4-54 迷い犬
なぜか、モフモフ犬侍が、西部劇風にアメリカンな町の町はずれに立っている。
賞金稼ぎのシロを見て、おれは、一瞬、ぎょっとしたけど。シロが、おれ達の正体に気がついている気配は、まったくない。リーヌはカエルだし、おれは、頭にプップがのっているからな。
「あれ、犬なのか?」
と、ロビーは、冷静につっこんだ。
おれは、心の中で叫んだ。
(子犬じゃなくて、コボルトだぞ! むっちゃ強い賞金稼ぎだぞ!)
そんなことを叫んで、シロに、おれ達の正体がバレると困るから、声は出さなかったけど。
それにしても、賞金稼ぎのシロをつかまえようって……。パスコルは、かなり、むちゃくちゃだな。
さて、アリスは、そうとうなモフモフ好きらしかった。
「かわいいー! かわいいー! このワンちゃんかわいいー!」
アリスは冷静さを失って、そう叫びながら、モフモフ犬侍にかけよると、そのモフモフな首にとびついた。
「や、やめろ」
シロは、困っている。
「かわいいー。かわいいー。とっても、ふわふわもふもふしてるー」
アリスはシロにだきついたまま、離れない。
ちなみに、おれ的には、そんなアリスちゃんの方が、かわいい。
大きな犬に、だきついてる可憐な美少女……最高だ。もう、かわいすぎて、だきついてるのが犬じゃなくて、コボルト侍だとかいう細かいことは忘れちゃうくらいだ。
「ほんとだ。すげーもふもふしてる」
と、パスコルも、アリスの反対側から、シロの毛にさわって言った。
「やめろ。俺は、犬ではない。コボルトの戦士だ」
と、シロは言った。けど、子ども達は聞いていない。
アリスは、シロの首のあたりの毛に顔をうずめて、幸せそうに言った。
「とっても、ふわふわー。パスコルの耳もふわふわだけど、この子のほうが、もっと、ふわふわでもこもこー」
「俺は子どもではない」
と、大きな子犬扱いされてる賞金稼ぎのシロは、きまじめに言った。
「ったくぅ。なんで、コボルトだけあの待遇なんだよー」
と、おれが文句を言ってると、
「アタイもモフモフさわりてーなー」
と、リーヌが言った。
おれは、小声で、リーヌに言った。
「プリケロさんは、モフってダメージをあたえるから、絶対、だめっす。てか、シロに正体がバレないように、しずかにしとかないと。バレたら、大変なことになるっすよ」
シロは、かなり、リーヌのことを恨んでいるだろうから。
もちろん、シロと戦闘になったとしても、リーヌが負けるわけはない。だけど、ふわふわの「子犬」を虐待したら、子ども達の心証最悪だからな。
シロは、アリスに頭をなでられたまま、地図を取り出し、まじめな顔で、たずねた。
「町の方々。この場所がどこだか、教えてもらえないだろうか? 旅の途中で道に迷ってしまったのだが」
「うわっ。肉球だ!」
地図を持つシロの手を見て、パスコルが叫んだ。
すかさず、アリスが、うれしそうに肉球をぷにぷにした。
「ぷにぷにしてるー。すっごい、ぷにぷにしてるー」
「や、やめろ……」
と、言いながらも、シロは、されるがままだ。
「ここはウェスタです。ほら、ここですよ」
と、ロビーが、地図の一点を指さし、教えてあげた。
「ヒガシャ町に行くには?」
「ここからずっと東に向かえばいいです。今いる、この大きな道がヒガシャに続いてます」
と、ロビーが教えてあげると、シロは言った。
「かたじけない。では、俺は、修行の旅の途中ゆえ。これにて失礼する」
「もういっちゃうのー? バイバイ、ワンちゃん」
と、ざんねんそうに言いながら、アリスはシロから腕をはなした。
「ワンちゃんではない。俺の名は、シロだ」
と、シロは、きまじめに言った。
すっかり、子犬扱いされたままの賞金稼ぎのシロは、立ち去ろうとして、一度立ちどまった。
そして、険しい表情で、おれ達の方にふりかえった。
おれは、ギクッとした。
(まさか、リーヌの正体がバレた!?)
シロは、真剣な表情で言った。
「このあたり、なぜか、大魔王リーヌの気配を感じる」
(げっ! 気配で気づかれたか……!?)
ところが、シロは、おれ達にむかって、心配した様子で、言った。
「町の方々。くれぐれも気をつけてくれ。あの、リーヌという者は、想像をはるかに超える、恐ろしい魔王だ。ぜったいに、関わってはならない」
(ふぅ……。バレてなかった。ギリギリセーフ……)
と、おれが思ったところで、リーヌが、言った。
「ぬわに!? リーヌだと!? そんな恐ろしいマオーがいるのか? 同じ名前の……」
(ダメだ! これ以上、一言でもリーヌにしゃべらせたら、絶対、正体がバレる!)
おれは、あわてて、リーヌの声をかきけすように、大声でしゃべりだした。
「気をつけるっす! おれたち、大魔王なんて、ぜんぜん、一度も、ぜったいに、見たことないっすけど! ぜったいに、おれは、大魔王リーヌが変身して踊ってるとこなんて……」
「ププゥッ!」
とつぜん、プップが、おれの声をかき消すように叫んだ!
