4-41 プリンセス
シャバーのいる孤児院をめざして荒野を歩きながら、おれは、ふと気がついた。
「そういえば、見た目からはバレなくなったっすけど、リーヌさんの名前をよんだら、たぶん、正体がバレちゃうっすね」
「じゃ、偽名をつかおう」
と、リーヌは言った。
「ケロケロリーヌとか?」
と、おれが提案すると、リーヌは口をとがらせて文句を言った。
「もっとかわいいのがいいー。もっとプリンセスっぽいのー」
「プリンセス・ケロケロリーヌ?」
と、おれは、すんごい安直な提案をしてみた。「プリンセスつければ、いいってもんじゃないだろー」と心の中で自分につっこみながら。
「うむ。バッチリ、プリンセスだな」
と、リーヌは満足げにうなずいた。
プリンセスつければ、よかったらしい。
「でも、プリンセス・ケロケロリーヌって、長すぎるっす。略してプリケロでいいっすか?」
と、おれがたずねると、ケロケロリーヌは、上機嫌で言った。
「プリプリ☆プリスターみてぇだな。よし、許そう」
「あ、たしかに、『プリプリ☆プリケロ』って感じっす」
「プリプリ☆プリスター」は、おれが人間なあっちの世界で放映されている、女児向けアニメなんだけど。
「でも、プリケロさん、プリスターなんて知ってるんすか?」
プリケロは、かっこよく断言した。
「おう。乙女のたしなみだぜ」
どうやら、こっちの世界でもプリスターは放送していたらしい。
でも、あれ、小学生くらいの女の子向けのアニメなんだけど。
リーヌは、プリスターを見てるのか……。
さて、荒れ地の向こうに孤児院らしき建物が見えてきた。なんにもない場所に、ぽつんと一軒だけ建物がたっている。
外では、誰かが薪割りをしているようだけど、まだまだ遠すぎて、おれにはよく見えない。
「シャバーだ」
と、言って、ケロケロリーヌが、おれの後ろに逃げ込んだ。
「なにしてんすか?」
「だって、シャバーに見つかるだろ」
「プリケロさん、シャバーにも、正体をかくしとくつもりだったんすか?」
リーヌは、ぼそりと言った。
「……シャバーには、バカにされたくねーんだよ」
おれは力強く、言い切った。
「だいじょうぶっす。ばれないっすよ。どっからどう見てもカエルっすから。堂々と、旅の途中の、不思議なカエル王国のお姫様、プリンセス・ケロケロリーヌと名乗っておけば、絶対、だいじょうぶっす」
「そ、そうか?」
そこで、ホブミがおれに言った。
「ですが、ゴブヒコさん。あなたと私は、そのままですが?」
「ホブミはホブゴブリンになれよ。おれは、だいじょうぶ。頭にプップがついてるから。新種モンスターのプップゴブリン、略してプップリンだから」
と、おれは適当に言っといた。
「では、私は変身しましょう」
ホブミは、呪文を唱えた。
一瞬で人間姿のホブミは消え、なぜかメイド服姿のゴブリンがあらわれた。
ホブミはかん高い声で、しゃべりだした。
「姫様。ホブミは姫様のメイドとして、しっかりと姫様におつかえするのです。よろしくおねがいしますですー」
そう言っておじぎをしてから、ホブミはおれの方を見て、低い声で続けた。
「ダメダメ下僕のプップリン先輩は下僕らしくふるまうですぅー。下僕のくせに、いっつも態度がでかいんですぅー」
「いやいや、おれは、下僕じゃなくて、カエル王国の将軍っす。それか、宰相とかもいいかもー」
と、おれは、設定の希望を出したんだけど。
「ホブミがメイドなら、ゴブヒコは下僕だろ」
と、自称プリンセスに、あっさり断言されてしまった。
「下僕で感謝するのですー。先輩は、奴隷でも、もったいないくらいなのですー」
と、ホブミは言うし。
それにしても、久しぶりにホブミがゴブリンバージョンになると、なんか、テンションが高すぎる。
「ホブミ、しゃべりかたは、いつも通りでいいんじゃないか?」
と、おれは言ってみたんだけど。
「なんのことですかー? ホブミはいつもどおりのしゃべり方ですー」
と、あっさり言われてしまった。
ホブミは、変身すると、キャラが変わるらしい。
なにはともあれ、これで3人、いや、3匹、全員グリーンで統一された。
「これで、ばっちりっす。ぜったい、バレないっす。おれたちは旅の途中で今夜の宿を探している、とってもグリーンなお姫様一行っす」
「よし、じゃあ、行くぜ」
おれたち3匹は、堂々と、孤児院にむかって歩いて行った。
「たのもー。たのもー。おれたちは今夜の宿を探しているプリンセス・ケロケロリーヌご一行っすー」
と、おれが言うと、シャバーがふりかえり、さわやかに言った。
「よくきたな、リーヌ。新しいモンスターを2匹、仲間にしたのか? ホブゴブリンと、……こっちは、見たことのないモンスターだな。新種か?」
おれは、叫んだ。
「バレとるーーーー! しかもプリケロだけ正体バレてて、おれ達はバレてなーい! ぶっちゃけ、プップリンは無理があると、おれ、思ってたのにー! なんで? なんで、おれ、バレてないの!?」
