4-80 開園準備のサファリパーク
朝食後。ちょっと不機嫌そうなリーヌが、どこかにでかけようとしている。
おれは、リーヌに声をかけた。
「プリケロさん、どこ行くんすか? 今日は、すぐに出発する予定っすよ? ホブミが、<世界の中心>の方に行くトラックに途中まで乗せてもらえるように、手配したって言ってたじゃないっすか」
ホブミの話によると、すでに城塞都市オイコットにつながっている鉄道の駅に警官隊が集合しているらしい。おれ達を逮捕しにきた警官隊が。
でも、シャバーの話によると、ヒガシャの無法者たちは、いつもオイコットの警官隊を返り討ちにしてて、ヒガシャの中心地に警官が入ることはないらしい。だから、今いる宿屋の近くにいれば、おれ達はだいじょうぶっちゃ、だいじょうぶなんだけど。
だけど、それじゃ、ヒガシャの町のひとたちに迷惑をかけてしまう。だから、おれ達は、すみやかに、出発することにしたのだ。
なのに、リーヌは、ぶっきらぼうに言った。
「アタイは、サファリパークに行くぞ」
「だめっすよ。あの辺、町はずれは、無法者のテリトリーじゃないらしいから、警察がいっぱいいるかもしれないっすよ? プリケロさんが負けるはずはないっすけど、暴れまくって、サファリパークをさらに破壊しちゃいそうっす」
リーヌは口をとがらして、だだっ子みたいに、言った。
「茶色のモフモフ、モフるんだい!」
「モフっちゃだめっす! カピバラさんの命がなくなるっす! それに、前も言ったけど、カピバラさんは、タワシみたいにゴワゴワらしいっすよ?」
「あんだよ。うるせーなー。ゴワゴワでもいいんだよ。どうせ、アタイの心は、ささくれだったゴワゴワ・ハートなんだよ。大根おろし作れそうなゴワゴワ気分なんだよ」
「タワシじゃなくて、おろしがねレベル!?」
不機嫌なリーヌは、ずんずん、外に出て行ってしまった。
おれは、しかたがないので、リーヌの後をついて行った。
約十分後。
リーヌは、それまで、ずっと、おれを無視して歩き続けていたんだけど。
4回目に通りかかった歓楽街の入り口で、リーヌは、おれの方にふりかえった。
「おい、ゴブヒコ。サファリパークに案内しろ」
「プリケロさん、自力じゃ、たどりつけないっすもんね。てか、実は、カピバラさんとフーじぃのためには、おれが来なきゃよかっただけかも」
方向音痴のリーヌは、自力じゃ、サファリパークにたどりつけないんだから。
なにはともあれ、おれは、リーヌを案内してやって、おれ達は、町はずれのサファリパーク前の広場にやって来た。
「あれ? なんか、今日は、にぎやかっすね」
なんだか、サファリパークの前のトイレから、楽し気なミュージックが流れている。
昨日は、この広場には、占い婆以外だれもいなかったんだけど。
今日は、サファリパークの入り口のところに、何人か人がいる。
門のところで、修理をしているようだ。
「フーじぃ、門の修理を頼んだんすかね?」
でも、よく見ると、修理をしているのは、十代前半くらいの、少年達だ。それも、どこかで見たことがあるような。
少年たちは、しゃべりながら、門の修理をしていた。
「だけど、学園長先生が、あんなヘボいとはなー」
「キモッ」
「勇者って、あんなもんかよー」
「キモッ キモッ」
「なんかやる気なくなっちゃったよなー」
そんな少年達の会話が聞こえた。
どうやら、あの少年達は、勇者学園の生徒だったらしい。
それに、よく見ると、少年達の近くに、キモノキっぽい、小さな木がいて、「キモッ」とあいづちを打っている。
「あのキモノキって、おれ達といっしょにいたキモノキかな? それに、このトイレから聞こえる音楽って、ロックンフラワー?」
ロックンフラワーの葉っぱっぽいのが、たまにトイレの入り口から見えるんだよな。昨日は、こんな音楽も聞こえなかったし、葉っぱも見えなかったはずだけど。
少年達は会話をしている。
「久しぶりに帰ってきたら、いつのまにか、じぃちゃんのサファリパークが、こんなことになってるしさー」
「だれだよ、この門、壊したの。ひどすぎるよ」
「キモッ!」
どうやら、リーヌが破壊した門を修理しているあの少年達は、フーじぃの孫たちらしい。
勇者学園が壊滅したから、町に帰ってきたみたいだ。
まぁ、リーヌのやつ、ごていねいに寮までぶっこわしていたからな。生徒たちは、家に帰るしかないよな。
少年のひとりが、とつぜん、門の向こう側にむかって、どなった。
「おい、ヒックリ! ジンペエ! 朝から飲みすぎだぞ!」
よく見ると、門の向こう側では、ヒックリとジンペエが、こんな時間から酒盛りをしている。
あのふたり、昨日もさんざん飲んで、フロル酒場で酔いつぶれていたのに。
少年にどなられて、ヒックリは、びっくりしたように、後ろに転げながら、言った。
「こりゃ、ヒックリ!」
ジンペエは、酒瓶をもちあげながら、言った。
「シャーッ! 飲まずにやっていられるかー! シャーッ!」
「キャンッ はずかしっ このひとたち。昨日もぐでんぐでんによっぱらってて、つれてかえってくるのがたいへんだったのに。キャンッ。反省もしないで、朝から飲んでて。はずかしっ キャンッ キャンキャンッ」
この声は。こっそり、アナイリードッグも近くにいるっぽい。どこにいるのか、ぜんぜんわからないけど。たぶん、門の近くの穴の中にいるんだろうな。
