4-69 助っ人
おれは、全力で逃げ続けた。
だけど、この世界って、走ると、スタミナが消費される仕様だ。
そして、おれは、スタミナが恐ろしく少ないゴブリンだ。
<にじょうのうでわ>のおかげで、かなり増量されてはいるんだけど、なにしろ、レベルがあがっても、おれのスタミナは、上がるどころか、下がっちゃったわけだから。
むしろ、こんなに長く、おれのスタミナが尽きずに、逃げつづけていられるのは、奇跡だ。
まるで、おれのスタミナが自動回復でもされているようなのだ。じゃなきゃ、とっくに、スタミナ切れのはずなんだけど。
おれが走っている間、「プププププププププ」と、プップがやたら高速に鳴きつづけてたのと、なんか関係あるのかな……。
だけど。
モンスターから逃げまくっていた、おれは、とつぜん、木の根っこかなにかにつまずいて、ずてっと転んだ。
プップが、転んだ衝撃で、おれの頭からとばされて、転がっていってしまった。
しかも、転んだせいで、スタミナが大幅に減ったっぽく、おれは、ついに、立ち上がる力すら、なくなった。
「うぅ……。まさか、こんなところで、孤独に、モンスターに食われて終わるなんてー。そりゃ、おれは、いつでもボッチだったし。将来的には、母ちゃん亡き後の孤独死がほぼほぼ確定してたけどさー」
「ププッ」
と、プップが鳴いた。
プップは、おれが転んだひょうしに、おれの頭から落ちて転がって、木にぶつかって反射されて、今、おれの顔の前までもどってきたところだ。
おれは、プップを両手でつかんで、モフっとした丸い胴体にほおをくっつけた。
「プップがいっしょだから、ひとりじゃなかったー。……でも、どうせなら、最後は美少女とだきあってとかのほうが、よかったなー」
その時、
「キモッ」
という声が聞こえた。
「なんてこった。死ぬ直前に、プップにまで、『キモッ』って言われて、終わるとは~」
おれは、プップの腹から頭を離した。
そこで、おれは気がついた。
「あれ? でも、プップは、プ音しか言わないよな? じゃ、空耳か」
と、おれが言ったとたん。
「プッ」「キモッ キモッ」
と、音が聞こえた。
「やっぱり、『キモッ』って言ってる?」
よく見ると、プップが、くちばしになにか、くわえている。なんか、木の枝っぽい。
「ひょっとして、プップじゃなくて、これが、キモキモ言ってるのか?」
そこで、狂暴そうなモンスターたちが、いっせいに、おれ達に襲いかかってきた。
「ギャーーー!」
「ププーッ!」
「キモキモーッ!」
プップとナゾの木の枝といっしょに、おれがゴブリンの一生を終えようとした、その時。
≪二刀流奥義・双流伽利波!!≫
二列の光の波が走り抜け、おれに襲いかかろうとしていた、頭が2つあるライオンみたいなモンスターと、頭の3つあるハイエナみたいなモンスターを、切り裂いた。
「こんな、かっこいい必殺技っぽいのを、この世界で見れるなんて」
と、おれは、思わず、感動して、つぶやいてしまった。
そして、まだ地面に横たわっているおれの目には、なんか、草履をはいた、白くてモフっとした足がみえた。
(この、おもわず、ふれたくなってしまう、お犬様のおみ足っぽいのは、まさか……)
さらに。
≪威致猛堕刃!!!≫
おれに襲いかかろうとしていた、総勢50匹弱のモンスター達が、瞬時に、斬り刻まれた。
おれには、その動きは見えなかったけど。
気がついたら、死屍累々モンスターが横たわる中に、血まみれの大剣をもったシャバーが立っていた。
おれは、起きあがって、周囲をよく見た。
おれのそばには、やっぱり、白いモフモフの犬侍、シロが立っている。
なぜか、シロとシャバーが、ふたりで、おれを救出してくれたようだ。
もそもそと、おれの頭の上で、プップが定位置にもどった。
シャバーが、大剣を地面につきさし、おれにたずねた。
「無事か? プップリン」
「ぶじっす。もうちょっとで食べられちゃうとこだったけど。たすかったっす」
おれは、斬殺されたモンスター達を見ないようにしながら、おれの命の恩人である、シャバーとシロに礼を言った。
「おまえは、なにをくわえてるんだ?」
と、シャバーは、おれの頭上のプップを見ながら言った。
「くわえてる?」
と、おれが聞き返した時、
「キモッ」と、また変な声が聞こえた。
今回は、おれの頭の上から聞こえた。
「あ、そうだ。さっきから、キモキモ言う失礼なやつが、いたんだった」
と、おれが言うと。
「キモキモ? これのことか?」
シャバーは、プップの口から、2本根っこの生えた木の枝みたいなものをとりながら、言った。
「これは、キモノキだな」
「キモノキ?」
と、おれが聞き返すと、シャバーは説明してくれた。
「植物タイプのモンスターだ。ヒガシャの町はずれに、たくさんいるが。この森で見るのはめずらしいな。大きく成長すると、レバーみたいな実がなるんだ」
「レバーみたいな実っすか? キモッ」
と、おれは、思わずキモノキみたいな声をだしてしまった。
「キモッ」
と、キモノキの元気な声がした。……キモノキは、おれが、あいさつしたか、話しかけたと、思ったみたいだ。
シャバーは言った。
「酒のつまみにちょうどいい実だ。『キモ炒め』はヒガシャの名物料理のひとつだ。刺身もいける。ペーストにしてトーストにぬるのもいいぞ」
「なるほど。料理用の実なんすね。たしかに、そういう風に食べると、おいしそうっす」
「キモッ」
