4-49 ヤッダーワーン
ホブミが、魔法でおれと子ども達の手錠をはずしてくれた。
完全に自由の身になったおれは、屋根の上から、巨大な穴があいた地面を見下ろした。
あいかわらず、リーヌの攻撃力は、はんぱない。
地表には保安官とかガンマンとか冒険者とかが、身動きもせず倒れている。リーヌの一撃でKOされたのは、まちがいなさそうだ。
おれは、それを見て、悟った。
(今こそ、あれを試す時だ!)
おれは、屋根の端に立ち、地上で倒れている男達を見下ろしながら、全力でバカにした顔で、言い放った。
「この雑魚どもが! 弱い弱い! このおれ、プップリン様に挑もうなんて笑止千万! 笑いがとまらないぞ! 己の愚行を後悔するがよい!」
「ププッ」
と、プップまで、バカにしたみたいな声で鳴いた。
おれは、すっかり、いい気分になった。
これが、ザマァか。
「あー。気分爽快すっきりぃー」
「プッププッ」
ところが。おれ達が、すっきりいい気分になった、その時。
すっかり倒したとおもっていた保安官が、立ち上がった。
「これで終わりと、おもうなよ」
保安官たちに続き、他の男達も立ち上がった。
保安官が、屋根の上のおれをにらみつけて、ガラガラ声で言った。
「この、まぬけ顔のモンスターめ。俺をあざわらったことを、死ぬほど後悔させてやる。楽に死ねると思うなよ。早く殺してくださいと、泣いて懇願するまで切り刻んでやる」
「ギャーーー! そのセリフを聞くだけで怖いぃーー!」
おれが、思わず叫ぶと、パスコルが言った。
「プップリン、びびりすぎだぞ」
「さっきまでとの落差が、かっこ悪すぎです」
と、ロビーに言われ、
「というより、プップリンって、そもそも、何もしてなかったよね」
と、アリスに指摘された。
ホブミが、冷静な声で言った。
「オート蘇生アイテムを装備していたようですね。蘇生する手間は、省けました。しかし、なおも、姫様に歯向かおうとは。愚かな者達です」
それを聞いて、おれは冷静になった。
「そ、そうだ。あいつらが、プリケロさんに勝てるわけないや。もう、子ども達もこっちにいるんだし。さぁ、プリケロさーん。ケロケロパンチを、もう一回ぶちこんで、倒してくれっす」
と、おれは、地上でフラダンスをおどっているリーヌに言った。
すると、保安官は言った。
「ふっ。たしかに、強いな。カエル人間め。だが、俺達には、秘密兵器があるのだ。対大魔王戦のために、学園長先生から預かった、あの秘密兵器を、投入する」
保安官は、コートからコントローラーのようなものを取り出し、ボタンを押した。
「いでよ、ヤッダーワーン!」
通りのはずれにあった大きな倉庫の入口が粉砕され、巨大ロボがあらわれた。
ピンクのフリフリのワンピースを着たキャラの濃いおばちゃん風二足歩行犬デザインの巨大ロボットだ。ありえないような話だけど。おれは、なんども目をこすったり、ほっぺた叩いてみたりしたけど、見まちがじゃなかった。
スピーカーから、おばちゃんの声を大音量で流しながら、巨大おばちゃん犬ロボットが、こっちにむかって、進んでくる。
≪ヤッダー。ヤッダー。もうヤッダーワーン。最近物忘れが激しくて。ほんと、ヤッダーワーン≫
「なんで? ロボットなのに、ピンクのフリフリ? 両耳にリボンつけた犬? しかも、おばちゃん?」
おれが目の前の光景に混乱していると、保安官は、えらそうに解説した。
「あれこそが、秘密兵器ヤッダーワーン! 学園長先生から預かった、対大魔王用巨大ロボットだ。小国の国家予算並みの建造費がかかったそうだぞ。最新の魔科学技術と、古代文明の遺産と、その他諸々を結集して造られた、地上最強かもしれない兵器だ。カエル人間め、ヤッダーワーンに叩き潰されるがいい!」
残念ながら、保安官のセリフは、肝心な疑問に答えていない。
「いや、そんなことより。なんで、この巨大ロボ、『やたらとピンク』『やたらとリボンとフリル』『顔も体形も100%おばちゃん』、『二足歩行の犬』、のコンビネーションなんだよ! どうせなら、ゾ△ド風や、ガ○ダム風の、かっこいい巨大ロボットに、出てきてほしかったのにぃ! 百歩ゆずって、ヤッターな世界へのリスペクトで、犬型ロボを許したとしても、ピンクのフリフリ大好きおばちゃんはありえないだろ! なんで、国家予算並みの建造費をかけちゃった、対大魔王用秘密兵器が、ピンクのフリフリワンピース着て、おばちゃんの声で『ヤッダー』って、言い続けてるんだよ!」
「見た目にこだわるのは、ガキのすることだ」
と、保安官は、妙にかっこよく言った。でも、おれは、冷静につっこんだ。
