1-11 魔王城
やがて、魔王城が見えてきた。
「リーヌさん。困ったことに、ここまでの魔物、全部一発で倒しちゃったっすね」
「だよな。やべーよな。夕飯ねーよな」
「たしかに夕飯はないっすけど。それも問題っすけど。でも、そうじゃなくて、おれたち、モンスターを瀕死にするために強いモンスターを探しに出かけたんすよ? 夕飯ゲットじゃなくて。なのに、もう魔王城についちゃったっす」
「でも、ほら、あん中にもなんかいそーだぞ」
リーヌは魔王城をゆびさした。
「たしかにそうっすけど。おれたち、勇者じゃないのに魔王城に行っちゃっていいんすかね? ま、いいか。じゃあ今度こそ、リーヌさんは全力で手かげんしてくれっす」
「おうよ。これからは指一本でいくぜ」
その数分後。リーヌは魔王城の門番のでっかい岩のモンスターをでこぴん一発で倒した。
ガラガラと崩れ落ちてただの岩山になってしまったモンスターを見ながら、おれは言った。
「ま、まだ、入り口っすからね。きっと中にはもっと強い敵がいるっす」
「おう。もっと弱い指にしねーとな。人差し指はけっこう鍛えてるから、ちょっと強すぎたぜ」
魔王城に入ってしばらく行くと、広間に出た。
「チューチュー! この先には通らせないチュー!」
広間には口を尖らせた二足歩行のネズミみたいなのがたくさんいた。ネズミ人間たちは、おれよりだいぶ背が低い。
ネズミの多くは粗末な装備だったけど、たくさんのネズミたちの真ん中に、スーツを着て葉巻をくわえたボスっぽいネズミがいた。ボスっぽいけどやっぱり小さくて、赤ちゃんみたいな身長だ。
ボスっぽいネズミは言った。
「我々はこの広間の守護者。私の名はチューボスのボッチュー。この魔王城四天王の一人。ここは通さん」
それを聞いて、おれはリーヌに言った。
「ちっちゃいネズミ人間だけど、四天王ってことは強いのかもしれないっす。でも、なるべく手加減してくれっす」
「ネズミ……モフモフしてんのか?」
リーヌはすたすたと歩いて行くと、ボスっぽいネズミ人間ボッチューを薬指でつついた。
その瞬間、ボッチューの口から葉巻が落ちた。
「ぐはぁっ!」
ボッチューは床に倒れた。
ボッチューはまるで銃で撃たれたかのように頭から大量の血を流している。
「ボチュー!」
ネズミたちの悲鳴が広間に響いた。
おれもリーヌにむかって叫んだ。
「リーヌさん! 戦闘開始もしてないのに、あっさり一撃で倒さないでくれっす!」
「ちょっと、ツンツンしただけだってばぁー。モフモフしてるか、たしかめたかったんだよぉー」
リーヌがそんな言い訳をしている間にも、下っ端ネズミの大群は叫んでいた。
「ボチュが死んじゃっチュー!」
「早く蘇生でチュー!」
下っ端ネズミたちはボッチューを背負って、逃げていった。
「いい気になるなでチュー! この先にはヨッチャンがいるんでチュー!」
そんな捨てゼリフを残しながらネズミたちは一匹残らず広間から去っていった。
「あーあ。やっぱりリーヌさんはだめだったすね。でも、たぶん今のは中ボスっぽいから、この先にもっと強いのがいるっす」
気を取り直して、おれたちはさらに魔王城の上階に進んで行った。
再び、大広間っぽい場所に出た。
大広間の奥に巨大な赤いイカがいるのが見えた。
巨大イカの声が轟いた。
「ヨッチャンとゲームしヨッチャン。デスゲームデス」
どうやら、これがヨッチャンという敵らしい。
巨大イカの足が大広間のあちこちでうねっている。
この敵はジャイアントスピードワームよりさらに大きい。
たしかに手ごわそうだ。
リーヌはおれにたずねた。
「イカって、食えるよな?」
「えーっと。イカは食べれるっすけど、アレが食べれるかは別問題っすよ?」
たしかに見た目は巨大イカだけど。赤くてしゃべるイカって、食べられるイカなんだろうか……。
おれがそんなことを考えていると、おれはいつの間にかリーヌの上空にいた。
「あれ? リーヌさんが小さくなった?」
「なに? アタイは小さくなったのか? じゃ、あのイカはふつうサイズのイカなのか? んで、小さくなったゴブヒコは、イカの足を腹に巻き付けて遊んでいるのか?」
「え? 腹に巻いてる……げっ!?」
おれは巨大イカの足に捕まれて、空中に持ち上げられていた。
もちろん、リーヌもおれもサイズは変わっていない。リーヌが小さくなってように見えたのは、ただのおれの錯覚だった。
巨大イカの声が響いた。
「第一ゲーム、ドッジボール。ゴブリンでドッジボール」
「ギャーー! 投げられたら、おれ死ぬ! リーヌさんに当たっても当たらなくても、おれは死ぬ!」
たぶん、リーヌにキャッチされた場合に一番ダメージが大きそうだ。
どっちにしろ、投げられた瞬間におれの死亡が確定する。
リーヌの怒りの声がとどろいた。
「ゴブヒコはボールじゃねぇ! はなせ! このゲソ野郎!」
次の瞬間、おれは床に落ちていた。そして、イカの足は無数に切断され、あちこちで蠢いていた。
「うわぁ。あいかわらず、リーヌさんの魔法はむちゃくちゃっす……」
「ヨッチャン……もう行くヨッチャン」
巨大イカの胴体は、あっという間に大広間の奥に消えていった。
「あ、逃げられちゃったっす。一撃では死ななかったけど」
リーヌはもう敵には興味がないようすで言った。
「んなことより、イカゲソ拾ってこーぜ。夕飯用に」
「えー? 本気でこれ、食べるんすか? 食べられるのかなぁ。家まで持って帰るあいだに腐りそうだし。あたってもしらないっすよ?」
「あたりめってやつか?」
なにはともあれ、リーヌはイカの足の切れ端をひとつ担いで、出口じゃなくて、奥にむかって進んで行った。
[モンスター図鑑]
7 チュー:ネズミみたいな獣人。大人でも身長が50センチ前後で、獣人族の中では最も小柄な種族。こっそり人の家に住んでいることもある。キス魔が多い。
27 チューボス:チュー族にまれに生まれる高い魔力をもった生まれながらのボス。いつも葉巻を吸っている。
41 イカゲム:巨大で赤い。家並みのサイズになることもある。10本の吸盤がついた触手のような手足を持つ。意外と知能が高く残虐な性格のものもおり、暇つぶしに人やモンスターを襲うことがある。味はちょっと酸っぱいけど食べられる。特に足が美味。
60 モンバーレム:体が岩でできた巨人。頑丈で防御力と体力が高いため、お城の門番として雇われることが多い。