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未奈美の傲慢

 騙された。男はみんな嘘つきだ。

 私は小学六年生にして、世の中の真理をしてしまったのだ。

「どうしたっていうんだ」

「さあ」

「可哀相な未奈美(みなみ)ちゃん……」

 娘の扱いを未だにわかってないお父さんと、そこそこ放任主義のお母さんと、シスコン気味のお兄ちゃん。家族が私を心配しながら気まずい夕ご飯。

 心配はされても、本当のことなんて言わない。これは私の問題だもん。

 悔しすぎて、食欲が止まらない。私はご飯をおかわりして、煮込みハンバーグの残りのタレをおかずに夕飯をもくもくと食べた。

 美味しいご飯をもってしても、傷は癒えないんだから!


「と、こういうわけなので、私の彼氏になって!」

 夕ご飯の後、隣の家に遊びに行き、私は事情を説明した。見た目は一緒の、建売住宅ってやつ。

 私から説明された年の離れた幼馴染は、ただ目を丸くするだけ。

「えっと、話が見えない。どうしてウチの兄貴が結婚するからって、俺が未奈美の彼氏にならなくちゃいけないの?」

 大学一年生の大志(たいし)くんは、ベッドに寝転びスマホをいじくる手をとめた。

「人の話聞いてないから彼女できないんだよっ」

「うるせぇ関係ないだろ。それに今のは、未奈美の説明が意味不明なだけ!」

 起き上がり、ベッドの上にあぐらをかいた。私は向かい合うように、勉強机の椅子に腰かける。

 今まで彼女ができないという大志くん。納得できるような、できないような。身長は高くも低くもなく、太っても痩せてもいない見た目。

 中身はよくわかんない。趣味も特にないって言うし、二人で遊びに出かけることも多くないから。

 一応、髪の毛は清潔感ある黒髪って感じ。少し染めたらちょうどいい感じにチャラくなりそう。そんな幼馴染。

「だーかーらー、剛志(たけし)くんが結婚するじゃん? 私は失恋じゃん?」

「そこまでは俺もわかる」

 私の恋の相談は、ずっと大志くんにしていた。いつもスマホいじりながら「兄貴、彼女できたけど」と報告してくれていたけど、私がおとなになれば、選んでくれると思っていた。

「剛志くんのお嫁さんになる!」

 古臭いけど、そんな夢を抱いていた。もちろん、共働きも視野に入れてた。養ってもらうだけがお嫁さんじゃないもんね。それに対して、剛志くんも頷いてくれていた。「待ってる」って。

 さすがに小学生に手をだすのはまずいよね、って私は時が来るのを待ってた。

 でも、ちんたらしていたらどこの馬の骨とも知れぬ女に取られた~! 嘘つき!

「んで、なんで俺が未奈美の彼氏?」

「友達に、年上の彼氏を見せびらかそうかなって思って」

 言いふらしちゃった。そう言い終わる前に、大志くんは盛大なため息をついた。

 いつもの呆れた様子とは違って、なんだかお父さんに叱られる時のような嫌な感じがする。

「なぁによぉ。ところで、今日剛志くんは?」

 ちょっと明るく言ってみたけど、大志くんの不機嫌そうな雰囲気は変わらなかった。私の気のせいじゃなさそうだ。

「なんか、飲み会あるから遅くなるって」

 それだけぶっきらぼうに言い、黙ってしまう。

「そっかー、残念。……ねぇ大志くん、怒ってる?」

「別に」

 別にと言う時は、何か言いたい時でしょってお母さんがいつもお父さんに怒ってる。つまりそういうことなんだろう。

 私も何を言うべきか分からず、黙ってしまう。そうして沈黙が続いていると、大志くんから口を開いた。

「見せびらかすって、お前は恋人になるってどういうことかわかってんの?」

 少しイライラした様子で、私に聞いてくる。

「わかってるよ。好きな人同士が一緒にいることでしょ?」

 小学生でも彼氏彼女なんて当たり前にいる。友達よりも深い関係だけど、いつでも他人になれる不思議な関係。

 だから、結婚までたどり着けるって凄いこと。一緒に冒険して、ゴールして、まだ俺たちの戦いは始まったばかり! となる。続編を作る許可を得たんだ。

 人生の続編を作るなら、剛志くんがいいと思っていた。大人だし、かっこいいし、穏やかだし。運動はちょっと苦手みたいだけど、勉強はそこそこ出来て、好奇心もあって。色々な雑学も知ってた。

 それなのに!

 結婚相手は私じゃないんだね!