プップは、聞いたこともない大音量で鳴きはじめた。
「プーッ! プーッ! プーッ!」
アリスとパスコルが、心配そうに、おれの方を見た。
「プップリン、どうしたの?」
「プップリン、顔がすんげー、ふくれてるぞ?」
「だ、だいじょうぶ、だいじょうぶっす。ただの『プップめざましアラーム』っす。セットしたまま、解除するのわすれてただけっす。それじゃ、シロさん! バイバイっす!」
と、おれは、全力で、シロに手をふった。
あぶなかった……。
「さらば」
シロは、そう言って、背中を向けた。
パスコルと、アリスは、なごりおしそうに手を振った。
「じゃーなー。シロ。エサが食いたくなったら、ミンナノハウスにこいよ」
「バイバイ、シロちゃん。元気でねー」
去って行くシロの後ろ姿を見送りながら、おれは、ほっとため息をつき、それから、ふと思った。
(てか、シロ、この惨状は、完全にスルーなんだ……)
ここには、壊れた巨大ロボと、崩壊した建物があって、地面には、たくさんの男達がぶっ倒れていて、大量の金ダライが散乱しているんだけど。
大魔王の気配とかいう以前に、このありえない状態。まさに、大魔王リーヌが暴れた跡なんだけど。
お祭りの後だとでも、思ったのかな。「ウェスタの奇祭『タライ祭り』。クライマックスには、犬型巨大ロボの御神体から、大量のタライが降りそそぐお祭りだよ!」みたいな。
さて、シロの姿が見えなくなると、おれはリーヌに言った。
「じゃ、おれ達も帰るっす。保安官たちが目を覚ましたら、めんどくさいことになるっすから」
リーヌはうなずいた。
「おう。帰るか」
そこで、おれは、ふと思った。
「でも、なんか忘れてる気がするっす」
「タライなら、ちゃんとあるぞ。ほら、もてよ」
と言って、リーヌは、タワーのように大量につみかさなった黄色いタライを、押しつけるように、おれに渡した。
「うわっ。多すぎっす。タライが、いまにもくずれ落ちそうっす。ちょっと数を減らしたほうがいいと思うんすけど……」
でも、リーヌは言った。
「なに言ってんだ。言ってたじゃねーか。おまえ、タライ回しマスターになるんだろ?」
「誰も、タライ回しマスターになるなんて、言ってないっす!」
そこで、ロビーが、リーヌに声をかけた。
「プリンセス。ジョー兄さんがまだ気絶したままです」
ロビーは、むこうのほうで気絶しているシャバーをゆびさしている。
おれは、タライ・タワーの横から顔を出して、リーヌに言った。
「あ、そういえば。プップ、シャバーのことは起こしてなかったもんな。てか、ホブミのことも忘れてるっす。プリケロさん、いくらなんでも、仲間をふたりも忘れちゃだめっすよ。なにげに、おれも、忘れかけてたけど」
そこで、とつぜん、おれのすぐ後ろから、ホブミの大声がした。
「ホブミは、ここにいるのですー!」
「うわっ!?」
おれは、びっくりして、とびあがって、ふりかえった。
とたんに、その衝撃と遠心力で、ガラガラと、タライ・タワーが崩壊した。……ホブミのやつ、絶対、わざと大声だしたな!
「やっぱり、タライ・タワーが崩壊したぁ! ……てか、こんなおれが、タライ回しマスターとか、ぜったいむりっすよ」
だけど、リーヌは、力強く、おれを励ました。
「あきらめるな。すんげぇ、がんばれば、きっと、いつか、マスターになれるぞ」
「どうせ、がんばるなら、もっと有意義なことがいいっす! タライ回しを極めて、どうするんすか? そんだけ努力するなら、ふつうに強くなりたいっすよ」
でも、リーヌは宣言した。
「アタイは決めたんだ。テイマーとして、世界一のタライ回しモンスターを育てるって」
「育成方向が完全にまちがってるっす!」
……よかった。この世界、スキルポイント制じゃなくて。このテイマー、ぜったい、使えないスキルにポイント極振りするから。
なにはともあれ、おれは、落ちたタライを拾った。
「プップリン、ドジすぎー」
と言いながら、子ども達3人も、タライ拾いを手伝ってくれた。結局、おれは、子ども達にも、カエルマークの黄色いタライを4分の1ずつ、持ってもらった。
さて、ホブミは、いつのまにか気絶状態から回復していたらしい。
しかも、いつのまにか、メイドゴブリンに変身していた。
(もとの美少女メイドの方がいいのにー)
と、おれは思ったけど、また孤児院にもどるんだから、しかたがないか。
ホブミは、言った。
「ホブミは、さっきから、シャバーさんを回復しようとしていたのですがー。シャバーさんには、状態異常を回復する魔法が効かないのですー。何度も試したのですー。でも、ぜんぜん効かないのですー」
おれ達がシロに気を取られている間に、ホブミは、そんなことをしていたらしい。
「しかたねぇな。じゃ、シャバーはアタイが運ぶか」
と言って、自称プリンセスは、軽々とシャバーの巨体を持ち上げた。
「すげー! シャバー兄を片手で持ち上げたぞ。プリンセスかっくいいー!」
と、パスコルが喜んだ。
「プリンセスに不可能はねぇ。じゃ、帰るぞ」
自称プリンセスは、さっそうと、大男を片手で担いで、歩き出した。