4-55 散歩
子ども達を助けたおれ達は、ミンナノハウスにもどった。
リーヌは、正体を明かすことなく、旅の途中のお姫様、プリンセス・ケロケロリーヌで通している。
そして、おれは、プリンセスの下僕なのに、リーヌのことを知ってるふりをして、大魔王リーヌの手下だとウソをついた、ウソつきモンスターということになった。……まぁ、いいんだけど。子ども達の間のおれの評判が、最底辺もいいとこだ。
ちなみに、屋内に入ると、プップはふたたび、ぷかぷかとおれの頭を離れて浮き出した。
「プップリンの頭がー!」
「頭だけ、飛んでるぞ!」
と、アリスとパスコルはびっくりしてた。ウェスタでも、こっそりプップは飛んでたんだけど、気づいていなかったらしい。
だけど。
「プップリンは、デュラハン系のモンスターだったんだ……」
という、ロビーの言葉で、
「なーんだ。頭がとれるモンスターだったのか」
「びっくりしたー」
と、ふたりは、かってに納得してしまった。……もう、めんどうだから、そういうことにしといた。デュラハンって、ちょっと、かっこいいし。
さて、夕方。ミンナノハウスのみんなが、プリンセス一行の歓迎パーティーの準備をしている間。
おれは、ひとり戸外をふらふら散歩していた。ハウスにいると、悪ガキどもにからまれるしな。
このあたりには、モンスターは出ないらしく、散歩をするのに、ちょうどいい。
おれが、プップのいない、ただのゴブリン状態で孤児院のまわりをのんびり散歩していると。
「おい、プリヒコ」
後ろからリーヌが声をかけてきた。
「あ、プリケロさん。……。今、なにげなく、プリヒコって言ってたような……。聞きまちがいっすね。きっと。聞きまちがいだと、思いたい……」
「プップがいねーからな。プリプリ☆ゴブヒコを略して、プリヒコだろ?」
残念ながら、聞きまちがいじゃ、なかった……。
リーヌは、おれの横を歩きながら言った。
「マザーが感謝してたぜ。パスコル達を助けて、チビ共の遊び相手にもなってくれて」
「遊び相手というか、サンドバッグというか……」
と、おれがブツブツ言ってたら、
「アタイも感謝するぜ。あんがとよ」
と、めずらしく、リーヌがおれに感謝した。
「リーヌさんが、おれに感謝するなんて……雷雨になりそうっすね」
おれは、空を見上げた。
今のところ、暗い雲は見えないけど、この世界、すぐ天気が急変するからな。とつぜん、スイカやヒトデが降る世界だからな。
「あ? アタイはちゃんと、ありがとうを言うぜ? ふだん、おまえが、感謝されるようなことを、ぜんっぜん、やらねーだけで」
と、リーヌは言った。
「えー? おれ、いつも、家事をがんばってるっすよ?」
「きれいになったの見たことねーぞ。……だけど、ま、今回は、おまえがいてくれて、助かったぜ。だから、あんがとよ。……いっしょに、いてくれて」
なんだか、リーヌの雰囲気が、いつもとちょっと違う気がするけど。気のせいだろう。
おれとリーヌは、いつのまにかぶらぶらと、孤児院の裏山に続く道を歩いていた。
「なぁ、おまえさ……」
リーヌはなにかを言いかけた。
「なんすか?」
「いや……」
「にしても、プリケロさんもカエルが板についてきたっすね。ケロパンチっていうダサカッコイイ必殺技もできたし。もうカエルの中のカエルっす」
と、おれが言うと、リーヌは目を三角にした。
「ケンカ売ってんのか? ちゃんと、プリカワイイ必殺技と言え」
「プリカワイイ!? 言えるわけないっす。そんな言葉、今、はじめて聞いたっすよ!?」
リーヌは、歩きながら言った。
「でも、カエルも、思ったより、わるくねーな。ガキどもは全然気づかねーし。お姫様あつかいされるのは、楽しいぜ」
「そうっすよ。どんなにブサイクでも、弱くても、どうにかなるんす」
なんやかんや言って、おれは、むちゃくちゃ弱くて、めちゃくちゃブサイクなゴブリンの時の方が、ふつうに弱くて、けっこうブサイクだった人間の時より、ずっと楽しく暮らしているからな。
リーヌは言った。
「美しさは、いらねーかも。ろくなことねーし。でも、強さはいるんだよ」
「えー? たしかに、おれも最強になりたいっすけど。でも、リーヌさんって、強くても、いいことないっすよね? リーヌさんは、強さこそ、いらないんじゃないっすか?」
