4-40 プップのとまり木
おれたちは、〈世界の中心〉をめざすため、まずは、オホシミ山のふもとまでおりた。
だけど、おれには、さっきから、ちょっと、気になっていることがあった。
プップ……プップッ……
なんか、へんな音がするのだ。
「おい、ゴブヒコ。さっきから、ヘ、こきすぎだぞ。サツマイモ食いすぎたのか?」
と、リーヌがおれに言った。
どうやら、この音は、おれの空耳とか幻聴とかではなさそうだ。
「イモなんて一口も食べてないっす。今日はそのへんになってた果物しか食べてないっす」
「なるほど。オナラの実を食ったのか」
と、リーヌは言った。
「え? そんなちょっと悪魔の実みたいな名前だけど、よく考えるとしょうもない下ネタな実があるんすか?」
リーヌはあっさり言った。
「アタイは聞いたことねーけどな」
「ないのか! てか、この音は、おれじゃないっす。リーヌさんこそ、実はただのカエルじゃなくて、オナラカエルって種族なんじゃないっすか?」
「ああ? んなわけあっか」
「じゃ、実は、ホブミか?」
「ちがいます。それより、レディーに罪をなすりつけようとする、ゴブヒコさんのそのデリカシーのなさと卑劣さ、万死に値しますよ?」
「そだな」
と、リーヌが同意したとたん。
「では、処刑します」
ホブミが杖をかまえた。
「ギャーーーーーッ!」
おれが逃げ回っていると、また、音が聞こえた。
ププッ
なんか、ちょっと笑っているように聞こえたのは、気のせいだろう。
「てか、おれたちじゃないなら、プップじゃないっすか?」
「なに? プップがいるのか? プップはどこだ?」
リーヌは空を見上げた。
おれも空を見上げた。
でも、空にプップらしき姿はない。プップは水色だから、空と一体化しちゃうんだけど、それにしても、まったく、見あたらない。
「見えないくらい、空高くにいるんすかね? でも、だったら、声なんて聞こえないよなぁ。木のかげにかくれてるのかな……」
プッププッ
また、音がした。
おれは、空だけじゃなくて、右も左も、あちこち見た。
その時、頭の向きをかえるたび、なんとなく、ちょっとだけ、だれかに髪の毛を引っ張られたような、頭皮がひきつった感じがした。
でも、おれの近くには、誰もいない。
だけど、なんとなく、頭の上が、もふっとしていて、なまあたたかいような……。
おれは、頭の上に手をやった。
ゆびが、なにか、もふっとしたものにぶつかった。
「なんかあるぞ……?」
頭の上に、なにか巨大な、もふっとしたものが乗っかってる。ほとんど重さは感じないけど。
おれは頭の上にのっていた、空気みたいに軽い物体を、両手でつかんで目の前にもってきた。
おれの両手のあいだにいたのは……。
「プップ!? なんでプップがおれの頭の上に!?」
やっぱり、プップだった。
おれの声を聞き、リーヌとホブミはおどろいた顔で、おれを見た。
「な、なにぃ! ゴブヒコの頭の上に、プップだとぉ!?」
「まさか!」
おどろいている二人を見て、おれは、おどろいて叫んだ。
「どうやったら、気がつかないですむんすか!? おれを見れば一目でわかるはずっす!」
なにしろ、プップは、近くで見ると、けっこう大きい。
両腕で抱えきれないくらいに大きい。
おれの頭の数倍はある。
しかも、あの、「プップッ」て音、実は山頂付近から、ずっと、してたんだよな……。
てことは、下山中、ずっと、プップがおれの頭に乗っていたってことだ。
「気がつくはずがありません。私は、なるべく、ゴブヒコさんの顔を視界にいれないようにしているのですから」
と、ホブミは、それが当然のことのように、言った。
「ひどすぎるだろ! おれを処刑しようとかしてたくせに! 見てもいなかったのかよ! もうちょっとで、えん罪事件だぞ!」
おれがホブミに猛抗議していると、リーヌは不可思議なことを言った。
「アタイはちゃんと見てたぜ」
「え? 見てた?」
「アタイは、『ゴブヒコ、ずいぶん顔がでけぇな。なんか、いつもより顔がかわいくみえるぞ。でも、青ざめてるな。だいじょうぶか?』って、ずっと心配してたんだぜ?」
おれは、あぜんとした。
「なんで、そこで気がつかないんすか!? 見てたのに気がつかない方が、ふしぎなんすけど!? 心配してくれるのは、ありがたいんすけど。それ、リーヌさんの頭のほうが心配っす! これが、おれの顔なわけないでしょ? どう見ても、プップでしょ? てか、おれの顔はその下にあるでしょ?」
だけど。
「あの変な光線銃のせいだなって思ってたんだよ」
と、リーヌが言うを聞いて、おれは、納得してしまった。
「たしかに、リーヌさんがカエルになるくらいっすからね。おれの背が急にのびて、おれの首に目鼻口耳がついていて、おれの顔が、つぶらな瞳とちっちゃなくちばしがかわいい、まんまるで大きなもふっとした顔に見えるくらい、あってもおかしくないっすね」
「だろ?」
「納得いかないけど、納得したっす」
それから、おれは、しみじみと、おれの目の前にいる、巨大なもふっとした風船みたいな、謎の生き物を眺めた。
「にしても、このプップ、なんで、おれの頭に?」
リーヌは、さらっと言った。
「おまえ、緑だからな。木とまちがえたんだろ」
おれは、さらっと、指摘しといた。
「そう言うリーヌさんも、今は緑っす」
「ぐはぁっ。せっかく忘れてたのにぃ!」
精神的ダメージを受けたリーヌは、地面にひざをついた。
