1-12 魔王
おれたちは今、やたらと大きく、おどろおどろしい彫刻やごてごてした装飾のついた扉の前にいる。
たぶん、この先に魔王がいる。
だって、扉の横に「魔王のお部屋。ここに魔王がいるよ。勇者のみんな、装備を確認してから突入しよう!」という親切なはり紙が貼ってあるから。
「リーヌさん、この先、魔王がいそうっすけど。行くんすか?」
「マオ? そいつは強ぇのか?」
「たぶんここで一番強いっす。だから、これがラストチャンス……」
「よし、入るぞ」
リーヌは指一本でパーンと重たそうな扉をあけた。
おれたちは魔王のお部屋に入った。
「フワッハッハッハー! よくぞここまで来たな。勇者よ。ボッチューだけでなく、四天王最強のヨッチャンまで倒すとは」
いかにも魔王っぽい耳の尖った顔色の悪い人が、そんなセリフで出迎えてくれた。
でも、おれはがっかりしながら叫んだ。
「やっぱり魔王が出てきたっす! 残念ながら、かわいらしい幼女でもないし、グラマラスな美女でもないし、銀髪のイケメンですらないけど!」
「いや、そこのゴブリン、なにを期待してたんだ?」
中年男な魔王がおれにそうたずねた。
「そりゃ、美女や美少女っす。あ、でも、だいじょうぶっす……。ぶっちゃけ、残念だけど、でも、いかにも魔王っぽい魔王だし」
おれがそう言うと、自信なさげに魔王がたずねかえしてきた。
「そ、そうか? わがはいで大丈夫そうか?」
「だいじょうぶっす。おれが高望みしすぎてたっす」
「そ、そう? ちょっと、そういう反応されると、魔王としての自信がなくなるんだけど? じゃ、とにかく、えーっと。……フワッハッハッハー! よくぞここまで来たな。勇者よ!」
魔王は気を取り直して高笑いとともに、もう一回セリフを決めた。
イカゲソを背負ったリーヌはあっさり否定した。
「アタイは勇者じゃねぇ。テイマーだ。夕飯ゲットにきたテイマーだぜ」
「リーヌさん、目的が若干違うっす。たしかに、おれにとっても夕飯の方が大事っすけど」
魔王はリーヌに告げた。
「ふふん。テイマーか。貴様ひとりでわがはいに挑むとはよい度胸だ」
「いや、ゴブヒコもいる」
リーヌはおれをゆびさした。
ふつうなら、絆を感じさせるセリフだけど。
おれは、後方にムーンウォークで下がりながら叫んだ。
「いません! おれはいません! おれは、一緒にくっついて列になって歩いているけど、戦闘には参加しない感じのやつです! 無視してくれっす! 見なかったことに!」
魔王は言った。
「そ、そう? じゃあ、えーと、勇者はテイマーなのに、いっしょに闘うモンスターがいないのか? ひとりぼっちなのか?」
「ぐはっ、メンタルにきたっ」
リーヌは膝をついた。
リーヌは、うつむいたまま、つぶやきだした。
「うぅ、アタイだって、アタイだって、ほんとは、かわいいモンスターを、たくさんたーくさん仲間にしたいんだもん。アタイだって、血なまぐさい惨劇とか、好きでつくってるわけじゃないし。みんなでふわふわハッピーに生きたいんだよぉ」
「リーヌさん、しっかり! 応援だけはしてるから!」
おれは後ろの方から声援を送った。だけど、リーヌは起き上らない。それどころか、そこで両ひざを抱えてまるまったまま寝転がってしまった。
それで困ったのは、魔王だった。
「え? ちょっと? 勇者? ここで寝ないでほしいのだが?」
魔王はリーヌのそばに近づいて、寝ているリーヌの肩を叩いた。
「うっせー! アタイは勇者じゃねぇ! テイマーだ!」
リーヌは乱暴に腕を振った。その手が、ちょうど裏拳のように魔王の顔面に入った。
そして、魔王は床に崩れ落ちた。
「あ……魔王たおしちゃった。これで、最後の希望が消えたっすね」
「じゃ、帰るっす。さっき巨大なイカゲソを手に入れたし、今夜はこれでも食べるっす」
「おう。夕飯ゲットしたもんな。来たかいあったぜ」
おれとリーヌがポジティブに思いなおして魔王の部屋を出ようとしていると。
突然、死んだと思った魔王の体が宙に浮かび、目をくらますほどの光を放った。
同時に、魔王の間の床からはスモークみたいなものが吹き出し、天井の照明がついてカラフルな光が降り注いだ。
光がおさまった時。
魔王は宙に浮かび、身体からたくさん生える触手のような、タコの足のような、ものをグネグネ動かしていた。
おれはそれを見て、気がついた。
「そうか! ラスボスおなじみの第二形態っす!」
「こいつはタコだったのか! じゃ、タコもゲットするぜ!」
「いや、リーヌさん、これは食べられないっす。でも、リーヌさん、きっと第二形態の魔王は、さっきよりパワーアップしてるはず。今度こそ、まともな戦いができるかもしれないっす!」
「よっしゃー!」
リーヌは喜びいさんで、すばやいステップインから、魔王第二形態に一発ジャブを見舞った。
「ぎゃぁあああーーーーぁあああああーーーー」
魔王第二形態は、かわいそうな声をあげて床に落っこちた。
魔王は陸にあがった魚のように、ぴくぴくと、苦し気に動いている。
瀕死だ。だけど、魔王はまだ生きている!
「やったっす! リーヌさん。はじめて、一撃で倒さないってことができたっす!」
[モンスター図鑑]
13 悪魔族:強い魔力をもつ亜人。長らく人間と敵対してきたため、魔王に仕えることが多く、出世して魔王になることもある。