決意
1000PVアクセスを突破し、ユニークアクセスも450アクセスを突破致しました、今後も本作を宜しくお願い致します。
ヴェストブルク・サジタリオ女子爵家邸宅サロン
ディアナ達に連れられてサジタリオ女子爵家の邸宅に到着した渚は食堂にて当主のヴェルシーナと彼女の伴侶エレノアを含めた全員で昼食を摂り、その後に懇談会を兼ねた御茶会を行う為にサロンへと移動した。
エレノアが整えたという鮮やかな花々で飾られた花壇を一望出来るサロンには穏やかな陽射しが心地好く降り注ぎ、渚が咲き誇る花々に感嘆しつつ薦められたソファーに腰を降ろすとハーピー族のメイド数名が入室してテキパキとした動きで紅茶や茶菓を用意し始めた。
手際良いメイド達は素早く御茶会の用意を整えた後にヴェルシーナの命を受けて退室し、それを確認したディアナは典雅さを感じる程滑らかな動きで紅茶が満たされたティーカップを手に取りながら口を開く。
「それでは頂きましょう」
ディアナの言葉を受け渚を除いた一同がティーカップを手に取り、渚が一呼吸遅れて見よう見まねで同じ様にティーカップを手に取ってから一呼吸置いた後に皆がティーカップを口へと運んだ。
(……紅茶は凄く美味しいけど、これは結構緊張するわね、カラスとやり合ってた頃の方がまだ緊張しないんだけど)
渚に紅茶の味に感嘆しつつ上流感満載の場の雰囲気に気圧され、それに気付いたディアナは優しく微笑みながら渚に話しかけた。
「……フフフ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ渚、今回の御茶会は内輪だけの気楽な会よ、だから紅茶と御菓子を楽しんで頂戴」
「……は、はい、努力します」
ディアナの言葉を受けた渚はひきつり気味の笑顔で応じながら温かな湯気を漂わせる琥珀色の液体を口に含み、ディアナが微笑みつつその姿を見詰めているとヴェルシーナが渚の纏う軍服を見ながら声をかけてきた。
「渚殿は異世界の陸軍士官との事だが、どの様な部隊に所属していたのだ?」
「はい、私は帝国陸軍航空隊の空中勤務者として飛行第五十三戦隊に所属していました」
ヴェルシーナの問いかけを受けた渚はティーカップを置いた後に自分の所属兵科と部隊名を告げ、それを聞いたヴェルシーナは怪訝そうな面持ちになりながら言葉を続けた。
「……先程の貴女の言葉の中に空中や飛行と言う言葉があったのだが、貴女は飛行する事が出来るのか?」
「……えっと、その、ヴェルシーナ様の様に自力で飛べる訳では無いですし、魔力等で飛ぶ訳でも無いのですが、一応異世界では飛んでました」
(……まいったなあ、今まで聞いたり見たりした限りだと飛行機なんて概念無さそうだし、そもそも屠龍どころか練習機すら無いから飛ぶ事が出来ないし)
渚はヴェルシーナの問いかけに対して歯切れの悪い口調で応じながら説明に対して苦慮し、その様子を見ていたマリアは得心した様に大きく頷いた後に口を開いた。
「渚と一緒に迷い込んで来た品々が今の話に関係しているかも知れませんわね」
「……私と一緒に?」
マリアの言葉を聞いた渚は怪訝そうな面持ちで戸惑いの声をあげ、その様子を目にしたエレノアが頷きながら説明を始める。
「渚様、黒い霧は異世界より人と物をこの世界へと誘う性質があるのです、誘われた物品は誘われたその人の近くにあった物で多くの場合は誘われた人に関連する物だと言われております」
(私はあの黒い霧に包まれた時、松戸基地の格納庫にいた、だとしたら屠龍もこの世界に!?)