リーヌの場合、適度に弱くなったら、自力でモンスターを捕まえられるようになるし、モフモフからも、今ほどは嫌われなくなるはずだけど。
でも、リーヌは言った。
「強くなきゃ、なにも守れねーだろ。アタイがいなかったら、おまえなんて、この世界でとっくに死んでるぜ?」
「でも、おれが死にかけるのは、もっぱらリーヌさんのせいっすよ? 実際、一度、ころされたしー」
リーヌは、おれの言うことは聞かずに、歩きながら、ひとりごとのようにつぶやいていた。
「強さは、必要なんだよ。じゃなきゃ、奪われて、奪われて、どこまでも、落ちていくだろ」
その声は、なんだか、とても鋭くて悲し気だった。まるで、リーヌじゃないみたいに。まるで、真城さんみたいに。
それから、しばらく、沈黙が続いた。
おれは、実は、沈黙が全然気にならなくて、沈黙にはいくらでも耐えられるんだけど。沈黙が長く続くのはよくないっていう話だから、適当なところで、リーヌに声をかけてみた。
「リーヌさん?」
「なんでもねぇよ。それよりさ、おまえ、……」
「なんすか?」
と、たずねると、リーヌは、ちょっと間をおいて、ぼそっと言った。
「……忘れた」
「言おうとしたことを忘れるなんて。リーヌさんの記憶力は、やっぱり、ヤッダーワーンといい勝負っすね」
と、おれが言ったら、リーヌは、ぷいっと、むこうをむきながら、言った。
「うっせー。こっちのことは、全部おぼえてらんねーんだよ。つーか、おまえの、その顔を見たら、言おうとしたことが、言えなくなったんだよ」
「ひとの顔を、呪いがかかったアイテムのように言わないでくれっす。まー、なんか呪いがかかってるんじゃないかって、おれも思うんすけど。なんで、おれだけ、こんなにブサイクなんすかね。ホブミもシャバーも、こっちだと、1割増しくらいに美化されてる感じがするのに」
と、おれが、あっちの世界の知識をもとにブツブツ言ってると、
「あ? どこがちがうんだ?」
と、リーヌは言った。
リーヌは、こっちの世界しか知らないからなー。
ぶらぶら歩き続けていたら、おれたちは、ちょっと開けた原っぱみたいなところに出た。子ども達の遊び場らしく、原っぱには、ボールがひとつ、落ちていた。
リーヌは草むらに寝っ転がった。おれも、横に座った。
太陽は、すでに地平に沈んでいて、あたりは暗くなってきている。
「このへんも星がきれいそうっすね。まだ明るいからあんまり見えないけど。でも、月は、きれいっすね」
おれは、なにも考えずにそう言ってから、ふと気づいた。
そういえば、「月がきれいですね」って言うと、「アイ・ラブ・ユー」って意味だとか、どっかのゲームで見たような……と。どっかの文豪がそんなこと言ってたとか。
てことは、今、おれは、「このへんも星がきれいそうっすね。(中略)。アイ・ラブ・ユー」と言ってたのか!?
……ま、リーヌが気づくわけないから、いっか。
おれは、あわてて、またしゃべりだした。
「てか、おれたち、こういう林の中だと、緑に同化していて、すっかり野生動物っぽいっす」
「カエルで悪かったな。ゲロゲロ」
と、草の中から、声が聞こえた。
「まぁ、見なれると、そのカエル姿も、かわいいっすけど」
「か、かわいい……!?」
かわいいと言ったって、もちろん、元のリーヌの姿の方が、きれいだし、ムフフだから、あっちの方がいいんだけど。
カエルじゃ、ムフフ度ゼロだからな。
リーヌは、むこうがわに、ごろんと転がって、なんかブツブツ、聞き取れないくらいの声で独り言を言っていた。
「……かわいい……かわいい……このまま、カエルでいるか?」
と、言ってる気がしたんだけど……。気のせいだと思いたい。
でも、リーヌがカエルになって気づいたんだけど。おれは、別にリーヌが美女だから、好きだったわけでは、ないみたいだ。
これが、どういう好きかは、わからないけど。カエルの姿になっても、好きだってことに変わりはない。
でも、何が好きかと聞かれたら、困るんだよな。
リーヌって、見た目以外にいいとこ、なかったから。
「リーヌのどこが好き?」って聞かれたら、「好きなとこは、なにもないよ」って答えになっちゃうけど。
ふしぎだな。なにがいいんだろ。