目覚めは膝枕の上
早速ブックマークして頂きありがとうございます、今後も宜しくお願いします。後書きにて本作の世界に於ける距離単位の設定を掲載しておきます。
ヴェストラント・カイロネイア平地
ヴェストブルクへと向かう馬車の車内で異世界より迷い込んだ美女はディアナの膝を枕に横たわっており、その光景を見ていたマリアは心配そうな面持ちになりながらディアナに語りかけた。
「……そろそろヴェストブルクに到着致しますがまだ目覚めませんわね、大丈夫でしょうか?」
「……特に怪我をした様子も無いから大丈夫だと思うけど、流石に少し不安になって来たわね館に到着しても目覚めなかったらミリアを呼ぶわ」
マリアの問いかけを受けたディアナがそう答えていると横たわっていた美女が微かに身動ぎを始め、それに気付いたディアナは安堵の表情を浮かべながら呟く。
「……どうやらお目覚めみたいね」
「……その様ですね、一安心ですわ」
ディアナの言葉を受けたマリアが安堵の表情で相槌を打っていると膝を枕に仰向けに横たわる美女の閉ざされていた瞼が微かに身動ぎした後にゆっくりと開かれ、瞼の下に隠されていた黒瑪瑙の瞳がディアナの前に晒された。
目覚めた美女はゆっくりと開いた瞳を瞬きさせ、ディアナが穏やかな眼差しでその様子を見詰めていると美女が戸惑いの表情を浮かべながら口を開いた。
「……ここは?」
「……目が覚めたみたいね、気分はどうかしら?」
美女の戸惑いの呟きを聞いたディアナは穏やかな声音で問いかけ、その穏やかな声を受けた美女はディアナの顔を目にして一瞬動きを止めた後に戸惑いの表情と共に口を開く。
「……悪くは、無いですね、長いこと眠ってた様な気がして少しぼんやりしていますが、失礼ですが貴女は何方でしょうか?」
「……あたしはディアナ、ヴェストラントと言う島の領主をしているわ」
「……島、ですか」
美女の問いかけを受けた美女は戸惑いの表情を浮かべつつ呟いていたがあまり取り乱した様子は見せず、その様子を目にしたディアナは興味深そうに美女を見ながら言葉を続けた。
「……もう少し取り乱したりするかと思ったけど結構冷静なのね」
「……見た事も聞いた事も無い黒い霧に包まれた時直感的に理解しました、人の理解の及ばぬ何かに巻き込まれたのだと、そしてそのまま意識を喪い、目が覚めると貴女がいました。状況は全く把握出来ていませんが取りあえず命の危険は無さそうなので自分でも驚くくらい落ち着いていますね、状況の変化についていけず開き直っている面も多分にありますが」
ディアナに声をかけられた美女は微苦笑と共に返答し、それを聞いたディアナは楽しげな表情を浮かべつつ言葉を続ける。
「開き直ったにしても大した物よ、それくらい落ち着いているなら話が早そうで助かるわ、取りあえず状況をざっくりと説明すると黒い霧に巻き込まれてこの世界に迷い込んで気絶していた貴女を保護する為に収容してあたしの館にまで馬車で向かっている所よ、その際申し訳無いけど気絶した貴女を抱えて馬車まで運ばせて貰ったわ」
「……それは、少々恥ずかしい話ですね、御迷惑をおかけしました……それで、重くはありませんでしたか?」
ディアナの簡単な説明を聞いた美女は微かに頬を赤らめさせながら質問し、ディアナは穏やかに微笑みながらそれに答えた。
「……安心して、とっても軽かったわ、まあ、そう言う訳で今貴女はあたしの館に向かっている訳よ、所で起きれるかしら?それともこのまま膝枕しててあげましょうか?」
「……領主様に対して非常に失礼なお願いになりますが出来ればこのまま膝枕を続けて欲しいですね、既に抱き抱えられて馬車まで運ばられてしまったのですから恥をかくならかき通します、正直な話とても心地好いですし」
ディアナから質問を返された美女は頬を仄かな朱に染めつつ返答し、それを受けたディアナは楽しげに微笑いながら頷き、その後に言葉を重ねた。
「……随分正直なのね、良いわ、町に到着するまではこのままお話しましょう、それと、貴女のお名前聞かせて貰えるかしら、異世界の女軍人さん」
ディアナの言葉を受けた美女は小さく頷き、その後に覗き込んでくるディアナの顔を真っ直ぐに見詰めながら己の官姓名を告げた。
「……私は風魔渚です、所属部隊は大日本帝国陸軍陸軍航空隊飛行第五十三戦隊第二中隊で、階級は中尉になります。この様な形での挨拶なのでかなり締まらない形になりますが、改めまして宜しくお願い致しますディアナ様」
美女、旧大日本帝国陸軍中尉、風魔渚はディアナを真っ直ぐに見詰めながら官姓名を告げた後に挨拶を行い、ディアナはゆっくりと頷いた後に口を開いた。
