4-47 誘拐犯
とにかく、おれは静かに物置小屋に隠れていた。
すると、小屋の外、たぶんとなりの建物から、声が、かすかに聞こえてきた。
「はなせよ!」
たぶん、男の子の声だ。
「長い耳だな。すこし切り落としてもいいんじゃないか?」
と、残忍そうな男の声がした。
「パスコルをはなして!」
と言ったのは、たぶん、女の子だ。
(あれ? パスコル? たしか、迷子のひとりが、そんな名前だったような……)
「おまえたちが、ちゃんと言うことを聞けば、解放してやると言ってるだろ? さぁ、答えろ。大魔王リーヌはどこにいる?」
と、ガラガラ声の男が言った。
「だから、リーヌ姉ちゃんがどこにいるかなんて、知らないって言ってるだろ。遠くに住んでるんだから。めったにこねーし」
「知ってても、教えてあげないけど!」
声からすると、男の子と、女の子がいる。
ガラガラ声が聞こえた。
「悪ガキどもが。わかっているのか? おまえらは、大魔王の味方をしているんだぞ?」
「リーヌ姉ちゃんは、大魔王じゃねーよ!」
「ぼくらの知ってるリーヌさんは、魔王なんかじゃないです。昔、ジョー兄さんといっしょに遊びにきてた、とてもきれいで怪力な女の子です」
口調がていねいな男の子もいる。てことは、男の子が2人と女の子が1人。で、そのうちのひとりがパスコルっていう名前か。
どうやら、おれ達が探していた迷子の3人でまちがいなさそうだけど。この様子だと、これ、全然、迷子じゃないぞ。なんか、悪そうな奴らに捕まってるぞ。……たぶん、リーヌのせいで。
「とぼけたって無駄だ。こっちは、たしかな筋から情報を得ているんだからな。きさまらのとこのジョーと大魔王リーヌがこっちに向かって進んでいたってな」
と、ガラガラ声は言った。
子ども達は口々にしゃべった。
「シャバー兄は帰ってきたけど、リーヌ姉ちゃんはきてねぇって」
「きてたら、かんげいパーティーひらいてるもん」
「そうだぜ。リーヌ姉ちゃんは、たいてい、おれたちのこと、忘れてるけどな」
「忘れっぽいのだけは、リーヌさんの欠点です」
「あと、ちょっと、うっかり色々こわしちゃうとこもだけど」
うん。このリーヌ、あのリーヌに、まちがいないな。
それにしても……。おれたちは、人助けで迷子探しをしてるつもりだったけど。完全にリーヌのせいで誘拐されてたのか……。まぁ、今回はリーヌが悪いわけじゃないけど。
さて、子ども達を見つけたのはいいけど、おれひとりじゃ、なにもできない。
ここに、リーヌかシャバーか、せめてホブミがいれば、どうにかできるんだけど。
ここにいるのは、おれと……
「プップッ」
だけだもんなぁ。
「プップ、しずかにしろ。見つかっちゃうだろ」
おれは、ものすごく小さな声で頭の上のプップに言った。
「プップッ」
と、プップはあいかわらず鳴いてるけど。
「しーっ」
見つかったら、おれたちも捕まって、殺されてしまう。今、ホブミはいないんだから、殺されたら、それで、本当に、終了だ。
「やめろー!」
子どもの悲鳴が聞こえた。
これは、子ども達が危ないかもしれない。
おれは、プップを頭からおろして物置小屋から出て、身をかがめたまま、声が聞こえる建物の窓の下に移動した。
おれは、そおっと窓の下から、中をのぞいた。
保安官っぽい格好の男が、うさぎみたいな耳の少年の耳をつかんでいる。
その向こうに、檻が見える。牢屋の中には、男の子と女の子がいれられている。
室内には保安官っぽい男の他に、ガンマンっぽい男や冒険者っぽい男が何人もいる。
かなり、絶望的な状況だ。
敵の数は、1、2、3、4、……あわせて8人。
やっぱり、おれには、どうしようもない。相手がひとりでも、おれにはどうしようもないのに、8人とか、絶対ムリだ。
保安官っぽい男のうしろから、どっかで見たような冒険者が出てきて、短剣をちらつかせた。
「とっとと吐かないと、その耳をきりおとしちまうぜ?」
とたんに、牢屋にいれられた子ども達が叫んだ。
「やめて!」
「この外道!」
保安官っぽい男が言った。
「大人を怒らせるなよ。ズドンと一発、頭にぶちこむだけで、終わりなんだからな。どうせおまえらなんて、死んでも誰も悲しまないんだ。むしろ社会のゴミのお掃除になるってもんだ」
(なんてひどいやつらだ!)
