異世界の島
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ヴェストブルク
異世界へと迷い込んだ旧大日本帝国陸軍中尉、風魔渚、彼女は保護してくれたヴェストラントの領主ディアナに膝枕をしてもらいながら館のあるヴェストラント唯一の町ヴェストブルクに向かう馬車の車中にあり、その道すがらにディアナと彼女の親友の伯爵家令嬢のマリアから自分が迷い込んでしまった世界、特に現在自分がいるヴェストラントに関する説明を受けていた。
クリストローゼ大陸北部を基盤とする魔族の国シュワルツブルク魔王国西部に存在する辺境の孤島ヴェストラント、この島は元々ハーピー族の住まう島でディアナが領主となる前はハーピー族のヴェルシーナ・フォン・サジタリオ女子爵が領主をしており、その話を聞いた渚は表情を曇らせながらディアナに問いかけた。
「……ディアナ様、その様な状勢でいきなり私の様な者を連れて来て大丈夫なのですか?」
「安心しなさい渚、普通こう言う話だとあたしとヴェルシーナの関係はギクシャクしたりギスギスしたりする物だけど、あたしとヴェルシーナの関係はとても良好よ」
「ディアナ様と共にこの島を訪れた当初は私も渚が感じた様な懸念を抱いておりましたがヴェルシーナ様と実際に御会いした際にその懸念は杞憂となりました、実はヴェルシーナ様はディアナ様に対して憧れの念を抱いており、到着したディアナ様と私達を大歓迎して下さり、その後もハーピー族の皆様を率いてディアナ様に協力して下さっているんですよ」
渚の懸念を聞いたディアナが微笑みながらそれを払拭しているとマリアが穏やかな表情と共に補足説明を行い、それを聞いた渚は安堵しながら頷いているとディアナとマリアが島の概況について説明を始めた。
ヴェストラントは南北最大70リーク、東西最大45リークの大きさを持つ島であり、絵地図を見せられた渚の第一印象は淡路島に似ているなあと言う物であった。
地形的には北部は標高800メルスのヴァイス山を最高峰とした山がちとなっており島の東西と北部は断続的に断崖が続いており、南部に遠浅の砂浜とこの島唯一の港のヴェストブルク港とそこを基礎にした島唯一の町で領主であるディアナの館が存在するヴェストブルクの町が存在している。
ヴェストブルクの町の人口は約1万2千人でその殆どをハーピー族が占めており、漁業、農業、畜産、羊毛やハーピー族の羽毛を使った毛織物が基幹産業となっている。
断崖に三方を囲まれ北部が山地となっているヴェストラントではあるが内陸部には渚が保護されたカイロネイア平地をはじめとした広大な平地が複数存在しており、領主となったディアナは開拓拠点として6つの開拓村を築き、現在約3千人のハーピー族中心の開拓民達が農耕や狩猟等の開拓作業に勤しんでいる。
また、北部の山地も起伏がなだらかでヴェストラントの位置が葡萄の生産北限帯にかかっている事から葡萄の生産を目的とした開拓村が昨年北部に開設されており、現在は3百人程のハーピー族が狩猟を行いつつその作業に勤しんでいる。
島唯一の港であるヴェストブルク港は対岸のシュレストブルク辺境伯領との間に定期航路が設けられ小麦や毛織物が販売されているがその規模は余り大きくは無く、特に目ぼしい物産も無いため人や物の往来もあまり無いがそもそも自給自足が可能なのでそれによる不便等は余り感じらない。
(……長閑で良さげな雰囲気の島みたいね、カラスとやり合ってた頃と比べたら天国みたいな島ね)
ディアナとマリアから島のあらましを聞かされた渚は空中勤務者時代と比べると天国とも言える長閑な島の様子に安堵の念を抱き、それを察したディアナが穏やかな笑みを浮かべながら口を開く。
「……この島の事、気に入ってくれたみたいね、この島は少し刺激が少ないかもしれないけど長閑で良い島よ、あたしはこの島が大好きだから気に入って貰えて嬉しいわ」
「はい、とても良い島の様で安心しました、ディアナ様やマリア様の様な女達に保護して頂けましたし、どうやら私は運が良い様ですね」
「……それは、どうかしら?黒い霧に巻き込まれたのは運が悪い様な気がするんだけど」
渚が穏やかな表情でディアナの言葉に応じるとディアナは微苦笑を浮かべながら言葉を続け、渚は暫し思案にくれた後に噛み締める様な口調で言葉を続けた。
「……やはりそれを含めても運が良いと思いますね、戦禍で国がズタボロの状態で身寄りも殆どいない状態でしたので、下手をすればこの島に居る場合より先行きが見通せない状態になっていた可能性がありますので」
「……そっか、そう言われれば、そうかもね」
渚の言葉を聞いたディアナは真摯な表情で呟くと表情を柔らかくさせながら膝の上に置かれた渚の頭を労う様に撫で、渚はその感触とディアナの穏やかな表情に頬を緩ませた。
そうしていると馭者からヴェストブルクが近付いた事が告げられ、渚は若干後ろ髪を引かれながら上体を起こすとディアナに対して一礼しながら口を開いた。
「……ありがとうございました、ディアナ様」
「……気にしなくていいわよ、渚」
渚に膝枕の御礼を言われたディアナは穏やかな表情でそれに応じ、その様子を見ていたマリアは馬車の窓板に手を添えながら渚に問いかけを行った。
「ヴェストブルクの町並み御覧になってみますか?」
「はい、お願いします」
