4-71 アナイリードッグ
シャバーがヤッダーワーンと戦闘機をひきつけている間に、おれ、ホブミ、そしてシロの3人……とおれに乗ってるプップとキモノキの、計5匹は、建物にむかって走り抜けた。
やっぱり、今回も、おれのスタミナは、走ってもなくならない。
プップは、ずっと、「プププププププププ」と鳴き続けているし。
ちょっと気になるから、おれは、ホブミにたずねてみた。
「ホブミ、おれの、スタミナ、なぜかなくならないんだけど。理由わかる?」
ホブミは、おれの方をちらっと見て、即座に言った。
「プップさんが、常時回復してくれているのですー。さすが究極のいやし系なのですー」
それから、ホブミは、低い声で、おれを責めた。
「プップさんは、いままでも、常に先輩の体力とスタミナを少しずつ回復してくれてたですー。いままで気づいてなかったなんて。あいかわらずの凶悪犯罪級鈍感ゴブリンですぅー。プップさんに、土下座して感謝しろですー」
「おれが土下座したら、プップ様様が地面にたたきつけられちゃうぞ! プップはおれの頭にのってるんだから!」
やはり、おれの予想通り、スタミナが減らないのは、プップ効果だったらしい。プップは、ずいぶん、ありがたい存在だったんだな。
まー、プップ的には、乗り物に力を注いでるだけかもしれないけど。自転車をこぐみたいな感じで。だって、回復しないと、おれ、スタミナ切れで進めなくなるからな。
さて、そんなことを考えながら、おれは、全力疾走していたんだけど。
とつぜん、おれは、ずっこけた。というか、着地するはずの、地面がなかった。
「ププーッ!」
「キモッ!」
プップ達が、地面にたたきつけられそうになって、叫んだ。
だけど、おれは、それどころじゃなかった。
おれは、地面にあいていた穴に、落っこちていたから。
ちなみに、プップは、穴の入り口につっかえてしまったらしい。
真っ暗闇の中で、おれだけ、ずりずり、斜面をおちていく。
真っ暗闇の中で、声がした。
「キャンッ はずかしっ」
「え? なんだ?」
「キャンッ はずかしっ。ゴブリンが落ちてくるなんて。キャンッ」
「あ、おじゃましてるっす」
どうやら、この穴の中には、だれかがいたらしい。
プップが入り口にふたをしちゃってるせいで、まっくらで、なにも見えないし、狭い穴だから、おれは向きをかえることもできないけど。
「キャンッ はずかしっ。穴があったらはいりたいっ キャンッ」
「もう、穴にはいってるっすよ?」
と、おれは言った。
「キャンッ はずかしっ! 男ゴブリンに、『もう穴にはいってる』なんていわれるなんて。はずかしーっ キャンッ」
「あー。よく考えると、なんか下ネタっぽいかもー」
「キャンッ はずかしっ。下ネタ言ってると思われるなんて恥ずかしーっ。穴があったら、はいりたいーっ キャンキャンキャンッ」
なんだかもう、なにを言っても、らちがあかない感じなので、おれは、帰ることにした。
おれは、がんばって、真っ暗闇の中、穴をのぼろうとした。
でも、あたまに、モフっとした壁がぶつかって、それ以上進めない。
「おーい、プップー、どいてくれよー」
「プッ」
という声がした。
プップは、ちょっとだけ、もぞもぞ動いたんだけど。てか、足でおれの頭をけったんだけど。ぜんぜん動いていない。
「ひょっとして、プップ、はまっちゃって、うごけないの?」
「プッ」
と、同意するように、プップは鳴いた。
「えーっ? 穴に閉じこめられたー! まさか、ずっこけただけで、穴に閉じこめられるとはー! だれか、助けてー!」
と、おれは、叫んだ。
穴の奥からは、叫び声が聞こえる。
「キャンッ はずかしっ。穴に男ゴブリンと閉じ込められるなんて、キャンキャンッ はずかしーっ!」
「プップリン殿。ごぶじか?」
というシロの声といっしょに、プップが、ひょいっと、いなくなり、とつぜん光でまぶしくなった。
「勝手に足をすべらせて、穴に閉じ込められたとか、このゴブリン、アホすぎですー」
と、むこうでホブミが毒づいている。
おれが穴からはいでると、シロが、プップをかかえていた。
「プップリン殿。頭がとれてしまったが?」
と、シロのまじめな声が聞こえた。
「だいじょうぶっす。頭は取り外し可能パーツなんす」
おれは、シロからプップを受け取って、頭にのせた。
シロは、たいして驚いていない。
やっぱ、この世界のモンスター的には、頭がとれるとか、めずらしくないんだろうな。……てか、そもそも、プップは、おれの頭じゃないんだけど。
「キャンッ はずかしっ」
と、声がした。
穴の入り口から、ネズミのようなリスのような、かわいい生き物が顔をのぞかせている。
「アナイリードッグですー。かわいいのですー。でも、この忙しい時にアナイリードッグの穴に落ちるなんて、先輩はほんとにドジなのですー」
と、ホブミが言った。
「キャンッ はずかしっ。犬じゃないのに、ドッグって呼ばれるなんて、はずかしっ キャンッ」
と、アナイリードッグは、穴の入り口で、両手で顔をおおって、頭をひっこめながら、言っている。
おれは、ホブミにたずねた。
「プレイリードッグじゃなくて、アナイリードッグなの?」
おれは、本物のプレイリードッグを見たことがないけど、なんとなく、こんな見た目だった気がする。
しゃべること以外は、ふつうの動物っぽいから、ただのプレイリードッグなんじゃないかと、おれは、おもったんだけど。まぁ、しゃべってるんだけど。
でも、ホブミは言った。
「ぜんっぜん、ちがうのですー。アナイリードッグは、恥ずかしがり屋だから穴があったら入っちゃうのですー。でも、自分では穴をほれないのですー。それに、集団行動が苦手なので、プレーリードッグと違って、群れないでひとりですごすのですー」
「な、なんとなく、ダメダメな感じがするモンスターだな。やっぱ、弱いの?」
と、おれがたずねると、ホブミは断言した。
「激しく弱いのですー。メンタルが。すぐに穴に入っちゃうのですー」
「メンタルが……。まぁ、いいや。行こう。シャバーが敵をひきつけてくれてる間に、早く行かなきゃいけないんだった」
さて、おれがホブミと話していた間、穴の入り口では。
「キャンッ はずかしっ。なんて犬らしい方。わたしなんて、ドッグと呼ばれてるのに、どこも犬っぽくないのに。キャンッ はずかしっ」
と、言いながら、アナイリードッグが、両手を顔にあてたまま、シロをみあげていた。
そこで、
「キモキモ、キモキモキモ」
と、キモノキがなにかを話しているようにキモキモ言った。
「キャンッ はずかしっ」
と、アナイリードッグは言った。
それから、プップもなにか言った。
「ププップププッ」
「キャンッ はずかしっ。ゴブリンに乗るなんて。キャンッ キャンキャンッ」
と言いながら、アナイリードッグは、勝手に、おれのカバンのなかに入っていった。
「え? なんで?」
だけど、そこでホブミが叫んだ。
「もう、時間がないのですー! こっちに、ヤッダーワーンが来るですー!」
シャバーが引き付けてくれていたヤッダーワーンが、こっちにむかって進んでくる。
「ギャーー! 逃げろー!」
というわけで、おれは、かばんの中に入っちゃったアナイリードッグのことはほっといて、ふたたび、校舎っぽい建物にむかって、全力で走り出した。