侯爵家令嬢の災難
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サジタリオ女子爵邸・サロン
王子妃候補と言う名誉と侯爵家令嬢と言う地位の双方を喪いディアナとの縁を最後の頼みとして訪れたビスマルク侯爵家令嬢レーナとただ1人彼女に従う道を選んだ侍女サニア、たった2人の主従はメイドに案内されてサロンに姿を現すと沈痛な表情を浮かべながらディアナに対して深々と一礼し、ディアナは穏やかな微笑みを浮かべつつ主従に対して口を開いた。
「久し振りねレーナ、サニア、そんなに畏まらなくても構わないわ、座って寛いで頂戴」
ディアナの穏やかな言葉を受けたレーナとサニアは安堵の笑みを浮かべながら勧められるままにソファーに腰を降ろし、同時にメイド達が2人の前に紅茶を置いた後に一同に向けて丁寧に一礼してから退室した。
「……それで、一体何があったのかしら?」
ディアナはメイドの退室を確認した後にレーナに対して問いかけ、レーナは頷いた後に沈痛な面持ちで口を開いた。
「……お恥ずかしい限りの話ですが去る深緑の月五日に突如ザイドリッツ様より王宮に呼び出され、参上致しました所婚約を破棄され、侯爵家に戻りますと侯爵家よりも絶縁されたのです、そしてただ1人供を申し出てくれたサニアと共にディアナお姉様との縁にすがるべくこの地を訪れ今に至ります」
「……理由は?政略結婚とは言え、いえ、政略結婚だからこそ簡単に破棄できる話では無い筈よ」
レーナの説明を聞いたディアナはげんなりとした表情で問いかけ、レーナはディアナと同じ様な表情を浮かべて頷いた後に言葉を続けた。
「理由についてですが、私にあるのが地位の高さだけで他には何も持っていないのが理由だとザイドリッツ様は仰っておりました」
(……いきなり許嫁を呼びつけてそんな事言うとはね、取りあえずそのザイドリッツとか言う人とは仲良くなれる気はしないわね)
レーナの説明を聞いた渚はまだ見ぬザイドリッツへの評価を駄々下がりに低下させ、一方ディアナはもう一度大きなため息をついた後に再びレーナに問いかけた。
「……ザイドリッツはもうすぐ魔王子就任式だった筈なんだけど魔王子妃はどうするつもりなの?」
「……私もそれが気になりましたので問いかけました所、地位にしがみつく浅ましい女だなと言われ、その上で私の様な地位の高さをひけらかす女では無く魔王子妃に相応しい女性に求婚した上で彼女を魔王子妃にする、既に魔王様もお認めになっていると仰りました」
「……死ねばいいのに」
(ですからマリア様、怨念籠った小声で呟くの止めて下さい、本気で恐いです)
レーナの答えを聞いていたマリアが地の底から聞こえて来たような怨念に塗れた呟きを耳にした渚は若干涙目になりかけながら心持ちマリアから距離を取り、一方苦虫数十匹纏めてを噛み潰した様に渋い表情でレーナの説明を聞き終えたディアナはレーナに対して深々と頭を下げながら口を開く。
「……ごめんなさいレーナ、苦労をかけたわね」
「……そ、そんなっ!?頭をお上げ下さいナディアお姉様!?ディアナお姉様には何の責任もありませんわ」
ディアナの謝罪を受けたレーナは慌ててディアナに声をかけ、その様子を見ていたマリアも頷きながら口を開く。
「レーナ様の仰る通りですわディアナ様、今回の一件はあくまでザイドリッツ様の高貴で高尚過ぎるお考えに原因があるのですから…………本当に死ねばいいのに」
(……マリア様、本当に怪談に出てても可笑しく無い位に恐いので出来れば止めて欲しいんですが)
マリアが言葉の最後にポツリと呟いた毒と怨念の混じった呟きを聞いた渚はひきつりそうになる顔を保たせつつ不自然にならない程度にマリアと距離を置き、その様子を目にしたヴェルシーナとエレノアが苦笑を交わし合っているとディアナが頭を上げてレーナとサニアに語りかけた。
