4-65 フージィサファリパーク2
おれは、なんとか管理棟にたどりつき、じぃさんを椅子にすわらせた。しばらく休むと、じぃさんは、すこし元気を取り戻した。
「いや、すまなかった。ここまで運んでもらって。つかれがたまってての。すっかり、先日のカエルの一味がまた来たのだと思いこんで、ハッスルしすぎてしまった。ゆるしてくれ」
そこで、おれは言った。
「だいじょうぶっす。不法侵入と門とその他あちこちが壊れたことを許してくれるなら、おれたちは全然、ゆるすっす」
じぃさんは、おれにききかえした。
「門がどうした? 門は、カエルの一味の襲撃を受けた時も無事だったはずだが?」
おれは、あわてて言った。
「なんでもないっす! 門も金網も小屋も、おれ達は何も知らないっす! で、カエルの一味がいったいどうしたんすか?」
じぃさんは、うなだれた。
「うむ。カエル人がたくさんやってきて、サファリパークの動物とモンスターたちを、誘拐してしまったのだ」
「なに? だから、ふわもこアニマルがいないのか?」
と、リーヌはたずねた。
「うむ。みんなではないが、めずらしい動物とモンスターは、カエル人達にさらわれてしまった……」
と、じぃさんは力なく言った。
(モンスターを誘拐するカエル人間って。おれ達も前に会ったよなぁ)
と、思い出して、おれはたずねた。
「ひょっとして、それ、ケロット団のしわざっすか?」
「ケロット団? たしかに、そんなことを言っていたような気がするな」
と、じぃさんは言った。
「ケロット団め。プップをねらってただけじゃなくて、サファリパークまでねらってたのか……。でも、ケロット団の目的ってなんなんだろ? やっぱ、ケロット団なだけに、最強のモンスター軍団をつくって世界征服とかっすかね」
と、おれが言ってると、じぃさんは言った。
「最強のモンスター軍団はないだろう。うちのモンスターの戦闘力は、わし以下じゃ。食っちゃ寝で、一日中ぐうたらしてて運動もしないからな」
「うわー。そいつら、おれといい勝負じゃん。てか、おれ、戦闘力はないけど、家事くらいはするからな。サファリパークのモンスターって、おれ以下だな。そんなモンスターいたんだなぁ。だけど、ケロット団、そんなモンスターを誘拐して、どうすんだろ。でも、そういえば、プップも、いやし系だけど激弱だし。ケロット団って、なにがやりたいんだ?」
そこで、じぃさんは言った。
「カエル人達は、たしか、『ハコブネ計画』がどうとか、『大きな白菜』がどうとか、言っておったが」
リーヌは、真剣な表情で、考えている様子で、言った。
「大きな白菜か……。さっき町にいた宣教師も、『大きな野菜が』、って言ってたな。なんか関係があるかもな」
「いや、さっきの宣教師が言ってたのは、『大いなる厄災』っす! ……でも、『大きな白菜』も、聞きまちがいかもしれないっすね。『白菜』じゃなくて、『厄災』だったんじゃないっすか?」
でも、リーヌは、おれの言うことは聞いておらず、勝手に納得したようにうなずいていた。
「ケロット団は、大きな野菜をつくりまくって、運ぶんだな。誘拐したモンスターに、いっぱい食わせねーといけねーからな」
「『大いなる厄災』と『ハコブネ計画』じゃなくて、『大きな野菜を運ぶね計画♡』なんすか!? んなアホなー……ことも、この世界ならありそうっすけど」
おれは、もうリーヌにつっこむのはやめて、誰にも理解されないことを、ひとりでつぶやいた。
「それにしても、ハコブネ計画かー。ケロット団のやつら、あんな格好と名前しといて、そこは、ポケモ〇じゃなくて、リ〇ダキューブなのかよ」
そこで、ホブミが、じぃさんにたずねた。
「あのー。さっき、カエルさん達は、めずらしい動物とモンスターだけをさらっていったと言ってましたがー。他の動物さん達は、どこにいるのですかー? 園内をたくさん歩いたのに、どこにもいなかったのですー」
「それが……」
じぃさんは、一度、黙って、それから、つらそうに、言った。
