第70話「姉ちゃんは僕が守ります」
五十嵐のところに戻ると、五十嵐が少し不安そうな様子だった。五十嵐は常時自信満々なので、こういう表情は珍しい。
戻ってきた俺の肩を掴む。
「母さんに変なこと吹き込まれなかったか?」
お前は自分の母親を何だと思っているんだ。
「変なことは言われてないよ。よかったら隼人くんとも友達になってくれってさ」
「そうか。……私からも、頼む」
「うん。あ、そういえば五十嵐の家って仏壇ないの? お父さんは亡くなってるんでしょ?」
ごく普通の問いかけを投げたつもりだったが、五十嵐が固まってしまった。まずいことを聞いたかな……と思ってふと思い出す。五十嵐の父親はとんでもないクズ親だったのだ。死んだ後まで世話したくないとか、そういうこともあるのかもしれない。
いや、あるにしても、常識的に考えれば、どんなゲスでも弔いはされるべきとは思うのだが……
五十嵐が苦虫を噛み潰したような表情で俺に耳を貸すよう手招いた。
「父は誰からも嫌われていて、顔も見たくないという人もたくさんいるんだ。かくいう私もその一人だし……父を想起させるようなものは家に残していない。母さんは残念がってたけど……」
「ん、無神経なこと聞いた」
「いや、いいんだ。人を弔う心というのは重要だからな」
葬儀はしたらしく、どこぞに墓もあるらしいが、ただそれだけらしい。まあ、葬儀をしているんなら、弔われてはいるだろう、ということにしておく。そうしないと果てしない議論になりそうだ。
性格が根っからヤバいだけあって、ご近所さんからも悉く嫌われているとか。仏壇があっても手を合わせる人なんていなかっただろう、と語られる五十嵐の父、どんだけ嫌われていたんだよ……
この話を続けさせるのは五十嵐の精神衛生上よくないだろうな、と思った俺は、矛先を変える。
「五十嵐が母親似なのはわかるけど、隼人くんも母親似なの?」
変更先としてはかなりグレーなのだが。
五十嵐はぱっと表情を明るくした。
「母親似だぞ! まあ、私ほどあからさまなわけではないが。父親似だったら私は滅茶苦茶複雑な心境だったと思う」
……それもそうか。
まあ、五十嵐の母からすると、五十嵐と隼人くんは亡き夫の忘れ形見なわけだが、父親のことを快く思っていない子どもからすればそれだけでも複雑な心境なわけだし、嫌いなやつに顔が似ていたら普通に嫌だよな、うん。
「隼人は部屋にいると思うから、会ってみるか?」
「うん、ちょっと待って」
俺は同調能力の出力を弱くする。感覚的なものなので難しいのだが、聞いた限りでは隼人くんの能力は覚醒したらそれなりにヤバい類のものだ。同調能力は人の波長を拾う能力。波長が消えることはないが、波長を弱めることはできる。延命措置程度にしかならないだろうが、俺と会ったことで能力が完全覚醒してしまうのは防がなければならない。
超能力者の側にいることは超能力を覚醒しやすくする条件の一つである。どういうメカニズムなのか、詳しくはないのだが、同調能力や強制力で波長が引っ張られることによって、能力が誘発される云々っていう話だったはずだ。
おそらくだが、半田のいた研究施設もそういう目的で超能力を持つ子ども、そういう素質のある子どもが集められたのだろう。誰もが超能力を持つわけではないが、素質があれば、わりとスムーズに能力に目覚めるらしい。
まあ、隼人くんは半分覚醒しているようなものだから、俺がどうこうしなくとも、遅かれ早かれだとは思うが……本人がそのことをどう思っているのやら。
「じゃあ、とりあえず、挨拶したいな。何もかもそれからだ」
「ああ。たぶん部屋で勉強してる。こっちだ」
居間があって、廊下の向こうに台所があって、細い廊下を進んでいくといくつか部屋があって、奥に階段が見えた。二階建てかあ、とぼんやり思う。だからどうというわけでもないが。知実さんの家も二階建てだが、二階は書架みたいな感じになっている。知実さん曰く、研究資料が保管されているらしい。
そんなわけで、二階建ての家の二階に行くのは新鮮だ。友達の家に来るの自体が初めてなわけだし。
