4-81 ヒガシャを発つ
おれ達が、とにかく逃げていると、なんだか、鉄道の駅っぽいのが見えてきた。
「あれが、鉄道駅っすか? あ、駅の周辺に警官隊がいるっす!」
パトカーが何台かとまっていて、それから、何十人も、制服を着た人達が集まっている。
たぶん、あれが、カエル魔王一行を捕まえにきたオイコットの鉄道警察だ。
おれ達の後ろから追いかけてきた少年達が、駅に向かって叫んだ。
「おまわりさーん! カエル魔王がここにー!」
というわけで、警官隊が、おれ達を発見してしまった。
こうして、おれ達の後ろには、少年達の他に、警官隊が続くことに。
「ギャーーーー! プリケロさん、なんか、警察がたくさん追いかけてきてるっす!」
「とにかく逃げろ! ポリは逃げきりゃどうにかなる!」
リーヌは断言した。
ところで、走っている間、プップは、おれのスタミナ回復のために、全力を出してくれていた。
「プププププププ」
と、ずっと音が聞こえている。
でも、おれは、もう、死にそうにヘロヘロだ。
こんなに早いスピードで、こんなに長い距離をずっと走ったことって、ないからな。
たぶん、プップの回復とスタミナ切れが、ぎりぎりのところで続いているんだと思う。
たぶん、残スタミナ1、0、1、0、1、0、1みたいな感じに。
もう、いっそ、スタミナ切れで気絶してしまいたいくらいに、すごーく苦しい。
おれが、苦しい中、がんばって走っていると。
「ゴブヒコ、おどってねーで、早くこい!」
と、リーヌがだいぶ前の方で、こっちを向いて、つまり、後ろ向きに走りながら、おれに言った。
「おどってないっす! おれは全力で走ってるっす! この苦しげな表情を見てくれっす!」
ちなみに、おれの全力走りは、後ろ向きに走っているリーヌより、おそい。
「なに? いつも通り、ボケーッとした顔だぞ? 横にふらふらスウィングしながら、楽しくおどってんじゃねぇのか?」
「ボケーッとしてるのは、プップの顔っす! 横にフラフラ動いてるのは、スタミナ切れでたおれそうなだけっす! たしかに、スピードスケート並みに、横方向の動きが大きいのは自覚してるっすけど!」
「はやくこねーと、パクられっぞ!」
リーヌの言う通り、警官隊が、けっこう近くまで、せまっている。
警察は、駅の方から追いかけてきていたから、最初は、かなり距離があったんだけど、おれが、ふらふらなせいで、もう、だいぶ距離がつめられている。
前方に、トラックがたくさん停車している駐車場が見えてきた。
駐車場といっても、柵もなにもない、ただトラックがたくさん停まっているいるだけの空き地だけど。
そして、トラックの間から、かすかにホブミの声が聞こえた。
「姫様ーー! こちらですーー!」
あの駐車場のどこかに、ホブミがいるらしい。
あすこまで逃げ切れば、どうにかなるかも。
だけど、すでに、おれの後ろには、警官隊がせまっている。
後ろから警官の声が聞こえた。
「とまれ! <失笑の道化師プープクリン>! とまらないと、撃つぞ!」
「ひとちがいっす! おれは、プープクリンなんかじゃないっす! だって、おれは、笑いと癒しをふりまく『爆笑の喜劇王プップリン』っすから! みんな、ウケまくりの笑いまくりっす!」
「うそつけ、つまらないプープクリンめ!」
警官隊の銃声がひびいて、おれの耳元を、銃弾がかすめていく音がした。
「ギャーーー! 死ぬぅーーー! 銃弾がかすったら、おれもプップも死ぬぅーーー!」
おれが叫んだ時。
なんか、後ろから、警官たちの、どよめくような声が聞こえた。
それに、さっきから地響きとごう音が響いていて、地面が揺れているような気がする。
おれが、ふらふらしているから、そのせいかと思っていたんだけど。
おれは、ふらふら走りながら、後ろをふりかえった。
びっくりした。なぜか、おれのすぐ後ろに、さっきまではなかった、森がある。
さっきまではなかったはずのたくさんの巨木が、おれ達と警官隊の間に流れこんできているのだ。
「な、なんだ? これ? どういうこと? 森が動いてるぞ?」
太い根っこを、足のように動かし、巨木の大群が行進し、その衝撃で地面が地震のようにゆれている。
「ププッ ププププッ」
と、プップが、なにか知っていそうに鳴いた。
そこで、おれは気がついた。
木が動いているだけじゃなくて、さっきから、
「ギモッ ギモッ」
という大合唱が聞こえている。
「この鳴き声……」
それに、よく見ると、巨木のいくつかには、レバーみたいな実がなっている。
「ってことは、キモノキ!? これが、キモノキ!?」
「プッ」
プップは、当然だというように鳴いた。
おれが知っているキモノキは、小さな枝みたいなサイズで、「キモッ」って高い声で鳴く、かわいいモンスターだった。
だけど、おれ達の後ろでうごめいているキモノキは、たぶん高さが10メートル以上はあって、幹がすごく太い巨木だ。
「キモノキって、こんなに大きくなるの!?」
「プッ」
警官隊の銃撃は、キモノキの巨木にさえぎられて、おれ達のところまではとどかない。
それに、密集した巨木に邪魔されて、警官隊は、近づいてこられない。
キモノキの大群は、まるで、おれ達を守ってくれているみたいだ。
おれは、立ちどまって、ちょっと休みながら、その光景を見ていた。
「すげぇな! キモ・ステーキ、食いほうだいだぞ!」
