4-74 学園長
バズーカで攻撃してきた少年を追いかけて行ったリーヌとおれ達は、最終的に、体育館にたどりついた。
体育館には、たくさんの人が、まるで朝礼中みたいに集まっていた。少年少女と若者がたくさん、それから、数はそれほどではないけど、中年と高齢者まで、いた。
だけど、なぜか、人々は、ステージの方ではなくて、体育館の入り口、つまり、おれ達の方を見ていた。
まるで、おれ達が来るのを、待っていたかのように。
(ひょっとして、おれ達、さそいこまれたのか?)
おれが、そう考えた時。体育館のステージに立っていた男が、変な笑い声をたてた。
「ふっふっふっふふふっふっふ」
「キモッ」
と、キモノキが鳴いた。今回は、ほんとうに不快そうに。
「あの気色悪い笑い声。どっかで聞いたことあるような。ひょっとして、あいつ……」
そうだ。
おれは、こいつを知っている。……いや、実は、顔はおぼえていないんだけど。
なんとなく、あいつの雰囲気と、あと、ホブミから立ちのぼる、ものすんごくおっかないどす黒い暗黒オーラから、わかったのだ。
「あいつは……変態勇者!? なんでこんなとこに?」
シャハルンの盾をもっていた勇者だ。二度と会いたくない奴なのに、また出てくるなんてな。
だけど、そういえば、おれ、いまだにあいつの名前を知らないな。まぁ、知りたくもないから、いいんだけど。
「おれ様を追ってここまでくるとは。たいした執念だな。カエル魔王よ」
と、ステージ上の勇者は言った。
「あ? だれだ? おまえなんて知らねーぞ?」
と、リーヌは、本気で言った。
「キャンッ はずかしっ。うぬぼれかんちがい。はずかしっ」
「キモッ」
「プッ」
おれの耳には、モンスター達の声が聞こえる。でも、わりと小さな声なので、檀上の変態勇者にまでは、聞こえてなさそうだ。むしろ、聞こえていてほしいんだけど。
変態勇者は言った。
「ふっふっふ。変身して、追っ手をあざむこうという魂胆だろうが、そうはいかないぞ。このおれ様は、正体を見破る超絶スキルをもっているのだからな。カエル魔王、いや、大魔……」
勇者が「大魔王リーヌ」と言おうとしたところで、おれは思った。
(まずい! シロさんに正体がバレる!)
おれは、そこで、とっさに、変態勇者の声をかき消すよう、全力で叫んだ。
「『ダイマナイトボディなプリンセス!』……と、暗黒賢者ホナミよ」
もちろん、「ダイマナイトボディなプリンセス!」が、おれの叫んだセリフだ。
ステージ上の変態勇者は、おれをギロリとにらみつけた。
「うるさいぞ! そこの、見たことのない珍妙なモンスターめ! おれ様のセリフを、変なことばで、かき消すな! だいたい、そのカエルのどこが、ダイナマイトボディなんだ!」
おれは、自称プリンセスなカエル様の、くびれのない腹部をゆびさした。
「この、服の上からでもわかる、おなかの曲線美のあたりっす」
「ぬわにぃ!? アタイはそんなにダイナマイトボディなプリンセスなのか?」
と、リーヌは、おれの冗談を本気にしていた。
「いやいや、おれとしては、人間の姿のほうが、いいっす……。てか、変態勇者! おれのことを、見たことのない珍妙なモンスターとはなんだ! プリケロさんとホブミの正体が見破れるなら、おれの正体だって、わかるだろ!」
勇者は、おれをじーっと見た。
「知らん。おまえみたいなアホ面、おれ様は見たことがないぞ」
「おれの顔は、その下だって! 丸いのの下に、簡単には忘れられない顔があるだろー? てか、ほら、『おれのセリフをかき消すな』的な、やりとりだって、前にもあったじゃん?」
と、おれが言うと、変態勇者は言った。
「知らん。だが、そこまで言うのなら、おれ様の超絶スキルで、おまえを分析してやろう」
勇者がなにか呪文のようなものを唱え、目が、ピカーッと光った。
勇者は大声で、言った。
「……分析結果、プップリン? 聞いたことのないモンスターめ。なんだこのステータスは。特殊スキル『モンスター遭遇確率アップ(大)』がある以外、なんの役にもたたない雑魚モンスターじゃないか。こんなにステータスの低いモンスター、見たことがないぞ。おれ様は、おまえみたいな雑魚モンスターがだいっきらいなのだ。いつぞやの、ゴブリンを思い出す!」
