第66話「新乃、だと……?」
放課後、俺と五十嵐は一緒に帰ることになった。五十嵐は倉伊にも声をかけたが、倉伊は夢先生と会う約束があるらしい。
夢先生の名に少し考えた五十嵐は「まあいいか」と神妙な面持ちをした。何かにつけて倉伊のことを気にしている五十嵐だが、今回はやけにあっさり引いたものだ。
「佐倉氏にも話を聞いてもらいたいのだが、最近佐倉氏は元気にしているか?」
「ああ。最近は学会も色々大変みたいだけどね。確か、超能力者の存在を公にするかどうかで議論になってるって言ってたっけ」
「超能力者を公に……」
超能力関連の話題だから、五十嵐はノリノリであれこれ意見を言ってくるかと思ったが、何やら真剣に考え込み始めてしまった。五十嵐のcrown taker云々の話は俺が思うより真剣な設定なのだろうか。
「まあ、知実さんは五十嵐のこと気にいってるし、五十嵐と会えば喜ぶと思うよ」
「それはよかった」
五十嵐が表情を和らげる。少し微笑を湛える形になった五十嵐の表情に、俺はどきりとした。
五十嵐は美人である。栗毛なので大和撫子とはいかないが、目はぱっちりとしているし、その奥に常に宿る芯の強い光は自然と惹き付けられる魅力がある。そういえば五十嵐が他の髪型をしているところは見たことがないが、ポニーテールが滅茶苦茶似合っていて、五十嵐の凛々しさを引き立てている。
急にどうした、となるだろうが、まあ、佐竹にからかわれている通りの感情を俺は五十嵐に抱いているのだろう。今言いたいのはただ一つ、五十嵐が美人で、笑うとなかなかの破壊力であるということだ。
考えていてふと気づく。五十嵐の笑った顔ってあまり頻繁に見ていないかもしれない。やはり、兄弟がいると、責任感がまとわりついて、簡単に笑えなくなるものなのだろうか。張り詰めているわけではないが、五十嵐の背筋はいつだってぴんと伸びている。
そうこう考えていたら、いつの間にか俺はぎゅむぎゅむと抱きしめられていた。
「ふご、んんん?」
「甥よ、早かったな。五十嵐もよく来た」
「佐倉氏、お久しぶりです」
「ちょうど話をしたいと思っていたから来てくれてよかったよ」
知実さんの腕をなんとかひっぺがして息をする。この抱きつき癖、いい加減どうにかしてほしいものだ。
知実さんが五十嵐に興味を持つのは無理もない。五十嵐は超能力者ではないのに、超能力者相手に大立ち回りをしている実績があるのだ。更にこないだなんか超能力者ではないにも拘らず、強制力を使ってみせた。超能力研究者としては見逃せない逸材だろう。
五十嵐をこっちの都合に巻き込みたくないとは思っている。けれど、最近は普通に頼ってしまっているから複雑な気持ちだ。無視できないというか、五十嵐は友達だから。
家の中に入ると、知実さんがお茶の準備をした。だいぶはしゃいでいるようだ。普段は滅多なことでは台所に立たない人が立っている。
学会は厄介だし、超能力関連団体からの勧誘もすごいらしい。知実さん以外にも超能力研究者はいるらしいが、知実さんほど論文と研究実績のある研究者はいないと聞く。半田がその辺りは詳しかったが、同調能力、強制力、超能力の区別を定義づけたのは知実さんだし、能力の系統を大まかに五つ提示したのも知実さんだ。
すごい人なのだ。変だけど。なんとかと天才は紙一重的な感じなのだろう。
知実さんを手伝いに行こうと思ったのだが、五十嵐に引き留められる。
「一つ、聞きたい」
「何?」
「昼間の女教師、超能力者ではなかったか?」
「え」
俺は固まる。女教師、つまりは夢先生のことだ。夢先生をそういう観点で見たことがない。
夢先生が超能力者の可能性があるだろうか、と振り返る。学校、というか家の外では同調能力を張り巡らせているのが俺だ。同調能力とは空気中に流れる波長を読み取る能力。特に近しい者相手だと感情の機微がわかるだけに留まらず、思っていることがそのまま脳内に声として聞こえることまである。