「……歓迎するわ、レーナ、サニア、ヴェストラントにようこそ、刺激は少ないかも知れないけどこの島はとても良い島よ、その代わり、始まったばかりのこの島の開拓にも力を貸して頂戴ね」
「ありがとうございます、ディアナお姉様、非才の身ではありますが全力で御手伝いさせて頂きます」
「不束者ですが私も精一杯御手伝いさせて頂きます、本当にありがとうございます、ディアナ様」
(やっぱりディアナ様は優しい女ね、それにしても……)
ディアナの言葉を受けたレーナとサニアは表情を輝かせながら感謝を告げ、渚はその光景に頬を緩めながら龍人のレーナと蝙蝠の獣人のサニアを不躾にならない様注意しながら見詰めた。
(レーナ様やサニアさんの姿を見るとここが異世界なんだって実感出きるわ)
渚は異世界の住人の典型の1つとも言えるレーナとサニアの姿に密かに感動し、レーナも見慣れぬ渚の姿に気付いて怪訝そうな面持ちになりながらディアナに問いかけた。
「……ディアナお姉様、此方の方は?」
「……紹介がまだだったわね、彼女は風魔渚、黒い霧に巻き込まれてこの世界に迷い込んで来た異世界の女軍人さんよ」
「……お初に御目にかかります。旧大日本帝国陸軍中尉の風魔渚と申します、宜しくお願い致します」
レーナの問いかけを受けたディアナに紹介された渚は深々と頭を下げながらレーナとサニアに挨拶し、レーナとサニアは予想外の答えに驚きの表情を浮かべつつ口を開く。
「まさか、黒い霧が、それもディアナ様の領地で起こっていたとは……こちらこそはじめまして渚さん、私はレーナ・フォン・ビスマルクと申します」
「私はサニア・ティルピッツと申します、レーナ様の侍女を務めさせて頂いております」
レーナとサニアが渚に挨拶を返すとディアナがこれまでの経緯を2人に説明し、レーナとサニアも屠龍の存在に興味津々と言った面持ちを浮かべながら口を開いた。
「……魔力に頼らずに空を飛ぶ事が出来る機械、ですか、非常に興味をそそられるお話ですね、御披露目の際は是非とも参加したいですね」
「……空を飛べる種族としても非常に興味をそそられる話です、私も御披露目の場に立ち会いたいです」
「……勿論そのつもりよ、御披露目は明日、屠龍が置かれているカイロネイア平地で行う予定よ」
レーナとサニアから屠龍御披露目の際の立ち会い参加を要望されたディアナは快くそれを受け入れ、当面の課題に対する会話を終えた一同は雰囲気を寛がせながら歓談を始めた。
渚は歓談の最中にこの島が帰属しているシュワルツブルク魔王国に関して質問し、それを聞いたディアナとレーナはそれに応じて同国の説明を始めた。
大陸北部を基盤とするシュワルツブルク魔王国は大陸でも有数の国力を有する強国、七大国の一角を占める強国であり、特に大陸北部では紛う事なき最強国となっている。
国家形態は魔族を主体(約60%)に龍人族、ダークエルフ族、オーガ族、ハーピー族、マーメイド族等の各種族が加わる多民族封建国家であり、各種族の族長や代表は諸侯として各地に領地を擁して魔族の長であり国家元首である魔王の統治に協力している。
魔王の後継者は魔王の血族の中でも特に力を持つ王子や王女数名を魔王候補に任命して一定期間の間互いに競わせ、それに勝ち残った者、魔王候補筆頭が魔王子、若しくは魔王女に就任する事で決定され前出のザイドリッツは魔王候補筆頭として近い内に魔王子に就任する事が決定して首都ヴァイスローザでは現在魔王子就任式の準備が急ピッチで進められている。
就任式の準備が進められている首都ヴァイスローザは人口300万を超える大陸有数の大都市であり、同都市には大陸でもトップレベルの教育機関である王立魔導学院が存在している。
