4-52 回復のいぶき
プップゥッ
どこかからか、そんな音が聞こえた。
「う、……うん? あれ?」
目を覚ましたおれの目の前に、もふっとした、巨大なかべがある。
(あれ? いつもの、変な空間じゃないぞ? どこだ?)
おれは、気絶したら、また青い妖精と再会するのかと思ったんだけど。
これまでは、ボスっぽいの倒した後で気絶すると、むりやり、セーブとか言って、あっちの世界に送還されちゃってたから。
でも、今、おれは、まだウェスタの、さっきの屋根の上にいるっぽい。
目の前には、謎のもふっとしたものがあるけど。
(これは、プップか? ていうか、プップのおしり? ……よくみるとプップって、尾羽っぽいのもはえてるんだなぁ)
まんまるの体にエメラルド色の短い尾羽がこっそりついていた。とてもきれいに輝く羽だ。
プップって、実は、とてもきれいな鳥? なんだな。まんまるすぎて、まんまるでボケ―ッとした印象しかないけど。
それはそうと、あたりには、なんだか、とても、さわやかな匂いが漂っている。
プゥッ
おれの顔に、風がふきつけられた。
「うわぁっ、プップ! おれの顔にオナラをふきかけるな!」
おれは、とび起きた。
「光栄に思いやがれ。プップのオナラは、さわやかリフレッシュな香りだ!」
と、リーヌの声が聞こえた。
おれは、否定したかった。でも、できなかった。
「たしかに、すんごい、さわやかな香りっす。否定できないほど、清涼感あふれていて、なんだか、気分がとってもスッキリするっす。日頃のストレスが、ぜんぶ、なくなりそうな……」
「さすがプップだぜ」
と、リーヌの声が聞こえた。
プップには、空気清浄機みたいな能力やアロマセラピー的な効果があるのかも。さすが究極の癒し系モンスターだ。
「でも、いくら癒しのアロマでも、やっぱ、オナラ的な出方してると、ちょっと、イメージが悪いんすけど……」
「あ? どっからだしゃ、満足するんだよ? ブーブーヒコ」
と、リーヌは言った。
「え? そりゃ、口? でも、それもちょっと、変かー。空気清浄機も空気を吸うとこと出るとこは別だもんなー」
やっぱ、おれが、まちがっているのかも。
なにはともあれ、おれは、あたりをみわたした。
あたりには、いたるところに、金ダライが、散乱していて、子ども達も、保安官達も、みんな、気絶して、ぶっ倒れている。
どうやら、ヤッダーワーンは、敵味方関係なく金ダライの無差別攻撃を行ったらしい。
そのヤッダーワーンは、すでに故障して停止している。
ヤッダーワーンの足元で、リーヌがひまそうに寝っ転がっている。
ちなみに、リーヌの服装は、いつもの格好に戻っていて、髪型も、特に結んだりしていない、ただの金髪ロングヘアにもどっている。
てか、今となっては、リーヌが超ミニスカート金髪ツインテールになっていたアレが現実だったのか、おれには、自信がない。気絶してる間に見た夢だったのかも。
「プリケロさんだけは、無事だったんすね……てか、あれ?」
リーヌのまわりに落ちているタライだけ、金属製じゃない。黄色いプラスチック製でカエルマークがついている。銭湯にありそうなやつだ。
「プリケロさんはタライにすら、呪いをかけてしまうんすか?」
リーヌの魔法なのか、カエルの呪いがタライにまでうつったのか、わからないけど。
「あ? なに言ってんだ? でも、このタライ、かわいいよな。持ってかえろーぜ」
と、リーヌは言った。
「えー? かさばるっすよ? でも、たしかに、お風呂場やキッチンにおいておくのに、いいかもしれないっす。じゃ、プリケロさん、いくつか傷がついてないやつを選んでくれっす」
と、おれが言うと、リーヌは、まじめな顔で考えながら言った。
「おう。20個くらいか? ゴブヒコがタライ回しを極めるなら、20個くらい回さなきゃだからな」
「20個!? いくらなんでも多すぎ……って、タライ回しを極める!? おれは大道芸ゴブリンじゃないんす、タライ回しなんてしないっす! やったとしても、そんなに、極めないし。おれをなんだと思ってるんすか?」
リーヌはたのしそうに言った。
「チョコボルに乗りながら、たくさんのタライを回す、サーカスの人気者だぜ?」
「勝手に、そんなすごい特技の人気者にしないでくれっす! おれは、あいかわらず、特技とか、ひとつもない、人気ゼロなゴブリンっすよ?」
さて、こんな会話をしてても、あたりはシーンとしていて静かだ。プップの音くらいしか、聞こえない。さっきまで戦場だったとは思えない、すんごい、平和なふんいきだ。
今、このあたりで意識があるのは、おれとプップとリーヌだけみたいだ。
プップは、ひょんひょんと移動していき、パスコルの顔の前に陣取ると、「プゥッ」と、オナラをふきかけた。
「う……。すげー、さわやかな、においがする……」
と、つぶやきながらパスコルは起き上った。
どうやら、プップのオナラは、いい香りなだけじゃなくて、気絶状態から回復してくれるらしい。
「さすがプップだぜ。ここまで、さわやかな香りが、ただよってくる気がするぜ。アタイも、ちかくでプップのオナラをかぎてぇーなー」
と、リーヌは、特に意味もなくタライを頭にのせながら言った。
「それ、言ってることだけ聞くと、ただの変態っす。ともかく、プップは気絶状態を治してくれてるんすね」
プップは、他の子ども達にもオナラ……いや、「回復のいぶき」を吹きかけて、起こしていった。
「なにはともあれ、これで無事、戦闘終了っす」
「おう。かっこいいわりに、見かけだけだったな」
と、リーヌは機能停止したヤッダーワーンを手でたたきながら言った。
「いや、むしろ、見た目と裏腹に、かなり強かった気がするんすけど。まぁ、プリケロさんの敵ではなかったっすね」