と、思ったものの、おれにはどうすることもできない。
その時。冒険者っぽい男達のひとりが、こっちを見て、叫んだ。
「なんだ、ありゃ!」
おれは、あわてて、頭をひっこめた……はずなのに。
「窓の外に変なのがいるぞ! ほら! あれを見ろ!」
なぜか、むっちゃ、バレている。
(も、し、や……)
おれは、頭の上に手をやった。もふっと温かいものに指がぶつかった。
とってもいやされる触りごこちだー……けど、そんなことを言ってる場合じゃない!
おれの頭の上に、プップがのっている!
いつのまにか、プップがおれの頭の上にまいもどっている!
そして、おれは、窓の下からこっそり、中をのぞいていたんだけど、その上にプップがのっているわけだから……
「プップ丸見えじゃん!」
ドアが開く音がして、冒険者っぽい男達がいっせいに出てきた。
「なんだ、おまえは!?」
と、たずねられたので、おれは、もう、やけになって、華麗にダンスをおどりながら、答えた。
「なんだおまえは、ってか! おれさまはプップリンだ!」
「プップリン!?」
「子どもを捕まえて脅迫するなんて、この外道ども! 大魔王リーヌの居場所が知りたいなら、おれが教えてやる! おれは大魔王リーヌの一番の手下で、ブレーンで、モンスター大臣な、プップリン様だからな!」
そう言いながら、おれは、全速力で逃げ出した。
保安官っぽい男たちと、ガンマンっぽいのや冒険者っぽいのが、いっせいに追いかけてくる。
おれは、いっしょうけんめいに逃げた。……だけど、数秒たらずで、捕まった。
てか、逃げようとしたら、ずっこけた。
そして、あっという間に、周りを囲まれた。
「さぁて、大魔王はどこにいるんだ? プップリン?」
と、残酷そうな顔の保安官がおれを見下ろして言った。
「ギャー! リーヌさんは、この町にいるっす。ちゃんと教えてあげるから、暴力はダメーーー! やめて! よして! さわらないで! プップリン、さわるだけで死んじゃうかもだから!」
と、ふるえあがったふりをしながら、てか、本当にふるえあがりながら、おれは心の中で意外と冷静に考えていた。
(つーか、こいつら、リーヌの居場所なんて知ってどうすんだよ。バカなのか? 何人でかかろうが、あのリーヌに勝てるわけないだろ)
ふつうに、こいつらをリーヌのとこにつれていって、リーヌに瞬殺してもらえば、万事解決だよな。
と、おれは思ったんだけど。
冒険者のひとりが言った。
「よし、ガキどもを人質に、大魔王リーヌ討伐を開始するぞ」
(げっ。人質がいたら、リーヌ、なにもできない……)
バカなのは、おれの方だったかも。
とはいえ、おれには、他にどうすることもできない。とにかくリーヌと合流しないと。
子どもたちが、手錠をされた上、ロープでぐるぐる巻きにされた状態で、連れてこられた。
「プップリン、大魔王のところへ案内しろ」
と、保安官が、おれに命令した。
「はいはーい。プップリンにおまかせあれー」
と、調子よく言いながら、おれは、こころの中で、かっこよく言った。
(リーヌの居場所? おれが知りたいくらいだぜ!)
そもそも、おれが、リーヌとはぐれちゃった迷ゴブリンなんだから。リーヌの居場所なんて、わかるはずがない。
でも、そんなこと言ったら、何をされるかわからない。てか、殺される。
だから、おれは、適当に、旅行ガイド気分で、保安官と冒険者一行を案内していった。
「こっちっす。こっち。怖い顔のお兄さんたち、今日はプップリンの案内で、皆さんを楽しい大魔王見物にお連れしますよー……」
「うるさいぞ。黙れ」
とか、言われながら。