PVは増えるのに評価は増えない現象について
「俺の小説、アクセスは増えるのに評価がつかん」
友人はそう言って、遠くへ視線を向けた。
彼と僕は、同じ小説投稿サイトで活動しているアマチュア作家だ。中学生の頃からの友人であり、二年ほど前にそれぞれ執筆活動を始めた。以来、互いに高めあったり足を引っ張りあったりしている。
「僕たちの作品は需要が薄い。ユーザー受けを図らないが故の代償だ」
彼は硬派で難解なSF、僕はエンタメ性の薄い純文学を主軸に据えている。投稿サイトのメインストリームとはかけ離れた位置にいるのだ。潮目を読まねば釣果は望めない。
「お前、自分のことを大衆におもねらない高尚な作家だとか思ってやしないか」
「バカ言え。評価がつかないのは己の実力不足だ。流行り廃りの壁をぶち抜けるほどの実力が僕たちにはない」
決して流行ジャンルを否定するつもりはない。もちろん、どの業界でもジャンルによって需要の偏りが存在することは周知の事実だ。しかし、人気のものにはそれなりの理由がある。
また、本当に良いものはジャンルなど関係なく良いのだ。己でマイナージャンルを選んでおいて、結果を出せなければ他を妬むような恥知らずと思われるのは、心外この上ない。
「俺はな、自分の作品に評価がつかないのは実力がないからではないと思っている」
だからこそ、僕は友人の言葉に耳を疑った。
「お前、自分こそルサンチマンに飲まれていやしないか」
「待て、俺の理屈を聞け。事実は逆なんだ」
「逆?」
「評価がつかないのは、俺に実力がありすぎるからだ」
いよいよこいつは駄目かもしれないと思った。いっそこの場で安らかな眠りにつかせてやるべきだろうか。
「気でも狂ったか。実力がありすぎて評価されないとはどういう理屈だ」
「考えてもみろ。プレビュー数が増えるのに評価はつかない。こんな現象が起きるのは何故だ?」
作品を読みに来た人間が、目を通したのに評価せず帰っていく。これはつまり評価に値しない程度の駄作だったと判断されたということだろう。
「違うな。読者たちには、俺の作品を読んだ後、評価をつけられない理由があったんだ」
「その理由はなんだ」
「死んだからだ」
思わずコーヒーをこぼしかけた。何を言っているんだこいつは。
「俺の作品を読んだ人間は、あまりのクオリティの高さに皆絶命しているんだ。だから評価がつかない」
「正気かお前」
「考えてもみろ。お前も、自分の作品には自信を持っているだろう。そうやすやすと素通りされるようなクオリティではないと」
当然だ。アマチュアのさらに最下層といえど作家の端くれ、納得のいかないものは世に出さない。
「では、作品のクオリティが低いから素通りされているのではなく、ハイクオリティ故に評価をつける間も無く、読者が絶命していると考えた方が妥当ではないか」
「なるほど、一理あるな」
極めて理屈にあっているので、僕は感心した。
それからというもの、僕達は夢中で死体の山を築いた。
今までの数倍の速度で作品を書き、片っ端から公開した。依然、プレビュー数は増え、評価はつかなかった。
みんな死んだのだ。時には悲劇の恋に泣きながら、時には喜劇に頬を緩ませながら、軒並み即死していったのだ。
僕も彼も、次第に、自分の作品の面白さで人を殺すことに快感を覚えるようになっていった。
ある日、友人が長らく付き合っていた恋人に振られたという知らせを受けた。
悲しみのあまり寝込んでしまった友人を見て、僕は復讐を決意した。
作戦はこうだ。まず、その女のSNSアカウントに、偽名のアカウントで少しずつ近づいていく。そうして、ある程度仲良くなったところで僕の小説を読ませるのだ。一度目を通せばこっちのもの。読み終えた時には、あまりの面白さにターゲットはすでに死んでいるのである。
作戦は滞りなく進んだ。友人のアカウントからターゲットに近づき、一ヶ月ほどかけて交流を深めた。そして、つい先程、僕の小説を読むように誘導したところだ。
作品の文量的に、そろそろ女の命も尽きる頃だ。僕はほくそ笑んだ。
SNSに通知が来た。女からのメッセージだった。
そんなはずはない。こいつは死んだはずだ。
慌ててメッセージを確認すると、そこにはこう書かれていた。
『あなたの小説、退屈すぎて死ぬかと思ったわ』
願わくば、この小説を読んだ皆様が絶命しませんように。