かつて、おれに倒された変態勇者は、顔をゆがませ、悔しそうに歯ぎしりをした。
「いや、だから、そのゴブリン……まぁ、いいや。それより、えぇ!? おれ、分析スキルで、プップリンとして認識されちゃうの!? ……そっかぁ。プリケロさんやシャバーやみんなが、勝手にまちがってんだと思ってたけど、みんなが正しかったのかー。おれは、本当にプップリンなのかー」
どうやら、プップを頭にのせただけのおれは、この世界では、れっきとした新種モンスター「プップリン」のようだ。
これからは、自信をもって、新種のレアモンスターと名乗ろう。
おれは、うれしくなって、つぶやき続けた。
「それに、おれには、なんのスキルもないと思ってたけど。プップリンには、『モンスター遭遇確率アップ(大)』とかいうパッシブスキルっぽいのがあるのかー。1個でも、ちゃんとしたスキルがあるっていいよなー。そこから、チートなおれTUEEE物語が始まるかもしれないし~」
まぁ、おれ、もうとっくに、最強になるのとかは、あきらめてるんだけど。
それにしても、どうりで、やたらとモンスターに遭遇するわけだ。「モンスター遭遇確率アップ(大)」なんて、スキルが、勝手に発動してたんだな。
むちゃくちゃ弱いおれ+プップにとっては、自滅スキルでしかないけど。
だけど、「モンスター遭遇確率アップ」って、テイマーにとっては、とても使えそうなスキルだぞ。ひょっとして、おれ、実は、テイマーにとっては、とっても役に立つ大事なモンスターなのか?
と考えたところで、おれは気がついた。でも、リーヌと一緒にいる時は、おれ達、まったくモンスターとでくわさなかったことを。
リーヌは、プップリンの「モンスター遭遇確率アップ(大)」を完全に打ち消すほど、モンスターに嫌われているのかぁ……。
勇者は、おれのことは無視して、ふたたび笑った。
「ふっふっふ。大『ナマイトボディのプリンセス!』…と暗黒賢者ホナミよ、今日こそ、おまえ達にあの時の恨みを倍返しにしてやるぞ。そして、貴様らに奪われたおれ様の盾を、取り返すのだ!」
ホブミは、ゴブリンの顔をゆがませ、暗黒オーラをふりまきながら、言った。
「下劣下衆勇者が姫様に挑戦するなんて、うぬぼれるにもほどがあるのですぅー」
「フッフッフー。元のおれ様と思うなよ。暗黒賢者ホナミよ。おれ様は、敗戦を機に、新たな境地にいたったのだ。おれ様は、考えたのだよ。一人、孤高な勇者として戦う日々は終わりだ、とな」
「一人? おまえ、パーティーメンバー、がっつりいたじゃん」
と、おれがつっこむと、ホブミが言った。
「ホブミが風のたよりに聞いた話では、武道会での敗戦後、あの男は、パーティーメンバー全員に捨てられたのですー。シャハルンの盾がなければ、ただの性格最悪激弱勇者なのですー。勇者としては、完全に終わったのですー」
「へー。なるほど。それで、ひとりになっちゃったわけか。みんな冷たいけど、こいつの場合は、自業自得だよな」
ステージ上の変態勇者は、おれ達の会話は聞こえなかったふりをして、かっこつけた感じで言った。
「ふっ。だが、しかし。絶望の底で、おれは思い立ったのだよ。人は、一人では弱い生き物だ。だからこそ、たくさんの正義の仲間が必要なのだと。おれは決めた。これからは、後進の育成に身をささげよう、と」
この勇者の口からでなければ、いいセリフなんだけど。
「そして、おれ様は、学校を設立したのだ。その名も、勇者学園! おれ様は、その学園長に就任したのだ!」
「この変態勇者が、勇者学園の学園長!?」
おれは、びっくりした。
でも、ホブミは、舌打ちをして、低い声でぶつぶつ言った。
「やっぱりなのですー。あやしいと思ってたのですー。あの男、だいぶ前から、勇者のセカンドキャリアがどうのこうの言いながら、城塞都市オイコットの政治家に取り入ろうとしてたのですー。勇者学園の話を聞いた時に、もしや、と思ったら、やっぱりなのですー」
それを聞いたおれは、おもわず、つぶやいた。