「忘れんの早っ!」
「おぼえてたら生きていけねぇー!」
とかいう会話をしていたら、おれの両手のあいだで、
「ププッ」
と、プップが、オナラみたいな音で、鳴いた。……鳴いているんだと、思いたい。
なんとなく、尻の方から風が出ていた気がするのは、気のせいだろう。なんか、フレッシュでさわやかな香りがする気がするけど。
リーヌは、デレッとした顔で、おれが両手に抱えているプップを見た。
「かわいいな……。もふもふ風船ー……。アタイにもさわらせろ」
リーヌが、こっちに手をのばした。
おれは、リーヌの魔の手からプップを守るため、体の向きをかえた。
「だめっす。リーヌさんは、ちょっとまちがえると、プップなんて、簡単に殺しちゃうっすから。絶対、近づいちゃだめっす」
リーヌはブーブー言った。
「ブーブー。ゴブヒコだけ、モフっとかわいいの抱っこしてて、ずーるーいー」
「おれは、激弱っすから。おれが、どんなにプップをたたこうがヘディングしようが、まるでふわふわクッションでたたかれたように、プップはノーダメージっすから」
リーヌは、とても、くやしそうな顔をした。
「くそっ。こんなに、誰かをうらやましいと思ったのは、はじめてだぜ。アタイも激弱になりてぇ!」
「おれが、うらやましがられる日がくるとは!」
といっても、おれはプップに好かれても全然うれしくないんだけど。人間の美少女に好かれたいー。
てか、おれは、モフモフとかいらないから、最強になりたいんだけど。
あーあ。リーヌとおれの能力の交換ができたら、いいのになぁ。
なにはともあれ、おれは、プップを自由の身にすることにした。
「じゃ、リーヌさん。プップは放すっすよ。やっぱ、野生モンスターは野生にかえすのが一番っすから」
「おう。しかたねーよな。それがモフモフのためなら。アタイは、がまんするぜ」
おれが手をはなすと、プップは、プップーッと後ろから空気をふきだして、ふわふわと青空に舞いあがっていった。
「さぁて、じゃ、出発するっす。〈世界の中心〉てとこに行くのは決まったけど、そもそもそれ、どこにあるんすか?」
「うむ。アタイはいつでも世界の中心にいる気がするぜ。だって、どっちを向いても、おなじくらい遠くまで見えるからな」
と、リーヌがアホなことを言うと、ホブミが即座に言った。
「もちろん、リーヌ様がいらっしゃる場所が、本当の世界の中心です」
「ホブミ。ちゃんと、〈世界の中心〉に案内してくれないと、リーヌは永遠にカエルのままだぞ」
と、おれが言うと、ホブミはおれをギロリと見てから、説明をはじめた。
「通称〈世界の中心〉と呼ばれている場所は、ここからは少し離れています。一度南に向かった方がいいかもしれませんね」
「南か。よし。南ってことは、あっちだな」
と、リーヌが指さした方を見て、ホブミは言った。
「もちろん、そちらが、南です。ですが進む方向は、ちょうど反対方向です」
「つまり、リーヌがさしているのは、北なんだよな?」
と、おれが言うと、ホブミは言った。
「いいえ。リーヌ様が指している方向が南です。この地図が、まちがっているのです。人々は北と南をまちがっているのです」
こいつ。意地でも、リーヌ全肯定を続ける気か……。
「そういや、ミンナノハウスも、そっちにある気がするな」
と、リーヌは、本当の南を見て言った。
「では、一度、シャバーさんのいる孤児院をたずねてみては、いかがでしょうか? 今のリーヌ様のお姿なら、賞金稼ぎに正体がばれることはないと思いますよ?」
と、ホブミに言われ、おれは、気がついた。
「たしかに。どっからどう見ても、カエルっす。これなら、誰も気がつかないっす。見事な変装っぷりっす」
やっぱり、カエルになることにも、メリットはあったんだな。
「もっと、かわいい変装がいーいー。カエルはいやだぁー」
と、リーヌは言うけど。
おれは、ブサイク転生の先輩として、リーヌに言っといた。
「そんなこと言ってないで。リーヌさんも、前向きに生きてくれっす。おれを見習って……」
おれが、そこまで言ったところで、音がした。
プップッ
リーヌはうなずいて、おれに言った。
「おまえを見習って、前向きにオナラをするんだな?」
「ちがうっす!」
おれは頭の上をさわった。
やっぱり、プップがのっている!
さっき大空にリリースしたはずのプップが!
空気みたいに軽いから、まったく気がつかなかったけど。
「なんでプップ、おれの頭に舞い戻ってんだよ。おれの頭にすわってないで、大空に飛びたてよ。ほら、広大で自由な空が、待ってるだろ?」
と、おれは、プップに言った。
だけど、プップは、まるで、「空を飛ぶなんてつかれることは、ぜったい、いやだ」というように、しっかり、もっふり、おれの頭に、すわっている。
おれが頭をふっても、手でおしても、もふっとした巨大風船は離れない。てか、プップが足でがっしりおれの髪の毛をつかんでいるので、おれの髪の毛が抜けそうになる。
ホブミは、おれとプップのことなんて気にせず、言った。
「では、シャバーさんのいる孤児院に向かいましょう」
「おう。アタイは正体をかくして、こっそり見に行くぞ!」
こうして、おれ達は、孤児院にむかうことにした。
ちなみに、プップは、まだ、おれの頭に乗っている。このプップ、どうやっても、自力で飛びたとうとしない。やる気のなさが、おれ並みだ……。