですー。塔の上の天空の魔女のお城に行って、<オトメノキッスイ>を手に入れないといけないのですー」
「そういえば、そっかぁ。プリケロさんをもとにもどすのが、目的だったっけ。ちかごろ、もうカエル状態になれすぎて、すっかり目的を忘れかけてたぞ。でも、あの塔、むちゃくちゃ高いなぁ。あれ、登るの? ……あれ? そういえば、プリケロさんとシャバーは?」
実は、おれは、ちょっとトイレに行ってきて、帰ってきたところだったのだ。トイレから帰ってきたら、ホブミ以外はいなくなっていたのだ。
「先輩を待っていられないから、解散したのですー」
と、ホブミは冷たく言った。
「みんなひどいなー。待っててくれよー」
「ひどいのは先輩なのですぅー」
と、ホブミは憎悪のこもった声で言い、
「プッ」
と、プップが賛成するみたいに鳴いた。
「えー? おれは、ちょっとトイレに行ってきただけなのにー」
そりゃ、おれは、ちょっとトイレを出たところで、「たべられちゃうアイドル『ネペンチュス』路上ゲリラライブ!」っていうのを見つけて、何曲か聞いていたけどさ。
おれを放置して、勝手にいなくなっちゃうなんてなー。
「あろうことか姫様を放置して、路上ライブなんかに引っかかってるドアホゴブリンが全部悪いのですぅー」
と、ホブミに言われ、
「プッ」
と、プップも同意した。
そりゃ、おれも、リーヌ達が待ってるだろうなーとは、思ったんだけど。
小さなお花を頭につけた可憐な美少女たちが、歌っておどっていたのだ。
しかも、なんだか、とてもいい匂いがして、おれは、ついつい、ひきよせられて、しばらくライブを見てしまった。
ちなみに、「ネペンチュス」というアイドルは、「たべられちゃうアイドル」なだけに、曲名や歌詞が、すごく過激だった。
『くわえたいの・のみこみたいの』という曲では、「こっちにきて♪ こっちにきて♪ あなたを奥までのみこみたいの♪ わたしの中に入ってとかされて♪」とか歌っていたし、『もっとほしいの』という曲では、「もっとほしいの♪ もっともっとほしいの♪ ひとりだけじゃたりないの~♪」とか歌っていた。
純情なおれには、ちょっと過激すぎるアイドルだった……。ムフフフフ~。
ホブミは、おれを責めるように言った。
「姫様は、『あんちくしょう。なにしてやがんだ。アタイは散歩に行くぞ』と言って、行ってしまわれたのですー。すべて、『アイドルフラワー』なんかにひっかかってるドアホゴブリンのせいなのですぅー。腐り落ちて花壇の腐葉土にでもなりやがれですぅー」
「アイドルフラワー? あすこで踊ってるアイドルって、アイドルフラワーっていうの?」
おれがたずねると、ホブミは、重要なことを教えてくれた。
「そこでライブをしているアイドルフラワーは、食人植物モンスターなのですー。茎の部分が進化して、人間を引き寄せるために美少女の姿になっていますが、あれでも植物系のモンスターなのですー。頭につけているお花が、ほんとうのお花の部分ですー」
「えぇ!? そうだったの!?」
「プッ」
と、プップは、はじめから知っていたように鳴いた。
おれは、てっきり、人間のアイドルだと思っていた。まさか、植物系だったとは。
しかも、今、ホブミは、「ショクジン植物モンスター」とか言っていたような……。
ショクジンってなんだろう。食神?
ホブミは、さらに説明した。
「アイドルフラワーは、名前はロックンフラワーに似ていますが、とんでもなく危ないモンスターなのですー。近づいたら、食べられちゃうのですー。こっそり、後ろや地面の中にツボみたいな捕食器官をかくしていて、フェロモンや歌とダンスに誘われて近づいた人間やモンスターを、丸飲みにして溶かしちゃうのですー。さっきから、何人か、こっそり飲みこまれてるのですー」
「えぇ!? 『たべられちゃうアイドル』って、そういう意味だったの!? じゃ、あの歌詞も、そういう意味だったの!?」
「プッ」
と、プップは当然だと言うように鳴いた。
そういえば、ライブ中ずっと、プップが、「ププゥッ! ププゥッ!」って必死にいいながら、おれの髪の毛をひっぱっていたんだよなぁ。
あんまりひっぱられるんで、このままじゃおれの髪の毛がやばいと思って、戻ってきたんだけど。
実は、おれの命がやばかったのかー。
今日もプップ様様だな。
「うーん。まさかトイレに行って九死に一生スペシャールだったとはー。……にしても、プリケロさんは、ひとりで散歩?」
リーヌが、ひとりで出歩くことは、あまりない。リーヌはさびしがりやだから……だと思っていたけど、実は、方向音痴すぎて迷子になるからかも。
「はいなのですー。姫様は、ひとりになりたそうだったのですー。それじゃ、ホブミは宿を探しに行くのですー。姫様とシャバーさんと、5時に中央広場に集合する約束なのですー。ドアホゴブリンは、それまでアイドルフラワーのライブでもなんでも、好きにしやがれですー。ペロリと完食されてしまえですぅー」
と言って、メイドゴブリン姿のホブミは、町の中へと、トコトコ歩いて行った。
「うーん。ウルトラ方向音痴のプリケロさんが、ひとりで散歩?」
おれは、考えこんだ。
中央広場って場所が合流場所だと知っていたとしても、リーヌが、中央広場にたどり着けるとは思えない。
これは、早めに見つけないとまずいかも。
早く見つけないと、リーヌなら、中央広場に行こうとして町の外にでて、さらに別の町に行っちゃったりしそう。
おれは、リーヌを探して、ツェッペの町を、ふらふらと歩いて行った。