4-39 最強のツッコミ
リーヌは落ちこんだ。
「うぅ……なんてこった……アタイはもうだめだ……」
「まぁまぁ、そんなに落ちこまなくたって、別に……プフッ」
おれは、はげまそうとして、ふきだした。
「なんだその笑いはぁ!」
「ゴブリン流の笑い方っす。いや、だって、リーヌさん、すんごいカエルっぷりっす。元が美女だっただけに、爆笑っす」
おれは、笑い転げた。
「チクショー。なんてこった。ゴブヒコにバカにされるなんて。これ以上の屈辱はねぇぜ。もう生きていけねー……」
リーヌ、というか、金髪カエルは地面に頭をめりこませた。
おれは笑いながら、落ちこむリーヌを、はげました。
「だいじょうぶっすよ。おれだって生きてるんだから。意外と見た目なんてどうでもいいんす。しょっちゅう顔をバカにされたり、一生恋人ができなさそうなだけで。特に問題ないっす」
「チクショー。ありえねー。アタイは、もうダメだぁ~」
地面を手でたたきながら、リーヌはなげいた。
リーヌが地面を叩くたびに、激しい土煙があがって地面に大穴があいていった。
そして、リーヌの全身が、地面をたたくたびに、より深くなる大穴の中へと沈んでいった。
おれは、感心してしまった。
「ほんとに物理的に落ちこむひとを初めて見たっす」
でも、このままほっといたら、マグマが噴き出るまで穴を掘るか、穴の中で冬眠とかはじめそうなので、おれは、何とかリーヌを元気づけることにした。
「リーヌさん。そんなに落ちこまなくても、なにごとにも、ポジティブな面があるんすから、だいじょうぶっす」
「どんないいことがあるんだよぉ~」
と、深い穴の底から声が聞こえた。
うーん。たしかに。美女からカエルになることのポジティブな面って、あまり見つからない。
でも、おれはがんばって、ポジティブな面を見つけた。
「ほら、カエルな方が、おれとつり合って、コンビとしてのバランスが、とれるっす。どっちも緑だし。おれたち、漫才コンビ組んだら、バッチリっす!」
「漫才? しかたねぇ。こうなったら、ふたりで、M-Iグランプリめざすか?」
意外と立ち直りの早いリーヌは、穴の中からはいあがってきて、そう、前向きに発言した。
「M-Iグランプリ? そんなのあるんすか?」
「おう。『漫才アイしてるグランプリ』略してエムアイだ」
「じゃ、コンビ結成、M-I優勝を目指すっす!」
「おう、優勝目指すぜ! じゃ、アタイがツッコミだな。まかせろ。ツッコミって要は裏拳だろ?」
それを聞いて、おれは、あぜんとした。
「え? なんで、あんたが、ツッコミ? てか、ツッコミを裏拳とか言ってる時点で、絶対ツッコミじゃない……」
と、おれが言っているそばから、リーヌがツッコミ動作のつもりの、超強烈そうな裏拳を放ちかけたので、おれは、大あわてで、走って逃げた。
リーヌの「ツッコミ?」で、近くにあった大岩と何本かの大木が、砕け散った。
「それ、なんすか!?」
「ツッコミだ」
と、リーヌは平然とした顔で言った。
「絶対ツッコミじゃないっす! そんなツッコミという名の爆裂裏拳はなったら、どんなボケ役もツッコミ1回目で確実に死ぬっす! だいたい、リーヌさんはどこをとってもボケ要素しかないんだから。ボケ担当にきまってるっす」
だが、リーヌは、自信満々だ。
「ああ? なに言ってやがんだ。アタイの必殺ツッコミでおまえのボケをいかしてやるぜ! ゴブヒコ。安心してボケまくれ!」
「それ、ほんとの必殺だから! あの世に逝かせちゃうから! どう考えても、おれがツッコミっす! てか、今、まさに、おれが行っているのが、ツッコミなんすから! リーヌさんがツッコミじゃ、1回でもボケたら殺されるから、絶対に、1度も、ボケられないっす!」
おれは、今、必死で、ボケないようにがんばっている。命かかってるから、すごいスリリングだ。
「じゃ、ホブミにきいてみよう」
と、リーヌは提案した。
「きいちゃだめっす。ホブミの判断は、リーヌさんがからむと、くるいまくるから」
と、おれが言ってるそばから、ホブミは言った。
「もちろん、ゴブヒコさんがボケ担当です。問題ありません。蘇生しますから」
「問題ありすぎ! 観客が引くっていうか、グロすぎて逃げるっす! やっぱ、M-Iはあきらめた方がいいっす。そもそも、よく考えたら、被害はボケ役だけじゃ、すまないっす。漫才終了までに、観客が死にまくりの、恐怖のサバイバル漫才になっちゃうっす」
リーヌは、うれしそうに、言った。
「そんなに笑い死ぬのか? ウケまくるのか?」
「笑えないガチの死っす! リーヌさんは、怒鳴ったり手足動かすだけで、謎の攻撃魔法発動! になるんすから」
「んなことねぇよ」
「あるっす。おれは毎日目撃してるっす。てか、今そこで、大岩を粉砕してたっす。というわけで、やっぱ、おれたち、漫才はあきらめるっす」
M-I出場、短い夢だった。でも、実際にやって、惨劇という現実を知る前に気がついて、よかった……。
さて、そこで、ホブミが、まじめな調子で言った。