マリアに声をかけられた渚は初めて目にする異世界の町への期待感に感じながら即答し、それを聞いたマリアが微笑みながら窓板を上げると窓辺へと移動して窓から身を乗り出すと白い石造りの建物が建ち並ぶ異国情緒に溢れた町が視界に入り、その秀麗な景色を目にした渚は感嘆の面持ちで呟きをもらした。
「……綺麗な町ですね」
渚はそう呟くと爽やかに晴れた空の鮮やかな蒼に映える白を基調色にした町並みに見惚れ、そな反応を目にしたディアナは誇らしげに微笑みながら席を立って渚の傍らへと進んで口を開いた。
「……気に入ってくれたみたいね、ここがあたし達の町、ヴェストブルクよ」
「……はい、とても素敵な町ですね」
ディアナの言葉を受けた渚はそう答えながら近付いてくるヴェストブルクの秀麗な町並みを見詰め、その反応を目にしたディアナは満足そうに目を細めながら町並みを眺める渚を見詰めた。
ヴァイスローザ・王宮
渚がディアナの治める町ヴェストブルクに到着した頃、シュワルツブルク魔王国の首都ヴァイスローザの王宮では魔王候補筆頭のザイドリッツ第一王子が数日後に迫った魔王子就任式に向けた準備の進捗状況を確認していた。
端正なマスクによって貴賤を問わぬ婦女子から絶大な人気を博するザイドリッツは滞り無く進む進捗状況に満足しながら用意された紅茶をたしなみ、傍らに控えた側近、パウル・フォン・オリンピウスがにこやかな表情で豊潤な紅茶の薫りを楽しんでいるザイドリッツに声をかけた。
「式典への準備滞り無く進んでおりますな」
「……ああ、そうだな」
オリンピウスの言葉を受けたザイドリッツは頷きながら応じ、その後に温かな湯気を漂わせている琥珀色の液体を見詰めながら口を開いた。
「……彼女にも使いを出したか?」
「……はい、最初は爵位の低さを気にして断っておりましたが若様たっての願いだと伝えました所、参加を快諾して下さいました」
ザイドリッツの問いかけを聞いたオリンピウスはにこやかな表情で答え、その答えを聞いたザイドリッツは満足げに頷きながら言葉を続けた。
「魔王子就任式の前に彼女を俺の私室に案内してくれ、首尾よく事が進めば彼女を魔王子妃として擁立する」
「……首尾よく進むに決まっております、私が見ます所彼の御方も満更では無い御様子、大使をしております若様の同期生達や閣僚の子息達にも心動いておる様ですが若様が魔王子に就任し正式に魔王子妃とする為に求婚なされば心配する必要等ありません」
「……ふむ、それもそうだな、その為に家柄以外に何の取り柄も無いあの女との婚姻を解消したのだ」
オリンピウスの言葉を受けたザイドリッツは冷淡な口調で呟き、オリンピウスは頷いた後に言葉を続ける。
「……かの女は侯爵家よりも絶縁されたとの事で現在酔狂にも従う事を申し出た侍女と共にヴェストラントに向かっているそうです、今頃は到着した頃でしょうか」
「……あの女狐の所か、やはりあの女、女狐の息がかかっていた様だな」
オリンピウスの言葉の中にあったヴェストラントの単語を耳にしたザイドリッツは吐き捨てる様な口調で呟き、オリンピウスは大仰に頷いた後に更に言葉を続けた。
「……げに恐ろしき女子にございますな、今の所は大人しくしておる様ですが注意を怠ってはなりませんな……それと、実は先程魔導院より気になる報告がございました」
「気になる報告だと」
オリンピウスの言葉を聞いたザイドリッツは渋面を作りながら先を促し、オリンピウスは申し訳無さそうに一礼した後に言葉を続けた。
「本日、黒い霧が我が国にて発生したとの事であります、そして先程ヴェストラントより黒い霧が発生しあの女子が保護の為に出発したと魔導通信により報告があったとの事であります」
「……あの女狐の島で黒い霧が発生した、だと」
オリンピウスの説明を聞いたザイドリッツは苦虫を数匹まとめて噛み潰してしまったかの様に顔をしかめながら呟き、オリンピウスが憂い顔で頷くと顔をしかめさせたまま言葉を続けた。
「祝い事の前にとんだ事態が起こってしまったな、父上に直言して黒い霧に巻き込まれた者を女狐から保護と詰問の為使者を派遣させる様取り計らって貰うとしよう、オリンピウス、その方はヴェストラントの監視を厳重にせよと俺の意を周辺諸侯に伝えよ」
「畏まりました、至急その様に取り計らいますのでザイドリッツ様は安んじて就任式の準備を監督なさって下さい、それと、かの御方よりの書を預かっておりますのでどうか御読み下さいませ」
「……おお、そうかっ!?」
オリンピウスはザイドリッツの指示に応じた後に一通の書状を恭しく差し出し、ザイドリッツは喜色を浮かべながらそれを受け取ると壊れ物を扱う様な手つきで蝋封を外して封筒から書状を取り出して読み始めた。
それを確認したオリンピウスは恭しく一礼した後にザイドリッツの前を辞し、ザイドリッツは先程までの表情とは大きく異なる穏やかな表情を浮かべながら書状を読みふけっていた。
異世界に迷い込んだ渚は自分を保護してくれたディアナとマリアから自分が現在いる島ヴェストラントの情報を聞き、その長閑な様子とディアナとの出逢いに大きく安堵した。
一方その頃、ディアナが放逐されたシュワルツブルク魔王国の首都ヴァイスローザではディアナ放逐の張本人ザイドリッツの魔王子就任式の準備が行われており、その最中に黒い霧発生の報を受けたザイドリッツは渚の保護とディアナを詰問する為の使者を派遣する事を決意した……