少年達の嘆きの声が聞こえた。
「あー、もう。どうなってるんだよ」
「なにがあったのかわからないけど、あちこち、ぶち壊されてるし」
「なぜかサファリパークから、モンスターがたくさん消えてるし」
「ノンベエザメは、こういうモンスターだからしかたがないけど、ヒックリまでアル中になってるしさぁ!」
「そりゃ、ヒックリ!」
と、ヒックリのおどろいたような声が聞こえた。
「ジンペエ! ヒックリに飲ませちゃだめだろ。クリントは、お酒に強いモンスターじゃないんだぞ?」
と、少年のひとりが注意をした。
ヒックリは、モンスターの種族名としては、クリントというらしい。
「ヒックリ! マロングラッセぇ~♪」
と、よっぱらった、ヒックリは歌っている。
「シャーッ! これには、シャーッねぇ悲しーい理由があるのシャーッ」
と、ジンペエは言った。
「なんだよ? かなしい理由って?」
と、少年はたずねた。
ジンペエは、頭を左右にふった。
「シャーッ! とても言えねぇ。おめぇらには、とても言えねぇのシャーッ!」
「キモキモー……」
と、キモノキが悲しそうに鳴いた。
少年達は、口々に言った。
「ったく。なんなんだよ」
「やっぱ、おれたちがいないとだめだな。フーじぃひとりじゃ、ムリなんだよ」
「こいつら、ダメダメだからな。しかたないな。おれ、勇者学園やめて、サファリパークを手伝おうかな」
「勇者学園やめるの? おまえ、こいつらを守れるような勇者になるって、言ってたじゃん」
「シャーッ! 泣かせるねぇ。おれ達を守るために勇シャーッになるんだってよ。シャーッ。泣かせるねぇ……。おれ達を守るために……」
ジンペエは、さめざめと泣きだした。
「ヒックリ、ヒックリ……」
ヒックリは、しゃくりあげて泣き出した。
「キモキモー……」
キモノキも、悲しそうだ。
「なんで、おまえら、とつぜん大泣きしてるんだよ」
と、少年のひとりがたずねると、
「シャーッ! 言えねぇ。おめぇらには……、おめぇらには、あんなこと……。とてもじゃねぇが言えねぇのシャーッ!」
と、ジンペエは、シャーシャー涙を流しながら、叫んだ。
少年たちは、当惑したようすで、泣きじゃくるジンペエとヒックリを見ていた。
そのうち。
「……ヒックリ。マロン、グラッセぇ~?」
しゃっくりをしながら、酔っぱらったヒックリは、意味もなく、そう言った。
「シャーッ! 酒づけになって、ぜんぶ忘れっシャーッ!」
と言って、ジンペエは、自分にも、ヒックリにも、頭からお酒をふりかけた。
少年のひとりが、頭を横にふりながら、言った。
「だめだ、こいつら。もう、決めた。おれ、転校して、サファリパークをたてなおして、こいつらをアル中から更生させる。このままじゃ、ヒックリが酒づけマロングラッセになっちゃうもん」
「じゃ、おれも退学しよっと。なんか、勇者って、思ってたのとちがって、かっこわるかったから」
「おれも手伝うよ。勇者学園の先生、嫌いなんだ。校則とか、うるさいしさ。もとの学校の方がいいや」
「こりゃ、ヒックリ!」
ヒックリが、おどろいたように、ひっくりかえって、泣きやんだ。
「キモッ キモッ」
と、キモノキがうれしそうに鳴いた。
「よっシャーッ! かんぱいっシャーッ。おまえらも、のめのめ~」
と言って、ジンペエは、少年達にお酒をすすめた。
「未成年に飲ませるな!」
と、少年達にどなられると、ジンペエは、上機嫌で言った。
「シャーッねぇ、かわりに、おれ様が飲んでやる。シャーッ」
さて、そんな光景を見ながら、おれは、つぶやいた。
「そうかー。おれに乗ってたモンスターたちと、街で会ったあの酔っ払いモンスターたちって、サファリパークのモンスターだったのかー。そういえば、ヒックリとジンペエって、老人より弱そうなダメモンスターオーラ全開だもんなぁ。おれが言うのもなんだけど、ぜったい、野生じゃ生きていけなさそうな」
そこで、ヒックリとジンペエが、おれの存在に気がついた。
ジンペエは、こっちにむかって、陽気に酒ビンをふった。
「シャーッ! ゆうかいされたアホ面~! 無事だったかー!」
「こりゃ、ヒックリ! お祝いだ~。アホ面も飲んでけぇ~! ヒックリ」
ヒックリも、こっちにむかって、両手をふった。
だけど、そのせいで。少年達も、こっちに気がついた。
少年達は、あぜんとした顔で、こっちを見ている。
「おい、あれ……。アホっぽいのの横にいるの、カエル魔王じゃないか!?」
「大変だ! カエル魔王が、攻めてきたぞ!」
「学校だけじゃなくて、フーじぃのサファリパークまで!?」
少年たちの表情が、驚きから、決意をこめた表情に変わっていった。
「おれたちのサファリパークを、こわされてたまるか!」
「サファリパークは、おれたちが、絶対に守るぞ!」
「ここだけは、ぜったいに、守るんだ!」
少年達が、そのへんにあった武器になりそうな工具を手に、こっちに向かってくる。
「プリケロさん、どうするっすか!? あの少年たち、フーじぃの孫たちっぽいっすけど、おれ達、あきらかに、敵だと思われてるっすよ? ……まぁ、むりもないけど。それに、サファリパークを破壊しそうなことは、否定できないんすけど」
リーヌは、即断した。
「逃げるぞ!」
というわけで、おれ達は、一目散に、その場から逃げ出した。