 ああ、泣きそう。涙を吹き飛ばすように両手をパンと合わせて大きな声を出した。

「ねー大志くんお願い! 明日暇なんでしょ? 彼氏になって」

「勝手に暇って決めんな。まぁ、暇だけど」

「すぐ別れたことにしていいから!」

「やだよ」

 ぷい、と大志くんはそっぽを向く。でも、これくらいじゃめげない。失恋した上に嘘つき呼ばわりされたらたまらない。……友達に嘘をついたのは本当なんだけど。

「あのな、お前はどういうお願いしているかわかってるか?」

 そっぽを向いたまま、ぼそりと大志くんが呟く。私はその言葉の意味を理解できず、何も答えなかった。

 なんか、変かな? もちろん偽物を「恋人」と見せびらかす事がいい事とは思えない。でも、そんなのは今楽しいイベントだと思えばいいじゃないか。

 大人になると、深く考えてしまうのかな。それって、つまんなくない?

 無言で、不服そうにしている私に向かって、大志くんははぁとわざとらしくため息をついた。そして外国の映画みたいに両手をあげた。

「わかったよ、やってやるよ」

「やったー! ありがとう大志くん、話がわかる人だ!」

 お前なんなんだよ、と苦笑いをしながらも、大志くんは私の願いを受けてくれた。

 あくまで剛志くんの代役。今、楽しければそれで終わる。ちょっとしたイベントだ。

 明日、友達とは電車ですぐの水族館に行く約束をしていた。待ち合わせ場所と集合時間、お昼を食べる場所と時間、解散する時間。

 すべて、まりなちゃんによって決められた。

 その日程を大志くんにメッセージで送る。

「女の子はこういうのマメだな」

「大志くんなんて、その場その場で決めるんでしょ」

「悪いかよ」

 また機嫌が悪くなりそうなので、私は慌てて首を振った。

「こうやって予定が決まってるのもしんどいよ。待ち合わせ以外にも、何時にどこでご飯食べるかなんて」

 まりなちゃんが全部決めてくれるから、まぁいいけど。

「何人来るの?」

「うーんと、私の他には三人だよ」

「四人か……。俺、明日はJSの子守りじゃん」

「大志くんモテモテ」

 うひひ、と笑って指でつつくと、大志くんは「ロリコンじゃねぇし」と笑った。

「まりなちゃんのママも付き添ってくれるから、大丈夫だよ」

「なら安心だ」

 ホッとして、見せた笑顔。剛志くんと違って、年が近いから感じたことはなかったけれど、それが少し大人っぽく見えた。

 そっか、この人を見せびらかすのか。剛志くんには及ばないけど、大志くんならみんな好きになってくれそう。

 私につつかれてくすぐったがったがっている大志くんの笑顔を見て、早くも自慢げな気持ちになってきた。


 朝、太陽がまぶしくて目覚めた。お出かけだ!

「毎日起こされる前に起きて欲しいものね」

「私だって、毎日怒られる前に起きたいよ」

 そういうお母さんも、寝ぐせで髪の毛ぼさぼさ、パジャマのまま朝ごはんだ。テレビドラマのような、ばっちりメイクしたお母さんなんて都市伝説だ。

「おかーさん、今日は髪型可愛くしてね」

「はいはい」

 普段は肩の上で切った髪を自分で適当に結んでいるけど、今日は編み込みにしてもらおうかな。久しぶりにわくわくしていて、いつも以上に納豆ご飯が美味しかった。

 ちゃんと歯磨きしないと!


 髪の毛をちゃんとしてもらうと、自分に自信が出てくる。洗面台の前の鏡、自分の部屋の鏡、窓ガラス。写るたび笑顔になる。

 触りすぎて崩さないようにしないと。お母さんにまた怒られちゃう。

「よーし」

 嘘を付きとおすための一日ではあるけれど、とても楽しみ!

「行ってきまーす!」

「大志くんによろしくね」

 昨日の夜、大志くんと一緒にお出かけすると言ったら、大志くんのママに電話していた。そこで「ああ、なるほど。おめでとうございます」と言っていたから、私の置かれた状況を理解してくれたのだろう。

「大志くんにお金を出させるわけにはいかない」

 そう言ってお金を持たせてくれた。これでお土産を買って帰ろう。足取りも軽く、私は隣の家へ。

 自分の家と同じ見た目の家のインターフォンを押す。

『はーい』

 聞こえてきた声は、剛志くん!