「勇者のセカンドキャリア……。そうだよな。体力が必要な勇者なんて、年取ったら、引退だもんな。あいつ、変態でゲスだけど、人生設計はよく考えてるんだなー」
「感心するなですー」
おれは、ホブミに、にらまれた。
勇者あらため学園長は、両腕を大きくひらき、言った。
「見ろ、このすばらしい勇者学園を!」
「たしかに、校舎は、立派だったなー。もうボロボロだけど」
おれの言うことは、無視して、学園長は、自信満々に続けた。
「聞け、おれ様のすばらしい教えを! さぁ、我が生徒達。古き良き慣習を守りつつ、改革を実現するために、おれ様が作り上げた、すばらしーい校訓4か条を述べよ!」
学園長は、なんだか、すばらしい校訓を作ったらしい。
そして、勇者学園の生徒たちが、全員で校訓を叫んだ。
≪その1! 悪を許すな! 魔王を倒せ! そして悪とは、勇者に逆らう者だ!≫
おれは、叫んだ。
「んな、むちゃくちゃな! 勇者に逆らうやつが悪とか……勇者の勝手すぎるだろ!」
生徒達の大合唱は続く。
≪その2! 社会の役にたて! そして勇者の役にたて! 特に、勇者の役に立たないような生産性のない奴は、ゴミだ!≫
おれは、もういちど、つっこんだ。
「なんで、勇者の役にたたなきゃいけないんだよ! さっきのもだけど、勇者中心すぎるだろ! 生産性って、勇者の役にたつって意味なのかよ……」
≪その3! すこやかに成長し強くなれ! そのためにモンスターはどんどん狩って経験値をかせげ! 人とちがうモンスターに、価値や権利はない! 特に人語も話さない下等なやつらなんてカスだ!≫
今回は、おれより先に、プップ達が、激怒した感じで、叫んだ。
「ププゥ!」
「キモッ!」
プップたちって、人の言葉は話さないけど、なんか、独自の言葉をしゃべってるもんな。外国語をしゃべってるだけ、みたいな感じだから、下等あつかいされて、怒ったんだろう。
そうじゃなくても、この校訓、モンスターの扱いが、ひどすぎるけど。
≪その4! ルール、マナー、そして、えらい人と勇者の言うことには、従え! 勇者に文句を言うようなマナー知らずは、たたきのめせ! 逆らう奴は、排除しろ! 勇者こそがルールだ!≫
おれは、もはや、あぜんとしすぎて、叫ぶ気力もでなかった。
「ひどすぎる……。この学校の校訓、ひどすぎるだろ……」
ちなみに、ホブミは、ため息をついて首を横にふっただけで、なにも言わなかった。
さて、ここで、リーヌが、おれ達にたずねた。
「で、あいつを、どうすりゃいいんだ? 2択で答えろ。①知らねーやつだから無視する。②知らねーやつだけど、ケンカ売ってるっぽいから、ぶっとばす。どっちだ?」
「実は、どっちでもいいんすけど。てか、知ってるやつっすけど。でも、ここは平和的に、あんなの無視して、シャバーと合流して町に帰るのがおすすめっす。早く酒場に行って、ジュースとキモ炒めで乾杯するっす」
「キモッ」
と、キモノキのうれしそうな声が聞こえて、ロックンフラワーがギターで楽しそうな効果音を奏でた。
「おう。そのほうが楽しそうだな。じゃ、帰るか」
と、リーヌは言った。
だけど、そこで、ホブミが言った。
「ホブミは、あの最低男を許せないのですー。ほっておいたら、きっと、子ども達に悪影響を与えるのですー。でも、姫様にご迷惑をおかけするわけにはいかないので、ホブミがひとりで相手しますですー」
こんなことを言われて、黙って帰るリーヌじゃない。
「ホブミの敵は、アタイの敵だぜ。よし、じゃ、知らねーやつだけど、速攻倒してから、酒場に行くぞ」
「しかたないっす。また、罪状が増えちゃうっすけど。どうせ、シャハルンの盾をもってないあいつなんて、ただの雑魚っすから。プリケロさんなら秒殺っす。ちゃっちゃと倒してくれっす」
だけど、そこで、元・勇者な学園長は、不敵に宣言した。
「フッフッフ。そう簡単におれ様を倒せると思うなよ。おまえ達の相手をするのは、おれ様ではない。ここにいる、我が生徒達! 正義の心に燃える勇者候補生たちなのだ!」
体育館にいる、たくさんの人々が、歓声をあげた。
「そういうことですか……」
と、ホブミが暗い声でつぶやいた。