同学院には国内だけでなく大陸各地から優秀な人材が訪れており、生徒達は魔法や政治、歴史、戦闘等の知識や実技を学びつつ他国の優秀な人材や指導者予備軍との人脈形成の構築も併せて行っている。
諸侯には魔王の血縁に当たる三公爵家に有力種族代表として魔王の統治に協力する七侯爵家、国境周辺を領有して国境の守備にあたる四辺境伯家の有力諸侯と、その他の種族の代表やや大功を立てた臣下が任命される伯爵家、男爵家、子爵家、王国騎士等の中小諸侯とに大別させられ、ヴェストラントと定期航路で結ばれているシュレストブルク辺境伯領は有力諸侯の一角を占める獣人族のシュレストブルク辺境伯爵家によって統治されているとの事である。
「取りあえず簡単に説明するとしたらこんな所になるわね」
「興味があるのでしたら何時でもお尋ね下さい、知っている範囲で答えますよ」
「……ありがとうございました、ディアナ様、レーナ様」
(……レーナ様の地位を考えるとやっぱりディアナ様って相当高貴な身分の女みたいね、恐らくは、魔王候補)
シュワルツブルク魔王国に関する簡単な説明を聞いた渚は、御礼を言いつつディアナの身分について想像を膨らませ、ディアナはそんな渚の思考を尻目に紅茶と茶菓を堪能しつつレーナとの歓談を楽しんでいた。
シュワルツブルク魔王国西方周辺空域高度2500メルス・エルジスト王国飛空艇「グラーフ・ツェッペリン」
レーナとサニアがディアナの下を訪れ経緯を説明していた頃、魔機械王国の異名を取るエルジスト王国が実用化飛空艇開発計画G計画に基づき世界で初めて実用化させた飛空艇「グラーフ・ツェッペリン」はシュワルツブルク魔王国西方空域をシュワルツブルク魔王国目指して飛行していた。
「グラーフ・ツェッペリン」は軽量化魔法が施された艇体の各所に合計6基搭載された世界初の魔導駆動エンジンME―001(300馬力相当)を快調に唸らせながら前進を続け、そのキャビンではG計画を指揮するエルジスト王国第二王女ナターシャ・フォン・エルジストが艇長室の椅子に腰かけてG計画技術主任のエルフ族のクーリア・フォン・タンクの報告を受けていた。
「……現在本艇は高度2500メルスを時速200リークにてシュワルツブルク魔王国目指して飛行中です。本日は100リーク前方にある無人島にて整備休養を行い、翌朝に出発してシュワルツブルク魔王国到達となります、最初の訪問先は予定通りヴェストラントで宜しいですね?」
「……ええ、構わないわ、失意に暮れてる可愛い後輩を慰めてあげるのが先輩の務めよ」
クーリアの確認の問いかけを受けたナターシャはそう言いながら目の前に置かれているティーカップを手に取り、クーリアは頷いた後に眉を潜めながら言葉を続ける。
「……あの話からもう3年も経ったのですね、初めてあの話を聞いた時は思わず我が耳を疑いました」
「……全くね、あんな薄弱な証拠とも言えない証拠だけでよくもまあ彼女を有罪に出来た物だと3年経った今でさえ感心してるわ」
クーリアの言葉を聞いたナターシャは顔をしかめさせて呟いた後に気を取り直す様にティーカップを傾け、クーリアは深々と一礼した後に艇長室を辞した。
艇長室を出たクーリアは自室へと向かう途中で脚を止めて窓に視線を向け、流れ行く雲を感慨深げに見詰めながら呟きをもらす。
「……漸く、ここまで来たわね」
クーリアはそう呟いた後に自室に向かむ歩みを再開し、「グラーフ・ツェッペリン」は順調にヴェストラントに向かって前進を続けた。
ディアナの下を訪れた元侯爵家令嬢のレーナと彼女の侍女サニア、訪れた2人は自分達に降りかかった受難の精細をディアナに告げ、それを聞いたディアナは2人を庇護下に置く事を決意した。
一方、その頃エルジスト王国が世界で初めて実用化させた飛空艇「グラーフ・ツェッペリン」は御披露目の為にシュワルツブルク魔王国へと向かっており、その最初の訪問先はディアナが領主を務めるヴェストラントであった……