「あっ、の、大志くん、いますか」

 いないと困る。でもそう言うしかできなかった。

『未奈美ちゃん?』

「そう、だよ」

 失恋してから会うのは初めてだった。妙に緊張しちゃう。

『わー久しぶり! ちょっと待って』

 インターフォンが途絶えると、間もなく玄関のドアが開いた。

「大志、まだ準備してるから家の中で待ってて」

 そう声をかけてくれた。大好きな笑顔付で。胸の中から、何かが溢れてくる。放出させたらどれだけ気持ちいいかと思うけれど、そうすることはできない。

 こんな思いをさせてくれるのは、剛志くんだけ。

「うん! おじゃましまーす」

 私を振ったんだからちょっと冷たくしてやろうと思ったけど、できなかった。私って弱いしちょろい。

 形は一緒だけど、中に入るとまるで違う家。においも、飾りも違う。

「久しぶりだね、未奈美ちゃん」

 ぽんぽんと頭を撫でられ、私はニヤニヤを止めることができない。

 剛志くんの手も、声も、覗き込んでくれる姿勢も、いつでも暖かく見守ってくれる優しさも、やっぱり好き。

 でも、結婚しちゃうんだもんな。晩婚化って言われてるのに、二十三歳で結婚なんて。

 お出かけ前なのに、気分が落ち込んできた。編み込んできた髪の毛は、剛志くんの為じゃないもん。

「リビングにあがる? 大志、まだかー?」

 剛志くんの気遣いに、私はただ廊下の色を見るだけだった。自分の家と一緒なのに。

「悪い、待たせた」

 私が動く間もなく、大志くんが大きな足音を立てて階段を下りてきた。ようやく顔をあげる。片手で髪の毛をいじくってる大志くんを見て、私はようやく目を見て声を出せた。

「おはよう、大志くん」

 大志くんは、私と剛志くんを交互に見て、私をじっと見た。

「待たせたな!」

 しゃきーんと効果音が付きそうなくらいの勢いで、特撮ヒーローみたいなポーズを決めた。思わず吹き出してしまう。

「何してんのー。電車に遅れちゃうよ」

 電車は三十分に一本。一応早めに来たけれど、あまりのんびりはしていられない。

「駅まで、車で送るよ」

 剛志くんは、私たちの返事を待たずに玄関に置いてある車のキーを持ちあげた。

「いいの?」

 大志くんの問いかけに「親父は今日乗らないって言うし、買い物もしたいからさ」と玄関のドアを開けた。

「だってさ、乗せてもらおう」

 大志くんに促され、私も家を出た。

 さらに大志くんは、私に助手席に座るように言った。

「俺は後ろで広々寝る」なんて言う。寝るって、車なら五分もかからず着いちゃうのに!

 剛志くんの運転で車に乗るのは何度かある。でも、助手席に座るのは初。

 いつもは車酔いしないのに、今日はなってしまうかもしれない。

 運転する男の人がかっこよく見えるのはなぜなんだろう。ハンドルを回す腕、アクセルやブレーキを踏む長い脚。普通に立っていたり座っていたりする時とは違う。

 憧れの人の隣にいるのは幸せなことだけど、私はこの助手席に座っていいのかな。

「今日は水族館に行くんだって?」

 運転をしながら、剛志くんが声をかけてくる。

「うん。ペンギンショー見てくる」

 ちょっと思い悩んでしまっていた。良くない、せっかくのいいお天気で、楽しい休日なのに。

「いいなぁ、本物見たことない。ペンギンって言えば、コウテイペンギンとか……あとなんだっけ」

 コウテイペンギンしか知らない。どうしよう、と無言になってしまう。

「アデリーペンギンとかオウサマペンギンとかマカロニペンギンとか」

 すらすらと、ペンギンの種類を答えたのは後部座席の大志くんだった。

「へぇ、大志ってペンギンに詳しいんだな」

「そんなことねぇよ。常識だよ、一般常識!」

 大したことないと言った風に、後部挫折から明るい声を出す。後ろを向いて様子をうかがうと、目が合った。

「すごいね、大志くん」

 褒めたのに、なぜだか大志くんはそっぽを向いた。恥ずかしがり屋だな。まさか、今日のために勉強した……とか。

 それは私のうぬぼれかな。

「はい、もう着いたよ」

 駅に近いことが売りだった家だ。

 田舎町ではあるけれど、駅が近いだけで便利。車社会だけれど、新しい駅とそれに伴う住宅地がうんぬん……って、お父さんとお母さんが話して、ここに住むことにしたんだって。私は小さすぎたから、記憶にないんだけど。

 駅前のロータリーに車が停車させる。

「剛志くん、ありがとう」

 お礼を言ってから、降りる。運転席に座ったまま、車の外にいる私たちに首を伸ばしてくれた。

「気を付けて、デート楽しんで」

 違う、と反論する前に、大志くんによってドアが閉じられた。

 剛志くんは目をちょっと見開いたけれど、また笑顔になって姿勢を戻す。私たちが車から離れたので、発進させた。

 今ドアを閉じたのは私に気を遣って、なのかな。

 ちらり、と大志くんを見ると、私を見ずに駅の方へ歩いて行った。

 その後ろ姿を見ると、自然と足がついていく。

 剛志くんに「デートをする」と思われたこと、でも大志くんがかばってくれたこと。いろんな気持ちが湧いてくるけれど、どれも悪いものではなかった。

 カバンからICカードを取り出し、勢いよくタッチした。


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