「そろそろ、真剣に、リーヌ様のお姿を元に戻す方法を考えましょう」
おれも、リーヌをもとに戻す方法について、もう一度、考えてみた。
「そういえば、トードの呪いって、FF系のゲームだと、『乙女のキッス』でなおるよな……。ありえるかも。リーヌさん、『乙女のキッス』みたいなアイテムもってないんすか?」
「あ? 乙女のキス? じゃ、アタイがキスすりゃいいんだな? 乙女の中の乙女だからな」
すぐさま、リーヌは自分の腕にキスをした。が、なにもおこらない。
「な、なにぃ!? ア、アタイは、ま、まさか、乙女じゃ……」
リーヌは、おどろき、たじろいでいる。
「乙女でもなんでも、自分のキスで治るなんて、きいたことないっす」
おれは、そのまま、特に考えずにしゃべり続けた。
「だいたい、リーヌさんが乙女の中の乙女なら、おれだって乙女になれそうっす。リーヌさんの乙女要素なんて、ほぼゼロじゃないっすか。なんなら、おれのキスをためして……」
その時。
ぐはぁーっと音がしそうな、ものすんごくどす黒いオーラが、暗黒賢者から立ち上っているのに、おれは、気がついた。
「ぐぉの乙女の敵め……!」
なんだか、暗黒の深淵からから聞こえるような声がした。
そして、リーヌの方は、リーヌ流ツッコミの準備動作に入っている。
「ギャーー!」
おれは、大慌てで逃げ出した。
「まったく、乙女の中の乙女にむかって、何を言っているのでしょうか」
と、ホブミは苦々しげに言い、リーヌは残念そうに言った。
「あんだよ。せっかく、必殺ツッコミをいれてやろうと思ったのに」
おれが、大木の後ろで息をころして隠れ続けていると、ホブミはあきらめたように、話題を変えた。
「いずれにせよ、状態異常がキスで治るという話は、聞いたことがありません。それより、回復魔法を試してみましょう。なんとしてでも、この呪いをとかなくては。一時的であっても、リーヌ様の美貌が失われるなんてことは、この世界にとっての大惨事です」
そして、ホブミは、かたっぱしから、回復魔法を唱えていった。
ホブミは、かなりたくさんの種類の魔法を試していた。
ホブミは、実は、かなり優秀な賢者で、ものすごい種類の魔法をおぼえている。
だけど。
約30分後。
リーヌは、みごとに、カエルのままだった。
ホブミの状態異常回復魔法は、どれも効かなかった。
ホブミは悲しそうに、頭をふった。
「これは、ふつうの呪いではなさそうです」
「やっぱ、ケロット団員にしか解けないんすかね。あのカエルさん達を探しに行くっすか?」
おれは、木のうしろから、そーっと顔を出して、そう言った。
あんなカエル人間、そんなにいないだろうから、探せばみつかるはずだ。
「たしかに、それは、ひとつの手ですが。彼らが『天空の魔女』と言っていたことが気になります」
と、ホブミは言った。
「そういえば、言ってたな。リーヌさんは、知らないんすか? 『天空の魔女』っていう人」
リーヌは、考えこんだ様子で言った。
「アタイの住んでる町に、すんげぇ、こえー魔女がいるってうわさなら、聞いたことあるぞ。アタイは会ったことねぇけどな。どこにいるんだろうな」
「いや、会うもなにも。それは、あんたのことっす」
リーヌは、町のみんなに「町はずれの魔女」と呼ばれていて、ものすごーく、おそれられている。
「ああ? なに言ってんだ? アタイはテイマーだぜ?」
「自分のことだと気づいてなかったんすか? その鈍感さ、すごすぎっす」
と、おれがリーヌに言うと、ホブミがぴしゃりと言った。
「鈍感王のゴブヒコさんに、それを言う資格はありません」
ホブミは、天空の魔女についての説明をはじめた。
「『天空の魔女』とは、〈世界の中心〉という場所にある『天国への階段』と呼ばれる塔の先に住んでいるといわれる魔女のことです。あらゆることを実現可能なほどの、神々に匹敵するほど強大な力をもつ魔女だといわれます。しかし、神々にかけられた呪いによって、地表に降りてくることはできない、ともいわれています。天空の魔女の姿を見た者はほとんどおりませんが、この世のものとは思えないほど、美しいと言われています。もっとも、リーヌ様の美しさには劣るでしょうが」
「今はもうカエルっすけど」
と言ったら、おれは二人から超にらまれた。
「じゃ、とにかく、その天空の魔女なら、リーヌさんをもとに戻せそうっすね。カエル人間たちの親玉っぽいし」
「そういうことです」
と、ホブミが言い、リーヌはポンと手を打ち鳴らすと、勢いよく言った。
「よし。テングの魔女とかいうやつをシメに行くぞ。長い鼻をへし折ってやるぜ」
「天狗じゃなくて、天空っす」
というわけで、おれ達は天空の魔女を探しに、〈世界の中心〉という場所をめざすため、とりあえずオホシミ山を下っていった。
ちなみに、山頂にいたプップは、おれたちがケロット団と戦ったり、リーヌのカエル化であわてたりしている間に、どこかへ飛び去ったみたいで、おれが最後に空を見上げた時には、もう、空にはいなかった。