4-62 創世神話
さて、おれたちは、サファリパークをめざして歩いているんだけど。
さっきからおれ達のまわりをちょっと黄色い声と、熱い視線がとりかこんでいる。
女の子たちの黄色い声と視線を集めているのは、もちろん、おれ……なわけはなく、シャバーだ。
しかも、シャバーのやつ、愛想よく、そのへんの女の子たちとおしゃべりしちゃってるし。どうも、古くからの知り合いとか、最近の知り合いとか、まったく知らないけど今シャバーに一目ぼれした子とか、色々いるらしい。
「シャバーさんは女性に人気があるのですー。さすがNo.1イケメン賞金首ですー」
と、ホブミは言った。うーん。No.1イケメンまでは普通だけど、それに賞金首がつくと、なぜか違和感があるんだよな。
リーヌは、ちょっと、すねたような調子で言った。
「あー。あいつ、モテんだよ。昔っから。いっつも女がいるんだよ」
そんなこんなで歩いていると、なんか大きな声でしゃべっている人が見えてきた。
宣教師っぽい格好の人が演説している。
「二神教の宣教師か。こんな町で、ごくろうなこった」
と、シャバーが言った。
「二神教ってなんすか?」
と、おれがたずねると、ホブミが説明した。
「二神教は、この大陸で一番信者が多い宗教なのですー。ホブミも信者なのですー。リーチャ神とヨーク神という二神を信仰するから二神教と呼ばれているですー。二神教の教えでは、この世界は、リーチャ神とヨーク神によって創造されたのですー」
「へー。創世神話? ちゃんと、この世界にも、そういうの、あったんだなー。プリケロさんは、なんにも知らないから、プリケロさんの話だけ聞いてると、むちゃくちゃな世界に見えるけど」
宣教師は、大きな声で話している。
「かつて、ヨーク神とリーチャ神が創られたこの世界は、それは、それは、清らかな世界でした」
おれは、立ちどまって、ホブミにたずねた。
「この世界の創世神話って、どんな話なんだ?」
うれしそうに、ホブミが話し出した。
「ではー。ホブミがお話するのですー。リーチャ神とヨーク神がお生まれになり、5年が経った時。お二人が口づけをかわしたその時に、この世界はうまれたのですー」
なるほど。恋バナの一種だったのか。どうりでホブミが熱心なわけだ。
ホブミは創世神話について語り続けた。
「まず最初に創造されたのは、『楽園の丘』と呼ばれる場所です。でも、どこにあるのかは誰もしらないのですー。地上にはないと言われてるですー。それから、しばらくして、リーチャ神の涙により、この世界には海が生まれたのです。そして、ヨーク神がその涙をさえぎって、大陸をつくったのです」
「へー。意外と、よくある感じの創世神話なんだなー。この世界のことだから、もう笑うしかない珍妙な神話かと思ったら」
と、おれが言ったら、ホブミが、おれを睨んで言った。
「この世界で珍妙なのは、先輩だけなのですー。みんな、マジメに生きてるのですー」
ホブミは、神話の続きを説明した。
「さて、海と陸ができた後、リーチャ神は、生命を創造し、ヨーク神は、この世界の秩序と文明をつくったのですー。この世界の建物、技術、言葉、すべて、ヨーク神が人々にお教えになったものなのですー」
つまり、ヨークっていう神様が、ゲームっぽい世界と日本語っぽい言葉をつくったのか……。
「なのに、なのに、この大陸が完成した時、ヨーク神は死の国に旅立ってしまったのですー」
そう言いながら、ホブミは涙をぬぐった。
「そして、ヨーク神は死の国の王となられたのですー。だから、ヨーク神は死と創造の神といわれるのですー」
「へぇ。じゃ、もう一人の神様は?」
と、おれがたずねると、ホブミは説明した。
「リーチャ神は、万物に生命を与える女神様なのです。ですが、人々が堕落した時には、恐ろしい津波のように、容赦なく世界を破壊するといわれるですー。だから、リーチャ神は生命と破壊の女神とよばれるのですー」