マリアの説明を聞いた渚はそう胸中で呟きながらマリアに視線を向け、マリアはゆっくりと頷きながら懐から小さな石板を取り出してそれを見ながら意識を集中させる様に眼を閉じた。
マリアが眼を閉じて暫くすると石板が一瞬淡い光を放ち、マリアは眼を開いて石板を確認した後にそれを渚に向けて差し出しながら口を開く。
「渚、これが貴女と共にこの世界に迷い込んだ物の一部ですわ、私が目にした物の一部を魔石板に写し出しましたわ」
「ありがとうございます、マリア様、拝見させて頂きます」
(こう言う光景を目の当たりにすると異世界に来ちゃったんだって実感するわね)
渚が初めて目にした魔法に密かに感嘆しながら礼を告げながら魔石板を受け取りそれに視線を落とすとそこには見馴れた双発機、屠龍の姿があり、渚は機体から伸びる急角度の上向き砲の砲身からその屠龍が盟友ドイツより供与されたマ式二十ミリ機関砲(マウザーMG―151/20)を搭載した自分の愛機である事を確認した。
(間違い無い、これは私と雪が乗っていた屠龍だ、回りにあるのは航空揮発油のドラム缶に防水布に包まれた何かや後方武装用の各種銃砲類とその弾薬、あの時の格納庫の様子から考えて防水布の中身は予備のハ―102や搭載予定の電探や逆探ね)
「……やはり、あの品々は貴女に関係する物なのね、渚」
渚が真剣な表情で魔石板を凝視しているとマリアから声がかけられ、渚は小さく頷いた後にマリアに魔石板を返しながら口を開いた。
「……はい、ここに写し出されているのは私が乗り込み戦っていた空を飛ぶ機械です、正式名称は二式複座戦闘機丁型で屠龍と言う愛称があり、私もそう呼んでいます」
「……あの巨大な物体が空を飛ぶと言うんですのっ!?」
渚の説明を受けたマリアは驚きの声をあげながらヴェルシーナに魔石板を渡し、ヴェルシーナと渡された魔石板をエレノアと共に暫く凝視した後に半信半疑の表情を浮かべる。
「……渚殿、本当にこれが空を飛ぶのか?確かに羽を拡げた鳥の様に見えなくも無いが」
「……魔機械王国の異名を持つエルジスト王国で飛翔艇が実用化され現在諸国に御披露目行脚をしていると聞いておりますけど、それとも大きく異なる外見をしておりますわね」
「今すぐになら飛べると思いますがその為には準備しなければならない物があります」
(もう飛べないからせめて綺麗にしとこうと思って雪や飛行場大隊の人達と一緒に目一杯整備したばかりで航空揮発油のドラム缶もあるから今すぐになら飛べる筈よね、でも滑走路を用意しなきゃならないからそれを作ってる間に多分飛べなくなっちゃうわね、飛行船みたいなのはあるみたいだからその関係者だったら整備出来るかもしれないけど)
ヴェルシーナとエレノアの言葉を聞いた渚は自分が黒い霧に巻き込まれる直前の愛機の状態を思い出しながら難しい顔付きで返答し、それまで無言で一同の話を聞いていたディアナが渚に視線を向けつつ口を開いた。
「……渚、飛ぶ為には何を用意すれば良いの?」
「屠龍が離陸したり着陸したりする為に私達が滑走路と呼んでいる草木も凹凸も無い平坦で舗装若しくは突き固められた真っ直ぐな道の様な物が必要です幅は80メルス、長さは1400メルス位は必要だと思います」
ディアナの言葉を受けた渚は屠龍の離着陸に必要な滑走路の規模を余裕をもった見積りで伝え、それを聞いたディアナは頷いた後に事も無げな口調で告げた。
「分かったわ、それくらいなら明日には用意できるわ」
「……へ?」
(まさか、機械化編成された飛行場設定隊でさえ数日はかかる筈よ)
ディアナの衝撃的な答えを受けた渚は思わず間の抜けた声をあげ、一方のディアナはその反応に頓着すること無く更に言葉を続ける。
「今、これらの品々には雨露を凌ぐための小屋を建てさせてるわ、と言っても流石に直ぐには出来ないから大天幕を立てて資材を運ばせてる所よ、品々には劣化防止魔法をかけたから経年劣化はほぼ無効化されてて使用劣化についても大幅に軽減されている状態よ」
(何それ凄い、ディアナ様規格外過ぎるんだけど)
ディアナの告げた内容は渚の予想を斜め上に突き抜けて上回る内容で渚がその内容に圧倒されているとディアナが真剣な表情で渚に問いかけてきた。
「……渚、その滑走路と言う物を用意出来れば、飛べるの?」
「……最終的に屠龍の様子を確認した後の話になりますが、飛べる可能性はかなり高いと思います」
ディアナの真剣な眼差しと言葉を受けた渚は姿勢を正しながら返答し、それを受けたディアナは頷いた後に渚を見詰めながら言葉を続けた。
「……渚、見せて貰えるかしら貴女の、屠龍の飛ぶ姿を」