「見た目にこだわったから、ああなってるんだろ! ふつうに設計したら、人型ロボだろ!」
でも、子ども達は、喜びの声をあげていた。
「すげぇ! 巨大ロボットだ!」
パスコルがはしゃいでいる。
どうやら、子ども達は、巨大ロボットを見たことがなかったらしい。
アリスとロビーはつぶやいていた。
「これが、巨大ロボット……」
「あれが、巨大ロボットなの……?」
おれは、この世界の巨大ロボットの基準が、アレになりつつあるのを、感じた。
そして、リーヌも言った。
「すげぇな。スーパーかっこいいぜ。見ろよ、買い物バッグ持参だぜ? これから、スーパー行くとこだぜ?」
「スーパーに行くとこ、って設定が、もう戦闘やかっこよさと無縁じゃないっすか! とにかく、本物の巨大ロボットは、もっと、かっこいいものっす! あんな、存在が一発芸みたいなロボじゃないっす!」
と、おれは、断固、主張した。
でも、逆に、パスコルにきかれてしまった。
「もっとかっこいいって、どんなんだよ?」
これ、意外と、答えるの難しいな。
おれが答える前に、保安官が自信満々に言った。
「ふっふっふ。驚いたか。最新テクノロジーと超レア素材を集結したこの巨大ロボのすごさに!」
あきらめの早いおれは、あきらめた。
(もう、いいや。この世界の常識では、「巨大ロボ=ピンクのリボンとフリフリが大好きなおばちゃん風の犬っぽいデザイン」になっても)
別に、なんか害があるわけじゃないもんな。
さて、その最新テクノロジーを集結した巨大ロボは、スピーカーからおばちゃんの妙なセリフを放ちながら、こっちに近づいてくる。
≪ヤッダー。ヤッダー。もうヤッダーワーン。今日、特売の日だったのにー。チラシは持ってきたんだけど。お財布、お家にわすれちゃったわー。ヤッダーワーン≫
「最新テクノロジー集結してるくせに、物忘れ激しすぎ!」
と、おれは、いちおう、つっこんどいた。
ヤッダーワーンは、なおも、どうしょうもないセリフを放ちながら、進んでくる。
≪ヤッダー。ヤッダー。もうヤッダーワーン。お醤油切らしてると思って買ってきたら、家にあったのー。これ5本目だったわ。もうヤッダーワーン≫
「さすがに、5本はないだろー。でも、前に、ばぁちゃんが、同じようなこと言ってたかもー」
と、おれが、つっこんでいると。
巨大ロボをにらみ、これまで無言でいたシャバーが、真剣な表情で言った。
「戦いがいのありそうな、オモチャだな」
「おれには、つっこみがいのあるロボ以外の感想がないんすけど!?」
と、おれが言うと。険しい表情のホブミが、真剣な声で言った。
「油断しないでください。手ごわい敵です」
どうやら、あのロボの見た目やセリフに違和感を感じているのは、おれだけのようだ。
≪ヤッダー。ヤッダー。もう、ヤッダーワーン。急いで階段をおりてきたのに、なにをやるつもりだったのか忘れちゃったわー。ヤッダーワーン≫
巨大ロボが、もういちど、そんな「中高年あるある」みたいなセリフを大音量で流した時。
ホブミが、あわてた様子で叫んだ。
「大変です! 魔法が一切つかえません。むしろ、魔法が使えるのかすら、わかりません」
いつも冷静なホブミが、めずらしくあわてている。てか、メイド服だから、見た目は、なんか、あせっている様子がかわいいメイドさん、なんだけど。
「なに言ってんだ? ホブミ。さっきも、魔法を使ってたじゃん」
その間にも、巨大ロボは、おばちゃんの声で、叫び続けている。
≪ヤッダー。ヤッダー。もう、ヤッダーワーン。買った物、お店に忘れてきちゃったわー。また取りに行かなくちゃ。これで今月4回目よ。ヤッダーワーン≫
ホブミが、すっかりあわてたメイドさんな様子で言った。
「アイテムが……、アイテムがなにも使用できません!」
おれは、理解しはじめた。
「ひょっとして、これって……」
保安官は勝ち誇った様子で叫んだ。
「ふっふっふ。ヤッダーワーンの『忘却の叫び』の効果が出てきたようだな。これで、魔法、技、各種スキル、アイテムのほとんどが使用不可能になる! ヤッダーワーンは、とある古代遺跡に封印されていた禁断の秘密兵器、『忘却の叫び』を内蔵しているのだ!」
おれは、それを聞いて、反省した。
「『忘却』の状態異常。そういうことだったのか……。セリフの中身はひどいけど、このロボの声って、強力な状態異常攻撃だったんだな。見た目とセリフにだまされちゃ、ダメだな。ひょっとして、あのデザインも、油断させるための作戦なのか……?」
そう、おれがつぶやくと。
「だまされてたの、プップリンだけだけどね」
と、アリスちゃんに指摘された。