4-60 ヒガシャ町
天空の魔女がいる〈世界の中心〉という場所へ向かうため、おれ達は、まずはヒガシャという町にむかった。
〈世界の中心〉へは、ヒガシャ町から南へ行けばいいらしいんだけど、まだまだ先が長いから、おれ達は、ここでちょっと一休みすることにした。
ヒガシャ町は、ちょっと変わった町だ。ウェスタはアメリカンな感じだったけど、ここは、雑然とした、どっちかといえば、アジア風の街だ。
町を歩いている人たちも、ふつうの人間っぽくない、亜人とか獣人とかいわれる人達が多い。ケモ耳の人とか、ヘビっぽい肌の人とかが、ふつうに歩いている。
ちなみに、亜人や獣人とモンスターって何がちがうのかって、おれがホブミに聞いてみたところ。
「はっきりした定義があるわけじゃないのですー。地域によってちがうのですー。同じ種族でも、人間と共存している地域では、亜人と呼ばれることが多くて、敵対しているときは人型モンスターと呼ばれることが多いのですー」
という説明だった。
「人間の勝手ってこと? 人間ってほんと、勝手だなぁ」
と、おれは、かつて人間だったことは、すっかり忘れて、ゴブリンとして感想を言っといた。
さて、ヒガシャ町にはいるとすぐ、シャバーは、この町について説明してくれた。
「このあたりは、昔はミャー族っつう獣人が住む土地だったんだ」
シャバーは、昔、しばらくヒガシャに住んでいたらしく、この町にくわしい。
「へぇ。だから、獣人っぽい人達が多くて、おれ達が入ってきても、誰もなにもいわないんすね」
カエル人間なリーヌと、メイドゴブリンなホブミと、プップをのせたゴブリンなおれが歩いていても、誰も、気にしない。町に入るなり絶叫が響いた、ウェスタとは、全然ちがう。
「ああ。もともと、獣人と無法者の町だからな」
と、シャバーは言った。
「へぇ。……無法者?」
おれは、シャバーに聞き返した。
「歓楽街があってな。アウトローなやつらが集まってたんだよ。警察もなにもない町だったからな」
「へぇ。なんか、ちょっと怖そうっすね」
と、おれが言うと、シャバーは言った。
「俺には、ちょうどいいがな。酒と女がいくらでも手にはいる、楽しい町さ」
「女? 女って、風俗っすか?」
と、おれがたずねると、シャバーは、さらっと言った。
「いや、俺は、その辺で適当に口説くだけだ」
か、かっこいいぞ。
シャバーみたいなイケメンは、口説けばいくらでも女を落とせるっていうことか。
すんごい、うらやましいけど。
でも、口説くということができないコミュ障でシャイなおれは、たとえイケメンだったとしても、結果はいっしょになりそうだな。
あ、でも、やたらと口がまわるゴブリンな今なら……いや、無理か。一人漫才ならエンドレスでできそうな気がするけど、ナンパ的なのは、できる気がしない。てか、むしろ、おれが、ぺらぺらしゃべりまくっていたら、いつのまにかお姉さんが大激怒、別の意味で追い回され……みたいなことになりそう。
とか考えていると、シャバーは続きを言った。
「だが、ここには、その手の店は、いくらでもある。『ヒガシャに行けば、どんな奴でも満足できる。あらゆるタイプの女とあらゆるプレイがそろっている』という話がひろまっていて、周辺の町から客が集まってくるのさ」
「へぇー。どんなやつでも満足。てことは……」
と、つぶやいただけなのに。
誰も、そういうとこに行こうとかは、言ってないのに。
ホブミが叫びだした。
「キャーー! フ・ケ・ツですぅーーーー! この変態ゴブリン! なんてことを企んでるですかーーー! キャーー! キャーー!」
「別に、おれは、『行ってみよう』なんて言ってないぞ! たしかに~、ちょっとはー、興味あるけどぉー。おれは、そういうお店に入る度胸すらない、とってもシャイでピュアな、純情プチ・スケベなんだから。たぶん、お店のまわりを、ぐるぐる歩き回って、終わるぞ」
と、おれが言っていたら。
なんか、怖気を感じた。
おれが、その、なんだか恐ろしい気配のする方を見たら。
鬼がいた。
緑色で、金髪の。
(あれ? リーヌが変身したのって、カエルじゃなくて鬼だったっけ?)
と、思わず思ってしまった。
金髪の緑鬼が、すんごい怖い顔で、すんごい怖い音を発した。
「おい……」
「ギャーーーー!」
と、おれが叫んだ瞬間。
リーヌは、シャバーにむかって、ボディブローをはなった!
