4-57 スジモンとボンボン
「おれ達、なんの話してたんすかね?」
「たしか、シャバーニに会った時の話だな」
と言って、リーヌはそのまま話し続けた。
「あたしは、家にいたくなかったからさ、いつも街をぶらついてたんだ。小さい頃は、ダチの家にいりびたってたんだけど。そいつが死んじゃってからは、行くとこなかったから。んで、中学入ってすぐ、学校行くのやめた頃。あの頃は、まだ、ガキで弱ぇくせに、いきがってたんだよ。ある日、男4人相手にケンカして、負けたんだ。ひでぇ目にあわされそうになった時に、シャバーニが通りがかって、助けてくれた。「こいつ、むちゃくちゃかっけー」って思ってさ。それからは、シャバーニにくっついてまわって、あいつの家にあがりこんで住み着いて、あいつの仲間にいれてもらって……」
なんか、リーヌはむりやりシャバーのとこに押しかけたみたいだけど。おれは、その前の時点で驚きすぎていた。
「リーヌさんが、負けたんすか!? 信じられないっす!」
この伝説の大魔王が負けるなんて、ちょっと信じられない。そのへんの冒険者だったら、百人相手でも瞬殺しそうなのに。
でも、リーヌは、いつになく真剣な口調で、意外なことを言った。
「最初から、強かったわけじゃねーんだよ。今だって。どんなに強くなろうとしたって、限界があるんだ。女には。シャバーニみてぇには、なれねぇんだよ。負けた時に、失うものも、ずっと、でけぇ。だから、一度も負けられねぇ。ぜってぇ負けねえように、ぜってぇ弱みを見せねぇように、そうやって、気合入れて生きてたら、いつのまにか、なんか怖がられてて……。それに、シャバーニがいなくなってからは、打威魔殴の看板と仲間を守らねぇといけねぇからな。やられたらやりかえしてたら、あちこち、ぶっつぶすことになって、傘下がふえて、どんどん抗争がでっかくなって……」
「へー。そうやって伝説の大魔王になったんすか」
まぁ、リーヌがやり返してたら、そりゃ、色々破壊しまくるよな。
「ああ。だけど、ケンカ売ってくるやつらを、ケツモチごとぶっとばしてたら、筋者とガチに命のとりあいになっちまって。最後は、打威魔殴やめることで、ケリつけたけどな」
「へぇ……」
と、あいづちをうちながら、おれは心の中で思っていた。
(ケンカになってモチをふっとばしてたら、スジモンっていうモンスターと真剣にボール遊びをすることになったのかぁ。でも、大魔王をやめるからって、蹴りつけちゃ、だめだろ~。スジモンかわいそー)
リーヌは、ふっきれたような様子で言った。
「まぁ、やめてよかったって、今は思ってるんだけどさ。あん時は、守ろうとしたもの、全部なくしちまって、なにやってんだろう、って、すんげぇ落ちこんだけど。おかげで、おまえみたいなやつと、知り合えたしな。なんつーか、自由になれたよ。昔は、なめられねぇように、かわいいものなんて、ぜってぇダメだ、って、ずっと禁止だったしな」
「かわいいもの禁止? それで、かわいいものを見ると爆発するようになっちゃったんすね」
「まぁな」
リーヌって、自分は怖いくせに、かわいい物好きだからなぁ。
おれは、感想を言った。
「なんか、結局、意外だったのは、昔はリーヌさんにも弱い時があった、っていうところだけだったすね」
そこで、リーヌは、ふしぎそうに言った。
「おまえ、意外と、びびらねぇな。この話したら、びびりまくって全力で逃げ出すんじゃねぇかと、思ってたんだけど。平然と、つーか、ほのぼのオーラだしてやがるな。意外と肝がすわってんのか……?」
「だって、リーヌさんが大魔王で、勇者をたおしたり町を破壊してるのは、いつものことじゃないっすか? それに、モンスターとお餅やボールのとりあいをしてたって、ほのぼのストーリーだったっすから」
リーヌは、まるで凍りついたような数秒の沈黙の後、つぶやいた。
「……そういうことか。天然神め」
リーヌの反応で、おれは、ちょっと、ギョッとした。おれは、なにかまちがっていたのかもしれない。ひょっとして、もっと物騒な話だったのか?
おれは、あわててリーヌに確認した。
「え? ひょっとして、リーヌさん、スジモンさんを、けりつけて、殺しちゃったんすか? 実は、スプラッターでホラーな話だったんすか?」
「んなことしねぇよ。さすがに、殺しはねぇよ」
と、リーヌは手をひらひらふりながら言った。
「それは、よかったっす。ボール遊びしてたモンスターを蹴り殺しちゃうなんて、ひどすぎるっすから」
「おう。のんびり平和が、一番だよな」
と、リーヌは、のんびりした口調で言った。
さて、その後、リーヌは、おれに言った。
「つーか、おまえの話も聞かせろよ。なんか、甘ったれた、ぼんぼんっぽいけどよ。どうなんだ? くわしく話せよ」
おれは、思い出しながら、くわしく説明した。
「ボンボンっすか? たしかに甘いけど、お上品な甘さっすね。おれ、昔、ボンボンでたいへんなことになったんすよ。おれ、お酒に弱いから。母ちゃんが、ボンボンをお土産にもらってきて、なんかおいしそうなアメ玉だなって思って食べてみたら、ウィスキーボンボンで。おれ、ボンボンのアルコールでも、よっぱらうから……」
そこで、リーヌが、手首を妙にくねくね動かしながら、おれの話をさえぎった。
「おまえ、つっこんだら、死ぬんだよな?」
「死ぬっす! な、なに、とつぜん、意味もなく裏拳でつっこもうとしてんすか!」
「とつぜんじゃねぇ! おまえ、おもいっきり、ボケてただろ!」
「ボケてないっす! まじめにボンボンの話をしてたっす!」
「くっ……。おまえとは、ぜったいにマジな話ができねーのか?」
「なに言ってんすか? おれは、いつでも、マジメっすよ?」
「それが、すげぇんだよな」
と、リーヌはつぶやいた。
リーヌは、おれに、別の質問をした。
「ほら、おまえ、いっつも、前世がどうとか、別の世界がどうとか、言ってるだろ? そっちの世界で、おまえは、どういうやつなんだよ? おまえんちは、どんな家なんだ?」
たしかに、おれは、リーヌの前でも、かってに、あっちの世界の話をよくしてたけど。
リーヌって、おれの話をぜんぜん聞いていないっぽいのに。意外と、聞いていたんだな。
なにはともあれ、おれは説明した。
「あっちの世界で、おれは、人間だったっす。おれんちは、ふつうっすよ。収入は、母ちゃんのパートだけだから、ぜんぜん金持ちじゃないけど、そんなに貧乏でもないっす。ふつうっす」
ちなみに、おれと母ちゃんが住んでいる家は、昔、サラリーマンだったじいちゃんが建てた小さなマイホームだ。だから、家賃はかかっていない。
あと、おれは、たまにサギに引っかかる意外は特にお金をつかうこともないし、小さな頃から塾や習い事は全力で拒否だし、学校すらほとんど行かなかったから教育費も全然かからない。とても経済的な息子だ。
だから、我が家は低収入でも、お金には困っていない。
もちろん、稼ぎ頭の母ちゃんがいなくなったら、一巻の終わりだけどな。おれ、そんなに働く気ないから。