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1-1 引きこもり、引きだされる

 おれは山田義彦。無職で、ほぼほぼ引きこもり歴6年の21歳。

 ある日、おれは近くのコンビニで期間限定販売中のスライムまんじゅうを買うというミッションのため、数週間ぶりに家の外に出た。


 うぅ。太陽がまぶしい。まぶしすぎて頭痛がしてくる。

 あ、前から人が来た。なんか、すれ違うのって緊張するな。あぶら汗でてきた。


 とか思いながら、俺は道を進んで行った。

 あとは、そこの角を曲がれば、すぐにコンビニだ。

 という角を曲がったところで、とつぜん、俺は衝撃を感じた。

 目の前が真っ暗になった。


 真っ暗闇の中で、青い光がちらちらと飛んでいた。

 そして、声が聞こえた。


 『転生しますか? 転生後も現在のステータスは維持されます。はい? いいえ?』


「は、はひっ?!」


 おれが驚きのあまりそんな声を出した瞬間、今度はおれの耳元で声がした。


『はい、ですね? お申し込みありがとうございまーす。それでは、手続きを開始しまーす』


 おれは慌てて叫んだ。


「ちょっ、待て! 誰も『はい』なんて言ってない! キャンセル! キャンセル!」


『クーリングオフ期間は設けてありません。決定ボタンは注意して押してね』


「押してない! 〇ボタンとか押してない!」


 おれの声はまっ暗闇の中むなしく響き、返事のかわりに妙な音楽が流れていた。そして、チーンとなって、またあの声がひびいた。


『上手に転生できました!』



  ・ ・ ・



「うぅ。変な夢を見た。異世界転生モノ見すぎたかな」


 おれはつぶやきながら寝返りをうった。

 

「おい、新入り! 起きろ! ゴブゴブ」


 ゴブゴブとした声が頭の上からふってきた。

 おれは、いやいや起きて声の主を見た。


 不機嫌な顔をしたゴブリンが立っていた。……ゴブリンのはずはないから、ゴブリンのコスプレをした人だろうけど。

 なぜかここはおれの部屋じゃない。

 とても粗末な木造の家の中だ。


「おい! いつまで寝てるんだゴブ! とっとと仕事行くゴブ!」


 ゴブリンコスプレの人は、なんかどなっている。


「え? 仕事? おれ、無職なんすけど?」


 ゴブリンコスプレの人はおれを見下ろしながら、怖い顔で言った。


「ばかか、おめぇ。働かざる者食うべからずだゴブ。親方にしばかれっゴブ。ちゃんと働けゴブ」


「おれ、働かされるの? ここどこ? まさか、まさかこれって……」


 おれには心当たりがあった。

 これは、きっと、あれに違いない。

 おれは引きこもりニートだから。いつかこんなことになるんじゃないかって、ちょっと心配だったんだ。


 おれは絶望とともに叫んだ。


「引き出し屋かぁ!」


「引出し屋? そんな職業聞いたことないゴブ。家具屋さんゴブ?」


 ゴブリンコスプレの人は首をかしげた。

 おれは説明した。


「引き出し屋っていうのは、引きこもりを拉致しては支援施設という所に閉じこめて、ボランティアといっては強制労働をやらせて、社会復帰といっては低賃金ブラック工場に就職させるやつらのことだよ。しかも、親からは大金を絞りとるんだ」


 ゴブリンコスプレの人はうなずいた。


「なるほどゴブ。奴隷商人のことゴブか。それとも、ここをおさめる魔王様の異名ゴブ?」


「やっぱりここは引き出し屋の施設!? ああ、きっと、将来を悲観した母ちゃんは引き出し屋にだまされて、おれを施設に入れるために、家を売ってお金をつくって引き出し屋に大金をはらってしまったんだ。どうしよう……」