「こいつは、まだレベル1の幼木だから、実がなるまでには、何年もかかりそうだが」
と、シャバーはキモノキを見ながら言った。
そこで、
「ププッ」
と言って、プップが、またキモノキをくわえた。
どうやら、プップは、キモノキを、つれていくつもりみたいだ。……それか、食べる気? プップの考えることは、よくわからないからなぁ。
シャバーはおれにたずねた。
「リー…… いや、プリンセスはどこだ?」
「プリケロさんには、会ってないっす」
「そうか。プリンセスは、おまえを追いかけていったんだが」
シャバーは、困った、というように頭をかきながら、そう言った。
「おれも、さらわれるときに、プリケロさんが追いかけてくるのは、見たっすけど。途中で見えなくなって、それっきりっす」
どうやら、リーヌは、あれっきり、行方不明らしい。
「ま、とりあえず、おまえが無事でなによりだ。レアモンスターだから、狙われたんだろうが。やっかいな輩に売り払われる前に見つけられて、よかった」
と、シャバーは真剣な表情で言った。
ほんとうは、狙われてたのは、カエル魔王ことリーヌの方だったみたいだったけど。
おれは、シャバーにたずねた。
「それより、なんでシロがいっしょにいるんすか?」
シャバーが答える前に、シロが答えた。
「俺は、貴殿に師匠の居場所を教えてもらった恩を返すために来たんだ」
おれは、感動した。
「え? おれを助けにきてくれたんすか? しかも、貴殿とか、そんなていねいな呼び方されたの、はじめてっす。いっつも、みんな、おれをバカにしまくりだし。とにかく、シロさん、サンキューっす」
「礼には及ばない。俺は受けたご恩を返しただけだ」
なんて、義理がたいお犬様だ……。おれは、うっかりシャバーの居場所を教えただけなのに。わざわざ救出に来てくれるなんて。
ところで、おれは、疑問に思ったことをたずねた。
「でも、マスターって? シャバーのことっすか? あ、つまり、ジョーっすか?」
シロはうなずいた。
「マスターは、かつて、俺に剣術のてほどきをしてくれた、俺が一番最初に師事した師匠だ」
シャバーは、説明した。
「こいつは、俺を勝手に師匠って呼んでんだよ。昔、俺がひとりで旅をしていたころ、こいつがまだ小さくて、ふわふわした、まんまるな子犬だった時に、チャンバラして遊んでやったんだ。それを、ずっと覚えていて、勝手に俺を師匠あつかいしてんのさ」
おれは、おどろいて、おもわず言った。
「え? 今より、ふわふわしてたんすか? どんだけ、ふわふわ?」
シロって、今でも、まるっこくてふわふわで子犬っぽいのに。子どものときは、さらにふわふわでまん丸だったのかぁ……。
とにかく、おれは、ふたりの関係を理解した。
賞金稼ぎのシロの師匠が、賞金首のシャバーだったとは、びっくりだ。
でも、その頃のシャバーは、まだリーヌと会ってないから、賞金首になっていないのか。
シロは言った。
「俺は、とある理由で修行中の身。修行のため、マスターに手合わせを願いに、ヒガシャを訪れたのだ」
「へー。とある理由でっすか……」
どう考えても、リーヌに負けたせいで、リベンジのために修行しているんだろうな。
ということは、シロは、リーヌに負けたせいで、修行の旅に出て、シャバーを探していたのか。
「でも、おれ達、前に、シロさんとウェスタで、会ってたんすけど? あの時、シャバーもいたっすけど」
「そうなのか? 俺は知らないが」
と、シャバーが言った。
「あ、そういえば、ヤッダーワーンのタライ攻撃で、シャバーは気絶中だったっす。タライにうずもれてたし」
シャバーは気絶してぶっ倒れていたから、シロは気づかなかったのか。……犬っぽいけど、鼻はきかないんだな。
シロは言った。
「ウェスタ? では、あの時、道を教えてくれたのも、プップリン殿達であったか?」
「そうっす。道を教えたのは、子ども達だったけど。その後ろに、こっそり、おれ達もいたんす」
「かたじけない。ヒガシャでマスターの居所を教えてもらった時、どこかで見た顔だと思ったのだが、思い出せなかった」
さらに思い出されて、サイゴノ町で会ったこと、つまり、おれが大魔王リーヌの手下だと気づかれると困るので、おれは、すぐさま言った。
「気にしないでいいっす! ほら、おれ、特徴のない顔だから。プップリンなんて、どこにでもいる平凡なモンスターっすから」
「おまえは、新種のレアモンスターじゃないのか?」
と、シャバーが言ったけど。
さて、シャバーは言った。
「今度は、プリンセスの方を探さないといけないが、どうしたもんかな」
「プリケロさんなら、どんな敵でも瞬殺っすから。町で待ってればいいだけっすよ」
と、おれは楽観的に言った。
へんにシロと一緒に探し回って、リーヌの正体がバレる方がめんどくさいしな。
でも、シャバーは、けわしい表情で言った。
「おまえは、知らないのか?」
「え? なにを?」
「あいつは、絶対的な方向音痴だ。自力で目的地につくなんて、ありえないぞ?」
「あ……。そういえば、プリケロさん、いつも、自信満々に反対の方向に……! 今日も、フロル酒場に行こうとして、サファリパークにもどった上に、荒野に旅立とうとしてたし。ふだんは、おれやホブミが道案内してるから、まともに進んでたのかぁ!」
リーヌがホブミといっしょならいいんだけど。リーヌひとりだったら、もう永遠に、はぐれたままになりそうだ……。
というわけで、おれ達は、今度は、プリンセスを探すことになった。