リーヌは、ちょと気まずそうに、
「おう」
と一言だけ、あいさつした。
シャバーは、小首をかしげた。
「どこか、雰囲気かわったな。髪でも切ったか?」
おれは叫んだ。
「そんな、ささやかな違いじゃないっす! 完ぺきにカエルになってるっす!」
だけど、ホブミはおれに言った。
「先輩、髪型の違いは、ささやかじゃないのですー。乙女にとって、とてもだいじなことなのですー」
「え? おれ、髪切ったくらいじゃ、違いに気づかない自信あるぞ? そりゃ、髪の色が激しくかわったり、ロングヘアから坊主刈りになったら、気づくけど。数センチ短くなったくらいじゃ、見た目、かわらないじゃん」
母ちゃんが「美容院に行ってきたのよ」って言ってる時とか、なんど見てもまったく違いがわからないからな。
ホブミ、叫んだ。
「キャーー! このゴブリン、乙女心を踏みにじる気満々ですー! 乙女が『この髪型どう?』って聞いた時に、『なにか変わった?』って言う気満々ですぅー。いつもいつも乙女心をふみにじっている、この乙女の敵がぁー!」
ホブミは、おれにむかって、腕をふりまわした。
一見、ゴブリンがじゃれているだけに見えるかもしれないけど、たぶん、おれは、ホブミにたたかれたら、相当のダメージを受ける。
おれは、とりあえず逃げながら、言った。
「てか、もう、正体バレたんだから、ホブミは元にもどれって」
「ホブミの正体は、まだバレてないのですー」
この賢者、このキャラを気に入っているらしい。
「にしても、シャバーは、ちゃんと目、見えてるのかな? プリケロさんはどこをどう見ても、カエルなのに。金髪くらいしか、人間リーヌと共通点ないんだけど」
と、おれが言うと、ホブミはうっとりとした様子で言った。
「愛の力で、どんな姿になっても気がつくのですー。感動ですー」
「正体に気づくとかいうレベルじゃなくて、違いに気づいてないじゃん。てか、髪型に気づかないのが乙女の敵なら、シャバーはなんなんだよ。あれじゃ、全身整形したって、着ぐるみきたって、ちがいに気づかないぞ?」
そう言うおれに、ホブミは言った。
「愛で盲目だからですー。美しい愛の絆なのですー」
「イケメンに甘すぎ!」
さて、おれとホブミがそんな会話をしている間に、リーヌはシャバーに、カエル化した事情をすっかり説明していた。
「そうか。ま、元気そうでなによりだ。きっと、みんな喜ぶぞ」
と、シャバーは、リーヌの姿が変わったことを、全然、気にしていないようすで言った。
リーヌは、なんだか、もう、吹っ切れた様子で、いつもの調子で言った。
「おい、シャバー。アタイは、リーヌじゃねぇぞ。カエル王国から来たプリンセス・ケロケロリーヌだ。ちゃんと、アタイをお姫様あつかいしやがれ」
「わかったよ。あいつらには、そういうことにしとくさ」
と言うシャバーに、リーヌはふんぞりかえって命令した。
「プリンセスと呼べ」
「わかったよ。プリンセス」
その後、シャバーは、
「それにしても……」
と言いながら、おれを、いや、おれの頭上のプップを、じっくりと見た。
「こいつは、なんだ? 人型モンスターみたいに見えるが。こんな亜人やモンスター、見たことがないな」
リーヌは、自信満々に説明した。
「プップリンだ。ゴブヒコが進化したんだぜ。超レアな新種なんだ。レアっつっても、生焼けじゃねぇぞ」
「プップリンか……見たことも聞いたこともないな」
(そりゃ、そうだ。プップリンって、おれが、さっき思いつきで言っただけだもん! てか、おれ、プップを頭にのせてるゴブリンでしかないから! 進化してないし、ほんとは新種でもないし!)
と、おれは言おうとしたんだけど、言えなかった。なぜかというと、ホブミが、こっそり、後ろからおれに沈黙魔法をかけたから。
いくらがんばって声をだそうとしても、おれの声は、ただのフゴフゴした音にしかならない。
(なにすんだ、こいつ!)
というおれの心の声が聞こえたかのように、ホブミは小声で言った。
「先輩が姫様の邪魔をしないようにしてるのですー」
そして、リーヌとシャバーの会話は続いた。
「プップリンは、超レアだけど、超よえーぞ。ツッコミいれたら死ぬから、気をつけろよ」
「わかったよ。しかし、すごいな。そんなにレアなモンスターに進化させるなんて。育てるのは、大変だったろ?」
「おう。苦労したぜ。ゴブヒコは超よえーからな。あと、すんげぇ、うるせーんだ。文句が多くて、食わず嫌いだからな。なかなか食わねーんだ」
おれは、ものすごく言いたいことがたくさんあるんだけど。ホブミのせいで、何も言えない。でも、ひとつだけ、心の中で言わせてもらおう。
(おれ、ふつうの人間が食べるものは、なんでも食べるから! 食べないのは、カブトムシとかコウモリとかだけだから!)
「たいしたもんだな」
と、シャバーにほめられ、リーヌはうれしそうに、いつものセリフを言った。
「アタイはテイマーだからな」