 おれがおろおろしていると、ゴブリンコスプレの人はおれに木のこんぼうを渡してきた。


「ほら、新入り。これ、持てゴブ。近頃は、ゴブリンをねらって狩るやつらがいるんだゴブ。物騒だゴブ。まったく嫌な世の中になったもんだゴブ。さぁ、行くゴブ」


 おれは、仕方がないのでゴブリンコスプレの人の後に続いて外にでた。

 おれが寝ていた小屋のすぐ外は広場になっていた。

 広場の周辺には、木とわらでできた粗末な小屋がいくつも建ち並んでいる。

 それを見て、おれは思った。


「うわぁ。すんごい田舎に連れてこられてしまったぁ……。これは脱出するの大変そうだ」


 広場では、たくさんのゴブリンコスプレの人たちが整列している。

 どうやら、この施設では全員ゴブリンコスプレをしないといけないらしい。

 みんな、かなり本格的な特殊メイクまでしている。


 きっと、引きこもりをバカにした社長とかが適当に、「ゴブリンごっこで社会復帰トレーニング」とかをはじめたんだろう。


 もうめんどうくさいから、これからはみんなのことをゴブリンと呼ぼう。 


「ふぅ。なんとか、まにあったゴブ。おまえのせいで、朝礼に遅刻寸前だゴブ」


 おれを起こしたゴブリン先輩が、おれに文句を言った。……おれを起こしたゴブリンコスプレの人を、おれは勝手にゴブリン先輩と呼ぶことにしたのだ。名前がわからないから。

 ちなみに、名前を聞くのは緊張するから、おれには無理。 


 それはそうと、これは朝礼らしい。

 ヘルメットをかぶった、ちょっとえらそうなゴブリンが前に出てきて叫んだ。


「おはゴブ! 今日も一日、元気に働くゴブ! まずはラジゴブ体操!」 


 ラジオ体操の音楽が流れだした。


「イチ、ニ、ゴブ、リン! サン、シ、ゴブ、リン!」


 ゴブリンたちは、ラジオ体操っぽい体操をしている。

 おれも見よう見まねで体操をした。

 体操が終わると、仕事の説明があった。


「ゴブ! 今日の仕事の発表だゴブ。まずA班は魔王様ご命令の城壁づくり。工事がおくれてるゴブ。急がないと、たいへんなことになるゴブ! B班は近くのパトロール。近頃、物騒だから気をつけゴブ! そしてC班、落ちこぼれのお前たちは村の近くで食べ物と素材探しだゴブ! 途中でつまみ食いしたら、こんぼう100発の刑だゴブ! では、出発!」


 A班は工事現場で、B班は警備のお仕事、C班は農作業か……。

 やっぱり引き出し屋は強制労働をさせるらしい。

 しかもやっぱり体罰があるようだ。

 


 それはそうと、おれはゴブリン先輩にたずねた。


「おれは何班っすか?」


「C班ゴブ。荷物をとりにいくゴブ」


 ゴブリンたちがぞろぞろと動き出した。

 おれとゴブリン先輩は同じ列のゴブリンたちの後をついていった。

 おれたちはすぐに物置小屋についた。


 ゴブリン先輩がおれにカゴをわたした。


「ほら、このカゴを背負うんだゴブ」

 

 カゴを受け取った背負ったところで、おれは気がついた。


「いたっ。皮膚がこすれた……って、あれ? そういえば、おれ、服をきてないな」


 おれは、上半身裸だった。おれの腰にはぼろ布がまかれているだけで、他にはなにも着ていない。

 しかもよくみると、いや、よく見なくても、ひふの色が緑だ。

 どうやら、気を失っていた間におれも強制的にゴブリンコスプレをさせられてしまったようだ。

 

「げっ。なんだよ、このかっこう。腰布一枚だけとか、変質者として通報されちゃうぞ? ひょっとして、変な格好をさせて逃げ出さないようにするつもりか……おそるべし。引き出し屋」