普通の人は波長は出しているものの、同調能力による波長の誘導や波長の同調には抗えない。五十嵐の強制力のように、思考誘導で同調能力を無意識に操ることができる一般人もいるが、それは稀で、強制力よりも事例が少ないという。
そもそも、五十嵐が超能力者でないのに強制力を操れるのがおかしいのだ。同調能力を無意識に操れる一般人がぴょこぴょこ出てきては困る。
というわけで、俺は超能力者如何を判断するときに同調能力を使うわけだが。夢先生と話しているときに、同調能力に違和感を感じなかった。
ただ、それだけで断定するのだと、おそらく超能力者であろうことを隠している倉伊の件が引っ掛かる。倉伊は[憑依霊]の事件のときに超能力者であることが発覚したが、普段は一般人と何ら変わらない波長をしている。一般人に紛れるのに慣れているのだろう。
「断言はできないな……隠したくて同調能力を使わないのか、ただただ一般人なのかは。倉伊のこともあるし」
そこで五十嵐の疑問の理由に思い当たった。
「もしかして、先生が倉伊と知り合いだから、超能力者と思ったのか?」
「それもある」
五十嵐は神妙な面持ちで頷く。
それ「も」ということは他にも理由があるということだ。
「あの女は奇妙な点が多かった」
「というと?」
七年も経って小皺一つない肌には俺も驚きましたがね。五十嵐は元々知り合いじゃないから、そういうことではないだろう。
「あの教師が今日来た理由、覚えているか?」
「んと、寄贈図書届けに来たって言ってたね」
「司書がいないことは知っていた、とあいつは言っていたろう?」
まあ、学校間でのやりとりだ。その辺りの報連相はしっかりしているのだろう。
五十嵐が人差し指を立てる。
「おかしくないか? 寄贈図書が増えれば、蔵書整理をしなければならない。それをわざわざ司書がいない日にするのか?」
「図書委員とかがやるんじゃないの?」
「それも司書の指示の下、だ。一応委員会にも顧問教師は存在するが、図書室は司書が管理する。新しい本が来たら、蔵書としての登録だって必要だ。その情報を管理するのは基本的に司書だろう。何故司書のいない日に新しい本を届ける必要がある?」
確かに。健一朗さんは最近多忙だけれど、ずっと休んでいるわけではない。日付をずらせばよかっただけのはずだ。
「先生の日程が噛み合わなかったとか?」
「どうしても都合がつかなければ、別の者に行かせればいいだろう。小学校に司書がいるなら、司書の方がいいはずだ。だがあれは教師だろう?」
つまり、五十嵐が言いたいのは、夢先生からすると、[自分が司書と顔を合わせずに本を届けたかった]ということになる。どこに何のメリットがあるのか、さっぱりわからない話だ。
だが、その筋を一本に通すに相応しい理由がある。それが[新乃夢は超能力者である]ということだ。
見た目通り胡散臭い健一朗さんは[WHAT]という超能力者保護組織に所属している。その健一朗さんの肩書きを知っているのなら、接触を避ける理由は様々あるだろう。そしてその肩書きを知っている場合は大抵超能力者ということになる。
「それに、伏見氏の名前を知っていた。会えたらいいとか言っていたが……どうもきな臭い」
「健一朗さんの名前くらいは聞いているんじゃない? それこそ蔵書のやりとりするんだから」
「それはそうかもしれないが……少し、嫌な感じがしたのは、あの教師がお前の質問に答えなかったことだ」
質問? したっけ?
「今どちらに、と聞いていたろう? それに答えなかったのは妙じゃないか」
「別に俺は答えられなくても大丈夫だったから全然気にしてなかったけど」
単なる世間話のつもりだった。しばらく会っていなかった元担任に再会したら、それくらいは聞くだろう。たまたま倉伊が来て、話が途切れただけだ。
ただ、五十嵐はそれが気になったらしい。
「居場所を知られたくなかったんじゃないか? あの新乃夢とかいう女は」
言い掛かりじゃないか、と五十嵐に指摘しようとしたとき、かたーん、と背後で物音がした。
振り向くと、知実さんが呆然と立ち尽くしていた。
吐息のような声が一言、紡ぐ。
「新乃、だと……?」