「ぬぅわに、よけいなことを、ペラペラしゃべってやがんだぁ!」
シャバーの腹に、えぐるようなボディアッパーが炸裂した。
まるで、ダイナマイトが爆発したみたいな音がした。……ダイナマイトの爆発音、実際に聞いたことはないけど。
パンチのインパクトの風圧で、おれが、数メートル、吹き飛んだくらいだ。
シャバーの体も、数メートル上空に吹き飛ばされた。
「ギャーーー! シャバーがーー! プリケロさんに殺されたぁーー!」
おれは、思わず、そう叫んだ。
なんでも一撃で倒しちゃうリーヌの、かなり本気そうなボディブローが直撃したんだからな。
でも、シャバーは、死んでは、いなかった。
しばらく、地面に這いつくばって、うめいていたけど。
あれくらったら、99%の人間とモンスターは、まちがいなく、死んでいる。シャバーは、ほんとに、タフだな。
おれだったら、粉々に粉砕されて、骨も残らないぞ。
さて、しばらくして。おれたちは、なにごともなかったように、ふたたび歩き出した。
歩きながら、シャバーは、まだちょっと苦し気な声で、おれに言った。
「だが、最近は、この町もかわったって、話だ」
「そうなんすか?」
「数年前に、城塞都市オイコットに続く鉄道の駅ができてからは、町がきれいになってきたそうだ。俺にとっちゃ迷惑な話だが。サファリパークができたのも、その頃らしい」
「なに? サファリパークだと?」
と、リーヌがくいついた。
「ああ。大型の肉食獣やモンスターを集めているらしいぞ」
「よし、じゃ、さっそく、サファリパークに行くぞ」
と、リーヌは即断した。
その時。おれは、ふと、道ばたの露店で売っていた新聞が目に入って、気になった。
なんか、ちょっと気になるものが見えたのだ。
「プリケロさん、おれ、ちょっと、そこの新聞買ってくるから、お金くれっす」
おれが指さした方を見ながら、リーヌは言った。
「あのキャンディーは、シンブンって言うのか?」
新聞の横に、大きなキャンディーが売っている。
「あれは、クルクルキャンディーっす。ペロペロキャンディーともいうけど。でも、なんか、キャンディーもほしくなってきたっす。あ、カエルの顔がついてるのもあるっすよ?」
「カエルはやーだー。ヒツジのがいーいー」
と、リーヌは言った。
「了解っす。じゃ、キャンディーと新聞を買うお金くれっす」
と、おれがリーヌに手をさしだすと、リーヌは言った。
「シャバー、金くれ」
シャバーは、やれやれ、といった様子で、ポケットから無造作に小銭を取り出して、おれに、わたしてくれた。
「ありがとっす。……でも、プリケロさん、ひょっとして、すでに、キャンディーを買うお金もないんすか?」
リーヌはあっさり答えた。
「おう。ねぇぞ」
出発するときに、大家さんに修理代とかをたんまり取られて、金欠なのは知ってたけど。いつのまにか、一文無しか……。
シャバーに会う前に最後に立ち寄った町で、リーヌのやつ、ずいぶんお菓子を買いこんでたもんなぁ。あっというまに食べてなくなっちゃったけど。
「そんな自信満々に言わないでくれっす。この後、どうすんすか? また、今日食べる物にも困る状態になってるじゃないっすか」
「だいじょーぶだよ。シャバーがいるから」
と、リーヌは言った。
「いやいや。シャバーのものはプリケロさんのもの、じゃないんすから。ゲームの中だったら、そりゃ、パーティーメンバーのものは全部没収できるけど。ここはゲーム風異世界であって、ゲームじゃないんすから。……と言っても、背に腹はかえられないから、飢え死にしないためには、もう、シャバーかホブミに頼るしかないっすけど」
と、おれが言ってると、シャバーが言った。
「心配するな。おまえらの面倒はみてやるさ。俺がいない間ずっと、ミンナノハウスにかなりの寄付をしてくれてたらしいからな」
おれは、びっくりした。
「えぇ!? プリケロさん、こっそり、そんなことしてたんすか?」
昔は、食べる物にも困る貧乏っぷりだったし、賞金をもらった後しばらくは、けっこうお金があったけど、その時だって、リーヌに寄付とか送金をしている気配はなかった。
「いんや。アタイは、してねーぞ。送り方、わかんねーからな」
「なーんだ。やっぱ、ただの誤解っすか」
ところが、そこでリーヌは、さらに衝撃的なことを言った。
「寄付は、大家がしてんだ」
おれは、まるで、雷に打たれたかのような、ショックを受けた。
「お、大家さんが!? いつも、プリケロさんやあちこちの善良な人から、お金を巻き上げまくってる、あの、守銭奴の大家さんが!?」
「おう。あいつ、寄付を集めてるだろ?」
と、リーヌに言われて、おれは思い出した。
「そういえば、大家さんって、柄にもなく、募金活動とかもしてるっすね」
ふしぎだったんだよな。
「だから、アタイは家賃とかの10%を寄付にしてんだ。でも、大家は、集めた金、ぜんぶは送ってねーけどな。あいつ、手数料を、いっぱいもらってるらしいぞ」
「それ、募金活動とか寄付のお願いとか言って、中抜きいっぱいして、儲けてるだけっす! それ、ほぼサギっす!」
やっぱり、大家さんは、大家さんだった。
それはそうと、おれは、どうしてリーヌがやたらと高い家賃や修理費を払い続けていたのかを理解した。
おれは、おもわず、感動で目が、うるうるするのを感じながら、言った。
「だから、プリケロさんは、いつも、大家さんのいいなりに、ぼったくられてたんすね。おれ、プリケロさんは、嫌われ者で他に部屋を貸してくれる人がいないから、いいようにお金をまきあげられてる、かわいそうな大魔王なんだと思ってたっす。実は、自分は貧乏生活をしてでも、大家さんを通して寄付にまわそうっていう、えらい心がけだったんすね」
リーヌはうなずいた。
「おう。大家は、ホショーニンとかケーヤクショとかなしに部屋をかしてくれっからな。言われた金をはらえばいーだけだから、かんたんだぞ」
「……やっぱ、つけこまれて、ぼったくられてるだけっすね」
まぁ、どうせ、家を破壊しまくるリーヌに部屋を貸してくれる人なんて、あの大家さん以外にいないから、どうしようもないんだけど。
とにかく、シャバーは言った。
「あいつらの面倒をみてくれた礼だ。しばらく、おまえらの宿代と飯代は、俺が払ってやるさ」
「おやつ代もな」
と、リーヌは遠慮なく言ったけど。
「おやつは1日300Yまでだ。今日はもう終わりだぞ」
と、シャバーは言った。
リーヌがブーブー言うのを聞きながら、おれは、新聞とキャンディーを買いに行った。