 だけど、ゴブリン先輩とかはちゃんと布のシャツを着ていた。


 採取道具をもってカゴを背負ったC班のみんなは、森の中にむかった。

 まさかこういう形で自給自足させるなんて。

 食費すらかけないんだから、この引き出し屋はぼろ儲けだな。


 みんなは森の中をけっこう早いスピードで進んでいくから、おれは森の中に入ってすぐに、息が切れ、つかれはててしまった。


「ちょっと、待って……」


 おれがぶっ倒れそうになりながら言うと、ゴブリン先輩が驚いた顔で振り返った。


「もうバテたのかゴブ!? まだ平地を100メートルくらいしか進んでないゴブ!?」


「バテバテっす。もう今にもたおれそうに、ふらふらっす」


「たしかに、おめ、前に進む以上に、横にふらふら動いているゴブ」


 ゴブリン先輩はそこで、おでこにつけていたゴーグルを装着した。


「おめ、スタミナゲージが!?」


 ゴブリン先輩はおどろきの声をあげた。


「スタミナ最大値が5しかないゴブ! 生まれたての赤ちゃんゴブリンでも10はあるゴブ! 大人は最低25だゴブ! どうやったらそんなに少なくなるんだゴブ!?」


 ゴブリン先輩はすっかりゴブリンの設定がお気に入りのようだ。

 この施設の洗脳なのかもしれないけど。

 おれはそのへんはスルーして返事をしておいた。


「そりゃ、引きこもりのライフスタイル? おれ運動いっさいしない派っすから」


 その時、近くの草むらから、何かがとびだしてきた。

 とびだしてきたのは、青いプルプルとした物体だ。


「あれ? なんだろ。スライムみたいな?」


 ゴブリン先輩が叫んだ。


「スライムだゴブ! スライムが出てきたゴブ!」


「え? スライムって日本に実在するんすか? ゲームの中だけだと思ってたっす。うわー。おれ、ずっと、リアルサイズのスライム見たかったんだよなぁ」


 おれが感動していると、ゴブリン先輩は、おれに言った。


「おめ、頭だいじょうぶゴブ? 早くスライムを倒すゴブ!」


 ゴブリン先輩の声に押されて、おれはこんぼうをふりかぶった。

 しかし、おれがこんぼうを振り下ろす前に、スライムが突然、ジャンプ! 

 おれに、体当たりしてきた。


 そして、おれの腹部に、激しい衝撃が!

 内蔵破裂したかと思うほどの衝撃が!

 スライム、見た目はプルンプルンなのに、あり得ないほどの衝撃が!


「いてぇぇ! まじいてえぇ!」


 おれは倒れて、のたうちまわった。

 その間に、他のゴブリンたちがスライムを叩きのめしてくれた。


「スライム、強い……」


 おれが、うめくようにつぶやくと、ゴーグルをかけたままのゴブリン先輩が、ぼそっと言った。


「今のスライムは、レベル1だったゴブ。村の子どもが、よく、遊びで狩ってるゴブ……」


 ゴブリン先輩は、なにか、あわれみのようなものを目にたたえて、おれを見下ろしていた。

 ゴブリン先輩は、つぶやき続けた。


「おめ、HPの最大値4だゴブ。このあたりのゴブリンの平均HPは55で、弱いゴブでも25はあるゴブ。こんなに弱いゴブリン、見たことないゴブ。おまけに防御力がゴブ並みはずれて低いから、今のスライムの一撃で3なくなったゴブ。残り1だゴブ」


「うぅ。なんてこった。日本の田舎、おそろし。ところで、先輩。おれ、体が痛くて動ける気がしないんすけど」


 ゴブリン先輩はきっぱりと言った。


「おまえに使える薬草はないゴブ。がんばって生きて帰るんだゴブ。……村の掟で死んだらその場で解体して素材と装備だけ持ち帰るゴブ」


 きびしいことを言いつつも、ゴブリン先輩は仲間たちに、「新入りのために、今日はなるべく敵のでないところを歩くゴブ」と言ってくれた。


 その後おれたちは、誰とも出会うことなく、無事、村まで帰ってくることができた。

 そして、みんなはおれをあわれみ、仕事を免除してくれ、おれは早めに帰宅することになった。


 さて、粗末な小屋の中に帰宅したおれは、わらの布団の中に入って寝ることにした。


「ふぅ。おそろしい施設にいれられてしまった。みんなはやさしいけど。強制労働、過酷すぎる……」


 おれがつぶやいていると。

 突然、耳元で声が聞こえた。


「あんた、いつになったら気がつくのよ!」


「あれ? だれかいる?」


 おれは家の中をきょろきょろと探した。

 誰もいない。

 でも、誰か、女の人の叫び声が響いている。


「最初に、『転生』って、はっきり言ったじゃない! ……本当は転生じゃないんだけど。あえて、あんたが理解できそうな言葉で『転生』って表現してあげたのに。なんで!? 全然、理解してないじゃない! あんた、異世界転生モノよく見てるんでしょ!?」


「転生モノ? よく見るってほどじゃないけど、まぁまぁ見る感じ? それにしても、どこから聞こえてるんだ、この声?」


「ここよ。ここ」


 なんか、青い光がちらちらと飛んでいた。声はそこから聞こえているようだ。


「いーい? このままじゃ、あんたは、いつまで待っても気がつかなさそうだから、はっきり言うけど。ここは異世界。あんたが元いた世界とは違う場所なの!」


「へぇ。イセカイ。……異世界?」


「そうよ。異世界」


「じゃ、おれはゴブリンコスプレじゃなくて、ゴブリンなの!?」


「……そうよ。なんで、気がつかないのよ!」

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