と、遠くでリーヌが、うれしそうに叫んでいた。
「あ、いくつか、おみやげにもらっていくのもいいかもしれないっすね」
と、おれが、言ってたら。
「早くこい! こっちだ!」
という、シャバーのどなり声が聞こえた。
駐車場の奥のトラックの上にシャバーが立っていて、大剣を振っている。
たぶん、あれが、ホブミがヒガシャ町を出るために、手配したトラックなんだろう。
あすこまで行けば、トラックに乗って、にげることができそうだ。
「よかった、よかった。キモノキのおかげで警官隊も追ってこれないし。これで、ぶじに助かりそうだな。ふぅー。たすかったー」
と、つぶやきながら、おれはゆっくり、スタミナを回復しながら歩いて行った。
「ププゥッ プププー」
プップが、「だめだ、早く走れ」というように、鳴いた。
「いや、だって、おれ、今日、もう1年分くらい走ったし。てか、ヒガシャに来てから、走ること多すぎだから。もう昨日と今日で、2年分くらい走った気分だよ」
「ププゥッ!」
と、プップが、なおも、のろのろ歩いているおれを叱るように鳴いた。
「ほら、もう、すぐそこが、駐車場の入り口だし。だいじょうぶだって」
「ププゥッ!」
「あわてなくても、人生は自分のペースでゴールにたどりつけばいいんだって。おれ、運動会の時、いつも、最後にゴールしてたけど、みんな拍手してくれたぞ? プップも、あせらず、おれに声援をくれよ」
だけど、プップは、応援にしては激しすぎる感じで、必死に叫びまくっていた。
「ププゥッ! プププー! プププープ!」
そこで、おれは、気がついた。
どこからか、サイレンみたいな音が聞こえる。救急車のサイレンじゃなくて、消防車のサイレンでもなくて……。なんだっけな、これ。
そして、サイレンの音が、急速に大きくなってくる。
おれは、気がついた。
「あ、そうだ、これ、パトカーのサイレンだ。……ま、まさか、パトカー!?」
キモノキの森を迂回するように、パトカーが数台、こっちにむかって走ってくる。
「プゥッ! プププー!」
「おい! ノロヒコ! はやく来い!」
というリーヌの声も聞こえた。
リーヌはすでに、シャバーとホブミが乗っているトラックのところに、たどりついている。
でも、おれのすぐ後ろには、パトカーが!
おれの走るスピードなんかより、断然、パトカーの方が早い!
というか、猛スピードでこっちにむかって走ってくるパトカーは、そのまま、おれをひき殺しそうだ!
「ギャーーー! ひかれるー!」
「ププーーッ!」
その時。とつぜん、激しくギターをかき鳴らす音が響いた。
爆音のようなドラムの音も。
ロックミュージックが、とどろいている。
さっきまで、音楽なんて聞こえていなかったのに、突然。
それも、おもわず、聞きほれてしまいそうな、魂のこもった演奏だ。
パトカーは、突然、エンジンがとまったように、急停車した。
警官たちは、すぐにパトカーから降りようとしているみたいだった。でも、パトカーのドアがあかないらしく、中からドアをたたいて騒いでいる。
おれが、周囲をみわたすと。
ロックンフラワーのバンドが、近くの建物の屋上で、花の頭を猛烈に振り、サングラスを光らせながら、魂をこめた超絶ロックミュージックを演奏をしている。
どうやら、ロックンフラワーの力で、パトカーのエンジンはとまり、ドアはロックされちゃったらしい。
おれも、思わず、聞きいりそうになったんだけど。
「ププゥーッ!」
と、プップが、怒ったみたいに鳴いたので、おれは、我に返って、あわてて、逃げ出した。
トラックのところにかけよると、シャバーが、おれを荷台にひっぱりあげてくれた。
「出していいかい?」
と、トラック運転手のおばさんがこっちにむかって、どなった。
「おねがいしますですー」
と、ホブミが、ていねいにお願いした。
ちょうど、ロックンフラワーの超絶ロックな演奏が、一曲終わったところだった。
おれ達をのせたトラックが、エンジンをふかして走り出した。
おれがトラックの荷台から後ろを見ていると。
ロックンフラワーのかなでる、今度は、お祭りみたいに、にぎやかなミュージックをBGMに、鉄道警察のパトカーを、ヒガシャの無法者たちがとりかこんでいるのが見えた。
パトカーの上で、ジャンプしながら、こっちに手をふっている人もいる。
祭りの音楽を演奏しながら、手があいているロックンフラワーも、こっちに、草の手をふっている。
「祭りだ、祭りだ」
と、リーヌが、盆踊りみたいに両手をあげて、みんなの方に手をふりながら言った。
「やれやれ。あわただしかったな」
と、シャバーが、あきれたように言った。
「ふぅ。走った走った。危機一髪だったっす。今回は、いつも冷静沈着な司令塔な、おれも、さすがに、あせったっす」
おれは、汗をぬぐいながら、言った。
でも、
「ププゥ~~」
と、プップは心底不満そうに鳴き、
「そのわりに、のんびり歩いてなかったか?」
と、シャバーは言い、
「いつも、あわてふためいてギャーギャーうるさいゴブリンが、なにをぬかしてるですかー」
と、ホブミに言われた。
なにはともあれ、おれたちをのせたトラックは、猛スピードで荒野の道を走り続けていき、ロックンフラワーの音楽も、ヒガシャの町も、あっという間に、小さくなっていった。
こうして、おれ達は、ヒガシャ町に別れを告げた。