「あたしはディアナ、シュワルツブルク魔王国西方に浮かぶこの島、ヴェストラントの領主をしているわ、こちらこそ改めて宜しくね、渚、あそこにいるのはあたしの親友の一人で補佐をしてくれているマリア・フォン・オリオーネよ」
ディアナは改めて己の名を告げた後に向かいの席に座るマリアの事を紹介し、渚がマリアの方に視線を向けるとマリアが穏やかな表情で一礼した後に口を開いた。
「はじめまして渚様、私はマリア・フォン・オリオーネ、ディアナ様の学友で現在は微力ながらディアナ様の領主活動の御手伝いをしておりますわ」
「……風魔渚と申しますこの様な形での挨拶になり失礼ではありますが宜しくお願い致しますマリア様、それと、私は国を喪った元下級将校ですので様づけをされる程の身分ではありません、ですからどうか呼び捨てでお呼び下さい」
マリアの挨拶を受けた渚は面映ゆそうな表情を浮かべながら応じ、それを聞いていたディアナはその言葉の中にあった気になる一句についての問いかけを行った。
「……国を喪ったとは穏やかじゃないわね、何かあったの?」
「……黒い霧に包まれる2日前、長年に渡り続いた大戦の末、私の国、大日本帝国は無条件降伏し私の所属していた帝国陸軍は消滅しました、まあ、末期は破れかぶれで支離滅裂な戦争指導で国全土を焦土にするまで戦い続けようとしていた位の勢いだったのでその事自体に関してはそこまで悲しくはありませんが、国土が焼き払われるのを防げなかった事に関しては、悔しくはあります」
ディアナの言葉を受けた渚は殊更に淡々とした口調で自身の身の上話を告げ、それを聞いたディアナは膝を乗る渚の頭を優しく撫でながら口を開いた。
「……貴女も苦労したのね、残念ながら貴女を元の世界に戻す事は出来ないけれど、この島はそれなりに平和よ、あたしとしても出来るだけ協力するから暫くはこの島でノンビリと過ごしてこの世界について慣れればたら良いわ」
「ディアナ様の仰る通りですわ今後の身の振り方をどうするのかを含め色々考えねばならぬ事が多いでしょうから、先ずはこの島でゆるりと過ごしつつ諸々の事を学んだ方が宜しいと存じますわ」
「……はい、そうさせて頂きます、ありがとうございますディアナ様、マリア様、初めて逢えた方が貴女方の様な女達で良かったです」
ディアナとマリアの提案を受けた渚は穏やかな笑みを浮かべながら謝意を示し、ディアナとマリアは穏やかに微笑みながら頷く事で応じた。
同時刻・某所上空7000メルス
異世界に迷い込んだ旧帝国陸軍中尉、風魔渚と孤島の領主と言う捨て扶持を与えられた元魔王候補筆頭、ディアナ、異色の経歴を持つ2人が出逢いを果たした頃、世界の反対側の闇に包まれた夜空の一角を巨大な岩石の塊が漂っていた。
闇の空を漂う巨大な岩塊、その内部には巨大な空洞と夥しい数の巨大な卵が存在していた。
鎮座する無数の巨大な卵、その中の1つが微かに震え始め、その震えが大きくなる中、卵の表面に罅が生じる。
罅が生じた卵が更に震えるとそれにあわせて生じた罅はその大きさを増しながら卵の上部を覆い、やがて罅割れた卵の殻をを突き破って粘液に濡れた3メルス程の大きさの小さなドラゴンが姿を現した。
卵の殻を突き破ったドラゴンは少し覚束無い足取りで卵の外に出ると身体を軽く振ってまとわりつく粘液を吹き飛ばし、それが終了すると同時にドラゴンの背中に折り畳まれていた翼がゆっくりと開いて両翼合わせて7メルス程の翼が広げられた。
翼を広げたドラゴンが高らかに彷徨を轟かせていると鎮座する無数の卵の中の1つが震え始め、其処彼処でも同じ様に卵が震え罅が生じ始めていた。
次々にドラゴンが生まれ始めた岩塊は闇の空を静かに漂い続け、岩塊は誰にも気付かれぬまま芽生えた災厄を抱えて漂い続けていた。
黒い霧によって異世界へと迷い込んでしまった旧大日本帝国陸軍中尉、風魔渚、彼女が目覚めたのは彼女を保護し館へと運んでくれていたヴェストラント領主ディアナの膝枕の上だった。
そして渚が目覚めてディアナやマリアと交流を始めた頃、世界の裏側では人知れず災厄が芽吹き、ゆっくりと、しかしながら確実に育ち始めていた……
本作に於ける距離及び重量単位と現実の距離及び重量単位との対比
距離
1リーク=1キロ
1メルス=1メートル
1セルス=1センチ
1ミルス=1ミリ
1マリンリーク=1海里
重量
1トールス=1トン
1キルス=1キログラム
1グラス=1グラム
速度表記
1マーク=1ノット