「カエル人が去った後に、もっとひどいことが起こったのだ。カエル人達が、檻と柵を壊したせいで、残った猛獣の一部が逃げ出してしまったのだが。昔のヒガシャなら、なんの問題もなかったのだ。うちのモンスター達は、ふだんから、勝手に町に遊びに行っておったしな。だが、近頃は他所からの移住者や、城塞都市オイコットからの観光客もいるんで、猛獣や狂暴なモンスターが逃げ出したと、騒ぎになってしまった。そして、その話を聞きつけて、勇者学園から冒険者のグループがやってきて、残っていた肉食獣とモンスターを、殺してしまったのだ。人といっしょに育った友好的なモンスターばかりだったのだが。わしがなにを言っても、冒険者たちに聞きいれてはもらえなかった。外に逃げ出せたものも、あれっきり、帰ってこない。野生で生き残れるような子たちじゃないからな」
フーじぃは、がっくりと肩を落としている。泣いているようだった。
「ひでぇ話だぜ」
と、リーヌが苦々しく言った。
ほんとに、ひどい話だ。かなしすぎる。老人より弱い、友好的なモンスターを虐殺するなんて。
超弱くて超友好的なモンスターのおれには、他人事とは思えない。
悲しみに沈んだおれは、そこで、ふと、思い出した。
そういえば、さっき、リーヌ、門とか金網をこわしてたよな、と。
すでに猛獣はいなかったから、よかったけど。
そうじゃなかったら、リーヌのせいで、猛獣が逃げ出して、みんなが殺されることになってたかも……!
実は、おれ達、ケロット団なみに悪いことやってたかも……!
まぁ、もしも冒険者がやってきても、そこにリーヌがいたら、冒険者を返り討ちにするだろうけど。
しばらくして、じぃさんは、しずかに語りだした。
「もともと、このサファリパークは、わしが、長年の夢をかなえるために、一から作った、小さなパークでな。フージィ・サファリパークとよばれておった」
「フージー・サファリパークっすか? なんか、静岡にありそうな……」
と、おれが聞き返すと、じぃさんは、言った。
「フージィだ。わしの名前はフーと言う。みなからは、フーじぃと呼ばれているのだ」
「あ、そうだったんすか」
「わしは、この、無法者の町と呼ばれた町で、子ども達の輝く瞳を見たかったのだ。開園してからずっと、経営は苦しかったが、なんとか、がんばって続けてきた。だが、もう、どうしようもない」
がっくりと肩を落としたフーじぃに、ホブミはたずねた。
「カエルさん達はどこへむかったのですか? さらわれたモンスター達は、まだまにあうかもなのですー」
「やつらの飛空艇は、南の方へ飛び去って行ったが」
「よし、南だな。誘拐されたモンスター達をとりかえすぜ!」
と、リーヌは、さっそく、北にむかって走り出しそうな勢いで、言った。
だけど、フーじぃは、力なく首を左右にふった。
「気持ちだけもらっておくよ。カエル人のお嬢さん。さらわれたモンスターを取り返したところで、いまさら、どうしようもない。」
フーじぃは、すっかり、あきらめてしまったようすだ。
「サファリパークはずっと赤字続きでな。柵や檻の修理費用もない。さらわれた子たちが帰ってきてくれたところで、わしには、エサすら用意できない。残った草食動物のめんどうをみるのでやっとだ。また、冒険者たちが処分しにやってくるかもしれないしな。わしにはもう、モンスター達のめんどうをみることはできん。今は、カエル人たちが、あの子たちのめんどうをちゃんとみてくれるよう、祈ることしかできんよ」
「そんなことねぇよ。じぃさん。金がなくても、どうにかなるもんだぞ。アタイはちゃんと、ゴブヒコを育ててるからな」
と、リーヌは、自信満々に言った。
「そうっすね。プリケロさんは、しょっちゅう、食べるのに困るほど、金欠っすけど、おれ達、どうにか生きてるっすね。でも、はっきり言って、むしろ、おれが、プリケロさんのめんどうを見てるんすけど? おれ、家事全般ぜんぶ、やってあげてるっすよ?」
リーヌって、今までどうやってひとりで生きてきたのか不思議なほど、生活能力がないからな。
でも、ホブミは言った。