「……この世界に迷い込んだ私はディアナ様の御恩情によりこうして過ごさせて頂いています、命の恩人のディアナ様の御要望、謹んでお受け致します」
ディアナの要望を受けた渚は真っ直ぐにディアナを見詰め返しながら快諾し、それを受けたディアナが微笑みながら頷いているとサロンの扉がノックされヴェルシーナの許可を得て入室したメイドは戸惑いの表情と共に報告を行った。
「失礼致します、ディアナ様、ヴェルシーナ様、先程ヴァイスブルク港に到着した定期船でビスマルク侯爵家御令嬢のレーナ様が供の者1名と共に到着し、先方よりディアナ様に御会いしたいと申し出があったとの事です」
「……レーナが、あたしに?」
「……レーナ様と言えばビスマルク侯爵家の御令嬢であると同時にザイドリッツ王子様の婚約者である筈、その様な御方が供を1名だけつれてこの辺境の島を訪れたと言うのか?」
メイドの言葉を聞いたディアナが戸惑いの声をあげる傍らでヴェルシーナが戸惑いの声でメイドに問いかけ、メイドは困惑の表情で頷いた後に説明を続けた。
「レーナ様の御言葉によるとレーナ様はザイドリッツ王子様より婚約を破棄され、侯爵家よりも絶縁されてしまったとの事であります。レーナ様はただ1人供を申し出た侍女と共にディアナ様との縁にすがる為にこの地を訪れたとの事です」
(……うわっ何その明らかに揉めそうな話、そして侯爵家御令嬢とも知己なディアナ様って一体何者?、名前も皇族の方みたいに名字無しだし、薄々感じてはいたけどはやっぱり結構身分高い御方なんじゃ)
メイドの説明を聞いていた渚は明らかに揉め事の気配しか漂わない話の内容と侯爵家との関わりま持っているらしいディアナの身分についての感想を胸中にてもらし、一方のディアナは眉根を押し揉みながら深い溜め息をついた。
「……また、やらかしたみたいねえアイツ」
「その様ですわね…………死ねば良いのに」
(……マリア様、物騒な単語言わないで下さい、実感籠り過ぎてて背筋が凍るかと思いましたよ)
ディアナの呆れた声を聞いたマリアは相槌を打った後にぼそっと物騒極まりない単語をもらし、その余りに実感の籠った呟きを耳にしてしまった渚が心持ちマリアから距離を取りつつ内心で呼びかけているとディアナがヴェルシーナに向けて口を開いた。
「ヴェルシーナ、また、貴女に負担をかけてしまうかもしれないわね」
「御心配には及びませんディアナ様、ディアナ様の御心のまま行動して下さいませ」
ディアナの言葉を受けたヴェルシーナは力強く応じた後に莞爾と微笑み、それを確認したディアナはゆっくりと頷いた後にメイドに視線を向けて口を開いた。
「レーナ達を丁重に此方まで案内して頂戴」
「畏まりました、直ちに使いの者をヴェストブルク港に向かわせます」
ディアナの言葉を受けたメイドは丁重に一礼しながら応じた後に退室し、渚がその様子を見詰めているとディアナが声をかけて来た。
「大事になってきちゃったわね、醜聞を聞く事になると思うけどレーナにも貴女の事を紹介したいから渚にも此処にいて頂戴ね」
「はい、分かりましたディアナ様」
(なんだか妙な事になって来たわね)
ディアナの言葉を受けた渚は返事をしながらそんな事を考え、その後にゆったりとした動作で紅茶を飲み始めたディアナを見ながら思案を続けた。
(ディアナ様は自分を小さな島の領主だと仰っていたけど元は恐らく相当に高貴な身分の女今の地位に甘んじているのは何らかの事変に巻き込まれた為で、そんなディアナ様の所に私と屠龍が迷い込んだ)
渚がディアナを見詰めながら胸中で独語していると渚の視線に気付いたディアナがティーカップから口を離してにこやかに微笑み、渚は同じ様に微笑みを返しながら胸中での独語を続けた。
(私は元大日本帝国陸軍中尉、風魔渚、陸軍航空隊飛行第五十三戦隊に所属していた一介の女性空中勤務者、そんな私が愛機と共にディアナ様の所へと迷い込んだ。私はディアナ様の為に飛ぶ、たった1人の空中勤務者とたった1機の双発戦闘機、そんな微小な存在にディアナ様を貶めた連中や世界はどう引っ掻き回されるのかしら)
微笑みを浮かべた渚は内心で不敵な独語を続けつつ芳醇な香りを放つ紅茶を飲み、笑顔のディアナから奨められた上品な茶菓子を堪能した。
ディアナの館で歓待を受けた渚がディアナ達と懇談して己の翼、屠龍の存在を告げているとディアナに対する来客の訪れが告げられた。
ディアナの下に訪れた来客、それは首都での醜聞によって立つ瀬を喪った侯爵家令嬢と供、その話を聞きおぼろ気ながらに現在のディアナの情況を感じ取った渚は彼女の為に愛機を駆る事を決意した……