第94話「まだまだ、これからだな」
新乃の名前に、佐倉氏も伏見氏も気まずそうに目を伏せる。私たちが二人の過去を知ったのも、ここに現れたこと思えば察せられるだろう。
私は少し声を固くして告げた。
「新乃夢の目的はあなたたちへの復讐だ。放置しておけば、またあなたたちを襲撃しに現れるだろう」
「話し合うという手もあるけどね」
合いの手を打つように、咲原が付け足す。なんだか呼吸が合っているような気がした。咲原が合わせてくれているのだろうか。
そこで一人、す、と挙手する。綺麗に真っ直ぐ手を挙げたのは倉伊だった。
「はい、倉伊」
「提案があります」
一応、倉伊が[殺刃鬼]だということは佐倉氏も伏見氏もわかっていないようだ。この復讐における倉伊の役割は、顔を見られずに二人の意識を刈り取り、拐うことだけだったのだろう。倉伊の能力は刃にするだけでなく、拳を硬化させる能力もあるようだから、殴って気絶させることも可能だ。
というわけで、倉伊の正体が[殺刃鬼]であるということは二人が気づかないうちは話さないことにしよう、と咲原や半田と打ち合わせた。超能力者最強の暗殺者を生かしておくべきではないのかもしれないが、身の上と事情を知った今、私たちは安直に倉伊を陥れようだとか考えられなくなったからだ。
さて、倉伊の提案とはなんだろう。
「伏見さんは超能力者保護団体の幹部。保護と称してニーノさんをどうとでも扱えるでしょう。ただ、それだと多くの他の人々が困ります。僕も困ってしまう一人です。
ですので、ニーノさんを説得しますから、見逃してくださいませんか? [空の街]には世界から疎外された人間が百人以上住んでいるんです」
新乃の能力。詳しくは聞いていないが、倉伊の口振りからするに、異空間に人を住まわせることができる能力のようだ。百人以上住んでいるとなると、新乃を捕らえることはその百人以上もの人々を路頭に迷わせることとなる。
二人の反応はというと、[空の街]という単語に驚いていた。
「[空の街]、実在したのか」
「はい。僕もニーノさんもそこに住んでいます。[空の街]の細かな権限は[空の街]の能力者であるニーノさんが持っています。僕らは世界から捨てられたけど、世界を捨てたわけではないので、[空の街]を介して世界と関わっていくというやり方をしています」
「まァ、超能力者を全員保護するって言っても、急に百人以上を受け入れるコトは難しいからネ」
「超能力者じゃない人もいますよ?」
「エ」
お、伏見氏は気づいていなかったようだな。佐倉氏が倉伊に確認する。
「[葬儀屋]や[情報屋リーンズ]はやはり非能力者ということか」
「はい。さすが、ご存知なんですね」
「ああ。神出鬼没の二人だが……異空間系の能力者の手助けを得ていたのなら、納得もいく。健一朗」
佐倉氏が伏見氏を見た。伏見氏は状況についていけていないらしく、戸惑い顔で佐倉氏を見る。
佐倉氏はにいっと悪巧みをするような笑みを浮かべて伏見氏に命じた。
「この話を受けろ。[空の街]の住人に貸しができるということだ」
「えっ、えええ? そんな悪い顔して言われると全然気が進まないんだけど……」
「[葬儀屋]と[情報屋リーンズ]と取引ができるかもしれないというだけで利益は充分だ。違うか?」
例えば半田のように非合法な扱いを受けた超能力者がいたとする。それを伏見氏の組織で保護しても、研究や実験でずたぼろになった体や心は治らない。そういうときの安楽死的な概念として[葬儀屋]を利用することができれば、苦しみを長引かせずに済む。エゴイズムの強い考え方だが、そういう捉え方もできるという一例だ。
[情報屋]はその呼称だけで便利そうなのがわかる。
伏見氏の組織は超能力者を贔屓しているところがあるため、非能力者からの協力を得づらいらしい。半田がいつか語っていた。超能力は一般に認知されていないから、話したところで信じてくれる者も少ない。故に人手不足なのだ、と。
「でも、[葬儀屋]は美月ちゃんのお姉さんの仇みたいなものだろう?」
「健一朗さん。組織の根幹に関わることですので、一構成員の私情まで汲まなくてもかまいません。というか、幹部のあなたが決めてください」
「えぇ」
締まりのないやつだな。
でもまあ、仕方ないだろう。おそらく佐倉氏の脳内ではピースが整っている。倉伊から伏見氏への提案であって、佐倉氏への提案ではない。つまり、伏見氏に情けをかける理由が大きくあることを示しているのだ。伏見氏の察しが悪いというか、昔からこうなんだろう。口調がいつもより聞きやすいものになっている。
半田は田辺美星のことはある程度心の整理がついたのだろう。清々しい顔をしている。
伏見氏は悩ましげに溜め息を吐いた。
「わかった。でも、夢さんにはちゃんともう一度会わせてほしい。……希さんのこと、謝りたいから」
「そこは私も同感だ。ほとぼりが冷めてからだが」
「はい。そこは上手く話しておきます」
そこで話がまとまり、倉伊が新乃を回収して帰っていった。母がもう少し話したそうにしていたけれど……まあ、倉伊は私の同級生だし、倉伊の母方の親戚の件もある。望まなくともまた会うことになるだろうさ。
「はあ……夢への謝罪と、希の墓参りと、[空の街]の取引に、学会での講義、甥の失明治療……やることが山積みだ……」
その業務一人でこなすのか。佐倉氏大変だな。
「でもよかった。みんな無事で終わって」
母が弾んだ声で言う。うん、その通りだけど。
「……ちなみに、どちら様で?」
「私の母です」
「あらあ、私ってば初対面でしたね。五十嵐舞華の母の五十嵐乙奈と申します。いつも娘がお世話になっております。佐倉さん、伏見さん」
「あ、はい、どうも……」
保護者たちは保護者たちでよろしくやってもらおう。ということで、私は咲原の手を取った。あの母、さりげなく私にバトンタッチしていったのだ。
咲原の手を握りしめ、名前を呼ぶ。
「咲原」
「五十嵐。……なんとか解決してよかった。五十嵐も無事で、よかった」
「ああ、でも」
私は少し遠くを見据えて目を細めた。
「まだまだ、これからだな」
むしろ、これからが本番だろう。
「うん。でもまあ……五十嵐となら、大丈夫だ、きっと」
[王]にそんなに期待されているのなら、応えねば。
「ああ」