二階にはトイレと二つの部屋があった。ローマ字で「Maika」と書かれたドアプレートと「Hayato」と書かれたドアプレートがある。ちょっとお洒落だ。
五十嵐は「Hayato」の部屋をノックした。
「隼人、いるか?」
「……姉ちゃん、どうしたの?」
まだ声変わりをしていない男の子の声がした。隼人くんはいじめられていると聞いていたが、その割にはすれているわけでも、怯えているわけでもないような、しっかりとした声だ。
「私の友人を連れてきた。隼人にも会ってほしいから入っていいか?」
「……男の人?」
「ああ」
少しの間を置いて、ドアがそろりと開けられた。そこからひょこっと顔を出したのは、髪の長さがばらばらに切られた気の弱そうな男の子だった。背丈は俺の肩くらい。灰色のスウェットを着ていた。
何故か目がばっちり合ってしまったので、俺は慌てて挨拶をする。
「あ、あ、ああああの、はっはじめましてっ。ええと、んーと、その、いがっ五十嵐さんのゆゆゆ友人の咲原唯人っと言いましゅうぐ」
泣きたくなるくらいのコミュ障を発揮してしまった。っていうか泣いていいか? もう五十嵐弟の目線が冷たくて冷たくてしゃーない。
「滅茶苦茶甲斐性なさそうじゃん。彼氏?」
「違う!」
何故五十嵐母共々その発想になるんだろう。五十嵐はキレ気味で否定してるし。泣いていい?
「えーと、はじめまして、咲原さん。姉からお話は伺っております。僕は弟の五十嵐隼人です。よろしくお願いします」
丁寧に挨拶された。俺が情けなく噛みまくったりどもったりしていたのが恥ずかしくなる。
というか、ここで隼人くんの口から「姉」というワードが飛び出して、「あ、五十嵐って姉なんだな」という妙な実感が湧いてきた。弟がいるという情報は聞いていたが、それは五十嵐が姉であるというのと同義の情報なわけだ。
こちゃこちゃしたことを考えていたら落ち着いてきた。五十嵐が隼人くんに問う。
「何かしてたわけじゃないなら、少し話でも、と思ったんだが、何してた?」
「ルービックキューブ解いてた。どうぞ、入って」
ルービックキューブ! 頭いいアピールしようと思ってもなかなか解けないやつだ。芯のある口調と言い、隼人くんはまじで頭よさそうだな。
まあ、頭いいから白樺中学なんて名門通えるんだよな。確かお受験のある中学のはず。って、冷静に考えたら五十嵐も白樺中だったってわけ……!?
「何か、飲み物と菓子でも持ってくる」
「双六屋のフィナンシェ食べたい」
「え。あったっけ」
「母さんに聞いたら?」
すごいな、これが姉弟の会話か、と一人っ子の俺は感心してしまう。五十嵐は隼人くんの我が儘に特に何も言わず、部屋を出ていった。
五十嵐の気配が部屋から遠ざかると、隼人くんがぐいっと顔を寄せて話しかけてくる。
「咲原さん、超能力者の方ですよね?」
「え?」
も、もしかして弟君も患っておいでで……? と思ったが違うようだ。
「咲原さんからは声が聞こえないです。心の声みたいなやつ。そういう人はたぶん僕と同じ何かだと思いました。それで、ありふれてはいるんですけど、そういう人たちのことを僕は超能力者って呼んでます」
もしかして、同調能力を弱めたことでそういう判断ができたのか? 自分の能力を噛み砕き、発想の転換をすることで状況を理解する。隼人くんはそれをさらりとやってのけた。
「姉ちゃんは隠しているつもりみたいですけど、変なことに巻き込まれてる。四月から。その辺りから姉ちゃんの口からよく出るようになった咲原さんの名前。……最近、姉ちゃんの周りを超能力者が嗅ぎ回っています」
「なっ」
隼人くんは表情を翳らせる。
「姉ちゃんは異常なんです。僕が言えたことじゃないけど……姉ちゃんは超能力者じゃないのに、超能力みたいな力が使える。なんでもできるスーパーマンみたいな、が『みたい』では済まないのが姉ちゃんです」
それはよくわかる。あらゆる事件に五十嵐と巻き込まれてきたが、五十嵐は超人だ。超能力者じゃないのが不思議なくらい。
「だから僕は、姉ちゃんを守らなくちゃいけないんです。咲原さん。僕に力の使い方を教えてください。この力で、姉ちゃんは僕が守ります」




