多分、大丈夫
だいたい問題ないものです。
行きつけの24時間スーパーに、「年末売れ残り一掃セール」というコーナーが開設された。
このスーパーで、年の瀬にこんなコーナーが開設されるのは初めてかもしれない。
(このスーパーはケチなんだよなあ。なかなか値引きされないんだ……)
それはかなり大きなコーナーで、棚に色々な商品――お菓子やら、レトルトやら、カップ麺やら――が並べられて、さらに棚の前にはオレンジ色のワゴンが設置されていた。
ワゴンの中は、特に割引されたものが混沌と放り込まれている。
調味料だったり、高野豆腐だったり、どこのメーカーのものやら分からないラムネ菓子だったり。
食品以外も投げ込まれていたから驚いた。
妙に蛍光色がきついタッパー。
フライパン。
スリッパ。
トイレットペーパー。
何でもアリにもほどがある。
安物には目がないから、そのお買い得なコーナーを発見したら、もう素通りできなくなった。
棚を物色して、ワゴンの中を漁る。
本当に何でもかんでもある。食べ物から日用品まで。缶詰と一緒にトイレクリーナーがカオスの海を漂っている有様。凄い。こういうシュールなの大好き。夢中で漁って、これはと思うものを選んで買いだめた。
今年は彼氏もいないし、仕事だったし、クリスマスなんかなかったからね。
年末のお楽しみにするんだよ。
同居人の友人にもおすそ分けしてやろう。
わたしも友人も大みそかの夜は暇だから、炬燵でだらだらして紅白でも見ようと約束していた。
ちょうどワゴンの中に、凄まじい安価の酒瓶があったので、それも買っておいた。
飲んで食ってお得な年末を過ごすんだ。
幸先が良いぜ、来年こそ良い年、と、ほくほくしながら。
大晦日の晩。
わたしも友人も生活リズムがバラバラなので、同居していると言っても滅多に顔を合わせない。
久々に一緒にこたつに入り、テレビを見た。
件の謎の「年末売れ残り一掃セール」でゲットした、カップ麺のそばを啜ってしみじみする。
見たことのないメーカーの酒をコップについだ。
湯気のたつカップ麺の他には、ハム、野菜ジュース、お茶のペットボトル。
全部、例のワゴンから調達したものだ。
「それな、5円だったん」
友人が啜るカップ麺を箸で示して、わたしは言った。
眼鏡を湯気で曇らせながら、友人は、ほうと言った。
無表情無感動な友人の心を動かしたらしい。ちょっと得意になった。
「ほして、これが15円」
コップ酒。無色透明。味は可もなく不可もない日本酒だ。
「で、これとこれが10円」
ペットボトルのお茶と野菜ジュース。
「これがなんと、50円なんだよなあ」
まだ開封していない、ハムのパックだ。切って皿に並べればご馳走代わりになる。
「他にも、トイレットペーパーが12ロール入りで15円。洗剤が20円……」
大得意で言った。
沈黙。
友人はそばを啜るのをやめた。
おもむろに眼鏡の湯気をふいてから、カップ麺のパッケージを眺めた。
無言である。
次に友人は、酒の瓶を取り上げて確認した。何をしているんだろう。
そしてペットボトルの飲料とハムを睨みつける。
歌合戦の賑やかしさをBGMに、やけにゆっくりと、友人は言った。
「原材料、小麦粉、そば粉、植物?油脂……」
妙な区切りが入った。まじまじと、友人がわたしを見つめた。
なにその「?」って、と聞き返すと、そう書いてあるんだよここに、と友人はパッケージの原材料の欄を指さす。
植物?油脂。
多分、植物?
「原材料、米、麹……は、いい。問題はここだ」
友人は酒瓶をぐるっと回して、原材料欄を指でさした。
米、麹、水。そうだ、日本酒はそれらでできている。何ら問題はない――だが友人は、その原材料の原産国のことを言っているのだった――「原産国、日本とか」。
とか?
「原材料、人参、トマト、セロリ、小松菜、レモンのような果物」
今度は野菜ジュースだ。
レモンのような?
「原材料名、緑茶……(日本など)」
ペットボトルのお茶。
日本など。
など?
極めつけはハムだった。
友人がなにか言う前に、わたしはそれを取り上げた。
くるっと裏返して貼り付けてあるシールを見る。唖然とした。
このハムは、「国産豚肉など」で、作られている――ハムは豚肉で作ってあるものだが――「など」とは何だ。
キラキラ衣装のアイドルが歌うヒット曲。
テレビ画面がキラキラして、こたつの上が食品たちで賑やかであるほど、虚しい。
「多分さー、食べても問題はないんだろうと思うよ」
友人は、またずるずるとそばを啜りだした。
何事もなかったように。
トイレットペーパーも、拭いたら尻が腫れるとか、ないと思う。
大丈夫大丈夫、多分。
……多分。
わたしは無言で、ハムだのジュースだのを眺める。
5円、10円で入手した売れ残りの品々。
買った時は、やったぜウハウハ得しちゃった、などとほくそ笑んでいたのだが。
大量に買いだめた謎の安物ども、塵も積もれば山となり、結構使ってしまったような。
今お財布にはいくら残っていたっけ、と思いながら、わたしもその、得体の知れない謎のそばを啜った。
(お得さには理由がある)
来年に活かそう、この教訓。
敢えて、見ないようにするのが賢いのかもしれません。