「なるほど。にしても、こういう創世神話っぽいのって、RPGゲームだったら、ふつうオープニングムービーあたりで流れるやつだけど。もうけっこうたつのに、今まで、見たことも聞いたこともなかったなー」
と、おれが言ってると、ホブミが、あきれたように言った。
「各地に、教会があるのですー。二神教を知らないなんて、ありえないのですー」
「だって、おれのテイマー、教会とか信仰とかと無縁だから」
たしかに、サイゴノ町にも教会はあったけど、リーヌが教会に行ったことなんて、ないからな。
さて、ホブミの説明を聞いている間も聞き終えた今も、むこうの方で、宣教師は、話し続けていた。
「今、この世界は、危機に瀕しています。大いなる厄災が、この地に訪れたのです。ヨーク神とリーチャ神が創られたこの清浄なる世界に汚れと混沌をもたらす厄災が。この世界を、滅ぼさんとする、大いなる災いが」
「なんか、宣教師っぽい人、大変そうな話をしてるっすねー。でも、この世界、ぜんぜん、危機にひんしている感じはしないっすけど。むしろ、とっても平和っすよね。プリケロさんが何もしてないときは」
そこで、ホブミは首をかしげた。
「大いなる厄災。ホブミは聞いたことがないのですー。おかしいのですー。ホブミは、二神教の教えは全部知っていたはずなのですー。あの宣教師は新興宗教なのかもですー」
宣教師はしゃべり続けている。
「大いなる厄災が訪れた時から、この世界は度重なる異常気象と災害に襲われています。世界の管理者達の手に負えないほどに、混迷が深まっているのです。我々は、変態的欲望でこの世界を汚そうとする大いなる厄災から、ヨーク神が創られた清く清浄な大地と文明を守らなければなりません。そのために、大いなる厄災が訪れる前、原始の状態へと……」
そこで、リーヌが、つまらなさそうに言った。
「いいから、サファリパークに行こうぜー。大きなヤサイとかどうでもいーだろ」
「野菜じゃなくて、厄災って言ってる気がするんすけど」
と、おれは、いちおう、つっこんどいた。
シャバーも、リーヌに同意した。
「賛成だ。俺にとっちゃ、汚れた世界の方が生きやすい。じゃあな。俺は酒場に行く。ほら、チケット代だ」
と言って、シャバーはおれ達に、サファリパークのチケット代をくれて、立ち去ろうとした。
「シャバーもいっしょにサファリパーク来いよ」
と、リーヌは言ったんだけど。
「後でフロル酒場に来い。ジュースくらいおごってやるよ」
と言いながら、シャバーは、リーヌの頭をぽんぽんとたたいて、去って行った。
「あんちくしょう! 人をガキ扱いしやがって!」
シャバーの後ろ姿を見送りながら、リーヌは地団太を踏んだ。もちろん、地団太を踏むたびに、大地が揺れ、地面には穴があいている。
おれは、立ち去るシャバーを見ながらつぶやいた。
「うーん。なんだか、シャバーといっしょにいると、おれ達、とても子どもっぽいのかもって気がしてきたっす。おれ達だけだと、これがふつうな感じだったけど」
「いいから、とっとと、サファリパーク行くぞ!」
と言って、リーヌは歩き出した。
おれは、その場で、つぶやき続けた。
「きっと、シャバーは酒場でもモテモテで、セクシーな美女に囲まれて、お酒を飲みながら、なんか大人な会話とかしちゃってるんだろうなぁ。いーなぁー。おれは、お酒飲めないし、美女に囲まれたら、一言もしゃべれないだろうけど。でも、ひょっとしたら、セクシー美女が酔っぱらって、おれにもからんできたり、ハプニングが起こるかも……ムフフフフー。おれもシャバーについて行けばよかったかもー。まだ間に合うか? うん。おれも、シャバーについていこう」
と、おれが歩きだそうとしたところで、リーヌが、おれの首の後ろのえりを、むんずとつかんだ。
「おまえは、アタイの仲間モンスターだろ! サファリパーク行くぞ! つーか、おまえは、この町から出るまで、アタイから離れんな!」
というわけで、おれは、リーヌに引きずられて、サファリパークにむかった。