第68話「何か根拠はあるのか?」
五十嵐の告白は衝撃的なものだった。
学校ではそんな素振りも見せていなかったのに。まあ、五十嵐の中二病はそういう「フリ」なのはもう教えられていたが……
「何か根拠はあるのか?」
「根拠というには薄いかもしれないが、私や母が口に出していないことに受け答えをすることがある。私も母も、口に出ていただろうか、と気のせいだと片付けていたが、そういうことが何度もあって……学校ではみんなの声が五月蝿いから、休み時間はヘッドフォンをつけているらしい。それでも具合がよくなくて、保健室で休むことがままあるとか。これは同調能力というやつなのではないか、と推測している」
本人は言わないが、ヘッドフォンをしていても、他者の心の声が聞こえて気持ち悪くなるのではないか、と。それはおいそれと人に相談できる内容ではない。一歩間違えば変人扱いだし、精神病院送りにされかねない。
それに、五十嵐の弟はいじめられていると聞いた。それなら、周囲の心の声も聞いていて気持ちのいいものではないはずだ。それでも、同調能力の使えない一般人からしたら、心の声が聞こえるなんて被害妄想にしか見えないだろう。それがわかるから、安易に相談できないのだ。
とはいえ、それだけでは超能力者であるかどうかの断定には至らない。以前話したと思うが、能力を持たなくとも、同調能力や強制力を扱える人間はいる。五十嵐が能力者にまで影響を及ぼせるほどの強制力の持ち主なのだ。五十嵐の弟がその影響を受けて同調能力や強制力を扱えたって何も不思議ではない。
先を促すように五十嵐をじっと見つめていると、五十嵐は横顔で何やら葛藤しているようだった。歯切れの悪い五十嵐というのも珍しい。主に半田なんかに容赦なくずはずばいく印象が強いから、勝ち気さがなりを潜めたその姿は心許なくも感じた。
五十嵐は右手を持ち上げ、ぎゅ、と握りしめる。絞り出すように吐かれた言葉は苦しみを凝縮したようなものだった。
「手に黒い痣のようなものが出ていた。黒血などではない。真っ黒な何か、だ。それに気づいた私は最初、暴力を受けているのか疑った。でも、本人は暴力を受けていないというし、体の他の場所に痣も見当たらなかった。触っても痛くないという。……黒血なら、色が抜けるのに何段階かあるのに、翌朝には消えていた。まるで幻でも見たような気分だった。だから、気のせいだと思っていた。でも……」
掠れた声で、五十嵐が言う。
「私は見てしまったんだ。その痣が消える瞬間……黒い羽根が肌から零れ落ちるのを」
俺は色々と驚いてしまった。それは超能力者の中でもかなり有名な能力に類似していたからだ。
「五十嵐、能力が確定するまで、それは知実さんにも話さない方がいい」
「何故だ?」
五十嵐の疑問は当然のことだろう。五十嵐の身近で超能力について詳しい人物といえば、俺、半田、知実さんの三人が挙げられる。その中でも知実さんは専門家中の専門家、超能力研究者だ。
カロンのような発明もするし、超能力の分類や特徴などをまとめて、呼称をつけることもある。ただ、研究者としての本質は好奇心にあるだろう。やはり珍しい能力を前にすると、知実さんも目の色を変える。
五十嵐の弟の能力が珍しい能力かもしれないのだ。
「[殺刃鬼]の話はしたっけ?」
「超能力者の殺し屋だったか。正体不明で、能力の詳細も不明と聞いたが」
「[殺刃鬼]に近い能力かもしれないよ、それ」
[殺刃鬼]の能力について詳細が不明なのは間違いではない。だが、[殺刃鬼]の手がかりが少ない中での憶測はある程度飛び回っている。
[殺刃鬼]の来た現場にいつも残される黒い羽根、刃物としか言えない、見つからない凶器。この二点から成り立つ最も多い[殺刃鬼]の能力の推察は、[殺刃鬼]は変化系の能力者であるという説だ。
超能力における変化系とは、体の一部、もしくは全部を別な姿形に変化させるというものである。個人差はあれど、同調能力も強制力も突出してどちらかが使えるというわけではないが、体の一部を変形させられるのは、よくある超能力である。つまりはポピュラーな能力なのだ。
広く知られていて、よくある能力である故に、[殺刃鬼]の能力がそんな単純なものであるはずがない、とかいう議論が交わされているらしいが、俺としてはそういうありふれた能力でのしあがっている方が怖いので気をつけてはいる。
痣云々はわからないが、羽根が体から生まれる、しかも黒い羽根だ。界隈に知れ渡れば、五十嵐の弟が研究対象として見られることは間違いない。[殺刃鬼]の謎のベールを剥がす手がかりになるかもしれないのだ。
もしくは、[殺刃鬼]本人と勘違いされるかもしれない。殺し屋なんてやっているやつだ。買っている恨みは一つや二つでは済むまい。
「なるほど……確かに、隼人を振り回したいわけではない。様子を見るとしよう」
「隼人くんっていうんだ」
五十嵐隼人。なんか芸能人にでもいそうなスタイリッシュな名前だ。
「隼人の名前は母が考えたらしい。私の名前は父が考えたらしいからな。忌々しい置き土産だよ」
あー、五十嵐の父さんはDV親父だったか。ろくでもない親からもらった名前に忌避感を抱くのはわかる。俺もそうだから。
「舞華って華やかでいい名前だと思うけど」
「……たぶん冗談のつもりだったんだろうけど、母さんが『当時お付き合いしていた他の女の方をイメージしてつけたのかもしれないわね』とか言ってさ……あの不倫野郎ならやりかねないと思って、全然笑えなくて」
「うわあ」
DVの上に不倫。しかも何股かけていたかわからないらしい。今はもう亡いが、五十嵐の父、相当ヤバいな。
五十嵐が嘆息する。
「それを知っていて、あの野郎と婚姻関係を続けていた我が母を尊敬したらいいのか、呆れたらいいのか……」
「確かに。よく別れなかったよね」
以前会った五十嵐の母を思い浮かべる。からからとした女の人だった。とてもDVを受けていたとは思えないし、不倫されてそれを知っていたとも思えないくらい、明るくて気さくな人だった。恋愛に関して「二股までなら許す」とか五十嵐に言っていたので倫理観は怪しげだが。
いやむしろ倫理観怪しげだから関係が続いたのか……? 友達の親捕まえて言いたくはないけど、なかなか毒親なのでは?
普通に働いて子ども二人を育てているし、五十嵐を高校に通わせているし、隼人くんもいい学校に通わせているし、うん、まあ、大丈夫、なのかな。
そうこうしているうちに、五十嵐の家が見えてきた。