「このうぬぼれゴブリンだまれなのですー。姫様は、どんなテイマーにも育成不可能なほど最弱で最っ低の先輩を、信じられないほどひろい御心で、奇跡みたいにじょうずに育ててるのですー。こんなゴブリン、とっとと捨てればいいのにですー」
「ホブミ、なにげなく、ひどいこと言うなよー。ほんとに捨てられちゃったら、どうしてくれるんだよ」
と、おれが文句を言うと。
「お祝いしてくれるですー♪」
と、ホブミは、くるりんと踊りながら、うれしそうに言った。
なにはともあれ、おれは、フーじぃにむかって言った。
「おれ達、修理費用は出せないっすけど、冒険者くらい、このプリケロさんが追い払ってくれるっす。……その時に、さらに、パークに甚大な被害が出る可能性はあるっすけど。でも、冒険者の心配は、いらないっす」
だけど、フーじぃは、また、首を横にふった。
「実は、今回のことが起こる前から、わしは、サファリパークを閉じるか迷っておったのだ。わしは、子ども達のためにと思ってサファリパークをつくったのだが、かんじんの子ども達が、もう来てくれないのでな」
「え? 子ども達に、人気ないんすか? こんなに立派……だったっぽい、サファリパークなのに?」
今はもう、ケロット団とリーヌのせいで、ボロボロになっちゃってるけど、フーじぃが個人でつくったとは思えない、とても立派なサファリパークなのだ。
おれが聞き返すと、フーじぃは説明した。
「わしの孫や、この町の子ども達は、みな、最近できた勇者になるための全寮制の学校、勇者学園に入学してしまったんでな。おかげで、すっかり、町から子どもがいなくなってしまった。今の子ども達にとっては、動物やモンスターよりも、勇者の方が魅力的なんだろう」
そこで、リーヌが口をはさんだ。
「んなわけねーだろ。勇者なんて、最悪だぜ? しかも学校だろ? 最悪たす最悪じゃねーか。サイサイアクアクがモフモフモフモフの魅力に勝てるわけねーだろ?」
「そりゃ、プリケロさんの価値観では、そうっすけど。てか、サイサイアクアク? 最悪と最悪を足すとそんなものになるんすか? とにかく、みんながモフモフ至上主義者じゃないんすから」
リーヌの価値観って、基本的に、大魔王の価値観だからな。みんなが同じ価値観をもってたら、世界は滅んでいるぞ。
フーじぃは、しゃべり続けた。
「今は、子どもたちにとって、モンスターは仲良くするものではなく、倒すものらしい。最近は、めずらしく、子ども達がモンスターを見に来ても、『倒せば経験値をいくらもらえるんだろう』ということばかり話しておる。わしの孫も、たまの休日に帰ってきては、『なんで、じぃちゃんは、役にも立たない、レベル低いモンスターなんて飼ってるの? もっと社会の役に立つことをすれば?』と、言ってくる始末だ。昔は、いっしょに動物の世話をして、モンスターと遊んでいたのにな。反抗期ってやつかもしれんが。わしは、ショックじゃよ」
フーじぃは、がっくりした様子で、そう言った。
「そりゃ、孫にそんなこと言われたら、ショックっすね。しかも、がんばって子ども達のためを思って、サファリパークをつくったのに、全否定されるなんて」
そこで、ホブミがたずねた。
「ところで、勇者学園とは、どういう学校なのですかー? なんだか気になるのですー」
「冒険者たちが先生をやっている学校でな。ユミハリの森を超えた先にある。なにやら、かつて有名だった勇者が、城塞都市オイコットの有力者の協力を得て開校したらしい。最近できたばかりだが、とても人気でな。ヒガシャの住人にも、たとえ勇者になれなかったとしても、こんな町で育つより、寮に入った方がいい、という者もいる。なにをかくそう、わしの息子夫婦がそう考えておる。孫たちが幸せなら、わしは、それでいいのだが。きっと、勇者は、社会の役に立つのだろうからな。だが……。わしは、つい、思ってしまうのだ。あの子達がモンスターを狩る勇者になるよりも、なんの役にもたたなくても、モンスターたちと楽しく遊んでいる姿を見たい、とな」
フーじぃは、寂しそうに、そう言って、ため息をついた。